log78.城門外
ぽっかりと空いた穴をくぐるのと同時に、ガラスの割れるような音が響き渡る。
そして抜けた先は、穴の向こう側から見えた荒れた大地であった。
「むっ!」
セードーは足を止める。先ほどまではどこまでも続く平野にいたが、穴をくぐった途端荒れる大地にそびえる巨大な山の上に立っていたのだ。
そびえる山のふもとにはひび割れた大地が広がり、そして遠くの方にこれより攻め入る城砦の姿が見えた。
赤黒い空には曇天が広がり、ゴロゴロと稲光が不吉な音を立てている。
荒野の中にはちらほらとモンスターの姿も見え、城砦に近くなるにつれてモンスターの数が増えているのがよくわかった。遠目から見ても、モンスターたちが絨毯のごとく城砦周辺にたむろしているのがよくわかる。
セードーは山の上から城砦を見下ろし、顔をしかめて呟いた。
「……いや。あれおかしくないか?」
「は? なにがや?」
セードーと同じように山の上から城砦を見下ろしていたウォルフが怪訝そうな顔をする。
セードーは腕を上げ、指を伸ばして城の大きさを測り始める。
「ここから見える城砦の大きさが大体このくらい……」
「おう」
セードーの指と比較し、伸ばした人差し指と同じくらいの高さがある。
そして少し視線を下し、城砦より近い位置に見える小山のようなモンスターに指を当てた。
「そしてあそこにそびえるキングマンモスの大きさがこれだろう?」
「あ? キングマンモス?」
キングマンモスとは、フィールド上でポップするモンスターの中で最大の大きさを誇るモンスター。その大きさたるや二階建ての家屋をも上回る大きさなのであり、通常モンスターのはずなのに一部のボスモンスターのように特定の手順を踏まねば倒すのに苦労するという異例のモンスターである。
そのキングマンモスの大きさは、セードーの立てた人差し指の爪と同じ程度の大きさに見える。
ウォルフがセードーの指の先に注視してみると、視界望遠が働いてそこで動いているキングマンモスの姿が確かに見えた。
「……マジや。マンモスや」
ウォルフは呟き、城砦の方を見やる。造形の問題からか、たいして大きくないように見える。
だが、小山程度の大きさにしか見えないキングマンモスと比較すると、その巨大さがよくわかる。どうやら大きすぎるせいで遠近感覚が狂って見えているらしい。
「なんやあれ……いったい何階建てなんや……?」
「百や二百は効かんかもしれんな……。確かに人海戦術が必須だ、このイベント……」
「うへぇ、遠いなぁ……」
セードー達に続いてやってきたキキョウたちも、遠くにそびえる城砦を見てうんざりしたような声を出した。
「あらあら……これはちょっと厳しいかしら?」
「走って、間に合いますでしょうか……」
山の上から城砦まで、もちろん地続きだ。イノセント・ワールドはオープンワールドであるからして、ここから走って城砦まで行けるのは間違いない。
だが、キングマンモスが小山程度にしか見えない位置から城砦まで走って一時間以内に間に合うかどうかは微妙である。
クルソルを取出し、フレンドのいる位置にワープできるフレンドワープという機能を試そうとしてみるが、ワープ機能が圏外であることを示す表示が現れる。基本的に、ワープ機能はダンジョン以外でなければ使用できないはずであるが、どうやらこの場所は丸ごと全部ダンジョンという扱いのようである。
「……まずいな。ワープできんぞ」
「うわ、マジか。しかし、ここがスタート位置やとしたらなんか移動用の道具があってもええやろし……」
「そもそも、あたしら以外いなくね? どうなってんだよ?」
ウォルフたちの言うとおり周りに移動用の何らかのギミックがあるわけではなく、さらにどういうわけかセードー達闘者組合以外のプレイヤーの姿もなかった。
「確か……みなさん私たちの後にすぐに入ってきました……よね?」
「そのはずよね……どういうことかしら……?」
荒れた山の上で首を傾げる一同。
その時、セードーのクルソルが音を立ててなり始めた。
「ん、むぅ? これは……」
「フレンドチャットです!」
「相手は!?」
「鷹の目……ホークアイだ」
クルソルはメールの送受信以外にフレンドチャットを受け止めたことを知らせるための発信機の機能もある。
セードーは素早くクルソルを弾き、フレンドチャットをオンにする。
「鷹の目か? 俺だ、セードーだ」
『よう、旦那。今どこにいるんだい?』
チャットから聞こえてくるホークアイの声は微かに息切れし、さらに周囲からモンスターの咆哮とプレイヤーたちの気勢が聞こえてくる。
「今は……城砦を見下ろせる山の上だ。かなり遠い位置にいるな」
『山……山ぁ!? またずいぶん遠くに出たな、旦那……』
セードーの答えを聞き、ホークアイが素っ頓狂な声を上げる。
同時に聞こえてくる銃声。音がずいぶん近くから聞こえてきた。
「鷹の目? 今の音は……」
『なんとなく察してもらえると思うけど、戦闘の真っ最中さ。俺たちと、他にもいくつかのギルドは城砦の付近に出ちまってね』
「そうか……状況はどうだ?」
『どうもこうも、最悪だね……』
「こっちは十にも満たない数なのに、相手は百をあっさり超える……弾がもつか、心配だね」
ホークアイはモシンナガンのボルトを引き、銃弾を再装填する。
細長い薬莢がはじき出され、次弾がせりあがる。
そして近寄ってきていたゴブリンオーガの額に向けて、無造作に引き金を引いた。
「どうも、こっちに渡ってくる時の登場位置がランダムだったらしくてね……。大半が、城砦からそこそこ遠い位置に飛ばされてるらしいのさ」
『……何とかそこに向かう。持ちこたえてくれ』
「ああ、わかってるよ。死に戻りなんて、カッコ悪くてやってられ――」
―ガァァァァ!!―
「ッ!」
咆哮。頭上に伸びる影。
ホークアイは一瞬の硬直ののち、ボルトを引いて照準を合わせる。
だが、引き金を引くより、背後に忍び寄っていたゴブリンオーガの刃の方が早い。
(間に合わない……かっ!)
