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log74.初心者への幸運

 ギルド初心者への幸運(ビギナーズラック)のギルドハウスは、ミッドガルドの中心にほど近い場所に存在した。シーカー達の本拠地であるフェンリル……その目と鼻の先に、彼らのギルドハウスはあった。

 おそらく一見した者はそこがシーカー達の学校だろうと思うだろう。まさにそのような様相を呈しているのが、初心者への幸運(ビギナーズラック)のギルドハウスだ。驚くべきことに、このギルドハウスには初心者への幸運(ビギナーズラック)しかギルドが存在しない。この世界でもかなり珍しい、一つのギルドのためのギルドハウスが、この学校なのだという。

 左右対称かつ三階建てで、いくつもの窓の向こうにはたくさんの机と黒板のようなものが見える。建物の中心線には高い時計塔が据えられており、その中には巨大な鐘の姿が見える。時刻が揃うたびに、周囲の者たちに時の流れを告げるのだろう。

 そんな初心者への幸運(ビギナーズラック)の一室……大学の研究室といった雰囲気を持つ部屋がアラーキーの私室となっていた。

 乱雑に積み上げられた書類や本の山がのせいで、足の踏み場もないような有様。その中からは、所々古びた剣やささくれた槍といった、古美術としての価値がありそうなものが見え隠れしている。基本的にこのゲームに背景という概念はないので、この辺りの装飾品もアラーキーが趣味で揃えた物だろう。

 そんな中に埋もれるように、古びた椅子に腰かけているアラーキーはセードーの来訪を喜び、そして彼からの提案に嬉しそうに頷いた。


「同盟……! いいねぇ、うん! いい響きだぁ、うんうん!!」

「ずいぶんテンション上がってますね、先生」


 初めて見る恩師の姿を目の前に、セードーは若干引いていた。

 ゲームを始めてそこそこ立つが、こんな彼の姿を目の当たりにしたことはない。

 アラーキーはバシリと手を叩いて立ち上がり、セードーの肩をバンバン叩く。


「そりゃ嬉しいさぁ! お前さんはいつの間にかギルドに所属し、そして人と手を取り合うことを、自分から提案するようになった……! 教え子の成長ほど嬉しいこたぁない!! 今日はのむぞぉ!! 無礼講だぁ!! うんうん!!」

「落ち着いてください、先生。まだ日は高いです。現実ではですが」


 とっぷりと日の落ちたミッドガルドの姿を眺めつつ、セードーはアラーキーを宥めにかかる。

 このゲームの不思議なところに、この不自然ともいえる時間の流れがあった。

 時計の動き……というより時間の計測方法自体は現実のものと全く同じなのであるが、日の巡り、星の巡りが全く異なるのだ。

 つい先日は真夏日かと思うほどに日中時間が長かったかと思えば、その次の日はほとんど夜の闇の中に世界全体が覆われることもある。聞くところによると、昼の時間と夜の時間の長さがどうなるかは、ある種の周期によって変わってくるのだという。それは季節によるものではなく、完全に運営のさじ加減によるものとのことだ。

 この変則的な昼夜時間に関しては、どんなプレイヤーでも平等にそれぞれの時間で遊べるようにするためだという。昼と夜とで出てくるモンスターや入手できるアイテム類が変わってくる場所もこのゲームには存在する。昼間は仕事や何かでゲームをプレイできず夜にログインすることになっても、ゲーム内では昼間だということもあるわけなのだ。。

 たとえ夜であっても必要最低限のアイテムや装備を購入できるNPC商店は24時間開いているため、ゲームをプレイするのに差し支えはない。もっと言えば、CNカンパニーを初めとする商業ギルドは必ず活動しているので、アイテムの入手に関しては気にする必要はないだろう。もっとも、個人商店系のお店は夜では締まっているので、その点は注意が必要になるが。

 限りなくリアルなこのゲームにおいて、プレイヤーシステム関連以外で最もゲームらしいシステムかもしれない。


(ここまでリアルな感触を再現しておきながら、時間の流れは歪、か……。現実と虚構の乖離を表現していると考えればよいか……)


