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log72.イベント参加

「城砦攻略型イベント……?」

「はい。いわゆるイベントダンジョンですね」


 キキョウの商談が終わり、帰ろうとしていたコハクがサービスとして語ったのは、次のマンスリーイベントの話であった。


「イベントとしては、最も回数が多いと言われているイベントですね。敵である魔王軍所属の将軍が所有する城砦が、文字通り直接侵攻してくるイベントです」

「あー、あのイベントかぁ」


 思い当たる節のあるらしいウォルフが、うんざりとしたような声を上げる。

 セードーがそちらの方に顔を向けると、首を横に振っていた。


「知っているのか、ウォルフ」

「そらまあな? 一応これでも一年はこのゲーム続けてんねんで? 一回も参加したことないけど、有名なイベントやね」

「通常は最深部ダンジョンまで行かないと拾えないような素材や武器が拾える、というイベントよ。イノセント・ワールドのイベントの中でも、結構な参加率を誇るイベントね」


 ミツキが補足するようにそう言って、コハクの方に流し目を向ける。


「けれどもなかなか情報通なのね……どちらのギルドに所属なのかしら?」


 通常、マンスリーイベントの情報はイベント開催の五日前にイノセント・ワールド運営から告知される。それに先んじて情報を開示できるということは、何らかの手段を用いて運営のタイムスケジュールを覗き見たということになる。

 果たしてハックか、クラックか。疑いの眼差しを向けるミツキに、コハクはゆっくり答えた。 


「ワタクシが所属しているのは、CNカンパニーですよ」

「「「………ゑ?」」」


 瞬間、絶叫が酒場を支配する。


「エエェェェェエ!!?? CNてオマっ!?」

「え、マジで!?」

「……えーっと、コハクさんの所属ギルド、確かにCNカンパニーってなってますけど……」

「……え、あ、そうなの……ど、通りで……」


 唖然となる仲間たちを見て、セードーは不審そうにコハクの方を見る。


「……なんだ、そんなに有名なのか?」

「ええ、まあ。そこそこですね」

「そこそこて!! ギルドに入るだけで一流企業に就職できるとか言われとるギルドやで!? それをそこそこて!! おまっ」

「フン」


 取り乱したウォルフがセードーに掴みかかろうとしたので、セードーはつつがなく正拳突きで迎え撃つ。

 比較的冷静なミツキたちが、頭を振りながら説明を始めてくれる。


「え、ええっと……。CNカンパニーっていうのはいくつも存在する商業ギルドの中でも最大手で、ゲーム内経済を完全に掌握しているとも言われているギルドなの。当然ギルドで運営される資金も段違いなんだけれど……」

「その関係で、ギルドへの加入に試験が設けてあるんだよ。その試験が本物の企業バリに厳しいのでも有名なんだ」

「私が入ったときは、加入倍率百倍とか言われていましたっけ」

「それは凄まじいな……」


 資金力があるギルドに入れれば、当然自身もその恩恵に預かれる。そのため、力のあるギルド……特に資金力が潤沢な商業系ギルドに所属したがるものは多い。

 そう言ったギルドは、加入に際して試験を設けるのが常となっている。そうしなければあっという間にギルドがパンクし、ギルドの経営が立ち行かなくなるのだ。


「CNカンパニーはこのゲーム内に存在するすべての物を商品として販売しております。武器、防具、アクセサリーは当然として、普通の道具やアバター、レアアイテムにゲーム内で使用できるギルドハウスの権限……そしてメイドタイプのNPCに仲間として利用出来るモンスターまで様々です」

「NPC……それって人身売買じゃ……」

「その言い方は正しくありません。働く先を探しているNPCの就職先を紹介しているのです」

「はぁ……」

「なるほど。それら商品の一つが、情報というわけか」

「はい。ギルド構成員の一人が、開発側の事情に通じているようで、マンスリーイベントについてはかなりの率で情報をフライングゲットできるのですよ」

「フラ……まあ、それはいいか」


 なんだかイノセント・ワールド開発側の信用問題が起こりそうな話であるが、プレイする側としては関係あるまい。たぶん、今までもずっと同じことをしているのだろうし。


「ともあれ、次のマンスリーイベントは城砦攻略型、というイベントなのか」

「ええ。うちのギルド以外もその情報を掴んでいるようで、壊れた武器の修理や新しい防具の調達なんかが盛んになってきているのですよ。ちなみに情報そのものは売り物にならないです。公然の秘密と化してますので」

