log93.ブレイク
「えーっと……とりあえずそいつがボスだよー。倒すには、手にしてる剣を四本同時におらないと駄目だよー」
「なんだそれ超めんどくせぇ!」
「心得た!」
エイミーの説明に、アラーキーは呻きながら、ジャッキーは即座に武器を構える。
アシュラBは先ほどまでの回転攻撃ではなく、連続で蛮刀を振り下ろしアラーキー達を追い回す。
バキンバキンと激しい音を立てて屋上がひび割れてゆく。
「よっ!」
迫るアシュラBに向けてアラーキーがワイヤーナイフを発射する。
まっすぐ飛んでいったワイヤーナイフは、あえなくアシュラBの蛮刀によって弾き返されてしまう。
「おぉう」
「何がしたいんだ!?」
攻め入る隙を見計らうジャッキーは、遊んでいるようにしか見えないアラーキーを怒鳴りつける。
だが蛮刀を弾いた瞬間にできた隙を縫い、一気にセードーがアシュラBの懐へと飛び込んでゆく。
「な!?」
「網目を縫うような隙だけど、セードーなら突けると踏んでな」
アラーキーはジャッキーにニヤリと笑って見せる。
アシュラBの猛攻を縫い、最接近を仕掛けたセードーは、身に闇の波動を纏う。
「五体武装・闇衣――」
そして大きく腕を振るい、糸のように細い闇をアシュラBへと纏わり付かせてゆく。
「月下之縛糸ッ!!」
あっという間に全身に纏わり付いた闇の波動は鋼糸のようにアシュラBの体をきつく締め上げてゆく。
だが、さすがに大型モンスターを人間一人で抑えきれるわけがない。アシュラBは己の体をきつく戒める闇の波動を振りほどこうと、乱暴に全身を動かす。
「ぐぉ……!」
セードーは何とか踏み止まり、アシュラBを引きずり下ろそうとするが、さすがに空に浮かび上がられては踏ん張りも効かない。
「あ、あぁぁー……」
「セードーさーん!?」
そのままアシュラBに引きずられて空へと飛び上がってしまう。
アシュラBは苛立たしげにセードーを見下ろし、そのままグルグルと回転し始める。
「あ、アレまずくね?」
「下手するとそのまま、塔の上から落ちるわねぇ」
ミツキは一つ頷くと、右手に水を纏いアシュラBへと駆け寄ってゆく。
振り回されるセードーに接触しない程度の位置まで駆け寄り、そして飛び上がり右手の水を思い切りアシュラBへと叩きつける。
「そぉれっ!」
高速で振り抜かれた水の塊は扇状に広がり、アシュラBの頭に叩きつけられる。
速度を持った水の破壊力は、固いコンクリートさえ引き裂く威力を出す。……さすがに、ミツキの放った水にその威力はないが、アシュラBの動きを止めるには十分な威力はあった。
受けた水の一撃により頭骨に罅の入ったアシュラBは動きを止め、セードーの動きもまた止まる。
その一瞬を逃さず、ジャッキーがアシュラBとセードーが繋がっている闇の糸を斬り裂く。
「はっ!」
「ぐぉ。……申し訳ない」
「なんの。気にするな」
セードーは少し恥ずかしそうにジャッキーに礼を言う。
アシュラBは体に纏わり付いた闇の波動を力尽くで引き裂き、そのまま空中から蛮刀を振り回し、衝撃波をセードー達に向かって撃ち下ろす。
「きゃあ!?」
「おりゃぁ!」
降り注ぐ衝撃波を、皆それぞれの武器を持って弾き返す。
屋上にぶち当たった部分が斬り裂かれているのを見るに、衝撃波には斬撃属性でも付加されているようだが、一定以上の攻撃力があれば素手でもぶち抜けるようだ。全員が問題なくアシュラBの攻撃を切りぬける。
自身がサーベルを用いる中、セードー達が素手でアシュラBの衝撃波を破砕するのを見て、ジャッキーは戦慄する。
「話には聞いていたが、マッシヴギア、本当に素手攻撃力が上がるんだな……」
「ナハハ。花瓶プレイ、糸プレイに比べりゃナンボか正統派だけどな」
自身もキワモノの一つである糸プレイを行うものの一人であるアラーキーは小さく笑い、それからアシュラBを見上げる。
アシュラBは威嚇するように蛮刀を振り回しながらゆっくりと降りてくる。
アラーキーはワイヤーナイフをヨーヨーの要領で伸び縮みさせながら、周りに提案する。
