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log81.エルダー

 エルダーゴブリンオーガの咆哮と共に、巨斧が風を切る音が鳴り響く。

 その剛腕により振り下ろされた斧が、大地を砕き斬り裂いた。

 辛くもその一撃を回避したプレイヤーたちは、攻撃後の隙を狙いエルダーの足元に殺到してゆく。


「うおぉぉぉぉ!!」


 勇ましい掛け声とともに一人の戦士の一撃がエルダーの足へと向けられるが、その一撃はかすりもしない。

 己に向けられた一撃を察知し、寸前で回避したのだ。その巨躯からは信じられないような素早ささで、エルダーはプレイヤーたちの攻撃を回避してゆく。


「だぁーもー! 動きが速い!!」

「速いっていうか、察知が早い!」

「こっちの攻撃が当たる前にはもう動いてるし!」


 うっかりゲートキーパーを出現させてしまった三人組が口々に悲鳴を上げる。

 彼らの言うとおり、遠目にはエルダーの動きはゆっくりしたものに見える。だが、いざ近接戦闘を挑もうとするとその素早さのせいでほとんど攻撃が当たらない。

 プレイヤーたちがエルダーを攻撃しようとすると、エルダーはそれを察知し攻撃が当たらない位置に自身の体を移動させるのだ。たった一歩であっても、20m級の一歩だ。近接攻撃の一発を回避するには十分すぎる。

 エルダーの危機感知能力は未来予知の域にあるのかというレベルであり、一般的な戦士程度のレベルでは、エルダーに当てることさえ難しかった。


「うぉ! エルダー動くぞー!」

「きゃー!?」


 しかもエルダーが一歩移動するたびに、プレイヤーたちはその足に引っかからないように回避行動をとらざるを得ない。巨体であるということをこれでもかと有用に利用したボスモンスターであると言えよう。

 近接攻撃が当てられないのであれば、遠距離攻撃で攻めればよいと考え、離れた場所から魔法や銃で攻撃を試みる者たちもいた。


「はっはっはぁー! 撃てぇー!」

「いっけぇー!!」


 銃火団(ファイアワークス)所属の二人が中心となり、銃撃や矢による砲撃を放つプレイヤーたち。

 ガトリングガンの砲火がエルダーの皮膚を抉り、ショットガンの散弾がまんべんなくエルダーの肉体に撃ちこまれる。

 それに続くように、魔法の輝きがエルダーへと迫っていった。


「いくわよ! アイスバレット!!」

「マジカルーカッタァー!!」


 主導となるのはエミリーとマコ。それ以外にも多くの魔法使いたちがそれぞれが得意とする魔法を放ち、エルダーに打撃を与えようとする。

 だが、鉛の弾丸も光り輝く魔法もエルダーに差してダメージを与えられた気配がない。いや、当たれば動きが止まるし、エルダーも煩わしそうに呻くのだがそれだけなのだ。エルダーの頭上に浮かぶHPバーがはっきりと変動することはないのだ。

 遠距離系攻撃が炸裂する瞬間、エルダーの体の表面に薄い透明な膜が現れるのを見て、アラーキーは悔しそうに叫んだ。


「あーくそ! シャットアウト持ちだこいつ!」

「シャットアウトって……めんどくさいわねぇ……」


 アラーキーの叫びを聞き、マコが顔をしかめる。

 シャットアウトとは、ボス系モンスターが保有するスキルの一つで、遠距離系の攻撃を割合でカットしてしまうという恐ろしいものである。

 あくまでダメージを割合カットするスキルであるので、遠距離攻撃で倒すことも不可能というわけではないが、現実的ではない。銃弾であれば万単位、魔法であるならMP回復ポーションが千単位で必要となるだろう。参考までに、このマンスリーイベントに参加できるレベルのプレイヤーが、エルダーに踏みつぶされているゴブリンオーガを倒すために必要な弾丸は十発前後、魔法であれば一、二撃撃ちこめば倒しきれる。

