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log83.指揮

 突然出現したエルダーゴブリンオーガであったが、出遅れたプレイヤーたちの大半が集まり総出で攻撃したため割とあっさり倒せそうな雰囲気であった。


「なんだ、案外たいしたことないなー。なんか特殊なスキルももってないっぽいし」

「いや。ダメージを受けるたびに、若干回復しているように見えるんだが……」


 のんきに剣を振り回すリュージを、ソフィアは胡乱げな表情で見つめる。

 実際ソフィアの言うとおり、彼らが相手をしているエルダーは、攻撃を喰らうたびにHP回復のエフェクトが出現している。これもボス固有のスキルの一つで、チープフィーリングと呼ばれるものだ。受けたダメージを一定の割合で回復するというもので、ギリギリのダメージで倒してしまうとHPを回復してしまうため、必要以上の過剰ダメージで倒す必要があるのである。

 とはいえ、これだけの人数がいればダメージには困るまい。ギリギリまでHPを削ったうえで一斉攻撃を行えば終わりだろう。

 そう考えソフィアが一息ついたその時、エルダーが凄まじい咆哮を上げる。


「っ! なんだ!?」


 慌ててソフィアが視線を跳ね上げると、エルダーの様子が激変していた。

 全身からは湯気が上がり、顔は激痛に歪み、全身の筋肉が膨れ上がっている。さらに、先ほどまで削っていたはずのHPがもりもり回復しているのだ。


「回復してるじゃないか!? ど、どういうこと!?」

「あー、原因あれじゃね?」


 リュージがポリポリ頬を掻きながら、城門側にいるエルダーの方を指差す。

 そちらを見れば、城門側のエルダーも似たような状態で咆哮を上げているのが見える。先ほどまでは死に際寸前まで減っていたHPも回復しているようだった。

 それを見て、ホークアイが小さく舌打ちした。


「チッ……ひょっとして、リンクしてるのか?」

「みたいだなぁ。同時に倒さにゃならんか?」

「ど、同時って……どういうことだ!?」


 目の前の事態についていけず、混乱するソフィア。

 そんなソフィアに説明すべく振り返ったリュージは。


「――ソフィア!」


 いつになく真剣な表情で叫ぶ。


「え」


 思わずその顔に見とれてしまったソフィアは、そのせいで一瞬反応が遅れてしまう。

 自らの頭上に影が差し、気が付いた時にはエルダーの巨大な足がすぐそこまで迫っていた。


「っ……!?」


 慌てて回避行動を取ろうとするが、間に合わない。

 思わず目を瞑り、頭を庇いしゃがみ込んでしまうソフィア。

 そんな彼女を救ったのは、彼女に警告を送ったリュージであった。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 緋色の大剣を前に掲げ上げ、エルダーの足を真正面から受け止める。

 誰かが無茶だと叫んだが、それにも構わず全身に力を込める。

 エルダーの足とリュージの大剣。触れ合った瞬間、バリアのようなものが出現し、巨大な火花と稲光を発した。

 爆音が響き渡り、リュージの足元が陥没する。


「―――ッ!!」


 次の瞬間に訪れるであろう光景を予感し、少女魔導師がリュージ達から目を背ける。

 だが、リュージは口の中で何事かを呟き、さらに全身に力を込め、叫ぶ。


「パァァァァリィィィィィィィィィィ!!!!」


 叫びと共に、轟音が響き、衝撃波が生まれる。

 リュージが大剣を跳ね上げるとともに、エルダーの足が弾き飛ばされ、その巨体がわずかに後方へと下がる。

 ただの人間が、巨人に勝るとも劣らない巨体のモンスターを弾き飛ばす。

 そんな光景を見て、サンシターがポツリとつぶやいた。


「パリィって、あんな力任せな技じゃないと思うでありますが」


 ちなみに本来のパリィは、盾にした武器の表面にバリアを張るスキルで、そのバリアを利用して攻撃の軌道を逸らすものである。決して、敵の攻撃を真正面から受け止めて跳ね返すものではない。

