log77.城砦攻略
つつがなく親睦会は終わりをつげ、闘者組合を中心としたギルド同盟はついにマンスリーイベントに臨むこととなった。
「ついにこの日が来たのか……」
「長いような短いような……あっという間だったな!」
「直前の自分の発言全否定かいこのおっさん」
30ギルド、総勢150名ものPCが、ミッドガルド近郊の平原に集まり新たなイベントの始まりを今か今かと待ちわびていた。
その中には異界探検隊、銃火団はもちろん、初心者への幸運のメンバーもちらほら参加している。
ギルド同盟団の最前線、進行方向で言えば一番前に位置するポジションに闘者組合の者たちと供に立つアラーキーは感慨深そうに何度も頷いた。
「うんうん……やっぱりみんなで協力するイベント開始直前のこの昂揚感……何物にも代えがたいものがあるなぁ! うん!」
「あー、わかるような気ぃすんなぁ。祭りの前も、はじまる直前がいっちゃん盛り上がんねんよなぁ!」
「お祭りって、こんな感じなんでしょうか……」
「さー? あたしよくわかんねぇ」
「それにしても、セードー君、この間はごめんなさいね? 一人で、大変だったでしょう?」
「あー、せやなぁ。すまんなぁ。ワイ、どうしても外せない試合があってん……」
「わ、私は私用が……」
「あたしなんざ、行きたくねぇっつってんのに、無理やりダンスパーティなんかに……クソがっ」
先日の親睦会に一人で参加したセードーに、メンバーがそれぞれ詫びる。
だが、セードーはさして気にした様子もなく、手を振って皆を制した。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。あの親睦会のおかげで、フレも増えている」
「フレが? はー、そらよかったなぁ!」
クルソルを弄りながら嬉しそうにフレンド欄を眺めるセードーを見て、ウォルフは自身のことのように喜びの声を上げた。
「MMOて、人の輪ぁ広げてナンボやモンなぁ……」
「名前ばっかり連なったりするけれど……やっぱりフレンドが増えるのは嬉しいわよねぇ」
「ええ、本当に……。このイベントが終わった後も、付き合いが続けばと願います」
「それは、あなた次第よ、セードー君」
「……はい」
ミツキの言葉に小さく頷くセードー。
そんな彼の隣で、クルソルの時計機能を見つめていたアラーキーが、全周囲チャットを起動しギルド同盟全体に語りかけ始める。
「野郎どもぉ!! イベント開始の時間だぁ! 準備はぁ、いいかぁー!!??」
「「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
アラーキーの呼びかけに応え、ギルド同盟全体が大きく震える。
彼らの熱に呼応して、辺りの温度も上昇しているかのような盛り上がりようだ。
そんな彼らの反応に満足し、アラーキーはセードーの方へと振り向いた。
「よぉっしぃ!! セードー! イベント起動キー、持ってるなぁ!!」
「ええ。ここに」
セードーはインベントリから、一つの水晶球を取り出す。
透き通った透明な水晶球の中に、黒い靄のようなものがグルグルと渦巻いている。
これは今回のイベントを開始するための起動キーと呼ばれるものであり、これを使用するとそれぞれのギルド同盟がかちあわないよう、専用のイベント会場へと導かれるようになるというものだ。
セードーを片手に、少し同盟の輪から離れてゆく。
そして水晶球を大きく振りかぶる。
「――セェイ!!」
力強く放り投げた。
セードーの剛腕によって投擲された水晶球は一直線に空を目指す……が、その途中で何かにぶつかったかのようにバリンと音を立てて砕け散ってしまう。
砕けた水晶球の中から黒い靄が吹き出し、それはやがてセードー達の目の前の空間を歪め、大きな穴をあけてゆく。
砕けた水晶球から出現した穴は、暗い赤色の空と赤茶けた大地ばかりが広がる無限の荒野を映し出す。
その荒野の真ん中には、今回のイベントにて攻略することとなる魔王軍の城砦の姿が見える。
セードーはその穴を見つめて、ポツリとつぶやいた。
「まさかこちらでイベントに参加するための始動時間を決められるとは思わなかったな……」
「城砦攻略にもいろいろあるからな! 今回は、たまたまこういう方式だったのさ!」
アラーキーはセードーの背中にそう投げかけ、それから同盟の方へと振り返る。
「よぉーっし諸君! 今回の城砦攻略の手順を振り返るぞ! 今回の城砦攻略、一度の攻略は一時間、最大七回の攻略が可能である!」
「ゲート開いてんなら、とっとといかねーと時間が持ったいねーんじゃねーの!?」
「安心しろ! 誰かがフライングで入らん限りは、時間は動かん!」
逸るヤジにそう激を飛ばしつつ、アラーキーは攻略手順を繰り返す。
「一度の攻略を1ウェーブと呼称しよう! 公式曰く、1ウェーブ中に踏破可能なポイントには限界があるという! 過去に似たようなイベントが発生した経験から考えるに、段階は四つだ!」
アラーキーは手を振り、ギルド同盟全体が見えるほど巨大なスクリーンを投影してみせる。
四枚のスクリーンショットはデフォルメされたキャラクターたちが描かれており、それぞれがアラーキーの口にする段階を表しているのがよくわかった。
アラーキーがまた手を振ると、スクリーンショットの内一枚が輝きだす。巨大な門の前に怪物が立っており、キャラクターたちがそれに挑もうとしているところだ。
「第一段階が“城門解放”! まず城砦に侵入するために城門をぶっ壊すイベントだ! 城門前に居座るボスモンスターをぶちのめし、門のカギを開ける必要がある!」
アラーキーが表示するスクリーンショットがアニメのように動きだす。中のキャラクターたちはモンスターを倒し、そして扉のカギを開けて城砦の扉を開放し始める。