「……引き籠ってたら駄目ねぇ、ホント……」


 己のクルソルから掲示板を覗き、コハクの言うとおりの情報を入手できたミツキが深いため息を突いた。

 ここ数日は周りに目もくれず壊れたリング代やらキキョウのための武器代確保のために奔走していたため、その辺りの情報を仕入れることをとっくり忘れていた。少し探ればすぐに出てきた辺り、本当に公然の秘密と化しているのだろう。


「武具を新調する……ということは、そのイベントに対する期待度は高いのか」

「ええ。通常はボスドロップでなければ入手できないアーティファクトや高レベルの魔法具……それらの元となる素材や、強力な魔法を習得できるスキルブックなどが入手できるイベントです。率先してゲームを進行しない人でも様々なレアアイテムが入手できるため、多くの方々に親しまれていますが、その分難易度は高いのです」

「ふむ……なるほど」


 アーティファクトとやらがなにかはわからないが、少なくとも高ランクのレアアイテムであることは分かる。高レベル魔法具や強力な魔法のスキルブックなどは、かなりの高値がつくというのはセードーでも知っている。それらに比肩しうるほどのアイテムなのだろう。

 だが、ギルドメンバーのテンションはあまり上がらない。少なくともコハクがCNカンパニーのメンバーであると判明した時よりはずっと低い。

 なんとなくセードーはその理由を悟りながらも、ウォルフに聞いてみた。


「……参加しないのか?」

「参加して、なんや旨味があるか?」

「まあ……そうだな」


 セードーの質問に対し、ウォルフは質問をかぶせてきた。

 だが、彼の言うとおりだろう。闘者組合ギルド・オブ・ファイターズは武道家が集うギルド。己の肉体こそが武器であると信じて戦う者たちの居場所だ。

 そんな彼らに、高レベルの魔法具だの強力な魔法のスキルブックだのを見せても、猫に小判と言ったところだ。


「まあ、魔法具には私たちでも使えるのはあるし、キキョウちゃんのレア武器目当てで参加するのはありでしょうけれど……」

「その場で他の参加者と取り合いになること考えちまうと、食指は動かねーよなー」


 ミツキとサンもいまいち乗り気ではないようだ。キキョウはいまいち事態を把握しきれていないのか、きょとんとしている。

 そんな仲間たちの反応を見て、セードーはコハクの方へと向き直った。

 コハクはやはり感情のわからない無表情でこちらを見つめている。


「……まあ、ともあれ情報感謝する」

「いえ構いません。先ほども言いましたけれど、この情報自体にはもう価値はありません。ほんのリップサービスという奴ですよ」


 気まずそうなセードーの様子を差して気にした風でもなく、コハクは立ち上がり彼らに背を向ける。

 そして扉を開けてギルドハウスの外へ出る直前、振り返り深々と頭を下げた。


「それでは皆様。今後とも、我がCNカンパニーをご愛顧のほど、どうかよろしくお願いいたします」

「あ、はい! またよろしくお願いしますね!」

「はい。それでは」


 キキョウの言葉を背中に受け、コハクは闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのギルドハウスを後にした。