 サンシターのつぶやきはリュージに届くことはなく、リュージは大剣を大きく振り回しエルダーゴブリンオーガへと突きつける。


「オイコラァそこの大木!! 今テメェ、誰に攻撃しかけようとしたかわかってんのかコラァ!!」


 激高するリュージは相手が言葉の通じぬモンスターだということにも一切かまわず、大音声でこう叫んだ。


「人の嫁に手ぇ出してただで帰れると思ってんのかコラァァァァァァァァ!!!」


 次の瞬間、リュージの後頭部で砕け散る花瓶。

 リュージの頭が高速でぶれるが、ばねのように背筋を伸ばしてリュージは呟く。


「……ソフィたん、いきなりはひどいんでないの?」


 その呟きに対する返事はさらなる花瓶であった。

 顔を真っ赤にしたソフィアは、どこから取り出しているのか、無尽蔵に花瓶を取出しリュージの頭に叩き付けまくる。


「ちょ、ペインペイン! やめてソフィたん! 今戦闘中だから! 真面目なシーンだからぁ!」

「誰がソフィたんだ嫁っていうなコラァァァァァァァ!!!」


 リュージは懇願して何とかソフィアを宥めようとするが完全に逆効果であった。

 さらにソフィアの猛攻が加速し、大量の花瓶がリュージの頭へと叩きつけられてゆく。

 花瓶の破片の中へと埋もれているリュージを眺めつつ、ホークアイは小さく呟いた。


「恥ずかしくないのかね、あいつら」

「自分たちはもう慣れたであります」


 どこかずれたサンシターの返答を受け、ホークアイは無言で肩をすくめる。

 なんとなくゆるい空気が流れ始める戦場の中で、唯一エルダーのみがその空気を読まずに動き始める。

 弾かれた足の痛みも引いたのか、再び足を振り上げ目の前で痴話喧嘩を繰り返すソフィアとリュージに向けて振り下ろさんとする。


「おっと」


 ホークアイは素早くライフルを構え、エルダーの瞳を撃ちぬこうとする。

 その時、鈴の鳴るような音が響き渡った。


「――こんな時でも相変わらずか」


 そしてリュージ達の傍に降り立ったのは、闇の波動を纏った男、セードーだ。


「いっそ、羨ましくもあるな」


 セードーは小さく笑うと、闇の波動を纏ったまま、大きく上段蹴りを放った。


「魔天破衝脚!!」


 闇の波動は衝撃を伴い、振り下ろされようとしていたエルダーの足へと叩きつけられる。

 鋼を叩きつけたような鈍い音とともに、エルダーの体が少し震えた。

 それを見て、リュージは微かに眉を顰めた。


「シャットアウトはないのか? てっきり回避されるものかと思っていたが……」

「そいつはチープフィーリング持ちだぜ? ああ、向こうのがシャットアウト持ちなのか?」

「ああ、そうだ。双方で特性が違うのか……」


 砕けた花瓶の破片の中から首だけ伸ばして答えるリュージの言葉に、セードーは頷く。

 リュージの姿は亀のようにも見えるが、セードーは特別気にした様子もない。

 変なリュージと真面目に受け答えするセードーを見て、ホークアイは顔を引きつらせる。


「シュールな光景だな、オイ……」

「セードー君も、慣れてきてるでありますね」

「そうなのかい……」


 ホークアイは世も末といった顔になりながら、下しかけたライフルを振り上げエルダーの瞳を狙う。


「とりあえず、話す間くらいは作るかね!」


 引き金を引くと、軽い発砲音と共にエルダーの瞳が弾ける。エルダーが醜い悲鳴を上げて一歩下がる。

 さらに鈴の鳴るような音とともに、エルダーの顔面付近にキキョウの姿が現れる。

 キキョウは手にした棍を力いっぱい引き絞り。


「飛翔、紫電打ち!!」


 そのまま力の限りエルダーの顔面へと叩きつけた。

 エルダーの鼻筋を打ち据えた瞬間響き渡るクリティカル音。エルダーは短い悲鳴を上げ、そのまま真後ろへ向けて倒れ込んでゆく。