歯を食いしばり、身を襲う一撃に備える。
だが、ゴブリンオーガの刃はホークアイには届かない。
その刃が振り下ろされようとした瞬間、緋色の大剣がゴブリンオーガの体を引き裂いたのだ。
「……っと?」
「おう、無事かい皮肉屋」
一撃でゴブリンオーガを引き裂いたのはリュージだった。
彼は消えてゆくゴブリンオーガの体から大剣を引き抜き、肩に担ぎ直しながらリュージは周囲を睥睨する。
周囲に集うゴブリンオーガ達は、リュージを遠巻きにしながら唸り声を上げる。
剣を構え、ホークアイを背に庇うリュージ。
その視線の先で、魔法や空を舞う魔剣が炸裂する。
「ったく……今回のイベントは、かなりきついみてぇだな」
「……みたいだね。どうも」
ホークアイは空になった弾倉を引き抜き、新しい弾倉を叩き込む。
彼の視界の先で、ショットガンの火砲やガトリングガンの火閃が尾を引くのが見える。
『ホークアイ? 無事か』
「なんとかね。リュージ、背中を頼むぜ?」
「お誘い相手がソフィアじゃねぇってのがそそらねぇけど、文句も言ってらんねぇな」
ホークアイの呼びかけにリュージはどう猛に笑い、寄ってきたゴブリンオーガを真っ向から叩き斬る。
そして駆け寄るゴブリンオーガの額を、ホークアイは連続で撃ちぬいてゆく。
「っしゃぁ! 他の連中が来るまでに全員ぶち殺す勢いで行くぜぇ!!」
「たまには大盤振る舞いと、参りますか……!」
モンスターの咆哮に負けぬ気勢で、ギルド同盟たちはモンスターたちを葬り始めた。
切れたチャットにため息を突き、セードーは周りの皆に視線を向ける。
「……どうやら我々が戦場から一番遠い位置にいるらしい」
「わかってたけど……マジか」
「げぇー……どうすんだよこれ」
遠くに見える城砦を眺めて、サンが唸り声を上げる。
見れば、城砦付近に光が瞬くのが見える。おそらく誰かが放った魔法によるものだろう。
そして、その地点を目指して何人ものプレイヤーが走っているのも確認できる。
「かなりの人数が、城砦から離れた位置に現れちゃったみたいね……それでも、私たちほど遠くにいる人たちはいないみたいだけれど」
「ワイらが一番運ないんか……誰や、貧乏くじ引いたんは」
「そう言うこと言う奴が貧乏くじ引いてんだよ、クソが」
「ワイのせいちゃうわぁ!! いや、割とマジで!?」
動揺か、あるいは諦観からか。サンとウォルフが漫才を始める始末。
移動して間に合うかどうかわからないこんな場所にいるのでは、確かに現実逃避もしたくなるというものだろう。
だが、ただ漫然とここに立っているだけではしょうがあるまい。このイベントに参加することを決め、他のギルドを巻き込んだのは闘者組合なのだ。ここでただ見ているだけでは、寄生乞食と見られても文句は言えない。
セードーはグルグルと肩を回しながら、一歩前へと踏み出す。
「では、行くとするか……」
「待っているよりは健全よね……」
ミツキもまた、ため息を突きながら山を駆け下りようとする。
そんな二人の背中に、キキョウが声をかけた。
「ま、待ってください!」
「え?」
「キキョウ?」
キキョウは棍を握りしめ、そして腕を上げて力強く頷いた。
「私に任せてください!!」
そう言うと彼女は、クルリと棍を回して地面を突いた。
一体何をする気なのか。闘者組合の一同は、首を傾げて彼女の同行を見守った。
なお、比率としては山:城砦周辺:城門前=1:7:2くらいの割合の模様。




