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log7.ログイン二日目

「やー、すまんかった、うん! 昨日はいきなり、カネレなんぞにまかせっきりにしちまって……ホントなら、俺が自分でいろいろ教えてやりたかったんだがな、うん!」

「いえ、問題はありませんでした。なので、頭を上げてください先生」


 イノセント・ワールドにログインし始めて二日目。

 一通りの日課を終えた真樹は、セードーとしての二回目のログインに臨んだところ、今度は荒木教師が扮するアラーキーというキャラに謝り倒されていた。

 場所は、カネレが連れて行ったのとはまた違うレストラン。カネレが紹介してくれたのがファミレスだとすれば、こちらは喫茶店といった風情だろうか。ダンディなおじ様NPCが物静かにカップを磨いている姿が印象的な店だ。

 アラーキーはセードーを連れてこの店の奥に座り、自分とセードーにコーヒーを注文し、品が来るなり第一声と共に頭を下げたのだ。

 昨日の事がどうしても気になっているらしい彼は、申し訳なさそうな顔でセードーを見た。


「いやホントすまんかった……。昨日は、ちょっと急用が入っちまってなぁ。結局お前さんの筐体代も、経費じゃ落ちんかったし散々だよ……うん……」

「経費に関しては自業自得でしょう。ともかく、俺は大丈夫ですよ先生」


 しょんぼりと肩を落とすアラーキーにそう告げながら、セードーは微笑む。


「おかげで、先生以外にもフレンドが増えました。結果論ではありますが……カネレに会えてよかったと、俺は思います」

「お前はホントに真面目だよ、うん……」


 穏やかとさえいえるセードーの言葉に、アラーキーは今にも涙を流しそうな表情で彼を見つめる。

 しばし自らの生徒の優しい言葉に俯いていた彼であったが、気を取り直すように頭を振り、セードーをる。


「……まあ、ともかくだ! 昨日一日、試しにプレイしてみてどうだった? お前さんが面白くない、と感じたら……」

「いえ、それはありません。俺のような人間でも、このゲームは面白いものと感じています」


 アラーキーの言葉を遮り、セードーははっきりとそう応える。

 軽く拳を握り、それを見つめながら小さく呟いた。


「……どこか違和感も感じていますが……」

「うん?」

「とても、いいゲームだと思います。色々な部分がリアルに作られてる一方、プレイヤーがストレスを感じそうな部分に関してはゲームである利点を最大限に利用している」


 セードーは昨日のことを思い出す。

 特に、カネレ達と食べた、このゲームでの初めての食事を。

 鮮明に思い出される、出来立てのおにぎりの味。そして、注文後に間をおかず運ばれてきた料理。

 どこまでも味は現実のものに近い一方で、自分の元にやってくるまではほとんど一瞬だった。

 リアルであれば、相応の時間待たされるところだろう。あの時レストランにいた客はセードー達だけではない。満席と言わずとも、それなりの人数がレストラン内の席を埋めていた。

 ある意味、このゲームを始めて一番驚いた部分だ。こだわるべき部分と、簡略すべき部分がはっきりしているというべきか……。ユーザー視点からの開発、とでもいうのだろうか。このゲームは、そう言った面が強いとセードーは感じていた。

 昨日の感動を胸に思い浮かべながら、セードーは言葉を続ける。


「こう言ったゲームはほとんど知りませんが……そんな俺でも、もっとこのゲームをプレイしたいと思いました。これは、本当にすごいことだと思います」

「……ふ、ふっふっ……そうかそうか……」


 アラーキーは、そんなセードーの言葉を聞いて笑う。

 思わず漏れたというような、そんな笑みだった。セードーがイノセント・ワールドを気に入ったのが、よほど嬉しいらしい。


「うん、そうか、そうかぁ……。お前がこのゲームを気に入ってくれたなら、俺はなにも言わん! 存分に楽しめぇい!」

「はい、そのつもりですが……先生は、付き合っていただけないので?」

「いや、もちろん色々協力するぞ、うん!」


 せっかく出会えたのに、突き放すようなことを言われたセードーは、小首を傾げながらアラーキーに問いかける。

 生徒の純粋な疑問の眼差しに耐え切れず、即座にポーズを崩すアラーキーは、一つ咳ばらいをした。


「んんっ! ……じゃあ、気を取り直してだな、うん。昨日は、カネレの奴と何をしてたんだ?」

「昨日は……チュートリアルクエストの代わりと言って、レストランで食事をして、森にゴブリン退治に出かけました」


 セードーは昨日のことを報告しながら、ふと思い立ったように聞いてみた。


「……その時、レアエネミーと遭遇し、ついでにカネレのフレらしいエイスというキャラにも会いました。これが、昨日起こった出来事ですね」

「……レアエネミーにエイスって……ずいぶん濃ゆい体験してるな、うん……」


 生徒の報告に、アラーキーは思わず頭痛を押さえるようなポーズとをる。


「……レアエネミーは多分、カネレ辺りが遭遇してたやつじゃないか? あいつのゲームプレイ時間は、全プレイヤーの中でも群を抜いてるからな。それだけ、そういうのにも出会いやすい」

