log86.ランチタイム
第一Waveクリアの知らせと同時に、城砦の門がゆっくりと開いていった。
錆びた蝶番が軋んだ耳障りな音を立て、巨大な木製の扉が観音開きに開いてゆく。
しばらくすると城砦の門は完全に開き切り、その内部を晒す――ことはなく、場内は透明の靄のようなものに覆われその向こう側を窺うことはできない。
セードーはその城門の様子を見て軽く首を傾げた。
「……あれは?」
「ん、ああ。城砦攻略イベントのウェーブごとに靄がかかって区切られててな。その靄を越えない限りはモンスターもリスポンせんようになってるのさ。要するに小休止のための仕組みさ、うん」
「……ウェーブってのはたとえ話ではなかったのですね」
気が付けば、腐るほどにあふれていたゴブリンオーガシリーズたちの姿も完全に消え去っていた。エルダーの死亡と同時に消滅でもしたのだろうか。
エルダーを殴り足りないらしいサンが、つまらなさそうに呟いた。
「ザコどもまで消えちまったよ……どうせなら、最後の一匹までたおせりゃいいのに」
「まーまー。それなりにつかれてる子もいるでしょ? ここからは休憩タイムだよー!」
エミリーは楽しそうにそう言うと、巨大なランチマットを取出し荒れた大地の上へと敷いた。
「休憩タイム……ですか?」
「ああ。まんぷくゲージは、もう空だからな。どのみち次のウェーブに取り掛かる時間も残されていない。なら、この後もプレイする時間を考えてまんぷくゲージを回復させておいた方がいいのさ。親睦を深める意味でな」
「なるほど……」
その様子を不思議そうに見ていたキキョウに、ジャッキーはそう説明する。
クルソルの時計を見れば、確かにイベントを開始してから四十分以上経過している。仮にこのまま城砦内に突入しても、おそらく次のウェーブを攻略することは敵わないだろう。
なら、ここで一息入れるのは悪い話ではない。ゲームなので疲れるわけではないが、ウェーブを攻略した祝杯を挙げるのに反対する者もいないだろうし。
花柄の可愛らしいランチマットを満足げに眺めながら、エミリーは辺りのプレイヤーたちを呼ばわった。
「みんなー! 集まれー! ご飯の時間だよー!」
「「「わーい!」」」
元気な掛け声で三人組が真っ先に駆け寄ってくる。
エミリーが呼び掛けた場所以外でも、他のギルドの者たちが思い思いの休憩用具を取り出して、休息を取りはじめていた。
重箱詰の弁当や、バケットから取り出した色とりどりのスイーツ……中にはどこから取り出したのか小さめの冷蔵庫からペットボトルジュースを取り出してごくごく飲んでいるプレイヤーもいた。
「冷蔵庫……?」
「どうやって動いてるんでしょうか……?」
「魔法の力じゃね? このゲームだとだいたい魔法の力で何とかなるし」
普通に冷蔵庫を使用している姿を前にゲームを始めて幾度目かとなるカルチャーショックを受けるセードーとキキョウに、適当なようでいて割と的を得ている言葉を投げかけてリュージがランチマットの上へと座る。
ギルド異界探検隊のメンバーと、初心者への幸運からの出向者、そして闘者組合の面々が、さらにランチマットの上へと集まっていった。
「サンシターめしー」
「はいでありますよー」
リュージの呼ばわる声にサンシターが駈け寄り、背負っていた中華鍋を取り出したコンロの上に設置する。
そしてインベントリの中から出汁入りのボトルと適度な大きさに切り分けられた具材を取出し中華鍋の中へと放り込む。
コンロに火を入れしばし待つと、あっという間においしそうに煮える鍋料理が完成した。
「割とあっさり煮えたな……」
「これ、魔法のコンロでありますから。さー、召し上がれでありますよー」