「……よし、同時攻撃といこうか」
「同時攻撃……ですか?」
不思議そうに首を傾げるキキョウに頷き、アラーキーはアシュラBの蛮刀を指し示す。
「さっきやった蛮刀弾き。アレを四本同時に発生させ、硬直した瞬間をついて蛮刀をへし折る。これが多分一番早いだろ」
「確かに、あれが一番早そうやな。人数も……」
ウォルフは軽く見まわす。この場にいるのは闘者組合の五人と初心者への幸運の三人。二人一組で、一本ずつ担当すればちょうどぴったりだろう。
「……ちょうどやしな。タイミングは?」
「そちらに合わせよう。組み合わせはどうする?」
ジャッキーはサーベルを鞘に納め、それからゆっくりとアシュラBとの間合いを測る。
そんなジャッキーの背中に、エイミーがぴったりと寄り添った。
「どうせなら、ジャッキーのかっこいいとこみたいなぁ?」
「……君は早く着替えたまえ」
まだ自身のマントを纏っているエイミーから目を逸らしつつ、ジャッキーはアラーキーを睨みつける。
アラーキーは嫌らしく笑ったが、それ以上何も言うことはなくセードー達の方を見る。
「さて、こっちは一人あまりだけど、誰か俺と組んでくれない?」
「では、私が」
アラーキーの呼びかけに、ミツキが微笑みながら申し出る。
「おっと、割と早く決まった感じ? こっちは嬉しいけど、いいのかい?」
「ええ……。割と、私も、余り気味で……」
ミツキはヨヨヨと巫女服の袖で涙を拭く素振りを見せる。
そんな彼女に、ウォルフとサンが物申し始めた。
「ちょいとミツキさん。セードーとキキョウの二人はともかく、あたしとこいつをセット扱いすんのはやめてくれよ」
「せやせや。なんでワイがこんなチンチクリンとコンビやねん。そのくらいなら、ピンの方がまだましやで」
「……相性はともかく、いいコンビじゃないか? うん」
そっくりそのまま同じ反応を返す二人を見て、アラーキーは笑いをこらえながらそう答える。
ごまかすように咳払いをし、それからアシュラBに向き直り、ミツキへと声をかける。
「それじゃあ、こっちで隙作るんで、よろしく頼むぜミツキさん!」
「ええ、お任せくださいな、アラーキーさん!」
「ちょっと! あたしらのチーム編成このまま!?」
「変更をもとーむ!!」
そのままアシュラBへと向かう二人の背中に呼び掛けるウォルフとサン。
そんな二人に、セードー達が声をかけた。
「なら、変わるか?」
「サンちゃん、一緒にいこっか?」
「憐れむなぁ! なんか恥ずかしい!」
「やったろやないかぁ! このボケと見事仕事果したろうやんかぁ!!」
ウォルフたちはやけを起こしたように叫び、そのままアシュラBの元へと向かう。
セードー達は二人のその様子を見て、苦笑しながら顔を見合わせる。
「なんていうか……いつも通りですね」
「そうだな。――行こうか」
「はい……!」
二人に続き、セードー達もアシュラBに向かって駆け出す。
動き始めた仲間たちを見て、ジャッキーとエイミーもそれぞれの武器を構える。
「エイミー! 君がまず攻撃してくれ!」
「オッケー! そしたら決めてね!」
エイミーはステッキの一振りで衣装を着替え、ジャッキーのマントをそのまま装備し直す。
ジャッキーは呆れのため息をつきながら、鞘に納めたサーベルの柄を握る。
アシュラBを挟んで、ジャッキーたちの反対側に展開したアラーキー達はゆらりと揺れる蛮刀の一本に狙いをつける。
「じゃ、俺が隙を作るんで、止めをよろしく! ……って、ミツキさんはアレ折れるの?」
「こう見えて、STRは高めですよ?」
ミツキはおどけて力こぶを作る動作をして見せる。
そんなミツキの姿に小さく笑いながら、アラーキーはワイヤーナイフを構えた。
「じゃ、タイミングはよろしく!」
「ええ! 合わせますよ!」
ミツキ達が親交を深める間に、アシュラBの背後を取ったウォルフとサンはにらみ合いながらお互いの役割を決めようとしていた。
