log94.大ギルド
「うーむ」
「? どうしました先生」
第二ウェーブ攻略後の休憩タイム。
まさに快調とでもいうべきギルド同盟の進撃であったが、そんな中にあってアラーキーの表情は浮かないものであった。
闘者組合女子組謹製のおにぎりを頬張りながら、セードーはアラーキーへと近づいてゆく。
しゃがみこんで何かを見ているらしい彼を覗き込んでみると、どうも掲示板を見ているらしかった。
自身を覗き込んでいるセードーに気が付き、アラーキーは顔を上げる。
「ん? あ、ああ。いや、なんだ。他のギルドのイベント状況を調べてたんだよ」
そう言うと、アラーキーはセードーにも見えるよう自身が見ていた掲示板を空中に投影してみせる。
アラーキーの目の前一杯に広がった掲示板には、今日も人が賑わっており、そして今回のイベントの中で取られたのか様々なスクリーンショットが所狭しと踊っていた。
多くのギルドはセードー達のギルド同盟のように第二ウェーブ攻略が完了しているようだが、早いところではもう第三ウェーブに突入しているところもあった。
「もう、第三? いささか早すぎるような……」
「いやぁ、こんなもんだろ。これがすべてのギルド共通のダンジョンに挑むタイプだったりしてみ? 二日で最深部到達しちまうギルドもいるんだぜ?」
「二日で……? なんですかそれは」
アラーキーの言葉に、セードーは思わず戦慄する。
今回の城砦攻略は、一日の制限時間が一時間と定められているが、普通のイベントダンジョンであればその制限もない。もちろん、ゲームへのログイン制限はあるだろうが、それでも一日最大二十時間は挑めるわけだ。ぶっ通しでプレイを続ければ、アラーキーの言うとおり二日程度で攻略を完了させることもできるだろう。できるのかもしれないが……それは正しいプレイ方法なのだろうかとセードーは思わずにはいられない。
このゲーム、リアルなだけに思わず真剣になってしまう瞬間はセードーにも多々ある。特にレベルが一回り二回り格上のモンスターと戦うときなどは、一撃死の可能性が付きまとうため常に被弾に注意せねばならない。
だが、二日でダンジョン攻略はそう言う真剣さとは何かが違う気がするのだ。努力の方向性の違い、という奴なのだろうか。
そんな風に思い悩むセードーを見て何かを察し、アラーキーは小さく苦笑する。
「いるんだよ、本当に。こういうゲーム……謎解きやらダンジョン制覇やら、そう言うのに金や時間を掛けちまう人間ってのはいるのさ。誰よりも速く、誰よりも先に……ある種のスピード狂だな」
「変わったスピード狂いですね……」
セードーは理解できないというように首を横に振る。
だが、そう言う者たちのおかげであとから続くプレイヤーたちは攻略の足掛かりをつかむことができるという事実もある。誰かが踏破せねば、山の頂へと続く登山道を開くことはできないのだ。
アラーキーはその事実を説きながら、セードーへ別の掲示板を開いてみせる。
「ま、そんな人柱のおかげで、俺たち後続組は安全にダンジョンに挑めるわけだが……今回はやっぱ事情が違うな。イベント攻略にかけては最速を誇るRGSが未だに第三ウェーブと来てるいつもなら、とっくにラストウェーブ攻略中のスクリーンショット張るのにな」
「さすがに二時間で攻略されては運営も泣くでしょう。ちなみにRGSとは?」
「いわゆる大ギルドの一つだよ。さっきも言ったが、イベント攻略に全力を注ぐタイプのギルドで、大体いつもイベント攻略最速情報を上げるとこだな。掲示板にサーっと上げてくもんだから、攻略情報屋泣かせなギルドとしても有名だな」
「掲示板情報は基本的に無料ですからね。情報屋にしてみればいい迷惑でしょうね」
情報屋は情報を売るのが仕事。その情報を誰よりも速く流されては、商売あがったりだろう。
「まあ、その辺は心得たもんでな。RGSの流す情報は基本的にイベント最速攻略情報……つまり寄り道も遊びもないガチ攻略だけなのさ。なんで、わき道にそれたとこにあるちょっとしたアイテムだとか、稼ぎに持って来いなスポットとかは一切触れてこない。情報屋はそう言うところの情報を集めることで、飯の種を得てるってわけだ」