サンシターはランチマットに座った人数分のお箸と椀を取出し、甲斐甲斐しく周りの者たちへと具材をよそっていった。
そして全員で声を合わせ。
「「「「「いただきまーす」」」」」
箸を手に取り、鍋料理に舌鼓を打ち始める。
「んまーい! あんた、きんぴらだけじゃなくて鍋もうまいんだなぁー!」
「サンシターだもの。当たり前じゃない」
「いや、自分だから当たり前って言われても困るでありますよ……」
きんぴらに続きサンシターのなべ料理にも感激し、目を輝かせるサン。
マコは自分のことのように胸を張り、サンシターはそんな二人の言葉に恐縮するやら呆れるやらだ。
「はふはふっ……ホントおいしいです! 白菜に味がよく染みてます!」
「ホントだな。どうやったらこれほど味が染みるのか……」
野菜を中心に鍋を食べるキキョウは、その味に感激している。
ジャッキーも野菜の味が気に入ったのか、しげしげとほうれん草を摘まんで眺めている。
「ないわー。鍋とかありえへんわー。けど箸が止まらんわー!」
「食うか文句言うかどっちかにしろよ」
「お行儀悪いよ二人ともー」
がつがつと鍋の具を掻きこむウォルフとリュージ。
そんな二人の行儀の悪さをエミリーは注意するが、二人とも耳を傾けない。
「はい、レミちゃん。あーん」
「あーん」
「くっそう! 人目も憚らずイチャイチャするとか!」
「最近の若者の風紀の乱れは著しいものがちくしょう!」
「悔しいからやけ食いしてやるッチャァ!? 喉が! やけるぅ!?」
コータが自分の鶏肉をレミの口元へと運んでゆき、レミはそんなコータの箸を普通に受け入れる。
そのような光景を目にした三人組は、悔し涙を流しながら鍋料理を流し込むように掻きこみ、その熱さによって喉を焼いてしまっている。ダメージは入らないが、痛いものは痛いだろう。
「うん、相変わらずサンシターは腕がいい……うちのシェフとして欲しいくらいだ」
「え。サンシター、料理人じゃないのか……てっきりその筋の人間かと」
「この味で素人とか絶対嘘だろ。これ店売りの出汁の味じゃないぞ……」
「これを……男の子が……手作り……ウ、フフ、フ……」
ソフィアが淑やかに舌鼓を打つ横で、てっきりサンシターを料理人だと思っていたセードーが彼女の言葉に驚く。
それに同意するアラーキーの隣で、何かに絶望したような表情で俯いたミツキがぶつぶつと何事か呟いている。
これだけの人数で鍋をつつけばあっという間に具がなくなってしまうが、そのたびサンシターが新たな具を投入してゆく。新たに投下される具材は先ほどの物とは異なり、食べる物に新たな味を提供し、決して飽きさせない。
やや季節外れではあったが、そんな無粋なことを口にするものは誰もいなかった。
そんな即席鍋パーティーを見て、細長いクッキー状の固形食をぼそぼそ食べていたホークアイがゆっくり近づいてきた。
「いいねぇ、旦那たちは。こっちはレーションしか持ってきてないから、侘しいもんだよ」
「はっはっはっ! このぼそぼそした触感が、何とも言えないな!」
軍曹も笑ってはいるが、あまりおいしそうには食べていない。
そんな二人の背後からレーションを口にしながら、サラがしかめっ面で現れた。
「何言ってるのよ。レーションの補給性は、イノセント・ワールド内でも極めてレベルが高いでしょうが。これ一本食べるだけで、まんぷくゲージがおにぎり一個より多く回復するのよ?」
そう言って自慢げに手にしているレーションを差し出すが、もう勘弁とばかりにホークアイは両手を上げる。
「その分味が残念だし、値段も高め……コストパフォーマンスがいいとは言い難いね」
「レーション系はなぁ。ホントに戦闘中にも食べられる手軽さが売りだし。まあ、そんなとこに突っ立ってねぇで鍋食いねぇ」
