log9.スキル
「なるほど。経験値の変換効率は、どんな行動をとったか、によって変わってくるのですね」
「ああ、そうだ。このゲームじゃ、どんな行動をとっても経験値が溜まるが、それでも効率よく経験値を溜めよう、って考えるんならその辺りもしっかり知っておく必要があるな」
アラーキーはそう言いながら、呆れたように首を横に振る。
「状態異常を使ってHPを削ったりってのが一般的なんだが、武器を装備していない状態で、急所狙いで、一撃必殺なんてことになったら、そりゃもう経験値もウハウハだろうな」
「はぁ。そうなのですか」
いまいちよくわかっていないセードーは小首を傾げる。
自分が、他のプレイヤーにとってどれだけ羨ましいことをしているか理解していないようだ。
と言っても、アラーキーも一々底を細かく指摘して突っつくつもりもない。早めにその話を切り上げ、次の話題へと移った。
「ま、経験値を溜めやすいってのはいいことだな。これからもガンガン一撃死を狙ってくといい」
「聞いてるだけだと、相当ヤバいよね、今の発言~♪」
「やかましい」
茶々を入れてくるカネレを軽く睨みながら、アラーキーは自らのクルソルから何枚か板のようなものを呼び出した。
「次はスキルシステムについて教えておくか。これも案外忘れやすいからな」
「スキルシステム……ですか」
セードーはアラーキーが呼び出した板を見る。
板には別の板が何枚もはめ込まれていた。板同士の大きさはそれぞれバラバラだ。
そして、隣り合った板の中には、光り輝くラインでお互いを繋がれているものもあった。
板同士が結ぶ線は、何かの図形を描いているようにも見える。ネオンサインのようなそれが、キキョウの目を引いた。
「綺麗です……」
思わずといったように呟いたキキョウの言葉に微笑みながら、アラーキーは彼女が見ている前で小さな板を外してみせる。
「さて俺が今手に持ってるものは“スキルボード”って名前の代物だ。基本的にPC一体につき、三枚配られてるもんだ。んで、今外してみせたのが“スキルカード”。“スキルブック”ってもんにスキルポイントを消費することで生成されるアイテムで、PCが使うスキルの元になるもんだ」
「スキルブックはPCが持ってる基本系と、特定のNPCが持ってる特殊系があって、それぞれから生成されるスキルカードは結構別物なんだよ~」
「なるほど」
二人の説明にセードーは一つ頷き、自らのクルソルからスキル関係の項目を呼び出す。
そしてスキルブックと呼ばれるものを呼び出し、手に取り開いてみる。
一ページずつにスキルの名前と効果、そして何ポイントのスキルポイントを消費するかが明記されている。
習得、と書かれたボタンはチカチカと点滅を繰り返しており、おそらくこれを押すと“スキルカード”が生成されるのだろう。
「このスキルカードがなければ、スキルが使えないのですね?」
「ああ、その通り。んで、こっからが重要なんだが……スキルカードを生成しただけじゃ、スキルは使えないんだ」
「え? そうなのですか?」
「そのと~り~♪ 普通のゲームだと~、スキルポイントを消費すれば使えるようになるから~、皆結構勘違いしちゃうんだけどね~♪」
「生成したスキルカードは、こんな感じでスキルボードに組み込むことでスキルとして機能するようになるのさ」
アラーキーは、外したスキルカードをスキルボードに填め直す。
再びスキルカード同士がラインで繋がれ、ラインが輝きだした。
「んで、使いたいスキルが入っているスキルボードを、装備する。こうして初めて、スキルが扱えるようになるんだ」
「……なかなかに複雑なシステムですね」
アラーキーの言葉に、セードーは難しい顔になる。
スキルボードは抱える程度の大きさはある。しかしそれでも、セットできるスキルカードの枚数には限界があるだろう。
これはつまり、一度に使えるスキルの数には限界があるということだ。
限られているであろうスキルポイントをどのように振り、さらに獲得したスキルカードをいかにセットするのか……自身がどんなキャラを目指しているのかにもよるだろうが、それなりのセンスが求められる作業だと、セードーは感じた。
「獲得できるスキルに限界がある以上、いかにしてスキルカードを作り、そしてそれをセットするのか……とても悩ましいですね」
「んー、まあ、そこまで悩む必要もないけどなぁ」
悩むセードーの姿に反し、アラーキーは軽い声でそう答える。
「どういうことでしょう?」