 次に打ち出す魔法を選びながら、マコはアラーキーを含めた周辺のプレイヤーたちに呼びかける。


「じゃあ、遠距離組が足止め、近接組がアタック! これでいいでしょ!?」

「少なくとも、魔法喰らってる間は動きが止まるもんね!」

「それでいくしかないか」


 サーベルから居合の要領で斬撃を放ち、Gオーガソルジャーを斬り捨てる。

 再び鞘にサーベルを納めながら、ジャッキーは辺りのプレイヤーたちに指示を飛ばす。


「いくぞ諸君! 援護射撃でエルダーの動きが止まった時を狙うのだ!」

「よしっ! いくぞぉぉぉ!」

「………!」


 白金の全身鎧(フルプレート)装備の戦士と、着ぐるみを着た……少女?が腕を振り回しながらエルダーに駆け寄ってゆく。

 それに続くように、何人もの戦士たちがエルダーへと立ち向かい始める。


「はっはっはぁ! 火砲支援は得意だぞ! 重火器持ちの真価、ここに見せようじゃないか!」

「そう言うならせめて分隊支援火器持ってきなさい。アイス・ガトリング!」


 彼らの行動に合わせるように、軍曹やマコたちがエルダーに攻撃を放ち、その動きを止める。シャットアウトが発動し、エルダーの動きが硬直するのだ。

 いかに敏感なセンサーを持とうとも、動くことができねばエルダーもウドの大木である。


「ショルダータックルゥ!」

「……!」

「シュトゥルム・ゲイザァー!」


 次々とエルダーの足に突き刺さる攻撃スキル群。

 ギアスキルだけではない。属性解放によって得られる攻撃スキルもエルダーの巨体に叩きつけられてゆく。

 エルダーが悲鳴の咆哮を上げ、顔を怒らせ、手に握る巨斧がミシリと音を立てて歪んだ。

 エルダーは両腕の筋肉に力を入れ、斧を振り上げる。エルダーの斧が光り輝き、何らかのスキル発動を予見した。


「む! 皆、散れ!」


 エルダーの攻撃スキル発動の予感に、ジャッキーが素早く退避指示を出す。それを合図にしたかのようにエルダーは斧を振り下ろした。

 プレイヤーたちは散り散りになりエルダーの攻撃を回避しようとするが、何名かはスキル発動の硬直から逃れきれずにその場に足を止めてしまった。


「ぐわー! しまった!? 調子に乗ってスキル発動しすぎたぁ!」

「何やってんだ馬鹿! そう言う俺も動けない!」

「ホント馬鹿だなお前ら! 大好きだぜ!」

「言ってる場合かぁ!」


 思わずアラーキーがツッコミを入れ、動けなくなった者たちの救出に向かうが、間に合いそうにない。

 エルダーの巨斧が振り下ろされるまで瞬き一つ。そんな短い間に、エルダーの攻撃に割り込むことなどできようはずもない。


 カラァン!


 ……のだが、不意に斧の軌道上に誰かが現れる。

 鈴の音が鳴るような綺麗な音とともに現れたのは五人のプレイヤー……闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々であった。


「よっしゃー! 転移完了! でかいのどこ――」

「目の前やぁー!? 行き過ぎぃ!」

「きゅ~……」


 五人はキキョウを中心にお互いの体を掴みあい、一塊になって宙に浮いている。周りを渦巻いているのは風の膜だろうか。中心にいるキキョウは、何故かMP切れで気絶している。

 自分たちの眼前に巨大な斧が近づいているのを見て、ウォルフとサンが悲鳴を上げる。

 次の瞬間、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズたちの体を守る様に、黒い影が現れる。


「五体武装・闇衣、天之帳……!!」


 セードーの体から噴き出した闇の波動が彼のマフラーを伝い、帳のように彼らの体を覆ったのだ。

 瞬間、エルダーの巨斧が闇の波動にぶつかり、甲高い金属音を響かせる。あの一瞬で闇の波動が鋼のように硬化したようだ。

 エルダーの斧にぶつかり、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ団子は地面へと叩きつけられてゆく。


「ぎゃぁー!? ウォルフブレーキブレーキ!!」

「きかへんわーい、こんなもーん!!??」

「あらあら……」


 高速で落下する自分たちの体を、ウォルフは必死に止めようとするが風の膜では少々威力が低いようだ。ほとんど速度が落ちることなく、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの体が地面に叩きつけられる――。


