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log76.親睦会

 その後、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ初心者への幸運(ビギナーズラック)を中心とした、城砦攻略ギルド同盟は順調に拡大していった。

 その同盟に参加することとなったギルドの数はおよそ30。人員は150名前後。城砦攻略に取り掛かるには十全な数が揃ったと言える。

 各ギルドのGMや幹部たちによる、攻略に際し入手したアイテム類の分配方法に関しても取り決めが行われ、つつがなく全ギルド員に通達された。基本は早い者勝ちであるが、イベント終了後に入手アイテムの開示を行い、それぞれのギルド間でトレードを行う方式だ。最終的には各人各ギルドの良識に従う形になるが、反対意見も特に出なかった。

 各ギルドの役割分担、あるいは当日に出てこられる人員の確保等、決めるべきことは多く存在したが、それぞれのギルドの軋轢も特になくすんなりと決まっていった。

 そして、マンスリーイベントまであと二日。


「それでは! 次回マンスリーイベント攻略のための! ギルド同盟による、親睦会を始めたいと思います! えー、それでは開会に辺り……挨拶とかその辺りはめんどくさいので省略! 乾杯!」

「「「「「かんぱーい!!」」」」」


 ギルド同盟の者たちは、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのギルドハウスであるショットバー・アレックスに集い親睦会を行っていた。

 主導を取っているのは初心者への幸運(ビギナーズラック)代表であるアラーキーだ。せっかく同盟を組む縁ができたのだから、なるべく仲良くなった方がお得じゃないかというのが彼の意見だった。

 他のギルドの者たちも、おおむねその意見には賛成していたが……やはりそれぞれに都合というものもある。今回の親睦会に参加しているのは、同盟に参加しているギルドのうち半分。さらに人数は全体で30名程度だった。

 楽しく笑い、飲み食いし、話をするアラーキーを遠目に眺めながら、セードーは壁にもたれかかりながら静かにグラスを傾ける。

 今日、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの中でこの行事に参加しているのは彼だけだ。

 日程は事前にアラーキーから教えられていたが、なにぶん日数もなかった。三か月の事情により自由時間が多いセードー以外は、時間の調整を取ることができなかったのだ。


「……ふう」

「セードー! どうしたのさ」

「ん、コータか」


 小さくため息を突くセードーの傍に、コータとレミが近づいてくる。

 今日、異界探検隊から参加してくれたのはこの二人だけだった。

 リュージはソフィアの都合が悪いため、マコはそもそもこの手の行事には参加しないとのことだ。

 セードーはコータの方に向き直り、小さく首を横に振った。


「いや、なに。こういう場には慣れなくてな……どうしたらいいのかわからないんだ」

「そうなんだ……」

「そう言う二人はどうだ?」

「僕たちは、学校とかでパーティやる機会が多いからね」


 コータとレミは顔を見合わせ微笑みあう。


「結構慣れてるのかな?」

「でも、大人が混じってるのはあんまりないよねー」

「そうか……羨ましいな」


 セードーはそう溢してグラスを口に運ぶ。


「俺はどうにも口下手なのでな……話が進まん。どうしても会話が途切れてしまう」

「ん、そっか……。それなら、無理に話をする必要はないと思うよ」


 セードーの言葉に、コータは小さく微笑みながらそう告げる。


「誰かが話しかけてくれたら、小さく頷いたりするだけでもいいんだよ」

「そうなのか?」

「そうだよ! それで、何か聞かれたら返せばいいの!」


 レミは勢い良く頷きセードーの手を引っ張って壁から引き離そうとする。


「だからほら! こんなところにいないで、こっちに来て! セードー君のギルドが、この同盟の中心なんだからね!」

「お、おい……コータ、止めてくれ」

「フフフ、無理無理。こうなったらレミちゃん、強引だから」


 セードーはコータに助けを求めたが、コータは苦笑して首を振るばかり。ぐいぐい引っ張るレミを止めようとする気配はなかった。


「ほら、セードー君!」

「むう……」


 セードーはレミに引かれるままに、パーティの中へと引きずられていく。

 多くの者たちが笑い、用意された料理を口に運ぶ。この場にいる者の多くは、アラーキーの知り合いだ。

 実にギルド同盟の半分が、アラーキーの連れてきてくれたギルドになる。初心者支援を行うギルド、初心者への幸運(ビギナーズラック)に所属しているだけあって彼の人脈は恐ろしいものがあった。

