log67.黒い粘液
「衝撃砲!!」
セードーが放った衝撃波はまっすぐに突進み、ECに頭から突っ込んだウォルフごと粘液を吹き飛ばす。
が、さしたる効果を上げることなく粘液は元通りに戻り、ウォルフは地面へと叩きつけられる。
「むぅ……やはり普通にダメージを与えただけではだめか……」
「それより先にワイに対する謝罪を一こブホォ!?」
どろどろの粘液に塗れたウォルフに水球を叩きつけながら、ミツキは一歩前に出る。
「やっぱりアクアウォールで吹き飛ばすしかないかしら……?」
「せめて攻略の糸口だけでも見いだせればよいのだがな……」
無念そうに呟きながら、セードーは腰を落とす。
「ミツキさん、頼みます」
「ええ」
アクアウォールを発動させるミツキ。
先ほどと同じように水流を生み出す彼女を余所に、サンとキキョウは反対側に回り込みながらECの様子を窺う。
「このべたべたを何とかすれば、攻撃は通りそうなんだよなぁー」
「はい……。さすがに、このまま攻略不可能、なんてことはないと思いますし……」
ECの体からぼたぼたと落ちてくる粘液を避けつつ、どこか攻撃できる場所はないかと観察を続けるキキョウたち。
そんな彼女たちの元に、一塊の粘液が降り注いだ。
「きゃぁ!?」
「げぇ!」
一抱えほどもありそうな粘液が降り注いでくるのを見て、キキョウは思わずといった様子で棍を振るう。
衝撃波を伴ったキキョウの一撃は過不足なく粘液を弾き飛ばしたが、棍に粘液がわずかに付着してしまった。
「あぁうぅぅ……」
「な、なんだよおい。あの粘液で攻撃してくるのかよ……!」
棍に付着した粘液を見て、キキョウは涙目になった。洗えば落ちるだろうが、だからと言って積極的に触れたいとは思わない。
そしてまだ見ぬECの底力に戦慄するサン。まさか粘液そのものも攻撃に利用できるとは思わなかったのだ。
警戒を緩めずに、サンは視線を跳ね上げた。
そんな彼女の視界に写る、アーチ状の水流の中で蹴りの姿勢を維持したまま流されてゆくセードー。
ちょうど彼はECの一部を蹴り抜いたような姿勢でサンたちの元へと降りてくるところであった。
そして水流を纏ったまま地面に着地した彼は、水流の中から出てきてまず一言彼女たちに言った。
「すまん。そっちに飛んで行ってしまったな」
「お前のせいかぁー!」
震脚と共に放たれた突きを、セードーは素早く躱す。
「いやホントすまん。思わぬ方向へと飛んで行ってしまってな」
「すまんで済むかよ!? あたしゃ、ECの必殺技の一つかと思ったんだぞ!?」
サンはセードーの胸ぐらをつかんで叫びながら、ビシリとキキョウを指差す。
「見ろキキョウを! 粘液が棍についちまってへこんでんじゃねぇか!」
「む……そうだったか。すまん、キキョウ」
「い、いえ……」
申し訳なさそうに頭を下げるセードーになんとか微笑んで見せようとするキキョウであるが、その笑顔は歪に歪んでおりショックはまだ抜けそうにない。
しょんぼりと肩を落とすセードーだったが、その背後にウォルフが檄を飛ばす。
「オラァ、セードーォ!! イチャついとらんで、ECに攻撃せんかぁい!!」
「イチャついているわけでは……! いや、ともあれ攻めねばな」
ウォルフの言葉に強く反論しかけるが、すぐに気を取り直し駆け出すセードー。
ECはするどい剣足を振り上げ、自らに近づくものを引き裂かんと振り下ろし始めた。
「シッ!!」
「チェスッ!!」
ウォルフとセードーはその剣足を攻撃し砕き始める。打撃が通じない粘液よりは組みし易いと考えたのだろう。
だが、剣足を砕いてもECに応えた様子はない。無論、HPバーにも変動はなかった。
「やはり武具や防具と同じ扱いか……」
「せやけど、攻め続けてナンボや……! 手を休めるな!」
「ああ」
折り砕いてもすぐに復活する剣足にもひるまず攻撃を繰り返す二人。
ミツキはそんな二人をすぐ援護できるよう、水球を用意しつつECの周囲を回っている。
己のやるべきことを考え必死に行動に移す仲間を見て、サンは焦ったようにキキョウの肩を叩く。
「ああ、くそこうしちゃいらんねぇ……。キキョウ! あたしらもさっさと復帰すんぞ! いつまでもへこんでねぇで!」
「はいぃ……」
キキョウは何度か棍を振って粘液を飛ばしつつ駆け出そうとするサンを追いかける。
と、その時棍が妙な音を立てていることに気が付いた。
例えるのであれば……何かが噴き出す。そんな音だ。
「……え?」
「ん? どうした!?」
キキョウは足を止め、自らの棍に目を落とす。
サンもまた、キキョウの様子がおかしいことに気が付き、振り返る。
二人が視線を向ける棍。その先端が何やら音を立てて煙を吹き出していたのだ。
「え、ええ!?」
「うぉぉぉ!? なんじゃこりゃ!?」
唐突な出来事にキキョウもサンも面食らって叫ぶ。
「なんだよさっきの粘液、武器破壊系の何かかよ!?」
「そんなぁ! もう棍の数、あと十本もないのにぃ!!」
己の棍の以上に目に涙を浮かべて叫ぶキキョウ。
これ以上棍が壊されては敵わない……そんな彼女の願いを余所に、棍の変化は続く。
煙を上げる箇所が先端から徐々に棍全体へと及んで行っているのだ。