「スライム・ボール!!」


 瞬間、今度はミツキが取り出した水の塊が地面と闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの間に現れる。

 ぐにゃりと相当の粘度を持って現れた水が、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズが受けるはずだった衝撃を吸収し、彼らの身を守る。

 叩きつけられた際の衝撃を吸収し、水の塊は砕け散り、中から闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々が転がり落ちた。


「ぐへぁー! ミツキさん、ステキー!」

「ミツキさんいなかったら死に戻ってたぁー! ほんとありがとー!」

「あらあら、いいのよ二人とも」

「きゅ~……」

「ふぅ。キキョウも無事だな……」


 命の恩人であるミツキに縋りつくウォルフとサン。セードーは気絶したままのキキョウを背負い、一息つく。

 このギルド同盟の盟主ギルドともいえる闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの鮮烈な……言ってしまえば意味不明な登場の仕方に一同は唖然となる。エルダーはいまだ活動中であるというのも忘れて。


「あ。なんやワイら狙われてへんか!?」

「えー!? 一方的に攻撃してきてんのあいつじゃん! むしろこっちが切れる側じゃん!」

「まあまあ。とりあえず、迎え打ちましょう?」


 今の攻防でヘイトが闘者組合ギルド・オブ・ファイターズに集中し始め、斧を振り下ろすエルダーに対しミツキ達が回避と反撃を試みる。

 セードーもその攻防に参戦しようとするが、それをアラーキーが引きとめた。


「あー……セードー?」

「はい、なんでしょう?」

「……とりあえず、どうやってここまで? あの山からここまで、一時間は無理じゃないか?」


 いろいろ聞きたいことはあったが、アラーキーは城砦の反対側に見える山を指差しそう問いかけた。

 イベントが開始されてからそろそろ20分程か。山からの距離と移動速度にもよるだろうが、あの場所が出現地点の大外れであれば、まだここに着けなくてもおかしくはない。だが、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズは今、ここにいる。それは何故か。

 そんなアラーキーの不審を察し、セードーは背負っているキキョウを示す。


「キキョウの持つスキル……光陰流舞という移動系スキルがあり、レベルが上がると自身だけではなく自分に触れているプレイヤーも一緒に移動できるようになるのです。キキョウは余ってたSPを全部このスキルに突っ込んでLvMAXにしてますので、結構な距離を転移できました。つまりキキョウの光陰流舞連発でここまで転移してきたのです」

「移動系スキルで? 無茶するなぁ、うん……」


 光陰流舞というスキルの存在をアラーキーは知らなかったが、移動系スキルと聞いてなんとなく察した。移動系スキルの中には長距離を一瞬で移動できるものがあるのだ。

 キキョウの持つスキル、光陰流舞は光の速さで一定距離を移動するスキル。スキルLvの上昇により長距離移動とパーティ移動を兼ね備えたそれを利用して、外れの出現場所からここまで飛んできたということだろう。

 その弊害により、キキョウがMP切れでダウンしてしまっているわけだが。


「しかし、MP切れでも気絶するんですね。知りませんでした」

「ああ、意外と忘れられる設定だよなぁ。MPって、設定上精神力の残量で、無くなると意識を保てなくなるってのは」


 MPは自然回復し、なおかつスキルや魔法発動の際に量が足りなければ警告文が出現しスキル発動が一時停止するため、基本的に完全にMPが枯渇することはない。

 が、警告文を無視することでMP0気絶のペナルティと引き換えに発動スキルを最大効果で使用することができるのだ。

 アラーキーは納得したように頷き、それから笑ってセードーの肩を叩いた。


「まあ、何はともあれ……よく来たぞ、セードー! これで役者がそろったわけだな、うん!」

「相応に時間がかかりました。その分、楽しませてもらいますよ」


 セードーは小さく頷き、それからキキョウを背負ったまま頭上を見上げる。

 空を飛ぶウォルフ相手に斧を振り回すエルダーに狙いを定めて、セードーは跳躍した。




なお、三人組は弾けた水をかぶって若干溺れてしまった模様。

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