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log66.発狂モード

「はい、ドーンッ!!」


 満面の笑みで放たれた貼山靠がECの巨体を吹き飛ばす。

 あれから三度。混乱が収まっては吹き飛ばされるECの姿は憐みさえ誘うものであった。


「ああ、ちくっしょい! 今の一撃ワイも入れられたはずやのに!」

「距離の問題だろう。あれはサンの間合いだった」


 悔しそうに指を弾くウォルフを慰めながら、セードーは混乱で飛び回るECの頭上を注目する。


「まあ、それはそれとして……HP、なかなか減りきらないな」

「はい。なんだか、少しずつしか減っていないように見えます」


 同意して頷くキキョウ。

 彼女も注視するECのHPバー。それは今の三分の一撃で、ようやく半分を切ったところだ。

 ECの豪快な吹き飛び振りからクリティカルヒットの類だと考えていたらしい二人は、ECが混乱を始めるのを見て油断なく構える。


「ボスクラスでHP半分は、発狂フラグだな」

「はい。来るとしたら、これが終わってからですね」

「なんや二人とも気合いはいっとんなぁ。せやけど、次はワイがもらうでぇ?」


 対し、能天気に拳を握りしめるウォルフは二人の話を聞いていなかったらしく、イの一で駆け出してECへと接近していった。


「速さやったら負けへんぞぉ! 同じ射程距離でワイに勝てると思うなぁ!」

「あ、テメェ!?」


 同じように、サンもECへ向かって駆け出してゆく。

 不用心すぎる二人の様子を見て、水球を準備するミツキは大げさにため息を突いた。


「ああ、もう二人とも……。油断すると、すぐにやられちゃうわよー?」


 手にした水球を即座にECへと投げつけ二人を援護する準備を行うミツキの言葉も、二人には届いていないようだ。

 楽しげに笑いながらECへと最接近したウォルフとサンは、ミツキの一撃に備える。


「フゥハハーハー! さあ、いつでもこいやぁ!」

「ミツキさーん! 早く早く! ついでにウォルフの頭にもぶつけて!」

「あなたたちねぇ……」


 呆れながらも水球を投げつけるミツキ。

 狙い違わず飛翔した水球は、幾度目かのECの透明化を果た――。


 ぱぢゅんっ!


