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log71.新しいイベント

 セードーとキキョウが新たな力を得て一週間。

 その間にサンもまた、自らが欲していた属性である〈火〉のスキルを入手し終えていた。


「なんかあたしの苦労がさらっと流された気が!?」

「何の話やねん」


 何らかの電波を受信して叫ぶサンに向かって、ウォルフが気だるげにツッコミを入れる。

 場所はみんなの憩いの場、バー・アレックス。いつものようにここに集まり、そしていつものようにダラダラと過ごしているのだ。


「いやだって、実に三日もかけてクリアしたってのに、小説の字の分にして一行程度で終わらせられた気が……!」

「三日ゆうても、自分、人の手は借りひんいうて意固地になっとっただけやんか」

「うっ」


 ウォルフの言葉に息を詰まらせるサン。

 彼の言うとおり、サンはセードー達が属性解放した翌日に、己も属性解放すると言って一人でニダベリルに向かったのだ。

 もちろん、属性解放もソロでクリアすることは可能だ。実際、ソロでゲームクリアまで行った猛者も存在する。

 とはいえ、ソロとパーティではかかる苦労も圧倒的に違う。ソロの方がモンスターのHPも若干低めになるが、所詮若干の違いでしかない。やはり、パーティプレイでクエストに臨んだ方が楽になるのだ。


「い、いや……ほら、初心者のセードー達が変な属性引いてるわけじゃん? じゃあ、そこはなるたけ二人に慣れてもらうために、あたしが身を引くのが……」

「言うてる意味がわからんわ。せやったら、自分のクエに連れてったらええやんか」

「ううっ」


 しどろもどろに言い訳を始めるサンだが、ウォルフはバッサリ切り捨てる。

 進退窮まったという風に机の上に突っ伏したサンは、頭を抱えてそのまま叫んだ。


「……うううっ! だって悔しかったんだもん! セードーとキキョウが珍しくて、しかも強い属性引き当ててぇ!!」

「いやまあ、わかるねんけどな。特異属性、噂ばかりかと思てたわワイも」


 頬杖を突きながら、ウォルフは小さくため息を突いた。

 セードーとキキョウが引き当てた特異属性。それぞれ、めったに引ける属性ではないだけあって、かなり強力なスキルが解禁されている。

 セードーの五体武装・闇衣は、纏えば武器と防具の両方になる闇の波動のスキル。波動だけあってかなり変幻自在で、それ自体が攻撃力を持つゆえにもともと高かったセードーの火力がさらに上がっている。

 キキョウの光陰流舞は、完全無敵の移動技。発動している間は攻撃が当たらず、一瞬で移動するためあっという間に間合いを制する。敵を吹き飛ばしても自分で拾いに行ってコンボを繋いでゆくのだ。

 今のところ解禁されているのは一つずつらしいが、この先どんなスキルが解禁されるのか。


「そんかわし、他の属性とちごてステータスに補正はかからへんらしいけど……そこ差し引いても強烈やしな」

「普通は、遠距離攻撃ができるようになる、とか火力が増す、とかだもんなー……」


 〈風〉属性を例にとってみれば、風を利用して遠方を攻撃できるようになる、というのがまず解禁されるスキルとなる。基本攻撃スキルや剣などのギアスキルで目覚める遠距離攻撃よりは火力は高いが、そこまで強力というわけではない。

 基本的に属性スキルはギアスキルを強化するようなスキルが解禁されることが多く、それ自体が強力なスキルというのはもっと後半になってから目覚めるものなのだ。

 だが特異属性のスキルは、解禁一発目から単体で強力なスキルである。これで狙い撃ちしようとするプレイヤーがいないのが不思議でならない。


「まあ、そこはあれだろ。運が絡んでくるからだろ?」

「せやなぁ。クエストのクリア方法わかってても、何度も回すのはきついよなあのクエスト……」


 解放される属性を確定する方法は分かったが、それすらも運が絡む。そもそもそこまで到達するために属性解放なしというのも、縛りプレイだろう。


「世の中、ままならんもんやで……」

「ホントになぁ……」


 はぁ、とため息を突くサンとウォルフ。

 彼らとて自らが選んだ属性に不満があるわけではない。〈風〉も〈火〉も、どちらも十全に強力な属性だ。〈風〉の速さに〈火〉の火力……それらが得られるうえに、ステータスに恩恵まで受けられるのだ。これで文句を言ったら罰が当たろうものだ。