 エルダーの背後にいたプレイヤーたちは悲鳴を上げて逃げ惑い、危険の外に立っていたプレイヤーたちは歓声を上げる。

 倒れてゆくエルダーの姿を見ながら、セードーはリュージへと向き直った。


「……リュージ。ひょっとしたら知っているかもしれないが、向こうのエルダーとこっちのエルダー、同時に倒さねばきりがないようだ」

「ああ、やっぱリンク系なのかね? 常套手段はチャットでの相互通信だけど、通信役は?」

「俺だ。今、先生とチャットが繋がっている」


 セードーの視界には、アラーキーとチャットが繋がっていることを示す表示が現れ、向こうでアラーキーが仲間たちに激を飛ばしている声が聞こえてくる。

 しばらくすれば、お互いの状況を繋ぐべくセードーとの交信を試みるだろう。

 セードーは首をぐるりと回しながら、エルダーへと向き直る。


「同時に倒すために、俺が指揮を取れと言われたが……自信がない」


 エルダーはすでに立ち上がりかけ、そんなエルダーに向けてプレイヤーたちが攻撃を仕掛けはじめている。

 遠距離攻撃も近距離攻撃も当たり放題の状況のおかげで、エルダーのHPはどんどん減っていっている。下手をすればまたHPが回復してしまうかもしれない。

 そんな状況を前に、リュージは大剣を担いでセードーの隣に立つ。


「まあ、その辺は任せろ。大声で叫んでりゃ、大抵は止まるもんだ。声の大きさにゃ、自信があるんでな」

「すまない、リュージ」


 リュージは小さく笑うと、小さく息を吸い、大声を張り上げる。


「オラ、やめろお前ら!! またよみがえんぞ!!」


 聞こえてきた声に、プレイヤーたちはエルダーへの攻撃を止め、何事かとリュージの方を見る。

 そのタイミングに合わせるように、凛とした声が響き渡った。


「奴はリンクする!! 向こうと息を合わせねば、勝機はないぞ!!」


 しばらくリュージに花瓶を叩きつけ続けて気は晴れたのか、立ち直ったソフィアがリュージの隣に立っていた。

 先ほどまでリュージの言葉に恥じ入り顔を赤くしていたとは思えないほどの気品と迫力で、ソフィアは声を張り上げる。


「同時に倒す! ただそれだけだ! 何のことはない、単純なギミックだ!」

「向こうと連絡取る手段もある! 削るだけ削ったら、後は向こうとタイミングをあわせるだけだ!!」


 大剣を肩に担いだリュージもソフィアに合わせて大声で叫ぶ。

 プレイヤーたちが自分の言葉に耳を傾けたタイミングを計らい、リュージはセードーへと声をかける。


「なあ、セードー!?」

「っ。……ああ、もちろんだ!」


 いきなり話題を振られて息を詰まらせるセードーであったが、すぐに頷き声を上げる。


「向こうの状況が落ち着き次第、連絡も入るだろう! こちらに比べ、向こうの方が若干固いかもしれない! 耐える時間は長いかもしれないが、何とかこらえてほしい!」


 立ち上がり、両手に巨斧を構えるエルダー。その頭上に浮かぶHPの残りは七割ほどだろうか。

 ライフルのリロードを行いながら、ホークアイがセードーへと問いかける。


「……可能な限り、食っちまっていいんだよな?」

「……ギリギリまでは削っておけばいいだろう。その方が、やりやすいだろうし」


 エルダーが吠え、巨斧を振り上げる。


「――全員の武運を祈る! 行くぞぉ!!」

「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」


 セードーの合図に合わせ、その場にいたプレイヤーたちが一斉にエルダーへと襲い掛かる。

 それを迎え撃つべく、エルダーは斧を振り下ろした。




なお、ソフィアの花瓶はジョーク武器(ユニーク武器の冗談バージョン)の無限花瓶を装備している模様。

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