log68.決着
「黒い粘液です! あれを浴びると、よくわからない強化状態に入って、ECの粘液を固められるようになります!」
「よくわからないってなんやねん! せやけど了解したぁ!」
キキョウの説明を聞き、ウォルフはECに向けて駆け出す。
そして躊躇なくECが溢す粘液に手を突っ込み、粘液を掬い取った。
「はっはぁ! こうしたら叩けるようになんねんなぁ!?」
得意満面で自らの拳が強化状態に突入するのを待つウォルフ。
しかし、三十秒ほど待ってもウォルフの拳が強化状態に突入することはなかった。
「……どういうことやねん」
ポツリとつぶやいたウォルフの傍に、ECの剣足が振り下ろされる。
「ニョォォォォ!?」
「ウォルフテメェ遊んでんじゃねぇよ!!」
一方キキョウは再び粘液を利用しての強化状態へと突入し、サンの攻撃を援護していた。
何とかECの攻撃を回避しつつ、ウォルフはひたすら首を傾げた。
「あれー? あっれー!? なんでや、ワイだけ強化状態に入られへんのん!?」
「ひょっとして、武器でなければ強化状態に入れないんじゃないのか?」
自身も粘液を拳に掬い取りながら、セードーはポツリとつぶやいた。
「設定的にはこの粘液、ECの魔力が液化したものだろう。であれば、初めから魔力が流れている人体には馴染まんのではないだろうか」
「あ、あー……設定的に考えれば納得やなぁ」
セードーの言葉にウォルフは何度か頷き、それから悔しそうに地団太を踏んだ。
「しかし……せやったらワイらはこのまま棒立ちか!?」
「剣足を砕くこともできるし、援護はできよう」
粘液を振り飛ばしながら、セードーはECに攻撃を加えるキキョウたちの姿を見る。
ECが振り下ろす剣足の攻撃を回避しながらキキョウが粘液を固め、そしてサンが一撃を加える。
「ハッ! サンさん!」
「よっしゃぁー!」
再び炸裂する貼山靠。ECの体は吹き飛び、HPが減ってゆく。
だがそれも微々たるものだ。おそらく、固化した粘液が装甲の役割も果たしているのだろう。
「……とはいえ待つだけというのもつまらんか」
セードーは一つ呟き、首元に巻いているマフラーを解いて手に持った。
「ウォルフ、行くぞ。試したいことがある」
「ん? お、おお! わかった!」
言うなり駆け出したセードーの背中を、ウォルフは慌てて追いかけた。
剣足を回避しながら、セードーは手にしたマフラーを振るって粘液に浸す。
「セードー?」
彼の行動にウォルフは眉を顰める。武器でもなんでもないマフラーを使って強化状態に入れるわけがないと思っているのだろう。
だが、マフラーを粘液にしてしばらくするとセードーの視界にエクステンドの表示が現れた。
「よし、いけた」
「はぁっ!?」
黒く輝きだすマフラーを手にして上機嫌に頷くセードー。
まさかマフラーでも強化状態に行けるとは思わなかったウォルフは目を剥いて驚いた。
「なんでやねん!? マフラーで行けるんかいな!?」
「まあ、率としては半々だったがな。マフラーでも、人は殺せる」
「いや、そう言う意味やったら武器なんやろけど……」
釈然としない様子のウォルフを余所に、セードーはマフラーを振るいECの粘液を叩く。
すると打点を中心に、一メートル四方ほどが固化した。
「ほれウォルフ。遠慮なくやってくれ」
「なんかなぁ……。シャラァ!!」
ウォルフは首を傾げながらも、まっすぐECの体に拳を叩き込む。
体表の固化粘液は一瞬で砕け散り、ECの体は容赦なく吹き飛んだ。
ようやくまともにダメージが入り、ウォルフはガッツポーズをとる。
「っしゃぁ! まだ納得はいかれへんが、とにかくよし!」
「うむ。俺が固める。ウォルフは攻撃をしてくれ」
「OK!」
セードーとウォルフ。キキョウとサン。それぞれにコンビを組み、ECの体表を固め、攻撃を開始した。
「シャッ!」
「おらぁ!」
固化した粘液ごとECの体表を抉らんと、己の技を叩き込むウォルフとサン。
「強化の時間が短いな……」
「結構頻繁に掬わないと……」
そしてそんな二人を援護すべく、粘液を掬いに回るセードーとキキョウ。
ミツキはそんなパーティメンバーの姿を見て、羨ましそうにため息を突いた。
「ああ、いいなぁ皆……。このメンバーだと、どうしても私だけがあぶれちゃうわよねぇ……」
キキョウとセードーは言うに及ばず、サンとウォルフも決して仲が悪いわけではない。普段は反目し合っているように見えるが、それとて本当に互いのことを嫌っているわけでもない。少なくとも、戦闘中の連携を崩さない程度には、互いのことを信頼しているが、遠くからでも見て取れた。
「寂しいけれど、直接打撃じゃ私は役に立てないし……」
物憂げなため息を突きながらも、いざという時の援護体勢は崩さず、ミツキはECの頭上に浮かぶHPバーを見る。
何度かの打撃を経て、ECのHPは三割ほどを切ろうとしていた。
ミツキは一つ頷き、セードー達の注意を促すべく声をかけた。
「みんな気を付けて! そろそろHPが三割切るわ!」
「ん? 三割切るからどうなのだ?」
ミツキの言葉の意味が解らず首を傾げるセードーに、ウォルフが答えてやる。
「ああ、ボスによっちゃもう一回発狂っちゅーかモードが変わんねん。五割発狂はボスの特権やけど、三割発狂は雑魚にもあるしな」
「そういうことか……」
