log73.フレ同盟
今日も今日とて快晴なミッドガルド。
セードーはお気に入りのカフェを訪れ、そこで二人のフレンドを待っていた。
昆布茶を啜るセードーの元にまずやってきたのは、マントを羽織り大剣を背負った少年だ。
「オッスー、セードー」
「うむ。久しぶりだな、リュージ」
セードーの座っている席につき、手近な給仕にカフェオレとショートケーキを頼んだリュージは快活に笑った。
「解放属性は〈闇〉だってな? おめっとーさん」
「ああ。多くの部分はこのタトゥーのおかげだがな」
「ほーん。そんな効果もあるんだなぁ」
注文してすぐにやってきたケーキを頬張りつつ、リュージはセードーを見やる。
「にしても聞きたいことがあるから会えないかなんて、珍しいじゃん? 何があったんだよ?」
「うむ。実は……」
「よお、旦那」
リュージの問いかけにセードーが答えようとしたとき、二人目のフレンドがセードーに声をかけた。
背にスナイパーライフルを背負い片目を瞑った少年は、セードーとリュージを見比べながら、小さく首を傾げた。
「おっと……ひょっとして、待たせたかな?」
「いや、気にしないでくれ鷹の目。少し気が急いてしまったようだ」
「ふぅん? じゃあ、遠慮なく」
以前ギア解放のクエストで出会って以来、時折会ってはクエストを共にするようになっていたホークアイは、遠慮なしに座りリュージと同じように、コーヒーを注文した。
カフェオレを啜りつつ、リュージはセードーへと問いかける。
「俺以外も呼んでるとはね。で、そっちの人はどなた?」
「それはこっちのセリフでもあるな。セードー?」
「うむ」
両者に問いかけられ、セードーはそれぞれにお互いを紹介する。
「こっちがギルド・異界探検隊所属のGMであるリュージ。そしてこっちがギルド・銃火団所属のスナイパーであるホークアイだ」
「聞いたことないギルドだな……よろしくな、リュージ」
「こっちは聞いたことがあるぜ、ホークアイ。ともあれよろしくな」
それぞれの紹介が終わり、ホークアイのコーヒーもやってきたところでセードーは仕切り直すように手のひらを組む。
「それで、今日二人を呼んだ理由だが……次のマンスリーイベントについて、二人は知っているか?」
「おおん? 今度のってーと、城砦イベのこと?」
「ああ、知ってるよ。うちのGMから聞いてる。うちのギルドは、基本的に放任主義っていうか、個人主義的だから参加は自由ってことらしいが」
ホークアイは呟きつつ、コーヒーを啜る。
そんな彼の言葉に、セードーは首を傾げた。
「参加は自由? どういうことだ?」
「うちのギルド……銃火団は結構でかいギルドでね。人数が多いせいか、こう言うイベントにいろいろ慎重なのさ」
「でっかいギルドの弊害だなー。人数揃えられるから、数頼みなところのあるイベントとかだと、参加するだけで中小ギルドから非難されたりするんだよ。取り分が減るっつってな」
「……そんなことがあるのか?」
「大概は僻んでる奴のネガキャンだけどな。中小ギルドだったら素直に同盟組んで当たりゃいいのさ」
「ふむ……」
やはり人間同士の意志というか希望というか欲望というかが絡みだすと、ただのゲームと一言で片づけられない状況が生まれるようだ。
セードーはそれを踏まえ、二人に問いかける。
「今度、うちのギルドでそのイベントに参加しようという話になったのだが、どうしたらよいだろうか?」
「セードーんとこ? しかもギルドで?」
「うむ。新しく手に入れた〈闇〉属性のスキルも、試してみたいのでな」
「へぇ、〈闇〉か。またまた、ずいぶんと」
ホークアイは皮肉げな笑みを浮かべ、それから小さく肩をすくめた。
「セードーのところの人数だと、ギルド単体で当たるのはまず無理だな」
「む……そうか?」
「そうかってーか、今度の城砦攻略イベはまさにさっき言った数頼みのイベントの一つだよ」
ケーキを食べ終え、新しいケーキを注文しつつリュージはセードーに説明してやる。
「このイベントは一週間のうち、攻略できる時間が七時間しかない」
「……七時間しか? どういうことだ?」
「つまり一日につき、決まった一時間しか攻略に臨めないのさ。一日一時間で、一週間で七時間。この短い時間で、城砦を落としきることができるかどうかを競う、タイムアタック的なイベントってわけだ」
半分ほど減ったコーヒーの中に角砂糖を放り込み、ゆっくりとかき混ぜるホークアイ。
溶け切らずにジャリジャリ音を立て始めるが、お構いなしにスプーンを掻き廻す。
「攻略可能な時間は公式から告知されて、大体は一定の間隔で攻略に取り掛かれる。攻略しきればアーティファクトを初めとする超レアアイテムも夢じゃない……が、それだけにいろいろ厳しいのさ。敵の強さや城砦自体の攻略難易度も高い。これをソロで攻略しよう……ってのは無謀な馬鹿か無知な阿呆だけさ」
「迎え撃ってくるのは本物の軍隊もかくやって数の敵と、こっちのレベルに合わせて強くなるタイプのボスだからな。無策で突っ込んでも、損するだけのイベントなのさ」
「そうなのか……」
早い話、本物の城砦を攻略しにかかるつもりで挑まねばならないというわけなのだろう。普通のRPGであれば、NPCの支援を受けて突っ込んで、PCは中ボスや大ボスを始末すればよいというパターンになるのだろうが……。