「ほー、それは感心いたしますね。大ギルドというからには構成員も多いでしょうに、よく統制がとれるものです」
セードーのその言葉に、アラーキーは首を横に振った。
「んにゃ。RGSはそんなにでかいギルドじゃないよ。構成員は二十人ちょいだったかな?」
「は? にじゅう……?」
アラーキーの言葉にセードーは一瞬呆け、それから顔をしかめ、そして最後に首を傾げた。
「……大ギルド、ですよね?」
「おう。イノセント・ワールドでもトップクラスに有名な大ギルドだぞ、うん」
「……大ギルド。RGSは大ギルド……うぅん?」
「あの。前から気になってたんですけれど、大ギルドに条件とかってあるんでしょうか?」
アラーキーの言葉の意味が解らずひたすら首を傾げるセードーの小脇からキキョウが顔を覗かせる。
セードーと同じようにRGSが大ギルドであるということの意味が解らず、首を傾げている。
「RGSもそうですけれど……時折そんなに人数がいないのに大ギルド、なんて言われてるところをお伺いします。大ギルドというからには、やっぱりたくさん人のいるおっきいギルドがそう呼ばれるんですか?」
「いい質問だな、うん」
キキョウの質問に、アラーキーは楽しそうに頷いてみせる。やはり教師という職業柄、人にものを教えるのは楽しいのだろうか。
アラーキーは掲示板を一旦しまい、それから“大ギルドについて”と題されたプレートを取り出してみせる。どうやら準備は万端らしい。
「さて大ギルドの定義だが、イノセント・ワールドサービス開始当初はキキョウの言った通り、ギルドに所属しているプレイヤーの人数が大ギルドを決められていた。時期によって割とバラバラだけど……まあ、大体一千人も集まれば大ギルドと呼ばれてたな」
アラーキーがプレートを振ると、デフォルメされた絵でたくさんの人間が所属するギルドの周りに、少人数で集まったギルドがいる光景に変わる。何とも珍妙な仕組みである。
「大体サービス開始から二年ちょいまではそれが大ギルドの定義であり条件だったんだが……ある日そんな大ギルドの定義を揺るがすギルドが現れた」
「どんなギルドなんですか?」
「うむ。大ギルド……それも一千人単位ものプレイヤーが集まるギルドであれば、当然イベント攻略速度も桁外れだったんだが……当時最大の大ギルドよりもはるかに速くイベントを攻略したギルドが現れたのさ」
「さっきお話にあった、RGSですか?」
「その前身にあたるギルドだな。俺は直接は知らんが、たった三人のプレイヤーしか所属してなかったなんて言われてる。今じゃ、伝説のギルドの一つさ……」
何かを羨望するようにアラーキーは遠くを見つめるが、すぐにその何かを振り払うように首を振るい解説を続けはじめた。
「初めこそまぐれと思われていたらしいが、その最速も二桁届くようになる頃にゃ誰もがそのギルドの実力を認め、大ギルドからそのギルドに乗り換えようとした奴もいたそうだ。……まあ、それはまったく敵わなかったらしいが」
「それは何故です?」
「そのギルドが、身内だけで構成されてた身内ギルドだったからさ。リアルの知り合い以外は完全にお断りだったんだと」
セードーのもっとな疑問に対する返答は、実にわかりやすいものであった。
なるほど確かに。身内ギルドであるなら、身内以外はお断りだろう。
「今はもう全員引退しちまったらしいが、今でも彼らにあこがれる奴らは多い……。RGSも、そんな彼らへの憧れを持ち続ける連中が集まったギルドなのさ」
「そうなんですね……」
アラーキーがさらにもう一回プレートを振ると、少し影を背負う大ギルドの上でスポットライトを浴びる小さなギルドの姿が現れた。
「そんな最速ギルド、彼らを人たちはいつしか大ギルドと呼ぶようになったそうだ。少人数でも、大ギルドに肩を並べることができる……それを彼らは証明してみせたのさ」
