log79.強攻
極めて堅牢な城砦を攻め落とす攻城戦。その手順には圧倒的な軍勢による包囲戦や、軍事的あるいは政治的な開城交渉などもあるが、あいにく数に劣るギルド同盟に包囲戦を行う余裕はなく、魔王軍には交渉の余地はない。設定的にもメタ的にも。
そのため、まずギルド同盟は何らかの手段で城砦の城壁を乗り越え、たった一つしかない巨大な城門を開く必要があるわけである。
徐々に戦闘に参加する人数が増えてきたギルド同盟の者たちは、皆それぞれの手段で城門へ向かって駆け抜けようとしていた。
その行く手を遮るのは、ゴブリン種の中でもエースとして扱われるゴブリンオーガとそのバリエーション種たち。
片手に大きな刃を持ったゴブリンオーガ達の中で、巨大な盾を構えるGオーガシールダーに向かい、大剣を担いだリュージが駆け寄ってゆく。
リュージは担いだ大剣をまっすぐ縦に振り上げ、一気にシールダーに接近する。
シールダーはリュージの接近に対し、盾を構えて応戦しようとする。
「どりゃぁぁぁぁぁ!!」
気迫と共に放たれた斬撃は、シールダーの盾に激突。爆発したかのような轟音を立てて周囲の空気を震わせた。
だが、大剣の刃は盾に食い込むだけ。GオーガシールダーのHPにダメージを与えることなく、リュージの一撃は止まってしまった。
「……っと?」
一撃で倒し切れると思っていたリュージは、自身の攻撃が止まってしまったことに首を傾げる。
そんなのんきなリュージに向かい、周りにいたゴブリンオーガ達が手にした刃を振り上げて襲い掛かろうとする。
瞬間、リュージは迷わず大剣から両手を離して後ろに跳んだ。ゴブリンオーガ達の刃が虚しく空を斬る。
リュージはそのまま腰の後ろに向かって手を回す。
ゴブリンオーガ達は武器を手放したリュージに向かって、咆哮を上げながら斬りかかってゆく。
武器を手放してもプレイヤーの手元に戻ってくるなどという便利な機能は、このゲームには存在しない。マッシブギアを取得していない限り、数で負ける戦闘で武器を手放すのは自殺行為と言えるだろう。
故に、そんな時に対応するためのサイドアームを保有しておくことがすべての近接戦闘プレイヤーに推奨されているのだ。
「っしゃぁ!」
リュージは一声叫んで、後ろ手に回していた両手を前に出す。
小脇に抱えるような形で、彼の両手に握られていたのは二丁のサブマシンガン……大きな木製ストックに、巨大なドラムマガジンを装着したその銃を知るものは、タイプライターと呼ぶかもしれない。
リュージは凶悪に笑い、近づいてくるゴブリンオーガ達に二つの銃口を差し向ける。
「蜂の巣になれやぁ!!」
彼が引き金を引いた瞬間、サブマシンガンが火を噴いた。比喩ではなく、文字通り。
弾丸状の炎の塊が、無数にゴブリンオーガ達に向かって飛んでいく。
咆哮を上げながら突撃してきたゴブリンオーガ達の体に、無数の炎の弾丸がぶつかり弾ける。そのたびに、ゴブリンオーガ達のHPは容赦なく削られ、あっという間にその体が砕け散っていく。
「ヒャッハァー! 汚物は消毒じゃー!!」
妙なハイテンションで引き金を引き続けるリュージ。底なしかと思えるほどの量を吐き出すサブマシンガンであるが、片手で銃を構えているせいか反動で銃口がしっちゃかめっちゃかに跳ね飛んでロクに狙いが付けられていない。おかげで弾道は全く定まらず、弾丸はあちらこちらに散らばってしまっている。
ただ無謀につっこんでくるゴブリンオーガ程度であれば、散弾のように広がっているリュージの弾幕によって撃破できるが、Gオーガシールダーには全く通じない。
Gオーガシールダーの構えた盾によって、炎の弾丸はあっさり砕け、小さな花火となって散ってゆく。シールダーの盾が欠片も揺れていないところを見るに、炎の弾丸に質量は存在しないようだ。
シールダーは一声吠え、大きく盾を振りかぶりその表面に突き刺さったままの大剣を弾き飛ばそうとする。
瞬間、響く銃声。シールダーの頭部に、一発の弾丸が突き刺さる。
「――ビンゴ」
「サンキュゥ!」
後方で何人かの戦士に守られているホークアイが、シールダーの額を狙い撃ったのだ。
小気味よいクリティカルの快音と同時に、シールダーが盾だけ残して砕け散る。
リュージは己の大剣をひっつかんで回収し、ガランと倒れた盾を踏みつけて前に進んでゆく。
そして巨大な中華鍋をかぶったサンシターがその盾を回収しながら、リュージを追った。
「これ、絶鋼黒金で出来た盾でありますよ……。あ、しかも加工前……加工前!?」
「ああ、たまにモンスターが持ってるよな、特殊合金の加工前装備。矛盾しすぎて訳が分からないよな」
「でありますねぇ……」
インベントリに絶鋼黒金の盾を仕舞い込むサンシター。加工前装備とは、加工される前の特殊合金でつくられた装備のことである。矛盾した存在であるが、これを鍛冶屋に持ち込めば、高価な特殊合金のインゴットを作成できるため一つ一つ拾っていけば、これだけで大儲けができるだろう。
だが、一直線に進んでゆくリュージは道行くモンスターがボロボロ落とす高価な装備など目もくれない。
