log88.城砦突入
マンスリーイベント、城砦攻略開始から一日経ち、イノセント・ワールドBBS内では今回のイベントの攻略情報がちらほらではあるが出始めていた。
ギルド同盟集合の一時間ほど前に初心者への幸運のギルドハウスでBBSを確認していたアラーキーは、その内容を読んで軽く顔をしかめた。
「なんじゃこりゃ? どうなってんだ一体……?」
とあるギルドによれば、第一ウェーブは城壁に満載山盛りとなったトラップを掻い潜り、城砦への渡り橋を下すものだったという。
だが別のギルドは城砦の城門を守る人型モンスターとの一騎打ちに勝利せねばならず、百人前後のプレイヤーがその人型モンスターに敗れたと口にする。
かと思えば、城門が存在せず、城砦へと通じる地下洞穴を探すのにずいぶん苦労したというギルドも存在する。
どこのギルドも言うことがまるで違うせいで、BBSも随分と混乱しているのが見て取れた。攻略方法が似通っているギルドは存在していたが、登場したモンスターは異なっているようだ。アラーキー達のギルド同盟の場合はボスモンスターがエルダーゴブリンオーガであったが、別のところだとギガファットドラゴンという肥満体ドラゴンモンスターだったという。
新聞紙に似せたBBS端末を流し読みながら、アラーキーはコーヒーを啜る。
「今回のイベント、まさか攻略するギルドごとに性質が違うってわけか?」
「珍しいよねー。ここまで大がかりなマンスリーイベントはさー」
アラーキーが座る椅子の背から覗き込みながらエイミーはBBSを覗き込む。
エイミーにもよく見えるようにBBS紙を傾けてやりながら、アラーキーは頷いた。
「だな。イベントとはいえ、月一だからなぁ。ここまでめんどくさい仕様にしてると、先が続かんだろうに」
マンスリーイベントは、イノセント・ワールドの目玉の一つである。月一回、先行配信を含めた大型イベントを開催する労力は計り知れないものであるが、それだけにユーザー側からの評価はかなり高く、イノセント・ワールド運営陣にとっては命綱の一つとも言えるだろう。
だが、そこに心血を注ぎ過ぎれば後が続かないだろう。ゲームを運営する期間が長引けば長引くほど、イベントの鮮度というものが失われる。同じイベントが繰り返し行われるようになればプレイヤーは飽き、ユーザーからは不満が吹き出し、やがてゲームから人は去ってゆく。そうして電子の海の中へと埋没し、消えていったMMOをアラーキー達は良く知っていた。
「こういうイベントは面白いけど、ストックを一気に消費してるようなものだしねー」
「長く続いてほしいユーザーとしちゃ、出し惜しみしてほしいもんだけどなぁ」
「ああ、そういえばなんだが……」
剣の手入れを行っていたジャッキーが、思い出したように顔を上げる。
「どうも今回のイベント、城砦の一つ一つに管理者が付いているようだぞ?」
「え、管理者?」
「マジか、オイ」
管理者とは、運営側のプレイヤーであり、イノセント・ワールドの管理運営から、こうしたイベントのコンパニオンなど多岐にわたる仕事をこなす、イノセント・ワールドのプロとでもいうべき存在だ。
基本はプレイヤーと同じアバターを使用するが、最大の相違点としてコンソールと呼ばれるチートコマンドが使用できる点があげられる。このコンソールを利用することで、ゲーム内の違反者を取り締まったり、あるいはイベントを運営したりするわけである。
通常は一つのイベントに対して、大体十人前後が管理者としてイノセント・ワールドに降り立つことが多いのであるが、今回は各イベント会場に一人ずつ管理者がいるらしい。
BBSで確認できるだけで、二十以上の城砦攻略記事が書き込まれている。イノセント・ワールドのギルド数は、誰もが知っている大型ギルドが五十以上、身内型の小さなギルドまで含めると一千を超えるギルドが存在すると言われている。それらがすべてイベントに参加できるだけの管理者がイノセント・ワールドに降り立っているとなると……。
「……大丈夫か、セイクリッド社。前期の決算、かろうじて黒字じゃなかったか?」
「下手したら赤字なのはいつものことじゃないかなー? 採算度外視を謳ってるようなところだよ?」
「度外視にもほどがあるだろう。人件費いくらかかるんだこれ」
思わず零れるため息。経営のど素人でも、普通はやってはいけないことだというのが理解できる異常事態だ。
面白いゲームを提供してくれるのは構わないが、その結果倒産なんてことになっては困るのだ。
「……まあ、いいや。とりあえず、今のイベントに全力を注ぎますかね」
「そだねー」
「そろそろいい時間だな。行くとするか」
「ん、そうだな」
ジャッキーに促され、アラーキーは立ち上がり集合場所へと向かう。
「……しかし、イベント攻略どうするかね?」
結局イベント攻略に関わる情報は得られなかった。
城門解放も、結局想定していた形では侵攻しなかったことを考えると、この先も定石が通用しない可能性がきわめて高いだろう。
胸に小さな不安を抱きつつ、アラーキー達はギルドハウスの外へと出て行った。
そして迎えるイベント二日目。解放された城門をくぐり内部へと侵入したギルド同盟を出迎えたのは無数のモンスターたちと、逆三角形状の巨大な城砦の姿であった。
「外から見えた姿と違うのは……まあ、いいとしよう。きっと幻覚の類だ」