 体感時間と実際に見ている光景との齟齬に奇妙な居心地の悪さを感じながらも、セードーはようやく落ち着いたアラーキーと向き直る。


「いやぁ、すまんすまん! ついつい興奮しちまって……何か飲むかっ!?」

「まだいささか落ち着きが足りないようですが、本当に大丈夫ですか?」


 ティーポット片手に勢いよく振り返るアラーキーを、セードーは半目で睨みつける。

 極低温さえ伝わってきそうなセードーの眼差しを受け少し正気を取り戻したのか、アラーキーはブルリと震えながらセードーにお茶を差し出した。


「お、おう、すまんすまん……とりあえず、お茶のみねぇ」

「いただきます」


 セードーは礼を言い、ティーカップに注がれた緑茶を啜る。

 自分の分を注ぎながら、アラーキーは改めて椅子に座り直した。


「よいこらせっと……さて? 今度のイベントで同盟の取り纏めをしてほしいってことだったけど?」

「はい。ゲームの中でも引率をお願いするようで恐縮なのですが……」

「気にすんな気にすんな! そう言う面倒事は先生にどーんと任せるがいいぞうん!」


 アラーキーはセードーに力強く頷いて見せる。

 彼にしてみれば、かわいい教え子が素直に自分を頼ってくれて嬉しいのだろう。若干動作も過剰気味になるほどに興奮しているのが見て取れる。

 アラーキーはその勢いのままに話を進め始めた。


「それで!? 今のところ同盟はどのくらいいるんだ?」

「ええっとですね……」


 セードーはクルソルを取り出して確認する。ここまでくる道すがら、仲間たちにメールを送り、現状を確認していたのだ。

 それによれば、ウォルフ以外の仲間たちもフレ達が同盟を組んでくれるという話になったらしい。


「俺が組んだ同盟も含め……5ギルド、ですね」

「ほう、なかなかの数字……と言いたいけれど、人数で言えばどんなもんだ?」

「人数……ですか? 少し待ってください」


 アラーキーの問いに、セードーは仲間たちにメールを打つ。

 しばらく返信を待ち、帰ってきた答えと自分が知っている答えを合わせてアラーキーの問いに答えた。


「それぞれのギルドが、大体6、7人程度だそうですので……30人前後でしょうか」

「30人……か」


 セードーの答えを聞き、アラーキーは少し難しい顔になる。


「ちと、厳しいな、うん。城砦攻略ってんなら、最低でも100人は欲しいところだ……」

「100っ……そこまでですか」


 100人、という数を聞きセードーは顔を引きつらせる。

 少数では無理だろうとは考えていたが、まさかそれほどになるとは思っていなかったのだ。

 顔をひきつらせているセードーに、アラーキーは真面目な顔で頷いてみせる。


「ああ、そうだぞ。こっちの人数は有限だが、向こうの数は無限だからな。敵なんぞそこら中からポップする。もちろん中ボス大ボスに関しちゃ有限だが、それにしたところで何枚もお代わりが存在する。城砦そのものの大ボスまで到達するのに、どれだけ時間がかかるやら……」

「時間制限がある以上、手間を掛けられない……だからこその人海戦術ですか?」

「おうともさ。いつの時代だって、勝敗の分かれ目は数なのさ。人にしろ武器にしろ、な。最低限の数を集められるかどうかで、攻略の推移も変わってくるんだ」


 アラーキーはそう口にしながらも、自分のクルソルを弄り始める。

 手の仕草を見るに、メールを打っているようだ。


「とりあえず俺の方でも人数を集める。セードーも、どんどんフレにメールを送って同盟を拡大してもらってくれ」

「わかりました」


 セードーは頷き、そんなに多くないフレンドリストを開いて、皆にメールを送り始める。

 そして二桁に届かない人数へメールを送り終えた後、ふと顔を上げてアラーキーに問いかけた。


「しかし……あまり人数が多くても同盟が立ち行かないのでは? 船頭多くして船山昇ると言いますが」

「あー、まあな。その辺は、同盟の盟主が取り仕切るんだ。大抵は同盟の発起ギルド……つまり闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのGMがやるべきなんだが……」


 アラーキーはメールを打つ手を止め、顔を上げてセードーを見る。


「お前んとこのGMは、今回のこと知ってんのか? 確かアレックス・タイガーなんだろう?」

「まだ連絡していませんが……基本的に闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの活動は我々の自由意思に委ねられていまして」


