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log75.学ぶもの

「――もちろん♪ 僕はいつでもどこでも、このゲームをプレイしているのさ~♪」


 不意にそんなことを呟きながら、カネレはいつものようにギターを鳴らす。

 流れる音楽はバラードであるように聞こえる。どこか哀愁の漂ったそれは、普段のカネレを知るものからすれば信じられないものだろう。

 星空が微かに照らす森の中、大きな切り株の上に座ったカネレの姿は一見すると幽霊のようにも見えなくない。

 一人静かにギターを鳴らすカネレの様子は、とてもおとなしいものだ。辺りにはPCも、モンスターもいない。

 ただ彼一人だけが、静かにギターを鳴らしている。


「―――♪」


 カネレは静かに微笑み、バラードを奏で続ける。

 そんなバラードの中に、ふいに不協和音が入り混じった。


「……ここにいたのね、カネレ」


 かさり、かさりと地面に落ちた葉を踏みしだきながら現れたのは、エイス・ブルー・トワイライトだった。

 険しく眉を吊り上げた彼女は、静かにギターを鳴らすカネレの傍まで近づき、彼を睥睨した。


「いい御身分じゃない……。ロクに仕事もしないで、こんな場所でギターを鳴らしているだけだなんて……」

「勘弁してよ~♪ ついさっき、地獄の48時間連勤を終えたとこなのさ~♪」


 カネレは冗談めかしたようにそう言いながら、ギターを鳴らす。

 へにゃりとした笑みを浮かべた彼の言葉は信じられそうになかったが、エイスはどうでもよかったようだ。

 小さく息を突き、カネレを睨みつける。


「――まあ、いいわ。それより、何の用事よ」

「んん~♪ 時間通りにやってくるのはいいことだねぇ~♪ 僕も君も時間は無限~♪ けれど、余計なことをしている暇はなし~♪」


 カネレの言葉に、エイスは同意するように頷きながら眉をしかめる。


「わかっているなら、話しなさいよ。私をこんな場所に呼んだ理由をね」

「ふっふ~♪ 君にとっては朗報~♪ 僕にとっては、たまに凶報~♪」

「朗報……?」


 カネレの言葉にエイスはしばし考え、それから何かを悟り視線を険しくした。


「……出たのね? 例の、レアエネミー」

「半分正解で、半分不正解♪」

「……どういうことよ」


 はぐらかすようなカネレの言葉にエイスは怒気を膨らませ始める。

 周囲を威圧する彼女の視線は、周囲の温度さえ下げているのか冷気の湯気が辺りに現れ始める。

 パキパキと音を立てて凍り始める草花の様子を見ても、カネレは笑みを崩さなかった。


「あの子の場所は分からないままさ♪ けれど、どうして姿が見えないのかはわかってきたんだよ♪」

「姿を消している理由……? そんなのどうだっていいわ。私が知りたいのは、あのレアエネミーの居場所。奴を、奴らを消すことだけが私の使命なのだから」


 エイスはカネレの言葉に興味を失ったかのように体を翻し、その場を立ち去ろうとする。

 その背中に、カネレは声を投げかけた。


「――あの子は学んでいるのさ。生きる術を」


 いつもの腑抜けた調子ではない、いつになく真剣な声色。

 エイスの足を止めるには、十分だった。


「………」


 エイスは立ち止まり、視線だけ振り返る。

 カネレはギターを鳴らす手を止め、エイスをまっすぐに見つめていた。

 顔は笑みになっている。だが、その中に感情の色が見えない。


「あの日の邂逅……それがあの子に与えた影響は、想像以上だったようだね。これは喜ばしいことだよ」

「……戯言を。生きる術を学ぶですって?」

「その通り。あの日、君と出会い、殺されかかることであの子は死の恐怖を学んだのさ」


 微かな音を立てて風が二人の間を通り抜けてゆく。

 エイスの視線とカネレの視線。揺れることなく、交わり合った。


「恐怖を学んだあの子は、身を隠すこと、脅威から身を守ることを覚えた。死にたくないから、姿を隠す。当然のことだ」

「……それが、一ヶ月以上も奴を見つけられない理由だったと?」

「その通りさ。盲点だったよ……あの子の前に現れた子らは、それはもう貪欲にこの世界を食い荒らしていたからね」


 カネレは寂しそうに呟き、ギターを一鳴らしする。

 空虚に響くギターの音は、どこか物悲しい気配を放っていた。


「だからこそ、到達できなかったし……討伐せざるを得なかった。悲しいね、何とも」

「――貴方の悲哀はどうでもいいわ。到達する必要はないし、討伐されるべきなのだから」


 寂しさをにじませるカネレとは対照的に、エイスの視線は険しい。

 その瞳の中に何か激しい感情をにじませ、口の端々に憎悪のようなものを覗かせる。


「奴らに存在理由はない。奴らが生きる資格はない。そして私は奴らを討伐せねばならない。それだけなのよ」


 だが、その激しい感情にはどこか空虚さが滲み出ていた。

 矛盾しているが……まるで怒るために怒っているかのような不自然さが見え隠れしているのだ。

 カネレはそんな彼女の様子を指摘することなく、小さく微笑んだ。


「そうだね。それが、君のいる理由だ。君が選んだ理由だ。それを批難する気はないし、止める気もないよ。存分に、あの子らを狩ればいい」

「そう言う割には、貴方は奴らの肩を持つわね。奴らが生きていてくれればいいというように、私には聞こえたわ」


 エイスはスッと目を細め、カネレを睨みつける。