彼が見つめるのはただ一点。
「ソフィアァー!!! ソフィーたーん!!!」
「誰がソフィたんだぁぁぁ!!」
自身の想い人である、ソフィアだけ。
大剣でGオーガソルジャーの胴体を輪切りにしてやりながら、リュージはソフィアの太もも辺りに飛びつこうとする。
ゴブリンオーガを一体斬り捨てながら、ソフィアは流れるような動作でレイピアの柄をリュージの後頭部に叩きつけてやる。
リュージの体は無残に地面に叩き伏せられるが、それでめげるはずもなくばねでも仕込んであったのかと言いたくなる動きで立ち上がった。
「お・ま・え・はぁぁぁ……!! 私のことなど放っておいて、前線の援護に行けと言ってるじゃないか!! そんなに私が信用できないのか!?」
「信用!? してるともさ、オールウェイズ!! だが俺はソフィたんから離れたくない! 例えひと時でも!!」
「なんでだ!?」
「俺がそうしたいからだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「力いっぱい宣言するな戯けがぁぁぁぁぁ!!」
誰がどう聞いても痴話げんかにしか聞こえないが、二人は一切手を緩めることなく周囲にたむろするゴブリンオーガを斬り倒していた。
リュージが二、三体まとめてゴブリンオーガを斬り伏せれば、その討ち漏らしをソフィアが突く。ソフィアが攻撃スキルで一直線にゴブリンたちを穿ち刳り貫けば、硬直の隙を狙って突撃するシールダーをリュージが弾き飛ばす。
互いの死角を、隙を、埋め合うように動き合う。その所作は熟練コンビ……いや、夫婦と言えるかもしれない。一方的にリュージが懐いているようにしか見えない状況を除けば。
つつがなく味方を援護しつつ、ホークアイは傍で中華鍋をかぶってしゃがんでいるサンシターに尋ねてみることにした。
「あの二人はいつもああなのかい?」
「おおむねあんな感じであります」
誰の邪魔にもならないように戦場を移動しつつ、サンシターは小さく頷いた。
「たまにマコが“いい加減飽きろバカ夫婦”ってツッコミ入れるでありますが、そのたびにソフィアが否定して、リュージが肯定するでありますよ」
「息ピッタリだな」
それ以上のコメントを思いつけず、ホークアイは処置なしといったように肩をすくめる。
何ともうらやましい……と言えなくもない。ソフィアの否定も、なんだか照れ隠しのようにホークアイには思えた。
何しろ口ではリュージを罵りながらも、その動きは活き活きと彼の援護に回っているのだ。遠目に見ているからこそ、ソフィアの動きの切れもよくわかった。
「……ま、働いてくれる分にはいいさ。遅れ気味の連中の援護には、丁度いいだろうしな」
ホークアイは肩を竦め、軽く周囲の様子を眺める。
魔王軍城砦に唯一据え置かれた城門へと向かう、ギルド同盟の軍はやや散開気味ではあるものの、少しずつ前線を推し進めることができていた。
現在最前線を率いているのは初心者への幸運のアラーキーと、そのフレンドたち。突出し過ぎず、後ろに続く者たちを突き放しすぎない絶妙な前線位置を保っている。
彼らがゆっくりと前線を維持してくれているおかげで、後から参戦してくるギルドも戦闘に参加することができている。
まだ全員揃い切れていないギルド同盟軍を眺めながら、ホークアイは小さく感嘆の息をついた。
「まったく……よくやるよ。手を抜き過ぎず、さりとて緊張を解かず……こんな微妙な前線を維持し続けるなんてな」
「初心者への幸運の方々は、百戦錬磨の猛者とも聞いているであります。その気になれば、一気に攻略もできるでありましょうに……あ、どうぞであります」
「うう……すまない……」
ボロボロになって吹き飛んできた味方に回復ポーションを渡してやるサンシター。
彼の言葉に頷き、ホークアイは目を細めた。
「まったくだ……あいつら、退屈って言葉を知らないのかね」
「今この状況を退屈だなんていう奴はいないだろうさ」
傍で守ってくれている戦士が、襲ってきたゴブリンオーガを斬り倒しながら、そう口にした。
「忙しすぎて、目が回りそうなくらいだ。手を休めてないで、狙ってくれよ?」
「はいはい……。目立ってるでかい盾兵をどんどん潰しますよっと」
ホークアイは小さくため息を突き、手にしたライフルをリロードする。Gオーガシールダーは頭一つ大きいので、ヘッドショットを決めやすい。さしあたって、それを潰すのが今のホークアイの仕事になる。
「鴨打ちだね、まったく……旦那たちもとっとと来ればいいのにな」
また一体Gオーガシールダーを撃ちぬきながら、ホークアイはまだ見ぬフレンドのことを思う。
運悪く一番遠くの山に出てしまったらしいセードー達は、今まさにこちらに向かって全力疾走しているところだろう。
大型の騎乗ペットがいれば、それに乗って駆け付けることもできるだろうが、セードーからそんな話は聞いていない。
「全部、食っちまうぜ旦那……とっとと来ないんじゃな」
小さく呟きながら、ホークアイはまたGオーガシールダーを倒す。
それに合わせたように、前線が微かに動いた。
なお、嫉妬団もいる模様。