「各PCがレベルアップで獲得できるスキルポイントは、レベル30までは1Pずつだが、そこからレベル50までは2P、そしてレベル99までは3Pになってる。しかもそれだけじゃなく、NPCから受けられる依頼をこなすことでスキルポイントを得ることもできるから、後半になればなるほどスキルポイントって余るんだよな」
ちなみにレベルアップだけで獲得できるスキルポイント数は、200Pを超える。それに加えて、さらに依頼で手に入るスキルポイントも結構な量になるとアラーキーは口にした。
基本系と特殊系のスキルブックの総ページ数は良くわからないが、後半になればなるほどスキルポイントの獲得量が増えるのであれば、足りないと嘆く必要もなさそうだ。
「……それは、なんというかすごい数ですね……」
「ま~、さすがに全部には振れないけどねぇ~♪ それぞれのスキルのレベルアップには結構な量のスキルポイントがいるしねぇ~♪」
「そもそも全部に振る意味もないしな。自分の使うスキルのだけ振っときゃいいんだ」
「はうぅ……それでも、どのスキルに振るか迷っちゃいますよぅ……」
そう呟きながら、キキョウもスキルブックを捲っていく。
“スキルブック”に書かれているスキルは武器強化や魔法弾といった攻撃系のスキルに、開錠や罠解除といった探索系のスキル、そして料理や歌などといったゲームを進行するうえで直接関係のなさそうなスキルまで載っていた。
現在はレベル1。そして持っているスキルポイントは1P。今後のゲームをどのように進行していくかを考える上で、この1Pは重要な意味を持ちそうだ。
「……先生。熟練者の方は、まずどのスキルにポイントを振るのでしょうか。良ければ参考にお聞きしたいのですが」
「その質問は、お前がなにをしたいかによって変わってくるんだよなぁ」
セードーの疑問に対し、アラーキーは難しい顔をして顎を撫でた。
「このゲームでシナリオを進めるのか、はたまたひたすらモンスターを倒すか、あるいは世界の住人としてのんびり暮らしてみるか……」
「このゲーム、シナリオはあるけど~、その強制力は皆無だからねぇ~。基本的にはプレイする人の一存で~、どんなゲームか変わっちゃうんだよねぇ~♪」
「その辺の自由度もこのゲームの魅力だからな」
「そうそう~♪ いろいろできるのが、このゲームの醍醐味の一つだよね~♪
カネレとアラーキーは笑って話し合う。
「じ、自由ですか……うぅ……」
キキョウはそんな二人の言葉に目を回す。まあ、初心者がいきなり「何をしてもいいよ」と言われれば困惑するだろう。
「……」
だが、セードーは戸惑わなかった。
拳を握り、それを見つめ、そしてアラーキーに告げる。
「どこにいようとも、俺が為すことは変わりません」
「ん?」
「この拳を……空手を。修練し、練磨し、磨き、そして極める……。この一身、我が生涯はそのためにのみあるのです」
強く固めた拳は、彼の決意、信念をそのまま表しているかのようだ。
未だ人生を二十年も生きていないはずの少年には、似つかわしくない威圧感とでもいうべき気配が、彼からは溢れ出ていた。
「セードーさん……」
セードーの言葉に、キキョウは息を詰まらせる。
何を思っているのか、苦しそうに胸の前に手を当て、キュッと握りしめた。
どこか、遠く眩しいものを見るような眼差しだった。
セードーの言葉、そしてキキョウの様子を見て、アラーキーは笑って肩を竦めた。
「……そのつもりならなおのこと、対人戦は経験しておいた方がいいと思うんだがな、うん」
「でも、レベル1じゃ無謀でしょ~? セードー君の言うことも正しいよ~♪」
「まあな」
カネレに首肯を返し、それからセードー達へと向き直る。
「――そのつもりなら、まずはレベル上げに専念した方がいいな、うん。レベル10まで上げれば、キャラの方向性を固められる要素の一つである“ギアシステム”が解禁されるからな。スキルポイントも、ギアを獲得するまでは取っておいた方がいいだろう、うん」
「ギアシステム……ですか」
「まあ、他のゲームにおける上級職……っても、お前にはわからんか。まあ、平たく言えば基本系スキルでも、特殊系スキルでもない、言ってしまえば武器系スキルとでもいうべきスキルが手に入るようになるのさ」
二人の説明を聞き、キキョウはおずおずと片手を上げる。
「武器……あの、武器強化とかとは違うんですか?」
「全然違うよ~♪ 武器強化は、武器全般を強化できるけど~、ギアスキルは特定の武器しか強化できないんだよ~♪」
しかし、強化率はギアシステムで手に入るスキルの方が効果が高いという。つまり自分の好みの装備を率先して強化できるようになるシステム、ということらしい。