ECの粘液を固化しつつ、セードーは頷く。
ECは多彩な属性変化を操るボスだ。五割発狂で黒い粘液……おそらく〈闇〉属性を発現した。〈光〉属性は初めに発現してみせている。
であれば、発狂の際にもう一つ発現できる属性がある。
セードーは油断なく構えながら、一歩引いた。
「発狂するか否かはすぐわかる。ウォルフ」
「おう! シャァァァァ!!」
ウォルフは固化した部分に拳を叩きつけた。
乾いた音を立てて砕け散る粘液。
だが、今度はECが吹き飛ばなかった。
「ん!?」
「むっ!」
ウォルフは拳に伝わる重たい感触に。セードーはECの今までにない反応に。
それぞれ警戒を強めた。そしてその場でECの姿を注視したが、それが裏目に出た。
ECはわずかに体を震わせ、次の瞬間にはその体から全方位に向けて衝撃波を解き放った。
「グッ……!?」
「きゃぁ!?」
ECを攻撃すべく、その周囲に立っていたセードー達の体は衝撃波によって一斉に吹き飛ばされてしまう。
衝撃波をもろに喰らった彼らの視界は一様に赤く染まり、己のHPが一割以下に減少したことを知らせる。
「HPが……!」
「どんな威力だよ……!」
「いけない!」
ECにより吹き飛ばされ、地面に倒れ伏してしまった仲間たちを見て、ミツキは素早く呪文を唱えた。
「ヒールウォーター!!」
短い呪によって生み出された拳大の大きさの水球を手に持ち、ミツキは大きく振りかぶり勢いよく投げた。
「エェイ!!」
「ブッ」
その水球はまっすぐに突進み、丁度体を起こし上げたセードーの顔面に叩きつけられた。
瞬間回復するセードーのHP。しばし黙り込んだセードーは、ECの方を向いたままミツキの名を呼んだ。
「ミツキさん」
「だってこの方が早いんだもの! 次、ウォルフ君!」
「いやワイは自前のポーションつこて回復するんで無理に水を叩きつけなくても大丈b」
回復ポーションを取り出しつついろいろ言っていたウォルフであるが、ミツキはお構いなしに水球を叩きつける。
そしてそのまま、ミツキはキキョウやサンにも回復水球を投げつけた。
「ぶはぁ!?」
「きゃぁ!」
「……まあ、効率はいいよな」
セードーは小さく呟きながら立ち上がり、ECを見やる。
ECは数瞬の間を置きながら辺りに衝撃波を解き放つ、という行動を繰り返している。
「……そう言えば〈無〉属性がどのようなものか知らなんだな」
「まあ、話しにもよう上がらへんねんけど、あんな感じなんやろな」
セードーの隣に立ったウォルフもECの方を睨みつける。
ECの放つ衝撃波は、風などを起こしているわけではなく衝撃波のみが現れているようだ。単純に言えば、超能力のようなものなのだろう。
その衝撃波の効果範囲ギリギリに立ち、セードーは拳を固める。
「……チャージまで三秒程か。攻撃を加えるには十全」
「っし! じゃあ、あたしがいくぜ! キキョウは後詰よろしく!」
「はい!」
「せやったら、ワイもあとから行かしてもらおか」
「みんな、気を付けてね……」
再び放たれる衝撃波を前に、一向はこの戦いを終わらせるべく拳を固める。
一度、二度。衝撃波が辺りを揺らし、ECはチャージを始める。
「……」
攻撃を加えるタイミングを見計らい、息をひそめるセードーたち。
そして今一度衝撃波が拡散し、それが収まった瞬間。
「「―――ッ!」」
セードーとサンはまったく同時に飛び出した。
チャットを介したわけでも、何か声を上げたわけでもない。
しかし示し合わせたように駆けだした両者は、まったく同じタイミングでECに攻撃を加えようとする。
セードーは下から潜りこむように。サンは飛び上がり上から。
ECは衝撃波を放ち、両者を吹き飛ばそうとするが、それよりも二人の攻撃が放たれる方が早かった。
「双撞掌ォー!!」
「正空正拳突きぃぃぃ!!」
上下から挟み込むように放たれた技が、ECの体を強かに打ち据える。
響き渡る涼やかな金属音。同時に振るえるECの体。
放たれるはずの衝撃波が、輪のように拡散してゆくのがウォルフたちの目からも見えた。
衝撃波による攻撃が来ないのを確認してから、ウォルフとキキョウは駆けだした。
そしてウォルフは風を纏いながら飛び上がり、キキョウは担ぎ上げるように棍を構える。
「マッハサイクロン、ナッコォォォォォォ!!」
「矢倉突きからの、メガクラッシュです!!」
空中歩法を発動したウォルフは一つの竜巻と化し、ECの体を抉り、キキョウのメガクラッシュが水晶の体表に罅を入れる。
揺れるECの体。HPはあと一目盛り程度。
「あと一撃ぃ!!」
地面に着地したサンが、震脚と共に、昇山靠を放つ。その一撃をもらいさらにECの体に罅が入った。
「ぐ、まだかよぉ!?」
「しからば」
自らの一撃でも止めをさせず悔しさをにじませるサンの真上をセードーが飛び、空中歩法と共に蹴りを放つ。
「チェイリャァァァァァ!!!」
裂帛の気迫と共に放たれた足刀蹴りが、ECの体を抉り、貫いた。
同時に、ECのHPはゼロとなる。
鈴の音が鳴るような綺麗な音が辺りに響き渡り、ECの体が粉と砕ける。
「あ……」
それを見て、キキョウが小さく声を漏らし、セードーが地面に着地する。
「……今回の勝負は、俺の勝ちのようだな」
そして呟き、拳を握りしめて小さくガッツポーズをした。
ちなみに、ウォルフも横取りしようと拳を構えていた模様。