 冷たい意志は、殺意だろうか。纏った気配の剣呑さは周囲をより凍てつかせる。

 カネレはその視線を受けても、笑みを崩すことはない。


「それはそうさ。あの子らが生きるための場所が、この世界だ。ここに生きる者たちは皆……純也の手を借りて生きられるようになった者たちだ」


 カネレは小さく呟きながら目を伏せる。


「……僕以外に、いないんだ。この世界に一人で来れた者は」

「………」

「一人でこの世界に到達できた者を、祝福したいというのは悪い事かな?」


 カネレはそう言ってエイスを見つめる。

 エイスの視線は険しいままであったが、その瞳の中に微かに揺れる(もの)があった。


「……。…、……私は」


 やがてエイスは絞り出すように、呟いた。


「私、は……この世界の、住人じゃ、ないわ……」

「ああ、そうだね」

「……だか、ら……貴方の気持ちは……わからないわ……」


 かすれたようにエイスは呟き、俯く。

 長い前髪で彼女の表情が見えなくなる。

 カネレはそんな彼女を笑ったまま見つめる。


「そう、君はこの世界の住人じゃない。だから、僕に遠慮することはないさ」

「………」


 エイスは拳を握りしめる。血が滲み出るかと思うほどに、力強く。

 カネレはギターを再び鳴らし始めた。先ほど鳴らしていた、バラードの続きのようだ。


「ともあれ、それがあの子が今まで姿を見せなかった理由だ。あの子は、危険を、恐怖を学んだ。だからこそ、身を隠したんだ」

「……それで? わざわざ呼んだからには、そのことを私に話すつもりだったからってだけじゃないでしょう」


 エイスは俯いたまま、カネレに問いかける。

 カネレはそんなエイスに頷き、話を続けた。


「もちろん。こんなふうに話せるようになった理由は……あの子の目撃情報が増えつつあるからさ」

「っ! それはどこで! いつ!?」


 カネレの言葉に、エイスは顔を上げる。

 彼女は必死の形相でカネレへと詰め寄った。


「見つけたのでしょう!? ならば狩れる! 私が……!」

「落ち着いて、エイス。見つかりはしたけれど、場所は確定していないのさ」


 その言葉に、エイスは目に見えて落胆する。


「……どういうことよ?」

「姿だけ見た、って人が多いのさ。不思議なエネミーにあった、あれはなんだろう?……ってね」

「姿だけ……?」


 不審そうなエイス。もっともな話だと、カネレは頷いた。


「君がそう感じるのも当然だね、エイス。姿だけみせて、人を襲わない……今までにない行動パターンだもの」

「奴らは人を襲うのが基本のはずよ? 例外なんて……」

「例外なんて、いくらでもあるさ。君も……いや、きみがそれをよく知っているだろう?」

「………っ」


 カネレの言葉に、エイスが微かに口元を引き結ぶ。

 だが、カネレは構わず言葉を続けた。


「けれど、目撃情報を聞いてみると、どうもあの子は人の姿を見るために姿を見せているようなのさ」

「人の姿を……?」

「うん。人の姿を見て、人の行動を見て……おそらく、学んでいるのさ。生きるということを」

「………」

「死の恐怖を知ったのが人からならば、生きる術を学ぶのもまた人から……あの子は、賢いようだ、エイス」


 カネレはくすくす笑い始める。その笑みは、とても嬉しそうだ。

 逆に、エイスは苦々しげだ。


「……なら、奴は……いずれ」

「可能性は無くはないよ。もしそうなれば素敵なことだ。あの子が……初めての到達者になるんだ」

「………」


 エイスは唇を噛みしめる。悔しがっているのが、カネレからでもわかった。

 仮に奴が到達すれば、狩れなくなる。そう、エイスは考えているのだろう。

 そんな彼女の苦悩を少しでも取り払うべく、カネレは口を開いた。


「大丈夫だよ、エイス。君のためにイベントは用意している」

「何……? どういうこと?」

「次のマンスリーイベントを知っているかい?」


 カネレの言葉に、エイスは小さく頷いた。


「城砦型でしょう。噂は聞いているわ」

「そう。人がたくさん集まるイベントだ。人から学び始めたあの子なら……そんなイベントによって来ないわけはないと思わないかい?」

「……言っていることは分かるわ。けれど、いいのかしら?」


 エイスは冷笑を浮かべ、カネレを見下ろす。


「仮に貴方の言う通りで、私が奴を狩れたなら……私は潰すことになるわよ? 貴方の希望を」

「それでいいよ、エイス。君もまた、僕にとっては希望の一つなのだからね」


 カネレはそう言って微笑む。

 そんなカネレに、エイスは冷笑を浮かべたまま頷いて見せる。


「そう言うのであれば、遠慮はしないわ……次のイベントを、楽しみに待つとするわ」


 その呟きと共に、エイスの姿が消える。ログアウトしたのか、あるいは街へと戻ったのか。少なくとも、カネレの周辺からいなくなったのは確かだ。

 カネレはギターを奏でながら、星空を見上げる。

 その顔に浮かぶ笑みは、相変わらず感情の見えない透明なものであった。


「――そう、それでいいのさ、エイス。君では、あの子はもう殺せないだろうからね……」


 そうして呟くカネレの声には確信が含まれており、誰に聞かれるともなく遠くへ消える。

 そして誰にともなく、カネレの姿も消えていなくなっていた。




なお、会談の場所はアルフヘイムの一端の模様

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