 ――さなかった。


「「え」」


 思わず硬直するウォルフとサン。

 十分な速度と威力を持ち、水晶体へと叩きつけられたはずの水球はその直前で弾け、あえなく霧と化す。

 見れば、ECの水晶からは黒い靄のようなものが溢れているのが見えた。


「なんだあれは……?」

「ECの、体の色は……!」


 目を凝らすキキョウ。

 ECの体は、混乱が収まったはずであるのに無色透明のままだ。

 ……いや、今までとは少し様子が違う。ECの本体を構成する水晶、その最奥。今まで何もないように見えたそこから、どす黒い輝きが漏れ始めているのをキキョウは発見した。


「――みなさん! ECの様子が……!」

「どうやら発狂に突入したようだ。二人とも、逃げた方がよさそうだぞ」


 緊迫したキキョウの声から状況の変化を察したセードーは、ECに最接近している二人へと声をかける。

 ウォルフたちはそんなセードーの呼びかけに反応し損ねた。


「いや、そないゆーてもなぁ……」

「発狂したんなら、ダメージ判定と関わってるかも――」


 発狂モードに突入したことを前向きに捉えるサン。

 そんな彼女の頬を、鋭い何かが掠めていった。


「――え?」


 甲高い音を立てて地面へと突き刺さったのは、黒く鋭い剣のような足だ。

 鋭利に尖ったそれが地面へと深々と突き刺さり、白い大地に蜘蛛の巣のようなひび割れを残す。

 慌ててサンが上を見上げると、先ほどまでそこにいたはずのECは姿を消し。


「……え、なにこれ」


 そこには黒くどす黒い粘液に覆われた巨大な山があった。

 どろどろの粘液は絶えず地面へと零れ、そして霧散していっている。

 粘液が接触した辺りからは黒い霧が現れ、そして空気中に解けて消えてゆく。

 粘液の山からは四本の四肢が伸び、その鋭い刃を振り上げ今にもサンを貫こうとしていた。


「……うぉぉぉ!?」


 今度は直撃コースであったそれを慌てて躱すサン。

 再び大地に穿たれる刺突跡を尻目に、ウォルフはECへと一歩踏み込む。


「なんや知らんが、こないで怯むかい! シャラァァァァ!!」


 気勢と共に振るわれるストレート。渦巻く風を纏ったその一撃は、ECの纏う粘液へと抉りこまれる。

 重たい水が弾ける音共に、ウォルフの一撃は粘液の山の一部を抉る。

 しかし、それだけ。抉られた粘液は後からあふれ出てくる新たな粘液によってその跡を塞いでしまう。


「げぇー!? まったく効いとらへん!?」

「容易に予測はできたろうが」


 冷たく言い放ちながら、セードーは中空へと飛び上がる。


「下方は粘液が溜まっていて本体には届くまい。狙うべきは上方……!」


 宙に飛び上がった自身を狙って振るわれる剣足を空中歩法(エアキック)で躱し、粘液が溢れ続けるECの最頂点へと接近する。


「真空……飛び足刀蹴りぃ!!」


 再びの空中歩法(エアキック)により加速したセードーの足刀蹴りがECの上部を穿つ。

 重たい水音が響き渡り、セードーの足が粘液の中へと潜りこむ。


「グッ……!」


 そして抜けなくなるセードーの足。穿ったのは良いが、そのまま粘液に捕らわれてしまい、セードーは行動の自由を奪われてしまう。


「抜けない……!」

「いや、それこそわかるやろ! そないなもんに、足ぃツッコんだら!」


 予想外でも言いたげなセードーに、ウォルフは裏手ツッコミを入れてやる。


「なんやねんそれツッコミ待ちやろ絶対!」

「いや、予定ではこのまま粘液を引き裂くように蹴りつけてやる予定で……存外深かった。本体に届いていない」


 情けない表情でそんなことをのたまうセードーの下半身はずぶずぶと粘液に飲まれていっている。どうやら中に引きずり込まれているようだ。

 どうしたものかと思案するセードーであったが、ECはすぐにその体を開放する。


「……んむ?」


 体を半分ほど飲み込んだECの粘液は、ぐぃっと体の一部を伸ばしセードーを外に出す。……というより、巨大な粘液の手がセードーの下半身を握っていると言った方が正しい。

 粘液の手は、そのままセードーの体を大きく振りかぶる。


「……あ、まさか」


 その後の行動は、サンが思いついた通りであった。

 粘液の手は大きく振りかぶったセードーの体を、勢いよく振り下ろし地面へと投げつけた。


「ぬわぁぁぁぁぁ!?」

「セードーさーん!?」


 剛速球と見紛うばかりの速度で地面へと叩きつけられそうになるセードー。

 そんな彼の体を、巨大な水球が包み込む。


「アクアボール――」


 間一髪のところでセードーを救ったミツキは、水に飲まれてもがくセードーの傍をすり抜け、粘液の塊と化したECへと近づいてゆく。


「粘液であるなら、洗い流したらよいのかしら?」


 振り下ろされる剣足を躱しながら、地面に手を突くミツキ。