アラーキーのプレートがまた絵を変える。
その絵の中でのプレイヤーたちは、色々な行動をとっている。
モンスターと戦うものや、武器を作るもの、人と商売をするものも描かれている。
「そんな彼らの存在が、大ギルドの定義を変えた。人数の多さであった大ギルドの定義を、イノセント・ワールド内における知名度の高さに変えちまったのさ」
「知名度の高さに? もしやその後も、大ギルドを上回る小ギルドが現れたので?」
「ああ、そうさ。大抵の物事は数に負けるもんだが、やり方次第でその数をも凌げるもんだ。そうしたギルドたちは、あっという間に掲示板の人気者になり、最速ギルドのように大ギルドと呼ばれるようになった。そんな流れがあって、知名度こそが大ギルドの証明だと言われるようになったのさ」
「ほぇー。大ギルドにも歴史あり、ですね」
大ギルドとは、生み出した者にとっても所属する者にとっても、一種のステータス……身をたてる証のようなものだ。それだけのギルドを生み出せばその行為は偉業と呼ばれるであろうし、所属すればそのギルドに憧れるものにとっては羨望の的だろう。
かつて大ギルドの証明であった人数の多さは、VRMMOにとってそれだけで優位に立てる力であった。人が多ければ目も手も足も多い。それだけゲーム攻略で優位に立てるのだ。
だが、それだけが優位に立つ手段ではないととあるギルドが証明し、それを誰もが認めた。その証が、今の大ギルドの定義なのだろう。
「もちろん、人数が多けりゃそれだけ知名度も高くなるから、かつての条件が廃れたわけじゃない。むしろそれ以外の方法が増えたって考えるべきだな。その気になれば、お前らのギルドだって大ギルドの仲間入りができるのさ」
「我々の……」
「闘者組合が……?」
セードーとキキョウはしばしお互いの顔を見つめ合い……それから小さく噴き出した。
そんな二人の様子を見て、アラーキーはきょとんと目を丸くする。何か笑うようなところがあっただろうか?
「? どうした?」
「ああ、いえ……自分たちがそう呼ばれるなんて、想像もつきませんから」
セードーは苦笑する。自分たちには似合わない、そう呟いているようにアラーキーには聞こえる。
そして真剣な表情で、セードーは告げる。
「誰かに知られるよりも、己を識りたい……俺は、そう思いますよ」
「……哲学だねぇ、うん」
セードーの言うことは、時折年不相応の深さを持ってアラーキーの耳を刺激する。
何とも不思議な少年だ。いったい誰に師事を受けたのだろうか……アラーキーは時折それが気になって仕方がない。
とはいえ、今はゲームのプレイ中。MMOにおいてリアルの話題はタブーの一つだ。それを積極的に犯したいと、アラーキーは思わなかった。
サッと話題を元の場所に戻し、したり顔で頷いてみせた。
「ま、お前らの言うとおりだ。大ギルドなんてのはなりたくてなるもんじゃない……なってしまうのが大ギルドなのさ」
「そうですね」
セードーもまたどこか気の抜けた表情に戻り、手にしたおにぎりをモグモグと食べ始める。
キキョウはどこからか竹筒を取出しセードーに手渡してやった。
「はい、セードーさん」
「む、すまない」
礼を言って受け取るセードー。
どことなく嫉妬心を刺激されそうになる光景を横目に流しながら、アラーキーは掲示板へと向き直った。
(……さてRGSの攻勢はともかく、あのギルドの名前が上がらないのが気になるところかね……)
注意深く掲示板を読むアラーキー。掲示板に名前が上がらないのは活動していない証拠だが、今のあのギルドが活動していないというのは、アラーキーには信じられなかった。
(アーサーナイツ……今、どこで動いている?)
アーサーナイツ。初心者への幸運とはある意味対極の存在である、大ギルド。
その動向に目を光らせるように、アラーキーは別の掲示板を呼び出した。
なお、RGSは「Rapid Golden Society」の略の模様。