「遠距離攻撃をあたしは持ってない。だからあたしが剣を折る」
「身を挺して隙を作らんかい。ワイが剣を折る」
「あんたの方が燃費いいじゃねぇか! 効率を考えてあたしに譲れ!」
「効率で言うんやったらレベルの高いワイの方が確率は高いやろ! 確率的にワイがやるべきや!」
「なんだよ!」
「なんやねん!?」
そのままギリギリとにらみ合うウォルフたちを、アシュラBの正面から伺いながらセードー達は一つため息をつく。
「何をやってるんだあいつら……」
「まあ、はじまったら合わせてくれますよ……。私が隙を作ります」
「では、俺が折ろう」
すり足で、セードーが間合いを測る。
四組八人の中心に据え置かれたアシュラBは、自身の周りを固めるプレイヤーたちを威嚇するように、ゆらゆらと蛮刀を揺らす。
アシュラBはゆらりと炎を揺らめかせ、自らの正面に立つセードー達に狙いを絞る――。
「あー埒が明かねぇ! だったら、どっちが折れるか勝負じゃぁ!」
「おー、やったろやないか! したら、よーいドーン!」
「あ、てめぇ!?」
――その緊張を打ち破るように、ウォルフが飛び出し剣に飛びつこうとする。
サンもさらにそれを追って飛び上がり、剣に一当てしようとした。
それを見て、その場にいた全員が一斉にアシュラBに飛び掛かる。
「わかりやすいねぇ、ホントに!」
「もー、サンちゃんってばぁ!」
「間に合ってー! マジカルカッター!」
アラーキーのワイヤーナイフ、キキョウの閃衝波、エイミーのマジカルカッターがアシュラBを狙って飛ぶ。
「先行きやがってテメェが斬られろ連環腿ぃー!」
「なんばしよっと!?」
そしてサンに背中を蹴られたウォルフも加速して突撃してゆく。
アシュラBは放たれた一撃を捌こうと、四本の蛮刀を振り回し己を狙う一撃を叩き落としてゆく。
「ンギャー!?」
一部は生きた人間であったが、それでもアシュラBの動きが一瞬止まる。
その隙を狙い、さらに飛び上がるセードー達。
「シュトゥルムゲイザァァァ!」
「魔天月影斬ッ!!」
「水蛇閃吼ッ!!」
「炎虎砲ッ!!」
蛮刀を狙って放たれる、必殺の一撃。
サーベルが、蹴りが、掌打が、崩拳が。
アシュラBの蛮刀を打ち、罅を入れ、一撃でへし折った。
その瞬間、アシュラBの全身から青白い炎が消えた。
―ォォォォォ……!―
折られた蛮刀を天へと突き上げ、遠吠えに近い音を喉笛のない喉から絞り出すアシュラB.
再び幽鬼の炎が点ったと思ったら、その炎はアシュラBの全身を一瞬で飲み込んでしまう。
―ォォォァァァァ………!―
断末魔のような悲鳴を上げ、アシュラBは消滅し……再びセードー達の視界に文字が現れた。
〈Mission Complete!! 第二Waveを突破しました、おめでとうございます!〉
「……これで、クリア、か……」
セードーは一息つくように拳を下し。
「何さらすねん、サァァァァンンン!!! 危うくワイのせくしぃぼでぃが真っ二つやんかぁー!?」
「うるせーばーか! フライング上等のチキン野郎は粛清されてしかるべきなんだよ!」
「あぁん!? やんのかぁ!?」
「やったろうじゃねぇか!!」
途端に始まるサンとウォルフのケンカを見て、本当にため息をつく。
「相変わらずと言えば、相変わらずだな……」
「まあ、いいんじゃねぇの? ケンカするほど、仲がいい……」
アラーキーはそう言ってジャッキーたちの方を見て、にやりと笑う。
「なぁ?」
「……まあな」
「えへへ……」
ジャッキーとエミリーは、照れたように笑い、アラーキーの言葉に答える。
なんとなく、何があったのかを窺わせる反応だ。
セードーはそんな三人の会話を聞いて、小さく肩をすくめる。
「サンとウォルフも、これほどと言わずに仲が良くなればよいのだがな」
「がるるる」
「ぐるるる」
唸り声を上げながら睨みあう二人を見て、そうなる日はまだまだ遠いようだと、セードーはぼんやり考えるのであった。
なお、最終的に二人のケンカは決闘に発展した模様。