 大半が闘者組合ギルド・オブ・ファイターズや異界探検隊のような小さなギルドではあるが、PCレベルは完全にセードー達を上回っている。レベルの平均は50前後。このゲームにおいては上級者と呼ばれる領域にいるものばかりだ。

 だが、そんな彼らは愉快そうに笑いながら、パーティの中に戻ってきたセードーに声をかけてくれる。


「お! セードー君だったか! 次のイベント、よろしく頼むよ!」

「え、ええ。よろしくお願いします」

「緊張しなくていいよー。私たちもあなたも、ゲームのプレイヤーなんだから」


 立派なあごひげを蓄えた紳士風の男と、小柄なエルフに見える少女は楽しそうに笑っている。


「ゲームは楽しく遊んでナンボ! 貴方も楽しんで、ゲームすべきよ!」

「ありがとうございます……。その、自分なりに楽しんではいます」


 何とも馴れ馴れしいというか、親しげというか。遠慮なく踏み込んでくる少女の様子に戸惑いながら、セードーは何とか頷いてみせる。

 そんなセードーの緊張を見ながら、紳士は何度か頷いた。


「うんうん、初々しい……素手縛り始めている初心者とは思えないな」

「あ、セードーの事ご存知でした?」


 セードーの傍に立つコータに、紳士は頷いてみせた。


「ああ、もちろん。アラーキーから聞いているよ……素手縛りで始めた教え子がいるとね」

「マッシブギアがあるとはいえ、素手は茨の道だからねー。どんな子なのかって、少し話をしたこともあるんだよー」

「自分の話を……ですか?」

「ああ、そうだよ」


 紳士は頷く。その瞳は、面白い者を見る眼差しだった。


「マッシブギアは強力だが、反面制約も多い……。イノセント・ワールド全体で見ても、使用人口数%前後と言われているギアなんだよ」

「そうなんですか?」

「その通りさ。マッシブギアは十全に使いこなすために、プレイヤー本人の技能に強く依存するからね」


 紳士は言いながら、クルソルから一枚のスクリーンショットを取り出してみせる。


「けれど、これを見て納得したよ」

「あ、それ」


 レミは思わず声を上げる。

 彼が持っていたスクリーンショット、それはウォルフと出会うきっかけとなったあの決闘の時のワンシーン。ウォルフに止めを刺すべく飛び上がったその一瞬を切り取ったものだ。