近寄ってくるゴブリンオーガシリーズを蹴倒しながら、セードーはうんざりしたように城砦を見上げながらつぶやいた。
「だが、城砦の足元付近に出入り口が見られないのは気のせいだろうか?」
「ワイの目にも出入り口が見えんわ」
モンスターの顔面を殴り抜けるウォルフもセードーに同意する。
彼らが見上げる逆三角形上の城砦、三角錐型の構造物は今にも倒れそうなほどに不安定な見た目であった。ちょっと蹴っ飛ばしたらそれだけで崩れ落ちてしまいそうだ。
常識はずれなのはその見た目だけではなく、どうも出入り口のようなものは見当たらないのだ。普通は地面に接しているへんの一片のどこかに出入りするための穴が開いていそうなものだが、黒曜石のようなもので出来ている構造物には穴の一つも空いてはいない。上を見上げると窓っぽい穴が開いているのは見えるが、出入りするためのもののようには見えない。実際、その穴からは小型のワイバーンが引っ切り無しに出入りしている。
緋色の大剣を唸り上げながら振り回すリュージが、げんなりしたように空を……より正確には城砦のてっぺんを見上げて呟いた。
「つまりこれはあれか? 何とかしてあそこまで飛ばなきゃ中に入れないってことでOKなのか?」
「めんどくさいねぇ……一回登っちまえば、ワープポイント設定するなりなんなり出来るけどさ」
飛び回るワイバーンを撃ち落すホークアイも、めんどくさそうな表情で空を見上げている。
今回のモンスターはGオーガソルジャーを中心とした、軽戦士タイプと、空を飛び回る小型ワイバーンの群れだ。地上を駆け回るモンスターは昨日相手をした連中と比べて弱めであるが、制空権を確保しているワイバーンの群れは厄介だ。
先ほどホークアイが口にしたように、進入口となりそうな城砦の天井に魔導師が一人昇り、下と上を繋ぐためのワープゲートという魔法を使用すれば城砦に入ることはできるだろう。
だが、魔導師単体ではワイバーンの群れを突破するのは難しいだろう。空を飛ぶ魔法というのはあるが、〈風〉属性を取らなければ実用は難しい。今回のギルド同盟内では、かろうじてエイミーが〈風〉属性を取っている。それ以外は火力に長ける〈火〉属性や、補助に長ける〈水〉属性を取得しているものが多く、空を飛べる魔導師は少ない。
となれば、下から火力に優れた魔導師が援護するのが常道。火砲によってワイバーンの群れを撃ち落とし、その隙間を飛んで抜ければいいわけなのであるが……。
「エイミーさん、どうですか!?」
「だめー! ワイバーンの群れ厚すぎるよー!」
果敢に空を飛び、ワイバーンの群れを突破しようとするエイミーの悲鳴が響き渡る。
どうやら城砦に開いているあなという穴からワイバーンが飛び出し、城砦内に誰も進入しないように警戒しているようだ。
「フレアボムッ!」
「アクアバスタァー!」
エイミーを援護すべく、多くの魔導師が空に向かって魔法を撃ちこんでいるが、ワイバーンの群れが薄くなったような気配はない。出るたび出るたび、ギルド同盟の頭上へと集まっているようだ。
「キキョウ! ちょっと跳んでけよ!」
「無理ですよ!? あの数じゃ、跳んだ先に何かいますよ!」
貼山靠でゴブリンを砕くサンの乱暴な言葉に、キキョウは首を振って拒絶を表す。
「跳んでる間の物は無視できるけど、跳んだ先に何かあると私弾かれちゃうんです! そのまま死んじゃうこともあるんですよ!?」
「そう言えば一回、石の中にいるーってことになったわね……」
頭から落ちるゴブリンの傍でミツキが軽く首を傾げる。
光陰流舞によるワープで無視できるのは移動中のみの話であり、移動後は強烈な干渉を喰らってしまうようだ。絶対拒絶の意志を見せるキキョウを見て、ソフィアがサンをとりなした。
「まあ、落ち着くんだサン。いやがるキキョウに無理をさせて、戻ってこなくなっては意味がないだろう?」
「むう……まあ、そうだよな。ごめんキキョウ」
「いえ、私こそ……」
ソフィアの言葉に二人は冷静さを取り戻し、お互いに謝罪する。
そんな二人を狙う不埒なゴブリンオーガ達を、コータとセードーが打ち倒した。
「……とりあえず前向きに考えよう。一人で無理なら、皆で行けばいいよね?」
「軽く言うが、空を飛べる人間はいない。優秀な飛行スキル持ちも、数名だけのようだ」
エイミー以外にも、何とか空を飛べるプレイヤーはいるようだが、彼女に追い付けるほどの速度は出ないようだ。
セードーはウォルフの方を見やり、問いかける。
「ウォルフ。お前も飛べなかったか?」
「飛べる。せやけど、そこまで長い事飛ばれへんぞ? てっぺんまで追いつけるかどうか……」
ウォルフは不安そうに空を見上げる。彼の飛行方法は空中歩法との組み合わせだ。蹴る回数に限度はあるので、城砦の天井に張り付けるかどうかはわからない。
「まあ、やるだけやったるわい。うぉりゃぁー!」
気合一貫で飛び上がるウォルフ。風を纏い、ワイバーンの群れへと突入してゆく彼の勇ましさはなかなかのものだが、やはりワイバーンの群れは強敵のようだ。体中を突っつかれてもがき始めた。
「ぬがぁー!? かむなつつくなひっかくなぁー!」
「一人で突っ込むな、ウォルフ……」
「今行くよ! 堪えて!」
二人はそう口にし、自身のスキルを発動した。
なお、エイミーは見せパン装備の模様。




