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「セードーさん!」

「やっほ~セードーくーん」

「む? キキョウに、カネレか」


 軽い挨拶を終えたセードーとアラーキーが喫茶店を出ると、キキョウとカネレが二人の元に駆け寄ってくるところだった。

 アラーキーはセードーと親しそうなキキョウの姿を見て、目を丸くする。


「おん? なんだセードー、知り合いか?」

「俺のフレンドの一人です」

「あ、キキョウと言います! 初めまして!」


 キキョウはアラーキーに向けてぺこりと頭を下げる。

 そんな彼女の後ろでギターを軽く爪弾きながら、カネレが一言。


「そしてセードー君にとっての初めてのフレンドでもあるのさ~」

「………………そうか」


 アラーキーはその言葉を受け、ふっと遠い眼差しをし。


「 お め で と う セ ー ド ー … … 」

「言葉と表情が一致していません、先生。なんですかその血涙は」


 がっちりセードーの肩を掴み、血涙を流しながらセードーへ()いの言葉を贈った。

 ちなみにアクセサリーの一種類で、ショートカット登録しておくことで瞬時に装着することができる。


「ゲーム初めて一番目のフレンドがこんな美少女とか、お前ゲーム舐めてんのかぁぁぁぁぁぁ!!」

「言葉の意味を測りかねます」

「ふぇ?」


 血涙を流したまま魂の叫び声を上げる恩師の姿に、セードーは胡乱げな眼差しを向ける。

 キキョウはと言えば、アラーキーの言葉に一瞬きょとんと首を傾げ。


「………ななな、なにを言ってるんのです!?」


 その意味を理解した瞬間、顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振り回した。


「わわ、私がび、美少女だなんて、そそそ、そんなの嘘なのです! わ、私なんかより、お母さんやお姉ちゃんの方が、ずっとずっと美人ですし、それに――」

「くたばれぇ、セェードォー!! ブライト・カラー・スムーズ・ソォードォー!!」

「突然刃物を抜かないでください。危ないです」

「アッハッハッハァ~! いいぞアラーキー、やっちゃえ~!」


 そうして赤くなった頬に手を当てて、ぶんぶん頭を振り回すキキョウ(かわいい生き物)を見て、アラーキーは発狂してナイフを振りかざした。

 セードーは冷静にそれを捌き、カネレは笑ってギターを弾くばかり。

 天下の往来で暴れまわるアラーキーを、警邏のNPCがひっ捕らえるまで、この茶番劇は続いた。






「くぅ……えらい目にあった」

「おおむね自業自得じゃないですか。というか、釈放に保釈金も時間もいらないんですね」

「はぅぅ……」


 屈強な警邏NPCにより引っ立てられたアラーキーを牢屋から連れ出すセードー。

 彼の傍にはキキョウも降り、まだ熱いのか、ため息を突きながら頬を撫でていた。

 三人の後ろでは、カネレが愉快そうにギターを爪弾いている。

 今、彼らがいるのはミッドガルドの中心にある、町の中枢となっているフェンリルと呼ばれる巨大な砦……の地下にある、牢獄だ。

 犯罪者NPCの姿がちらほら見える牢獄のほかに、この砦には街を統括する議会の会議場や、警邏や町を守る兵士たちのための訓練場、設定上は町役場の役割を果たすギルド登録場など、様々な機能が集中している。食堂や武具屋、雑貨屋まであるため、ここにさえ来れば大抵のものはそろってしまう。もっとも、それぞれの機能を専門とする場所には敵わないため、ある程度慣れてきた冒険者は、自分の足でお気に入りの店を探すようになるのだが。

 冷え冷えとした地下牢の廊下を歩く何も知らない初心者二人に教えるために、カネレはギターを弾きながら口を開いた。


「あのNPCの役目はあくまで暴れてるPCを抑えることだからねぇ~。まあ、暴れるって言っても周りの迷惑になる程度~。そんなくらいで一々プレイヤーを拘束してたらきりがないっていうねぇ~」

