log95.ハイエナ
ミッドガルドから見えない程度には慣れた場所に、小さな森がある。プレイヤーに敵対するモンスターはおらず、さりとてわざわざ入りに行くほど貴重なアイテムや動物が存在するわけではない、そんな小さなポケットのような森だ。
こんな場所は別にここだけではない。イノセント・ワールド中、探せばいくらでも見つけることができる。多くのプレイヤーは目立ったダンジョンや、あるいはモンスターの群生地へと足を向けるが、こう言った小さなスポットも味わいがあってよいものだ。
……特に、誰にも聞かれたくない密談などを行う際にはうってつけと言えるだろう。
「――さて、首尾はどうか?」
そんな誰もよりつかないような小さな森の中、金で出来た豪奢な全身鎧を装備した四人の騎士の姿があった。遠くからでも見つけやすそうな鎧を着た四人組は、森の中に身を隠すように体を寄せ合い、ぼそぼそと話をしている。
森の中は覆われた木々の葉のおかげで薄暗いが、それでも彼らが着ている金の鎧は光って目立つ。
そんな彼らの姿を見れば、多くのプレイヤーたちはその正体に気が付くだろう。彼らが装着しているのは、イノセント・ワールドに名立たる大ギルドの一つ“アーサーナイツ”の上位騎士……それも団長親衛隊であることを証明する装備だ。
「――今回のイベントは難物だな。多くの大ギルドやギルド同盟がほぼ隔離されているせいで、情報収集も一苦労だ」
「――うむ。多くのギルドはようやく第二ウェーブを攻略、と言ったところだが、第二ウェーブまで攻略してもまだ砦内に取り付けていないところが多い」
額を付きあわせぼそぼそと話を続ける騎士たちは、額に眉根を寄せているかのような声色だ。
話の内容だけを聞けば、今回のイベントを攻略しようと相談しているだけに聞こえる。
「――実に厄介だ。今、干渉したとて実入りが少ない」
「その通り。労少なくして功多く……なるべくダンジョンの最深部まで足を踏み入れたところで干渉したいものだ」
不意に、不穏な響きを持つ言葉が聞こえる。
そんな言葉を肯定するように、騎士の一人が首肯した。
「いちいちゼロからダンジョン攻略するなんて愚を侵す必要はない……。適当に弱っているものを助け、恩を着せ、横から美味しい蜜を吸う……」
「賢いな、実に賢い……。それが我々の在り方というものだ……」
クツクツと低い笑い声を上げる騎士たち。
ロールプレイの一環なのか言い回しが回りくどいが、早い話が他のプレイヤーの手伝いをする振りをして、アイテムを横取りしようという話なのだろう。
イノセント・ワールド内では、ハイエナと呼ばれる行為だ。サバンナにおいては生き残るための賢い知恵だが、ゲーム内においては賢しい知恵と言えるだろう。
こう言った行為を常用するようなプレイヤーはえてして嫌われるものである。多くの者がハイエナプレイヤーやギルドと行動を共にすることを嫌がり、キックするだろう。
だが、アーサーナイツである彼らをキックするものはいない。……少なくとも、面と向かってはっきりとはそうできないというべきか。
彼ら、アーサーナイツは戦闘に重きを置いた初心者支援ギルド……彼らは他者を支援するという大義名分で動いているイノセント・ワールドにおいてたった二つしかない珍しいギルドだ。
善意で他者を助けるものも、まだ多い。そんな彼らを拒めるプレイヤーはそう多くない。
……だが、中にはこの騎士たちのような考えを持つ者もいる。そしてそんな者たちが、今のアーサーナイツを動かしているのだ。
「――しかし、今は多くのギルドに手練れが揃っている」
「――うむ。我々が介入できるほどに隙のあるギルドも少ないな」
「――ギルド同盟も、中堅同士が手を組む例が多く、その中に小ギルドが紛れ込んでいるケースが増えてきている」
「――実に、やりづらい」
そして、イノセント・ワールドのプレイヤーたちも馬鹿ではない。今やイノセント・ワールドの害悪となりつつあるアーサーナイツの動向には注意を払い、隙など見せぬように立ち回っている。
ギルドそのものの強化や、他ギルドとの連携を駆使し、アーサーナイツに付け入る隙など見せないようにしているのだ。
……しかし、全てのギルドがそうあれるわけでもない。中には何も知らず、ただ普通にゲームを楽しもうとしているギルドや、同盟達もいるのだ。
「――だが、うってつけのギルド同盟を見つけてある」
「――ほう?」
「――それはどこだ?」
一人の騎士は、とあるギルドを旗頭としたギルド同盟の存在を口にする。
「――闘者組合という無名ギルドを中心にしたギルド同盟だ。初心者への幸運のものも参加しているが、ほとんどが同盟を組むのも初めてのギルド連中だ。我々の行動も容易く受け入れよう」
「――さらに第二ウェーブの突破で城砦内に取り付けるようになっているらしい。時期さえ見れば、うまい稼ぎとなるだろう」
まるであざ笑うかのような騎士の声色。他の者も同調するように低く笑う。
「――フフ、フフ。それはいい。マンスリーイベントが、烏合の衆程度では切り抜けられぬと教えてやらねば」
「――フフフ、その通りだ。故に我らが存在する」
「――我らこそ、救世主の名を冠す、絶対無二の救済ギルド」
「――アーサーナイツ、なのだからな」
輪唱するかのように、低い笑い声が森の中に響き渡る。
聞く者のいない不気味な笑い声……通りがかった何も知らないプレイヤーにより、亡霊の出る森としてこの場所が俄かに有名になるのは、別の話である。