「ボスを倒す班と、カギを開ける班に分かれる必要がある! 事前に決めてあるよう、きちんと動けよ!」
「「「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」」」
アラーキーの言葉に、同盟が勢いよく返事をする。
それを聞き満足そうに頷いたアラーキーはもう一度腕を振った。
「次は“城砦探索”! 言葉通りと思うんじゃないぞ! しっかり城砦の内部構造を把握するための段階だ!」
次に輝くのはキャラクターたちが迷路のような場所で迷っている画だ。アニメが動き始め、キャラたちはモンスターと戦ったり紙にマップを書き始めたりする。
「城砦の中を安全に出入りするための通路を探したり、あるいはトラップを解除したりするための段階だ! 普段は活かしきれない盗賊技能、ここぞとばかりに活かしてくれよ!!」
再びの咆哮。
アラーキーは笑い、さらに大きく腕を振るった。
「元気はイベント攻略完了まで取っておけよぉ!? 駆け足で行くぜ、第三段階の“財宝回収”と第四段階の“ボス撃破”!! 説明はいらねぇな!?」
アラーキーが示すのは二枚のスクリーンショット。
一方は、キャラたちが大きな宝箱に挑戦している画。宝箱の開錠に成功したキャラたちは金銀財宝を手にし、大きく手を上げ喜んでいる。
そしてもう一方は扉を守っていた怪物よりもさらに凶悪な怪物に挑むキャラたちの画。時に傷つき、時には助け合い、最後にはそのモンスターを撃破し、キャラたちは万歳三唱を繰り返していた。
「この二つはイベントの進行状況によっちゃ同時進行だ!! 城砦の中に隠されたお宝を探し、そして塔のてっぺんでふんぞり返ってる親玉をぶちのめす!! いたってシンプル、これ以上ないくらい俺たちが幸せになるプランだ!! どうだ、嬉しいかぁ!!!???」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
アラーキーの怒声に負けないくらいの爆音が辺りを包み込む。
まさにボルテージは最高潮。ギルド同盟のテンションはうなぎのぼりと言ったところだ。
思わず耳を塞いでその騒ぎをやり過ごし、セードーは辟易したように呟いた。
「……ここまで騒がしいとは思わなかった」
「うう……耳が痛いです……」
同じように耳を塞いでしゃがみ込むキキョウ。彼女も場の雰囲気に気圧されてしまっている。
一方ウォルフとサンは同盟の仲間たちと一緒に叫びまくっている。おそらく周りの雰囲気に感化されているのだろう。今にも飛び出していってしまいそうだ。
周囲のテンションがダダ上がりになっているのを眺めながら、ミツキは苦笑してみせる。
「まあ……お祭りの前もこんな感じよね。うちの神社で毎年やる夏祭りも、こんな感じだもの」
「そ、そうなんですか……お祭り、怖いです……」
「まあ、ここまでは極端な例だろうが……」
怯える小鹿のようにプルプル震えるキキョウの頭を安心させるように撫でつつ、セードーは小さな笑みを浮かべた。
「だが……悪くないんじゃないか? 敵方の城砦に挑むのであれば、これだけの気概は必要だろう」
「そんなもの……でしょうか……」
すっかり周囲の雰囲気の飲まれてしまったキキョウは小さく縮こまりながらセードーの影へと隠れてしまう。
そんなキキョウの様子に、セードーは苦笑した。
「そう怯えるな。始まれば、皆と一緒に乗ってしまえばいいんだ」
「うう……自信ないです……」
「フフ……そろそろ、はじまるみたいよ?」
どことなく微笑ましい二人の様子に笑みを浮かべながらミツキは同盟の様子を指差す。
アラーキーの段階説明も終わり、いよいよあの穴に突入しようという段階に入っていたようだ。
「さあ! 心の準備は済ませたな!? 来る者は拒まず、しかし去る者は絶対に逃がさない! マンスリーイベント・城砦攻略、スタートするぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
「「「「「お・お・お・お・お・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・!・!・!・!・!」」」」」
アラーキーは叫び、同盟の者たちも叫び返し。
皆が皆、スタートダッシュに備えて構えだした。
そして皆の頭上にタイマーが現れる。
「む、いよいよだな」
「あ、あわわ……!」
セードーも軽く構え、それに続くようにキキョウも棍を抱える。
ミツキもまた静かに備え、カウントが少しずつ開始された。
“5”
「さあて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
「楽しみねぇ。フフ」
“4”
「ソフィア! 今日の俺はいつになくマジで行くぜ!?」
「いつもマジで行ってくれ……」
“3”
「ちょっと、ホーク! だらけてんじゃないわよ、イの一で行くわよ!?」
「俺たち後方支援でしょうよ……」
“2”
「あ、アカン。ワイ、緊張すると腹が……」
「勝手に洩らせクソが!」
“1”
「五体武装・闇衣……今日も調子はいいな」
「わ、私も……って、移動技しかまだないんでした……」
“0”
「「「「「とっつげきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」」」」」
皆の頭上に0のカウントが現れると同時に、ギルド同盟の者たちは一斉に穴に向かって駆け出してゆく。
先陣を切るは闘者組合。五人の武人たちは同盟の者たちを導くように先んじてゆく。
「「「「「おおおぉぉぉぉ!!!!」」」」」
咆哮と共に大地を蹴り、五人は穴の中へと飛び込んでゆく。
それに続くように、ギルド同盟の者たちも穴の中へと飛び込んでいった。
なお、今回のイベントには兵糧係としてサンシターも参加している模様。