「アクアウォール!」


 彼女がそのスキル名を叫ぶのと同時に手を上げると、まるでその掌に吸い上げられるように地面から水流が現れる。

 ミツキは水流を巻き上げ、掬い上げるように両手で水を掴み。


「――そぉ、れっ!!」


 そのまま丸太か何かを持っているかのように、水流を振り回す。

 水の発生点は変わらないが、水が無限に存在するかのように水流は伸び、巨大な水蛇のごとく唸りを上げる。

 ミツキはそのまま、背負い投げるように水流をECの粘液へと叩きつけた。


「瀑布水蛇撃ぃ!!」


 ミツキによって操られる巨大な水の蛇は、強烈な勢いでECの粘液を吹き飛ばしてゆく。

 そしてその下に存在するECの本体が微かに姿を見せた。


「あ! すごい、ECの体が見えました!」

「よっしゃいけー!」


 体についた粘液を水球で洗うセードーを余所に、キキョウとサンはミツキに声援を送る。

 だが、その甲斐もむなしく水流はその勢いを失い、ECを覆う粘液は元のように溢れその体を隠してしまう。

 お返しとばかりに振り下ろされる剣足を回避しながら、ミツキは無念そうに顔をしかめた。


「あらら……やっぱり、アクアウォールじゃもたなかったわねぇ」

「あー、おしい!」

「も、もう一度やったらいけませんか!?」

「どうかしら……駄目じゃないかしら?」

「ど、どうしてですか!?」


 小首を傾げながらミツキは、己の推測を語る。


「アクアウォールはあくまで防御用のスキルだから、攻撃力ってないのよねぇ。だから粘液を押し流せても、ECにダメージを与えることはできないと思うのよね」

「そ、そんなぁ」

「じゃあ、どうすんだよ!? 男どもは役に立たねぇし!」

「いうやんけ、アマぁ」


 サンの暴言にウォルフは牙を剥きだして唸った。

 粘液を洗い落としたセードーはサンの言葉を差して気にせず、軽くマフラーを絞って水を絞り出しながら口を開いた。


「ECの粘液も防御用の外殻代わりなのだろうな……。であれば、攻撃等で吹き飛ばすのが正道と見るが、どうか」

「まあ、だよなぁ。でも、ああいう手合いは物理攻撃が効かないもんだぜ?」


 ざくざくと音を立ててこちらに接近してくるEC。

 一同は散り散りになりながらも、作戦会議を続ける。


「せやなぁ。スライム系は、粘液で構成され取るからまず体を凍らせるなり蒸発させるなりで、粘液の奥にある核にダメージ与えられるようにせなあかんからなぁ」

「じゃ、じゃあどうしたらいいんでしょうか!? やっぱり、ミツキさんか、ウォルフさんのスキルで……!?」

「いえ、私たちがいなきゃ攻略不可能ってわけじゃないでしょう? これは属性解放前のイベントなのだから……」

「当然、活路はあろう。鍵はやはり本体以外の部分にあるのだろうが……」


 セードーは自らに振り下ろされる剣足を躱し、ECの体を睨み上げる。


「先ほどの水晶体、あれはどこへ消えた?」

「位置関係を見たら、多分この足に変化しとるんやろうけどな!」


 振り下ろされた剣足に拳を打ちこみ、砕き折るウォルフ。

 ガラスのような音を立てながら剣足は砕けるが、即座に粘液が溢れだし、元のように硬化してしまう。

 問題なく再び歩きはじめるECを見て、ウォルフが舌打ちをした。


「チッ。砕いても体は出てけぇへんか……」

「そこまで単純じゃないか。あとは、粘液に潜り込んでEC本体を直接たたいてみるか……」

「いやだ絶対! あんなべたべたしたの触りたくない!」

「わわわ、私もです!!」


 セードーの提案を受け、サンとキキョウが必死に首を横に振ってその案を却下する。

 まあ、うら若き乙女として、あんなべたべたの粘液に纏わり付かれるのはNGだろう。


「エロス的にはおーけーなんやけどなぁ?」

「なら自分で突っ込んでみたらいいんじゃないかしら? お姉さん、そう言うのも好きよ?」

「すんません! 冗談こきました勘弁してぇ!!!」


 いやらしい笑みを浮かべるウォルフの腰を掴んで大きく振りかぶるミツキ。ウォルフを軽々と片腕で持ち上げる彼女は笑顔であったが、張りつめた腕の筋肉はその本気具合を物語っている。

 投擲寸前の彼の情けない懇願を聞きながら、セードーは拳を固めた。


「なんにせよ、攻めねばなるまい。なるたけ、あの粘液に触れぬようにしようか」

「うう……頑張ります……」


 しょんぼり肩を落としながら棍を握るキキョウ。やはり触れたくはないようだ。

 そんな一同の思いを知ってか知らずか、粘液塗れのECは敢然と闘者組合ギルド・オブ・ファイターズへと立ち向かってゆくのであった。

ちなみに、必殺ウォルフ弾は最終的に行使されてしまった模様。

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