 しばしの沈黙の後、セードーは口を開いた。


「参加、しないのか?」


 先ほどと同じ言葉。

 だが、含まれた意味は若干違う。


「……参加したいんか?」


 ウォルフは問いかける。

 セードーはゆっくりと首を巡らせ、ウォルフを見る。

 セードーを見つめるウォルフの視線は、微かな険の混じったものだ。

 利のないことに参加するのか。そう責めるような視線だ。

 それをまっすぐに受け止めて、セードーは小さく頷いた。


「したいな。興味がある」

「なんでや。自分、そないに欲深い性やったんか?」


 詰問ともいえそうな口調のウォルフの言葉に、セードーは小さく微笑んだ。


「そうかもな。なにしろ……」


 そして拳を握り、笑みを深める。


「新しく手に入れたこの力、大きな舞台で試してみたくて仕方がない」

「……ん? を?」

「まさに僥倖という奴だ……城砦攻略型、ということは歯ごたえのあるボスも出るのだろう?」


 笑みを浮かべたまま首を傾げるセードーに、呆けたような顔を向けるウォルフ。

 彼は呆けたまま腕を組み、それから天井を見上げて納得したような声を上げる。


「あー……せやなぁ……確かに、丁度ええ機会かもなぁ……」

「そういえば、お金稼ぎにいろんなクエストは受けたけれど、大物を仕留めるようなクエストはなかったわよね」


 ミツキは少しおかしそうに微笑みながら、セードーの方を見る。

 サンはセードーの言葉に頷きながら、身を乗り出した。


「そーだよな! やっぱ、そういうのをバン!と発揮する舞台ってのは必要だよな!」

「キキョウ、君はどうだ?」


 セードーがキキョウへと問いかけると、キキョウは柔らかく微笑んだ。


「そうですね……どうせなら、棍の慣らしもしてみたいです」

「なんやええ笑顔でとんでもないこと言われた気ぃすんねんが……まあ、ええわ」


 キキョウの言葉にウォルフは何度か頷き、それから顔を上げる。

 その顔に猜疑の色はすでになく、強い輝きの笑みが浮かんでいた。


「せやったら、やるかぁ、城砦攻略! やるからには、ワイも参加じゃ!」

「うむ、そう来なくてはな」


 セードーもまた笑顔で返す。


「いいわねぇ、たまにはこういうのも」

「っしゃぁ! 燃えてきたぁ!」

「楽しみですね!」


 他の仲間たちも頷き返し、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのマンスリークエスト参加が、ここに確定した。

 瞬間沸き立つ一同であったが、すぐに落ち着きテーブルに座り直す。

 そして額を付きあわせ、皆一斉に首を傾げた。


「……とは言うものの、具体的には何をすればよいのか」

「さあ?」


 残念なことに、このイベントに参加したことがある者はいないようであった。

 初心者のセードーとキキョウはもちろん、ウォルフたちも未参加。これはゆゆしき事態である。


「ど、どうすればいいんでしょうか……?」

「特別な参加条件とかはないと思うけど……」

「マンスリイベだしな」


 マンスリーイベントに特殊な参加条件はない。強いて言うなら、イノセント・ワールドをプレイしていることが条件か。しかし、城砦攻略に必要なことはそれだけではないようだ。

 少なくとも情報が漏れた時点で各ギルドが準備のために動き出しているのは分かった。それだけ気合いが入っているということだろう。

 参加するだけなら開催を待って、城砦にでも特攻すればよいのだろうが果たして本当にそれでよいのか。

 城砦攻略、というからには何らかの作戦が必要だろう。複数のパーティやギルドが参加する以上、それらの邪魔にならないよう、あるいは何らかの問題が発生しないよう、留意する必要があるはずだ。

 それがわかるものが、今ここにはいなかった。タイガーも、まだログインしていない。


「ミスターならわかるかもしれんが……」

「今週はお仕事が忙しいから、来れないって言ってたものねぇ」

「ぶっつけ本番でよくね? いろいろめんどくさいし」

「いえ、それで他のギルドに迷惑かけちゃったらまずいですよ……」


 うーんと唸り首を捻る一同。しばらく考え込んだが、それで埒があくわけでもなかった。


「……とりあえず、情報を集めるところから始めよう」

「せやなぁ。とりあえず、知り合い当たってみよか」


 ウォルフの言葉に、セードー達はバラバラに頷き、立ち上がる。

 そのままギルドハウスを出て、それぞれの知り合いに会うべく動き出した。


「ほしたらワイ、ちょう同好の士におうてくるわー」

「ああ。さて、それじゃあ俺も……」

「あ、じゃあ私も――」

「せっかくだし、キキョウのこと紹介すっかなー。ミツキさん! あたしが連れてっていい?」

「ええ、いいわよー」

「え? その、私……」


 キキョウはセードーについていこうとしたが、ゲームの知り合いに彼女を紹介しようとしたサンに引きずられてゆく。


「セードぉー、キキョウ借りてくなー」

「あ、あ、ああぁ~……」

「……ああ、うむ。気を付けてな」


 ドップラー効果と共に引きずられていくキキョウを眺めつつ、セードーは手を振って彼女たちを見送った。

 どなどなー、と脳裏で奏でられるBGMを頭を振って追い出しつつ、セードーはクルソルを取り出した。


「さて、とりあえずは彼に連絡を取ってみるか……」


 そうして、あまり多くないフレ達にメールを送り始めた。




なお、ミツキは茶飲み友達のところに言った模様。

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