「ラーメンの麺にうどんの出汁……これは……失敗だな……」
「うどんの麺にラーメンのスープ……あ、これは結構当たりっぽい気が」
第二ウェーブを攻略した翌日、集合時間から少し早めにログインしたセードーは、同じようにログインしていたリュージと一緒に、ミッドガルドの街角にある麺屋に入っていた。
ここはプレイヤーが運営している店であり、NPCが運営している店と比べて食事が出てくる時間が遅いのが難点だが、NPCの店では食べられない独創的な料理が食べられるのが特徴だ。
堂々と麺屋の看板を掲げられた店のテラスで揃って麺を啜るセードーとリュージは、好対照な表情を浮かべている。
「カツオの出汁は良いのだが……これはだめだ。何かが違う気がする。違和感が強い……何故だろうな……」
顔をしかめながらもラーメンの麺にうどんだしを組み合わせた“らーどん”料理を食べるセードー。香り良いカツオ出汁に、香ばしい小麦で寝られたラーメンの麺が、何とも言えない味わいを生み出し、絶妙……いや微妙な味を提供しているようだ。
対してリュージはまんざらでもなさそうな顔で、うどんの麺に絡むラーメンのスープを楽しんでいた。
「うどんじゃあわねぇ気がしたんだけど、よく考えたら太麺ってあるんだよな。うん、これはいける。うまいうまい」
濃厚な醤油とんこつスープがうどんの麺に絡み、濃く歯ごたえのある味わいを提供する“ウメン”に、リュージは実にご満悦な様子だ。
そんな彼らの耳に、軽妙な音楽と共に軽いノリの男の声が聞こえてくる。
《イノセ~ントワァルドレェディオー!! 今日もいつものようにDJマッソーがお届けするぜぇー!》
「む、はじまったな」
「今日も今日とて元気だねぇ、マッソーは」
音が聞こえてくるのは、彼らがポケットに忍ばせているクルソルから。これはイノセント・ワールドの各町に一つはあるラジオ放送局の放送だ。
これらのラジオはNPCが流すこともあるが、基本的には生きたプレイヤーが自主的に放送している。イノセント・ワールドのプレイヤーの中にはアイドル活動に心血注ぐ者もいるので、ラジオのDJくらいはその辺りにゴロゴロと存在している。一昔前に存在していた動画投稿サイトの生放送のようなノリだと言えば、わかりやすいかもしれない。
基本的に各町に存在する普通の放送局ではその町の中のクルソルに音声を流すくらいが限界であるが、時間かお金を厭わねばイノセント・ワールド中にラジオを流すことができる。今流れているイノセントワールドラジオも、そんな世界中に流れるラジオ放送局の一つだ。
《さあいよいよマンスリーイベントも中盤突入! 今回のイベントは一筋縄じゃいかない曲者仕様だが、ポンコチックなプレイヤー諸君はへばってないかねぇ~!?》
「いまいちノリが掴み切れんから、好きになれんのだよな、このDJ」
「俺も。どっちかと言えばロクちゃんの方がいいな。歌がうまいし、聞いてて楽しい」
「お前がソフィア以外の女性について言及するのは珍しいな」
「嫁が全一なのは確定的に明らかだが、いいものはいいってちゃんと言えるぞ俺は」
クルソルから聞こえてくるラジオを聞き流す二人。
クルソルの設定を弄ればラジオを流さないようにすることもできるが、時折アマチュア歌手が自主作成の歌を流すこともあるので、なるたけ切らないようにしている。ラジオ放送を行っているのはギルドであるので、少なくとも聞くに堪えない歌が流れることはないので、一人の時でもさびしくないのが大きな利点だ。
いつものようにマッソーの軽いノリの声を聞き流していると、二人の耳にあるギルドの名が入ってくる。
《――以上が今回のイベントランキングだ! しかしアーサーナイツが不動のランク外を貫く! 意外と言えば意外だが、皆注意だ!》
「……ん? アーサーナイツ? わざわざランク外に言及してきたが……」
「ああ、あそこね」
きっちりスープまで飲み干し、リュージは一つげっぷを吐く。
「ゲフ。……前にも言ったが、今はハイエナ上等のくず集団だからな、あそこは。まともな奴はまともなんだけど、その舵取りしてる連中がねぇ」
リュージは顔をしかめ、ため息を一つついた。
「俺の友達が所属してた時はマシだったんだがな……。リアルの事情があるとはいえ、残ってりゃもう少しましなんじゃないかって、今悩んでるんだよなぁ」
「その友達は、今何を?」
「受験だとさ。大変そうだぜ? そいつには妹もいるんだが、そっちは今初心者への幸運所属なんだよな」
「そうか」
セードーはらーどんを完食し、小さく息をつく。
「ふう。……アーサーナイツ、変わってしまった理由は何だろうな。いろんな人に話を聞くが、前は聖人君子が形を成したようなギルドだと聞くのに」
「先代のカリスマが半端なかったんだろうさ。今の頭は、この間見た子供だろ? あんな子供が、欲望だの陰謀だのが色々渦巻くギルド経営なんざ、無理ってことさ」
「欲望はともかく、陰謀が渦巻くのか……」
リュージの一言に軽く戦慄しながら、セードーは立ち上がる。そろそろ約束の時間だ。
「さて、では行こうか。第三ウェーブ、どのようなものだろうな」
「さーてなぁ。ダンジョン攻略パートだから、迷わんようにしないとな」
リュージも同じように立ち上がり、店の支払いを済ませる。
DJマッソーはイベントに関する話題を切り上げ、今週のレアアイテム取引相場についての話題を流し始めていた。
なお、ラーメンスープベースの麺類が人気の模様。