レーション食にゲンナリしているホークアイに、リュージが鍋の具材を盛ったお椀を差し出した。
キノコに鶏肉、長ネギに豆腐……シンプルイズベストというべき具たちが、湯気を立てて椀の中に盛られていた。
風に乗って微かに香ってくる出汁が何とも言えず食欲を誘い、ホークアイは一も二もなくその椀を受け取った。
「いいのかい?」
「おうともさ」
「自分を守ってくれたお礼であります。たんと食べてほしいであります」
「それじゃあ遠慮なく」
「あ、ちょっと!?」
サンシターに促され、ホークアイはランチマットの上に腰かけ鍋を食べ始めた。
サラは肩を怒らせ、ホークアイを怒鳴り始めた。
「あんた、銃火団の誇りがないの!? 施しは受けないって、いつもリーダーが言ってるじゃない!」
「施しじゃないさ。護衛に対する正当な報酬って奴だ」
サラの説教を聞き流しつつ、ホークアイは鍋をおいしそうに食べてゆく。
サンシターは椀の中に具をよそい、サラにも差し出した。
「そうでありますよー。お連れ様もぜひどうぞであります」
「いや、あたしは……!」
サラは両手を振って拒否しようとするが、お椀の中から漂う出汁の香りに思わず涎を啜る。
「じゅる……い、いや、あたしには銃火団の誇りが……」
「軍曹は? いける口でしょ?」
「はっはっはっ! 差し出されたものを受け取らないのはよくないからな!」
「え、ちょ」
マコが差し出した椀を軍曹が受け取り、ホークアイの隣に座ってかきこみ始める。
鍋をおいしそうに食べる仲間たちの姿にサラは若干涙目になり始めた。
「あ、あんたたち……!」
プルプル震え始めるサラに、サンシターはそっとお椀を差し出した。
「さ、どうぞ?」
曇りなき笑顔でそう告げるサンシターの笑顔を見て、サラは俯き肩を震わせ、それから小さな声でつぶやいた。
「……い、いただきます……」
「召し上がれでありますよー」
結局根負けし、サンシターからお椀を受け取ってもそもそと鍋を食べ始めるサラ。
先ほどの発言もあってか恥じ入る様に縮こまる彼女の姿を見て、くつくつと隠すような笑い声を上げながらホークアイはアラーキーの方を見る。
「それで? 今後の予定はあるのかい、大将?」
「セードーは旦那で俺は大将か? まあいいけど」
アラーキーは最後に小松菜を口に放り込み、ホークアイの問いに答え始める。
「まあ、今日はもう無理だろ。今から第二ウェーブに突っ込んでも、半端な位置で止まっちまう。なら今日はここで解散して、明日に備えるとしようや」
「まあ、そうなるよな」
ホークアイはアラーキーの言葉に特に反対するわけでもなく頷き、鍋の残りに取り掛かる。
サンシターの鍋を満喫し終えたセードーが箸を置きながら、アラーキーに別の問いを投げかけた。
「このまま撤退して、また最初からということは?」
「それはないさ。というのも最初にこの場所へのゲートを開いたギルド……この場合は闘者組合が、この城砦の攻略にトライしているギルドとしてサーバーに登録されるんでな。お前さんらのうちの誰かがイベント用アイテム使ってゲートを開けば、みんなここから始められるんだ」
「そう言う仕組みなんですね……ふぅ、ごちそうさまでした」
「お粗末さまでありますよ」
お腹いっぱいになったキキョウもサンシターに礼を言いながら箸を置く。
「時間は今日と同じ……でいいかね? まあ、その辺はこの後各ギルドのリーダーと協議しておくとしようかね」
「そうですね」
アラーキーの言葉にセードーは頷き立ち上がる。
他のギルドの者たちも食事を終え、その後の談笑を楽しみ始めている。
そんな彼らへと呼びかけるべく、セードーは大きく息を吸い込んだ。
なお、鍋の出汁は鶏がらの模様。