 セードーは闘者組合ギルド・オブ・ファイターズへと加入した日のことを思い出しながら、彼の言葉を伝える。


「“吾輩のことを気にすることなく、存分に躍進するがよい若人よ!!”と……。事実上、我々の取り纏めはサブGMのミツキさんになります」

「ふぅむ……アレックス・タイガーご本人にご足労願えたら楽だったんだけどな。同盟がどういう形になるにせよ、一回は各ギルドのGM同士が集まって話し合いの場を持つ必要があるな。まあ、そう言うのは任せろ! これでも司会進行は得意だぞ、うん!」

「すいません、何から何まで頼りきりで」

「気にするな気にするな! 一番肝要なのは報酬の取り分だけど、俺の知り合いはそんなの気にしない変態ばっかりだからな!」

「それはあまり自慢にならないのでは……」


 あまりにもあっけらかんと変なことを口走るアラーキーに苦笑しながら、セードーはふと自身はメールを送らなかったフレンドのことを口にする。


「そう言えば先生。カネレなのですが……」

「ん? カネレ? あいつがどうかしたか?」

「はい。彼には、連絡はしないでいただけますか?」

「おん? 元々名前の知れてるトッププレイヤーかつトラブルメイカーでしかないあいつは頭数ですらなかったんだけど……」


 アラーキーはクルソルを弄る手を止め、セードーをまじまじと見つめる。


「理由を聞いていいか? お前さん、フレンドっつか友達は大事にするタイプだと思ってたんだが」

「ええ、もちろんです。カネレは大切な友人ですし、なるべくなら多くのイベントを共にしたいと思っていますが……」


 セードーはクルソルのフレンドリストのカネレの欄を見つめながら、アラーキーに答える。


「……こう言ったイベントでは、カネレが仕掛け人ではないかと思うのです」

「仕掛け人?」

「ええ。彼は、なんというか輪に入るよりは、輪を外側から見ているのが楽しいのではないかと……そう思うのです」


 セードーの言葉に、アラーキーは首を傾げる。


「そうかぁ? なんていうか、適当に引っ掻き回してそれで満足するタイプではあると思うが……」

「ええ、まあ、そうなのですが……」


 アラーキーの言葉にも一理ある。実際、夜影竜(シャドウドラゴン)の時の一件など、見事に引っ掻き回された。彼の拡散行動さえなければセードー達はもう少し落ち着いて行動できたはずなのだ。

 ……だが、あの一件がなければ闘者組合ギルド・オブ・ファイターズに出会うこともなかったかもしれない。カネレの紹介があったからこそ、今のセードー達はあり得なかったかもしれないのだ。


「適当に輪を乱すこともありますが、その一方でイベントなどの形で輪を作ることもあります。輪がどんなふうに動くのか、あるいはどんな輪が生まれるのか……それを見て楽しんでいる気がするんです」

「んん……?」


 セードーの言葉に、アラーキーはさらに首を傾げるが、すぐに一つ頷いて座り直った。


「まあ、お前がそう感じるんならそうなのかもな。言われてみれば、自分でイベントに飛び込んで引っ張る……ってことはほんとやらないからなあいつ。大抵、皆が大騒ぎしてるのをへたくそなギターを弾きながら笑ってみてる感じだ」

「ええ。なので、今回もいつものように笑ってみててもらいたいと思うんです。輪に入りたければ、いつものように勝手につっこんでくるでしょうし」

「そうだな、うん……よぅし! あいつが輪に入りたくなるくらい、おおさわぎしてやろうじゃないか! うん!」


 アラーキーは一念発起したように、熱心にクルソルでメールを打ち始める。

 そんなアラーキーを横目に、セードーは窓の外の宵闇を見やる。


「…………」


 イノセント・ワールドを覆い隠す夜の帳は、満天の星空を抱えてどこまでも広がっている。


「……今日も、どこかでプレイしているのだろうな。カネレ」


 自身と同じように、空を眺めているかもしれないフレの名を、セードーは小さく呟いた。




なお、アラーキーの部屋は本人の趣味ではなく、本人の部屋そのものの模様。

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