「ひゃ……!」
「お、オイキキョウ! 手ぇ、離した方が……!」
サンはその異常がキキョウに影響を与えるのではないかと考え、そう叫んだがキキョウは棍から手を離そうとしない。
涙目になりながらも、首を横に振ってサンに叫び返した。
「だ、だめです! 棍は私の命です……! たとえこの手が腐り落ちても、手を離すわけにはいきません!」
「いやそこは離しとけよ! そうじゃなくて、別の棍に……!」
サンは何とかキキョウを説得しようと考えを巡らせるが、間に合うことはなかった。
あれよあれよという間に棍の全体から黒い煙が噴き出すようになり……。
「……えっ? エクステンド?」
「え?」
キキョウの視界にエクステンドの文字が表示され、棍から煙が噴き出すのが停止する。
煙が吹き出さなくなった棍は、その全体に黒い輝きを帯び始めた。
キキョウはぽかんとした表情で棍を見つめ、それから二、三回振ってみる。
棍は折れるわけでも崩れるわけでもなく、しっかりとキキョウの手の中に納まっていた。
「……大丈夫そうです」
「……なんだ一体」
怪訝そうな顔で棍を見つめる二人。
と、その時再び粘液の塊が二人の元に降り注いだ。
「二人とも、避けて!!」
「へ?」
「え、あ!?」
ミツキの忠告に我に返る二人。そう、今はボス戦の最中なのだ。
降り注いだ塊に向け、キキョウはまた反射的に棍を振るってしまう。
「あっ!?」
すぐに自らが弾こうとしているものの正体を思い出すキキョウだが、振るってしまった棍は止まらない。
キキョウの棍は鋭い一撃を粘液の塊へと見舞った。
ギゴンッ!
瞬間、粘液の塊が固まってしまった。
「「え」」
思わず声を出して呆ける二人。キキョウの棍も、ピタリと止まる。
固化した粘液はそのまま地面へと落下し、ガラスが砕けるような音を残して消滅した。
「なんやぁ!? なんかあったんかいな!?」
「二人とも、無事か!?」
「あ、え、っと、そのぉ」
ECの攻撃を掻い潜るのに忙しい男たちはキキョウたちの方を見ていない。
だが、寸前に注意を飛ばしたミツキは驚きのあまり目を微かに見開いていた。
「二人とも……今何をしたの?」
「何っていうか……なぁ?」
「はい……なんなんでしょう」
ミツキはチャットでそう問いかけてくるが、むしろ聞きたいのはこちらの方だと言わんばかりにサンとキキョウは顔を見合わせ、それから棍を見下ろす。
黒い輝きを纏う棍は、やがて明滅し始め、数秒も立つと元のように木の棒へと戻ってしまう。
「「……」」
二人は棍を見下ろし、キキョウは再び何度か試し振りをする。
やっぱり棍は特段変わった様子を見せない。耐久度も特別目減りしているわけではない。あの粘液を浴びる前とさほど変化があるわけではなかった。
二人の元に、ウォルフ辺りが弾き飛ばした粘液がまた降り注ぐ。
べしゃりと音を立てて地面に落ちた粘液は、ジュウジュウと音を立てて煙を発し、それから地面へと吸収されるように消えてなくなった。
「「……まさか?」」
その様子を見ていた二人は、同時に一つのことに思い至る。
キキョウは確認のため、サンの方を見た。
「サンさん。このゲーム、モンスターの攻撃とか利用できますか?」
「できる。モンスターの持ってる剣とか使って攻撃できる」
キキョウの問いに、サンはそう答える。
再び降り注ぐ粘液。
ほど近い場所に落着したそれを見て、キキョウは棍を振るう。
「えいっ!」
そして棍の先端で粘液を掬い取り、しばし待つ。
黒い粘液はしばらく音を立てて煙を発していたがそれはすぐに収まり、棍そのものが煙を発し始めた。
そして煙と共に黒い輝きは棍全体を覆い、やがて煙が収まる。
それと同時に現れたエクステンドの文字。数度の明滅で消えたその文字の意味を、キキョウはようやく理解した。
「――サンさん!!」
「おうさ!!」
キキョウはサンに呼び掛けると同時に駆け出す。
彼女の意図を察し、サンはキキョウを追うように駆けだした。
二人はそのまま一気にECの体まで駆け抜け、同時に飛び掛かった。
「ん!? サン!?」
「なにしとんや、自分ら!?」
剣足を避けつづけていたウォルフとセードーは、サンたちの行動を見て驚き戸惑う。
粘液に攻撃が効かないのは証明済みだ。なのに何をするのか。
慌ててカバーに回ろうとする二人は、次の瞬間目を丸くする。
「ヤァッ!!」
無造作に振るわれたキキョウの棍の一撃。それはECを覆う粘液の一角を完全に固化してしまったのだ。
「はぁっ!?」
「なんだあれは!?」
「オリャァァァァァ!!」
そしてサンの一撃で完全に言葉を失う。
空中歩法を発動しながら放たれた彼女の突きは固化した粘液を打ち砕き、その向こう側にあったECの本体にダメージを与えたのだ。
勢いよく飛び上がり戸惑った様子を見せるEC。その頭上に浮かぶHPバーは、はっきりと減少した。
それを確認し、地面に着地したサンとキキョウは満面の笑みで掌を打ち合わせあう。
「いえーい!」
「い、いえーいです!」
ようやく見つけた攻略の糸口。それを伝えるべく、キキョウはセードー達の方を振り返った。
なお、ECの粘液は吹き飛んでいるときも溢れている模様。