 ……それでも、セードー達が引き当てた特異属性。それらに対する魅力が陰るわけではないのだ。

 激しく運が絡むとはいえ、引き当てられればそれだけで強力なスキルを振り回して戦えるのだ。誰でも憧れようものだ。


「うらやましいなぁ……」

「うらやましいぜぇ……」


 ポツリとつぶやくウォルフたち。

 そんな彼らの視線を受けているセードー達は、今は一人のプレイヤーと商談に臨んでいるところであった。


「それで、本日は武器に使用する棒……棍、をご所望とのことで」

「はい、そうなんです」


 テーブルを挟んでキキョウが向き合っているのは、和服姿の少女だ。

 キキョウと同い年か、わずかに下かくらいだろうか。

 透けるような美しい金髪を揺らした、狐耳の少女である。

 ゆらゆらと椅子の背を空かして揺れる尻尾もかなりのモフモフ具合であり、キキョウはわずかにそちらの方に気を取られていた。

 そんな相手の様子にも慣れているのだろうか、狐少女は大して気にした様子もなく、袂で口を隠しながらキキョウの方を見やる。


「棍、と一口に申しましてもいろいろございますけれど、キキョウ様はどのような棍をご所望なのでしょう?」

「……あ、はい! えーっとですね。なるべく飾り気のない、実用的な棍が――」


 狐少女に促され、キキョウが自らの希望を口にし始める。

 狐少女はキキョウの言葉に静かに耳を傾け、時折頷き相槌を打っている。

 二人の商談を隣のテーブルについて眺めているミツキは、同じように座っているセードーにこっそりと問いかけた。


「……彼女、信用できるの? 単独で行動する商人プレイヤーは、あまり信を置けないんだけれど……」

「そうなのですか? まあ、彼女に関しては心配無用でしょう。リュージが連れてきたプレイヤーです。少なくとも、外れではないはずです」

「リュージ……貴方たちのフレよね?」


 狐少女を伴って現れた少年……リュージのことを思い出しながら、ミツキは疑わしげに首を傾げる。


「けど彼、彼女を置いてさっさと帰っちゃったじゃない。ぼったくり商人を紹介するときの情報屋の行動にそのままあてはまるんだけど……」

「……まあ、疑わしさは認めます。実際、初見なら絶対信用しません」


 狐少女を連れてくるなり「嫁ー!!」などと叫んでミッドガルドに向かって爆走し始めたリュージの姿を思い出し、セードーは頭痛を押さえるように眉間を揉みほぐす。

 彼の人となりを知らない限りは怪しさ大爆発である。言い訳のしようもない。

 とはいえ彼に「キキョウの武器を売ってくれそうな商人を紹介してくれ」と頼んだ手前、狐少女を無下に追い返すこともできない。セードーは苦し紛れにミツキに説明する。


「……実は彼、ソフィアリンという謎物質を摂取しないと禁断症状に襲われる体質でして」

「………………なんなのそれは」


 セードーのよくわからない説明に、今度はミツキが頭を押さえる。

 そんな二人を余所に、キキョウと狐少女はつつがなく商談を進めていっている。


「ワタクシ個人的には、こちらの“ケーコートー”をおすすめしたいところです。〈光〉属性を利用した属性武器の一つでして、夜道でも明るく照らしてくれますし、レーザーも発射できます。壊れやすいのは難点ですが、とりあえず束で十本を格安でお譲り致しますよ?」

「いえ、壊れやすいのは芯棍でこりましたので……。なるべく壊れにくくて、なおかつ修理が可能な武器がいいんですけど……」

「そうですか……。ですと、あとは……」


 狐少女は四次元袖から次々に商品を取出しキキョウに見せながら、彼女が求め得る最良の棍を選んでゆく。

 威力、強度、そしてキキョウの予算……。それらを加味しつつ、商人としての欲望を満たしつつ、商談を進めてゆくその姿はやり手の営業マンといった風情だ。

 軽い雑談の中でキキョウに笑顔を浮かべさせてみせる辺り、会話の才能もあるらしい。本人は驚くほどに無表情であったが、それでもキキョウは楽しそうに笑っている。


「――そうですね、こちらはいかがです? オーク材を芯に作り、そこに錬金の妙薬を加えて強度を増したりなんやかんや致しました一品……名付けて“オークのぼう”でございます」

「わぁー……素敵です! すっきりとしていて重心もちゃんとしてますし……」


 キキョウは立ち上がり、二、三回振るって重心を確認する。

 飾り細工のような模様もなく、本当に棒を削ってある程度加工しただけといった、芯棍と似たり寄ったりのデザインの棒で、キキョウは握り心地も気に入ったようだ。


「それに、お値段もお安いんですよね!?」

「はい。名もなき武器工が手慰みに作った作品に、我がギルドの錬金術師が手を加えたものですので、お値段たったの50000G!」

「単なる棒に吹っかけすぎやろ……」

「下請けが適当に作った棒に、さらに適当に細工しただけじゃん……」


 外野が何か言っているようだが、キキョウにも狐少女にも聞こえなかったようだ。

 キキョウは嬉しそうにクルソルを取出し、狐少女に商品の代金を支払ってしまう。


「はいどうぞ!」

「……はい、確認いたしました。ありがとうございます。こちらの商品、サービスとして半年の間は無料で修理・改造に関するご相談を引き受けさせていただきます。あ、こちらワタクシの連絡先です。いつでもご連絡いただければ」

「わぁ、ありがとうございます!」

「……セードー君。気を付けなさい? キキョウちゃん、通販とかにはまるタイプだわ」

「俺に言われましても」


 狐少女とフレ登録するキキョウを見てミツキがそんなことを言い出す。

 セードーは曖昧に頷きつつ、とりあえず立ち上がって狐少女へと近づいていった。


「へぇー、コハクさんっていうんですね!」

「はい」

「……あー、うむ。キキョウ、物は買えたのか?」

「あ、はい! すごくいいものが買えました!」

「そうか、よしよし」


 満面の笑みで頷くキキョウの頭を軽く撫でつつ、セードーは狐少女……コハクの方を向く。


「今日はありがとう。こちらのわがままに付き合ってもらってしまったな」

「とんでもないです。我々商業ギルドは、皆さまのようなお客様があってこそですから」


 コハクは感情の読めない無表情でセードーに答えつつ、コテンと首を傾げた。


「……兄様に突然「棒を売ってくれ」とか言われた時は何事かと思いましたが」

「ああ、うん……リュージなら言いそうだな」

「ですが、武器をご所望ということで、納得いきました。次のマンスリーイベント用ですね」

「……うん? マンスリーイベント……?」


 コハクの口から洩れた言葉に、今度はセードーが首を傾げる。


「……それはどういうことだろうか?」

「ご存じでない、と。では、この情報はサービスということで」


 コハクはそう言って、一週間後に控えるマンスリーイベントについて、セードーに語ってみせた。




 なお、コハクの耳尻尾はアクセサリーではなく自前の模様。

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