「カネレは、そんなにゲームをプレイしてるのですか?」

「ああ、そうだな。トッププレイヤーの一人で、イノセント・ワールドのサービス開始時からプレイしているプレイヤーの一人でもある。もう一つ言えば、俺も所属してる“初心者への幸運(ビギナーズ・ラック)”の創設にもかかわってるらしい」

「イノセント・ワールドのサービス開始時から……? このゲーム、いつから始まりましたか?」

「ざっと五年くらい前か? 俺は二年くらい前から始めたが、俺より前から始めてるプレイヤーに話を聞いてみると、α版の時点から姿を見た、なんて噂もあるくらいだ」

「それは長いですね」


 セードーは感心したように頷く。

 ゲームのような娯楽は、熱するのも早く激しいが、その分冷めるのも早いと聞く。

 同じゲームをプレイし続けるのも、普通は一年も持てばいい方だろう。だが、カネレは五年以上もの間、イノセント・ワールドをプレイし続けているということになる。

 なかなかのイノセント・ワールド愛だ。


「まあ、その割にゃレベルもまだ91だし、いわゆる廃人が持ってるようなレア装備も持ってない。イノセント・ワールドにおける、玄人テクニックもちょいちょいしか使えないみたいだし、トッププレイヤーの割には大したことない、ってのが周りの評価だな」

「………なるほど」


 割とひどいアラーキーの言い草に、セードーは思わず納得してしまった。

 なんというか、雰囲気が玄人のそれではないのだ。彼は。

 状況が状況であったため流した、というのもあるが、彼が告白した自らのレベルに、セードーは後から思わず首を傾げてしまったほどだ。

 失礼な話ではあるが、それだけ彼にトップ、という言葉が似合わないということだ。どちらかと言えば――。


「まあ、彼は仲間と一緒にわいわい騒いでいる方が似合っているから、かもしれません。なんというか、争いは彼のキャラには似合いませんし」

「まあなぁ、うん。あいつ、限定イベントの時も、皆を引っ張る割にはイベント報酬には興味なさそうだったしなぁ」


 カネレとの付き合いもそれなりに長いアラーキーは、セードーの言葉にそう頷いた。


「……まあ、あいつのことはいいんだ、うん。これからも付き合いがあるだろうし。それよりも、エイスに会ったってのはホントか?」

「? ええ。レアエネミーに遭遇した際、彼女のおかげで事なきを得ました」


 疑わしげなアラーキーの様子を怪訝そうに見ながら、セードーはそう応える。


「カネレの……おそらく最大威力の一撃を喰らっても倒せなかったエネミーを、拘束していたとはいえ一撃で粉砕してしまいました。相当な実力者と見ますが……」

「そりゃそうだよ、お前。エイス……エイス・ブルー・トワイライトと言えば、今のイノセント・ワールドにおいちゃ、名前を知らない奴がいないほどのトッププレイヤーさ」


 アラーキーはそう言いながら、未だに湯気を立てるコーヒーを啜る。


「プレイ歴は二年……俺と同じくらいだな。だが、頭角を現したのはここ半年くらいだったはずだ、うん。それまでは、名前も知られてなかったからな」

「有名になった、ということは名の知れた由来となる事件でもあったのですか?」

「ああ。エイスは、イノセント・ワールド史上においても、数名しかいないソロによるゲームクリアを達成したプレイヤーの一人さ」


 アラーキーはそう言いながら、コーヒーのカップを置いた。


「このゲームはMMO……つまり、大多数の人間によってプレイされることを前提としたゲームだ。当然、ゲームの内容も多人数プレイを想定したものになっている」

「どういうことでしょう?」

「簡単に言っちまえば、一人じゃ倒せないモンスターもいるってことさ。時間やレベルによっちゃ倒せなくもないが、それでも相当な集中力と実力が要求される。特にこのゲームのラスボスに指定されてるモンスターは、一人での攻略は一般人にゃ無理だと太鼓判を押されるほどだ」