 紳士は笑いながら、セードーを見つめる。


「これだけのリアル空手技能があれば、確かにマッシブギアを選ばない理由はないだろうからね」

「アラーキーが入れ込むわけだよねー。リアルでも、大活躍でしょう?」

「……いえ、そんなことはありません」


 セードーは少女の言葉に、微かにうつむく。

 己がこのゲームをプレイするきっかけとなったことを思い出し、微かに胸が痛むのを感じた。


「……迷惑をかけてばかりです、先生には」


 セードー……正道真樹が三か月の自宅謹慎を始めて、一ヶ月以上が経った。

 あれから毎日、荒木教師はセードーの様子を見に来ている。

 勉強はしているか、食事はちゃんととっているか、きちんと眠っているのか……。

 イノセント・ワールドの中だけではない。現実でも、荒木教師は正道の面倒を見ているのだ。

 教師を務めている、そのわずかな時間を縫って。

 浮世に疎い正道でも、荒木教師がいかなる無茶を押し通しているのか……その一端は感じ取ることができる。彼の瞳の下に浮かぶ、クマを見れば。

 このゲームを始める前には感じなかったかもしれない、罪悪感が今セードーの胸の中を席巻していた。


「リアルでも、ゲームでも……俺は……」


 拳を握るセードー。その雰囲気が変わったことを察し、紳士と少女は顔色を変える。


「あ、あー……えっとね? 私たち、そう言うつもりじゃ……」

「ああ、うん、その、なんだ……えーっと」


 セードーが落ち込むとは思っていなかったのだろう。二人は困ったように、セードーの傍に立っているコータ達を見やる。

 コータたちはと言えば、セードーの変化に戸惑うばかりだ。

 ここに連れてきて、会話を始めさせようとしたのは自分たちだという負い目も感じているのかもしれない。


「こ、コータ君……」

「……セードー……」


 コータが迷うように手を伸ばし、セードーの肩を叩こうとする。


「おぉい、セードー!」


 その時、アラーキーの声がする。

 コータはびくりと体を震わせて手を引っ込める。

 セードーは、声がする方に向けて顔を上げた。


「先生……」

「おう! 楽しんでるかぁ、うん!」


 酔っぱらっているのかとツッコミを入れたくなるほどテンションの高いアラーキーは、セードーに近づいてバシバシとその背中を叩いた。


「いやぁ、俺は楽しいぞぉ、うん! やっぱこうして誰かと話すのは楽しいなぁ! うん!」

「……そうですか。それは、よかったです」


 セードーは背中を叩かれながら、笑った。

 どこか申し訳なさそうな、そんな笑みを。

 そうして一瞬紳士と少女の方に目配せし、会釈しながらその場を立ち去ろうとする。


「それじゃあ、俺は――」

「俺はお前がゲームをしてくれて嬉しい。だから気にするな、セードー」


 セードーが離れようとした瞬間、アラーキーはその耳元で小さく囁いた。


「お前は気にするかもしれないが、俺は気にしてない。お前が、こう言う場に出てくれて嬉しいからな」

「―――」


 セードーは振り返り、アラーキーの顔を見上げる。

 アラーキーは力強い笑みを浮かべ、それから頷いて見せた。


「……先生」

「おう、なんだ?」


 思わずといった様子で呼ぶセードー。

 呼ばれたアラーキーは、何でもないように頷いて答えた。

 セードーは一瞬言葉を詰まらせ。


「……いえ、なんでもありません」

「ん? そうか?」


 それから首を横に振る。

 アラーキーはそんなセードーに無邪気な笑みを浮かべて見せながら、紳士と少女の方を振り返った。


「おう、ジャッキーにエミリー! お前らも、来てくれてありがとう! 今度のイベント、頼りにしてるぜ!」

「……ああ、うん。任せてくれ」

「もちろんだよ! ……ごめんね?」


 紳士(ジャッキー)はアラーキーの言葉に力強く頷き、少女(エミリー)はセードーに向けて小さく頭を下げる。

 そのまま連れ立って離れていく三人の背中を見つめ、セードーはポツリと溢した。


「……今更だが、先生は偉大だな」

「……ん、そうだね」


 コータは小さく頷いて答える。

 そして申し訳なさそうに縮こまっているレミの頭を撫で、セードーを促した。


「……セードー。他のテーブルに行ってみよう? 僕らと同い年くらいの子がいるかもしれないし」

「……そうだな」


 セードーは頷き、パーティの様子を見回した。


「先生に応えるには、実践あるのみだ。やれるだけ、やってみよう」

「うん。僕らも、手伝うよ。ね? レミちゃん」

「……うん、もちろんだよ」

「ありがとう、レミ」


 レミは小さく微笑むが、まだ少し笑みが固い。

 そんな彼女に頷き、セードーは礼を言う。

 そしてセードーは、パーティの中へともう一度入り込む。

 親睦会は、はじまったばかりなのだ。




なお、親睦会は3時間ほどたっぷり行われた模様。

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