「……の、ようだな」


 周りを見れば、アラーキー以外にもNPCに引っ立てられたらしいPCの姿が見える。

 「自重しようよリュージ……」「嫁の太ももは真理!」などと会話しながら引きずられるマント男の姿も見える。確か往来で奇行に走っていたPCだ。

 彼は女性の足に抱き付いていた気がする。アラーキーとはパターンが異なるはずだ。

 気になったので、セードーはカネレに聞いてみた。


「ちなみにどの程度であると拘束対象になるのだ?」

「ん~。基本的には“決闘宣言(コール)”しない状態で武器を抜く、NPCの行動を妨害するか攻撃する、セクシャルコードに引っかかる行動をとる……とかだっけ~?」

「あとはまあ、普通に犯罪行為に走ると、だな。NPCの家からものを盗んだりすると、指名手配されたりするから気を付けるんだぞ、うん」

「そうなのですね……気を付けます」


 冷静さを取り戻したらしいアラーキーの言葉に、同じく頭の冷えたキキョウが頷く。

 セードーは同じように頷きながら、気になった単語について訊ねた。


「では決闘宣言(コール)とは?」

「いわゆるPC同士の対戦だな。特定のプレイヤーに対して、PC名と決闘を行いたい旨を宣言し、相手が受けるとその二人、あるいはパーティしか入れない特殊なフィールドができてな。その中で戦えるんだ。こうすることを“決闘行為(デュエル)”ってんだ」

「基本的に 決闘行為(デュエル)で死んだりはしないけど、結構いい経験値が入るから、それを専門にしてるプレイヤーもいるよ~。セードーもやってみたい~?」

「……いや、やめておこう」


 カネレの言葉に、セードーは首を横に振った。

 そんな彼の言葉に、アラーキーは首を傾げた。


「なんだ? てっきりそっちの方にのめり込むと思ったんだがなぁ」

「……まだ時期ではないと思います。今の俺は、レベルもスキルも伴わない未熟者。そんな俺が決闘行為(デュエル)したところで、結果は見えています」

「まあ、そうかもしれんが……相変わらずまじめだねぇ」


 セードーの言葉に、アラーキーはポリポリと後ろ頭を掻く。

 ――セードーのような、本当の意味で強い武術家というのは、己の実力を発揮できる機会が著しく制限される。

 彼のように、空手や武術の有段者は、ごく普通の一般人に対して手を上げるのはご法度……場合によっては罪にさえ問われる。

 この間、セードーが引き起こした事件は互いに空手の有段者であったが故に、停学三か月程度で収まったが、仮に一人でも空手の段を持たないものが混じっていれば、最悪少年院送りもあり得た。

 ならば試合や大会で実力を発揮すればよいかと言えば一概にそうとも言えない。現在においての主流は“寸止め”を基本とするスポーツ空手。実践的な、いわゆるフルコンタクト空手も市民権こそ得ているが、試合数自体はあまり多くない。