「ということは、NPCは基本的に参加しないと考えてよいのか?」
「まーな。金払えば傭兵のNPCも雇えるけど、いいとこ周辺雑魚を押さえるくらいしかできないから、赤字の方がでかくなるの」
リュージはカフェオレを飲み、それからため息を突く。
「うちの参謀さんもアイテム欲しさに参加したがってっけど、出費を考えて毎日唸ってんだよな」
「参謀……マコが?」
「ああ。アーティファクト欲しがってる奴が何人かいるんで、そいつらに言われてな」
「………ふむ」
セードーはしばし考え、それからリュージに問いかける。
「では、我々とそちらとで同盟を組むのはどうだろう? 少なくとも、人数は多少集まると思うのだが」
「そっちと? そりゃありがたいな。てっきりセードー達はこういうイベントには見向きもしないと思ってたし」
セードーの申し出にリュージは頷いてみせる。
それからリュージはホークアイの方を向く。
「そっちのあんちゃんは? こういうイベントは興味ない性質?」
「イベントそのものには興味ないね」
ホークアイはそっけなくそう言い、それからにやりと笑って見せる。
「……けど、旦那の持ってる〈闇〉属性には興味あるね。特異属性、話しに聞いたことはあるけど大体〈光〉属性ばかりだからな」
「そうなのか?」
「そういや、特異属性で話にあがんの〈光〉ばっかだな、確かに」
〈光〉、〈闇〉、〈無〉。この三つが特異属性なわけであるが、やはり〈光〉属性が一番目立つということなのだろうか。そのうちレーザーが撃てるようになるという話であるし。
「なら、協力はしてもらえるのか?」
「ああ。俺もギルドでこのイベントに興味がありそうな奴に声はかけてみるよ。まあ、期待はしないでくれよ?」
「いや、助かる。ありがとう鷹の目」
ニヒルに肩をすくめるホークアイに、セードーは微笑みながら礼を言う。
そしてリュージの方に向き直り、同盟の話を続ける。
「でもセードー。勢いで同盟になったけど、いいのか?」
「うむ……事後承諾になるが、まあ何とかする……っと」
その時、セードーのクルソルがメールを受信する。
確認してみると、ウォルフからのメールであった。
「失礼」
一言ことわりメールを確認してみると、向こうも会いに行ったフレンドと同盟を組もうという話になったようだ。
「同盟組んでもええやんな? 答えは聞いてない!」なる腹立たしげな一文で〆られているが、否があるわけではない。むしろ同盟が増えるのは良い事だろう。
「……ウォルフの方も同盟を組む話になったようだ」
「を? ってことはほかの連中もそう言う話をしに動いてんのか?」
「ああ、まあ……そうだな」
「つーことは頭数はそこそこ増えそうで何よりだ」
ホークアイは小さく頷き、それから口の端をわずかに上げる。
「……で? 誰がこの同盟の頭を張るんだ?」
「ん? 頭」
「ああ。要するに、イベントクリアした後の報酬の分け方とか、そういうのを運行する役割はいるだろう? 烏合の衆を集めるだけじゃ……同盟が途中で分解しちまうぜ?」
「むう……」
ホークアイの言うとおりだ。行き当たりばったりの勢いだけで同盟を組んでいては、イベントの途中で瓦解する可能性が高いだろう。
「だが、別に誰が主体というわけでもないからなぁ……」
「お前んとこのGMはどうよ? 確か有名人だべ?」
「であるし、おそらくそう言ったこともなれているだろうが……連日出勤可能かどうかが問題だ」
闘者組合の主であるアレックス・タイガーは、引退後も方々で仕事や取材などを引き受けている超有名人だ。
このゲームに顔を出すことも週に一回あればよいというレベルなので、この手の時間を跨ぐタイプのイベントを行うのには忙しい身の上だろう。
「いつ出てきてもらえるかもわからん以上、頼るのは危険だと思う」
「同盟を仕掛ける餌にもなるだろうけど、必ず出てこねぇとなると危ないしなー」
「まあ、勢いで集まった同盟に頭なんていらねぇのかもしれねぇが……進行役は必要だと思うぜ?」
「進行役……」
セードーは小さく唸り、それからクルソルでメールを打ってみる。
「どした?」
「いや、とりあえず……」
メールの返事はすぐに返ってきた。
返事はOK。すぐにでも打ち合わせがしたいとのことであった。
セードーはその返事に小さく頷き、顔を上げる。
「とりあえず、進行役をやってもらえそうな人に連絡してみた。初心者への幸運に所属している先生なのだが」
「あー、あそこね」
「ふぅん。ま、いいんじゃねぇの? 少なくとも、取り纏めは慣れてるだろ。あそこにいるんなら」
両者の返事を聞き、セードーは一つ頷く。
「では、とりあえず先生の所にいってくる。同盟の件でまた連絡をさせてもらうと思うが……」
「ああ、いつでもいいよ。こっちでも、うちの連中に話はしておくし」
「俺は、とりあえず人集めだな……」
それぞれに立ち上がり、別れを告げて動き出す三人。
セードーはクルソルを握りしめ、メールの中に記入されている初心者への幸運のギルドハウスへと向かう。
「先生と話をして……それからみんなにも連絡せねばな」
闘者組合の皆にメールを送りつつ、セードーは駆け足でミッドガルドの中を駆け抜けていった。
なお、カフェの料金は前払いの模様。