カネレの説明を聞き、セードーは少しさびしそうに固めた己の拳を解く。
「武器、か」
彼の手には何も握られていない。彼は武器を持っていないのだ。
自らはそのシステムの恩恵を受けられないのか、と不安に思うセードーを元気づけるように、カネレは歌う。
「んん~♪ セードーにもきちんとギアシステムは適用されるから心配しなくていいよ~♪」
「ん、そうか。なら、いい」
熟練者であるカネレの言葉に、セードーは安心して頷いた。
もし仮に武器を装備しなければそのシステムの恩恵を受けられないのであれば、何らかの武器を装備する必要が出てくるところだ。
空手において、武器を使う技がないわけではない。琉球空手であれば一部の流派がトンファーやヌンチャクを扱うことができるし、武器対策の一環として刀剣の扱いを習得する者はいるだろう。
そしてセードーの収める流派は、一般的な武器類の扱いは一通り修練の一環として学んでいる。その気になれば、今首に巻いているマフラーも武器として扱うことはできるが……やはり心身を捧げた武術で闘うことを、セードーは望んだ。
「もし武器を使うなら~、拳に填めるナックルガードみたいな武器はあるよ~?」
「いや、あれはどちらかと言えばグローブに近かろう。蹴りも使うのでな、どちらか一方だけが強化されてしまう状況は避けたい」
「こだわるねぇ~」
セードーのこだわりを聞き、カネレは楽しそうにギターを爪弾いた。
「でも、そう言う小さなこだわりを貫くのもまた、このゲームの楽しみ方だよねぇ~♪ 他人と違うプレイ大いに結構! 他人の目なんか気にすんなぁ~!♪」
「ネタプレイ筆頭が言うと、説得力があるな」
「「ネタプレイ筆頭?」」
アラーキーは愉快気にギターをひっかき鳴らすのを呆れたように見やり、それからセードーとキキョウの二人に説明をする。
「こいつはな? ギアシステムで受けられる恩恵やらなんやらガン無視で、歌のスキルと、音楽家NPCから取得できる楽器関係のスキルばっかり取っててなぁ。ほとんどそれだけでレベルアップしてるんじゃないかって言われてるほどだ」
「……根拠をお聞きしても?」
「では本邦初公開! これが僕のスキルボードだよぉ~!♪」
セードーの言葉に、カネレはスキルボードを自身の周囲に展開する。
くるくると回るスキルボードは全部で十枚。内一枚は光り輝いて見えた。おそらく、光っている一枚が現在装備しているスキルボードなのだろう。
セードーがじっと目を凝らして光っているスキルボードを見てみると……。
「……“歌”レベル10、“ギター”レベル10、“肺活量”レベル10……」
「“拡声”レベル10に“魂の音楽”レベル10……。ほ、本当に戦闘に関係のなさそうなスキルばっかりです」
「そもそも本邦初って、お前誰にでもホイホイスキルボードみせてるじゃねぇか」
「てへぺろ☆」
アラーキーをごまかすように舌を出すカネレ。
しかし、彼が現在装備しているスキルボードは本当に戦闘関係のスキルが少ない。ボード表面のほとんどを歌か楽器関係のスキルが埋め尽くされており、申し訳程度の戦闘スキルは、セードー達も見たことがある“プラズマブレス”をはじめとする魔法スキルが数点、レベル1の状態で隅っこに追いやられていた。
「レベル1であの威力なんですか……?」
「ああ、プラズマブレスか? 元々ドラゴン系モンスターが使うスキルでな。スキル威力自体が高いし、威力は歌に関係のあるINT依存だからな。レベル1でステータスがしょぼくても、結構な威力が出るんだ」
「その代り、MP消費がパナイけどねぇー! いえぁー!」
アラーキーは、楽しそうなカネレを余所にセードー達をまっすぐに見据えた。
「まあ、こいつ以外にもこんな感じで趣味に走ってる奴もいるが……序盤にそっちに走るのはお勧めしない。経験値効率が悪いからな。せめてレベル10になってギアシステムを解禁するまでは、戦闘メインで経験値を溜めるのを、俺は勧めるぞ」
「は、はいです」
「わかりました」
「よろしい」
アラーキーの言葉に二人は顔を見合わせ、そして交互に頷く。
アラーキーは二人の返事に満足し、体を翻した。
「それじゃ、さっそく経験値稼ぎに行くとするかね」
「「はい!」」
初心者二人は元気に返事をしてアラーキーの後を追い。
「んん~♪ 初心者が元気がいいのは良いことだ~! でも置いてかないで~」
三人に置いていかれたカネレが、ギターをかき鳴らしながらその後を追いかけた。
なお、追加のスキルボードは課金アイテムの模様