 そして、セードー……正道真樹が収めている空手の流派は直接打撃を基本とする古式空手だ。直接実力を発揮する機会がない、というのは……ストレスが溜まることだろう。

 であれば、こう言う現実世界に近い環境で存分に力が振るえれば、ストレス解消になるだろう、とアラーキーはひそかに考えていたのだが……。

 本人はどうやらそれを望んでいないらしい。それが上辺だけなのか本心からなのかは、さすがにアラーキーには分からなかったが。

 アラーキーは軽く肩を竦めた。


「……ま、その辺りはお前が好きに決めればいいさ」


 アラーキーはそう言うと、思考を切り替えるように手のひらを打った。


「――さてと! 予想外のハプニングで」

「予測は不可能でしたが、回避は可能だったかと」

「そう言ってあげないでセードー。独身男の悲しい僻みさ~」

「黙れ貴様らぁ! ……オッホン」


 余計なことを口にする男二人を一喝しつつ、アラーキーはセードー達へと振り返った。


「さてと初心者! 今日はカネレだけではなく、この俺、アラーキーもお前らのために一肌脱ごうじゃないか! 聞きたいことがあったら遠慮なく聞くがいい!」

「じゃあ、僕はバックアップ兼BGMで頑張るねぇ~♪」


 いつの間にかアラーキーの背後に回っていたカネレはそう言いながら、ギターを奏で始める。

 相変わらず歌とは言えない有様であったが、まあ環境雑音と割り切れば良かろう。

 これがいつものことなのか、アラーキーはカネレのことを指して気にした様子もなくセードーとキキョウを見比べる。

 二人は黙ってアラーキーを見返した。

 ……そのままじっとしている二人の様子を前に、アラーキーは苦笑して首を振って見せた。


「……んん、まあ、初めはなにを気にしたらいいかわからんわな」

「……まあ、その通りです」

「その、ごめんなさいなのです」

「いいんだ、気にすんな! だいたいそんなもんだ!」


 申し訳なさげに頭を下げるキキョウに鷹揚に手を振るアラーキー。

 彼は少し考え、それから指を鳴らした。


「……よし、それじゃあ、意外と忘れがちな点を一個ずつ確認するか。まずはお前ら経験値を見ろ!」

「はい」


 アラーキーの言葉に応じ、二人はクルソルを取り出す。

 そしてスマートフォンのアプリを起動する要領で、ステータス欄を呼び出す。

 すると、セードー達の目の前に、薄い板のようなものが現れ、二人のステータスを映し出した。

 空間モニターという奴らしい。


「おお」

「わわっ」

「メール関係以外は、基本的に自分の目の前に表示される設定だ。場所によっては違うし、設定も弄れるが、でかい方がわかりやすいからな」


 驚く二人の様子に微笑みながら、アラーキーは回り込んで二人のステータス……特に経験値の欄を覗き込んだ。

 二人のキャラの名前や職業、ステータスなどの上の方に、横一本のバーのような形で経験値は表示されている。

 それを見て、アラーキーは嬉しそうな声を上げた。


「どれどれ……お。キキョウは一本、セードーなんか二本も経験値が溜まってるじゃんか!」


 彼の言うとおり、セードーの経験値バーの横には2、キキョウの経験値バーの横には1、と数字が表示されていた。


「先生。この数字は?」

「この数字が、お前らが今、経験値をステータスに割り振れる回数だ! ステータスの横のように三角形のボタンがあるだろ?」


 そう言ってアラーキーはセードーのステータス欄を指差す。

 STR、CON、INTなど、全部で六つあるステータスの全てに、右と左を指し示すボタンのようなものが付いていた。具体的には← →という感じだ。


「こいつを押して、ステータスを上昇させる。試しにSTRを押してみな」

「わかりました」


 アラーキーの言うとおり、セードーはSTRの右ボタンを押す。

 すると、STRの値が一つ増える。


「これで完了ですか?」

「いや、まだだ。反対側を押すと、数字は元に戻る。ステータスランの一番下の完了を押さなきゃ、ステータスアップは完了しないから、完了を押すまでは好きに振り直せるぞ」

「なるほど」


 見れば確かに、先ほどまではなかった「完了」のボタンがステータス欄に現れていた。

 セードーが左ボタンを押すと、ステータスが元に戻り、完了のボタンも消えた。ステータスが元に戻ったからだろう。


「こうしてステータスを上げることで、レベルが上がっていくんですね」

「そう言うことだな。慣れないうちは、経験値を溜めこみがちで、レベルが上がらないーって騒ぎがちなんだ。普通のゲームは、経験値溜まればレベルが上がるからな」

「そうですか。まあ、俺には関係ありませんが」


 セードーはSTRを2上げて、完了を押す。彼にしてみれば、これが人生初めてのゲームだ。他がどうであろうが、あまり関係はない。


「経験値を溜めて、ステータスを上げる……経験値を溜めて、ステータスを上げる……っと」


 キキョウもまたSTRを1上げて完了する。小さく何度もイノセント・ワールドの仕様を繰り返し呟いているあたり、他のゲームにも触れているのかもしれない。

 初心者二人が無事にステータスアップを完了させたのを見て、アラーキーは満足げに頷いた。


「OK! まあ、細かく上げても実感しづらいから、ホントは10ポイントくらい溜まってからステータスを上げるのがおすすめなんだが……まあ、その辺は臨機応変にな!」

「はい! わかりました!」

「ありがとうございます、先生」

「おう! 昨日はすぐにログアウトしたって言ってたが、しっかり経験値溜まってるじゃないか!」

「ええ、自分でも驚いています」

「です」


 セードーとキキョウは、お互いに顔を見合わせて首を傾げた。


「俺はゴブリン二体しか倒してないんだが」

「私なんて一体です。経験値なんて、全然溜まってないと思ってました」

「え゛っ」


 初心者二人のその言葉に、アラーキーは濁った声を漏らす。

 アラーキーの経験上、レベル1で始まりの森のゴブリンを倒す場合、経験値バーが溜まりきるのにだいたいゴブリン五体ほど必要になる。それが一体で溜まりきるとはどういうことなのか。

 二人の言葉に思考が追い付かない彼に、カネレはそっと耳打ちした。


「いや、実は二人ともクリティカルヒットのワンキルでモンスター倒してて」

「マジかそれ……」


 急所を攻撃することによって発生する一撃を、このゲームにおいてはクリティカルヒットと呼ぶ。

 そのため、このゲームにおいてのクリティカルヒットは、狙わなければ発生しないものとなっているが、発生すると経験値変換倍率にボーナスが加わる。

 さらに、モンスターを一撃で倒す、といったような難しい条件を満たすと、それもまたボーナスとして加算される。

 つまり目の前にいる初心者たちは、知らず知らずのうちにそれらのボーナスを重ね、一気に経験値を獲得していた、というわけだ。


「お前ら揃って、リアルチーターか……」

「「?」」


 思わずアラーキーが溢した言葉に、二人はただただ首を傾げるばかりであった。




なお、彼は嫁の太ももを公衆の面前で堪能していた模様。

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