「……俺にはまだまだ関わりのなさそうな話ですね」


 未だレベル1のセードーはそう言って首を横に振る。

 このゲームのシナリオは、実にシンプルだ。世界に蔓延るモンスターたちは魔王の手下であり、プレイヤーはそんな魔王に対抗するための組織の一員である、というものだ。

 そしてラスボスである魔王は別の次元に入る、という話であるため、プレイヤーは世界中を駆け回ってその次元へ到達するための手段を確保する、というのがストーリーの大枠である。まあ、大抵のプレイヤーはストーリーの途中でわき道にそれ、そのままこの世界を堪能することに従事するらしいのだが。


「……ともあれ、理解しました。つまりエイスという少女は、レベル、実力ともに全プレイヤーの中でもトップクラスと?」

「そう言うこったな。このゲーム、ラスボスとの戦闘に関しては全世界に放映される。設定上、世界の存亡をかけた一戦、ってことになってるからなんだが……おかげで、ソロプレイでラスボスを倒そうもんなら、一躍有名人になれるって訳さ。もちろん、そうなろうとして無残に散っていった連中も数知れねぇわけだが」

「彼女はそのプレッシャーをはねのけた強者、というわけですね」


 エイスの姿を思い浮かべるセードー。

 レアエネミーをほぼ一撃で葬った手際を見れば、それにも納得がいきそうだ。


「まあ、そんなこんなで相当の有名人なんだが、孤高のソロプレイヤーとしても悪い意味で有名でな。ほとんどの人間とパーティを組まないし、組みたいと申し出ても突っぱねられる。あんまりにも相手がしつこけりゃ、決闘して徹底的に叩きのめす……。誰も寄せ付けないような冷たさのおかげで、“氷の女王様”何てあだ名がつくくらいだ」

「そうなのですか? その割には、カネレとは普通に接していたように見えますが……」


 カネレとエイス。二人のやりとりは、ごく普通の友人同士のそれに見えた。

 アラーキーはセードーの言葉を受けて、それを肯定するように頷いた。


「カネレのほかに何人か、普通に接するフレンドがいるって噂はあるな。……まあ、基本的にカネレ以外と行動することはねぇ様だけどな、うん」


 アラーキーもエイスに会ったことがあるのか、一つため息を突いた。


「ただまあ、それでも人と接触を極端に避けてる節があるんで、なかなか会えるもんでもねぇんだ、うん。会えるとしたら……お前がやったみたいに、レアエネミーと遭遇するくらいか」

「レアエネミーと?」

「ああ。このゲームに出てくるレアエネミー、遭遇率の低さの割に種類の全容が全く明かされてないことで有名でな。未発見のレアエネミーと遭遇するなんてのも割とよくある話なのさ、うん。そんで、誰も見たことないレアエネミーに遭遇すると、大体エイスも姿を現すんだと」

「ふむ……」


 セードーは小さく呟き、それからアラーキーに問いかけた。


「俺が遭遇したのは、黒い液体のようなモンスターです。初めは腕一本そのものの姿でしたが、すぐにヒトガタへと変じ、最終的には巨大なスライム状に変化しました。……このようなレアエネミーはご存知ですか?」

「いや、聞いたことないな。近そうなのには、ドッペルゲンガーって奴がいるが……透明っつーか、ありゃ色がないな。ついでに言えば、体積も増えない。つまり新種ってわけだな」


 アラーキーはまた一つため息を突く。


「情報屋が泣いて喜びそうなネタだな、うん……。俺もこのゲーム長いが、モンスターの全容がいまだに明らかになってないゲームってのもなかなかないぞ、うん」

「そうなのですか?」

「ああ。五年もあれば、大抵のゲームは調べつくせる。もちろん、大勢の人間の協力が必要だが……それでも、大型アップデート以外でWikiとかに載らない情報は無くなるってなもんだ」

「まあ、そうですよね」


 セードーは頷く。

 そもそも、いくら自由度が高くても、所詮はゲーム。閉じられた世界だ。

 現実でさえ、未開の地と呼ばれる場所は少なくなってきている。どれだけ開けた世界であろうが、人がいるのであればいずれその眼の届かない場所は無くなる、というわけだろう。

 そんな中で、未だに新しい種類のモンスターが現れるイノセント・ワールド。それだけ、開発が奥深くまで作りこんでいるということなのか。


(……それとも、別の理由でもあるのか)


 セードーは考える。

 アラーキーとの話の中で、微かに強くなった違和感を胸に抱きながら。




なお、セードーは苦いものが苦手な模様。

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