log64.エレメント・クリスタル
ちなみに、このゲームには反属性によるダメージの増加はない模様。
「はひー! あー、しんどー」
「体力かんけーねーじゃん、このゲーム」
「けど、あの数に追いかけられるのはきついですよ、精神的に……」
無事、人形たちの追撃から逃げきったセードー達は、扉から出てすぐの場所で一息ついた。
扉の向こうには例の人形たちは出現しないようで、休憩するに十分な場所であると思われた。
腰を下し大げさに息をつくウォルフたち。
ミツキはそんな彼らの姿に苦笑しつつ、油断なく周囲を見回すセードーに声をかけた。
「セードー君? 貴方も少し休んだらどうかしら?」
「いえ、ここが安全とは限りませんから」
セードーは軽く首を横に振り、ミツキに返す。
「誰か一人は警戒する必要があるでしょう。ミツキさんは休んでください」
「あらあら……無理はだめよ? これはゲームなんだから、一息つくのも大事だと思うわ?」
「せやで、セードー。リアルやないんやから、無駄に気ぃ張る必要はないんやでー?」
「つーか、そうピリピリされっとこっちがイラッとくるわ」
「む……」
ミツキの言葉に、ウォルフとサンが同意する。
仲間からの言葉に、怯むセードー。そんな彼に、キキョウが飲み物の入った瓶を差し出した。
「はい、セードーさん。ゲージは満タンですけど……疲労回復には甘いものがいいです」
「……いただこう」
キキョウに差し出されたジュースを手に取り、セードーはその中身を呷る。
その表情は、いささか気まずげであった。仲間のためを思って行動したのだろうが、それを仲間に咎められたせいだろうか。
「……セードーって真面目やんな」
「だな。でもまじめ過ぎて空回るタイプだろ、あれ」
そんなセードーを見ながらひそひそと話すウォルフとサン。
「けど、それって悪い事じゃないですよね?」
「ええ。悪い事じゃないけど、損をする気質よねぇ」
それにキキョウとミツキも参加する。
心配そうなキキョウに向けて、ミツキはにっこり笑って肩を叩いてやる。
「傍にいて、きちんと支えてあげられる人が必要よ。ね、キキョウちゃん?」
「え? あ、はい、頑張ります!」
キキョウはミツキの意図を半分ほど察し、グッと拳を握りしめる。
残り半分を察したウォルフは無表情でガンガン床を殴り始めた。
「壁……壁はどこや……」
「そんなもん代行にでも頼んでおけよ。さてと……」
サンはウォルフに冷たく言い放ちながら、立ち上がり、辺りを見回した。
一行が侵入したのはドーム状の部屋だ。相変わらず天井は存在せず気味の悪い空が広がっているが、今までの直線で構成された通路から一転して、コロシアムのような雰囲気が漂っていた。
中はかなり広く、直径で言えば50m位にも見える。遠方に見える壁には模様のようなものが見えるが、どのような図形なのかはよくわからなかった。
「ここ、どこだ? なんつーか、ボス部屋な雰囲気だけど」
「ああ……なんというか、今までと明らかに変わっている」
飲み干した瓶をインベントリにしまい直しながら、セードーは小さく頷く。
「あるいは、先ほどのように人形が大挙を為して押し寄せる可能性もある」
「おいおい、嫌なこと言うなよ……」
先ほどの津波のごとき人形の群れを思い出したのか、サンはげんなりと顔を歪めて舌を出す。
先ほどは通路であったが、ここはほぼ密室だ。あれが大挙して押し寄せてくると、逃げ場がなくなってしまう。
「あんなの、この場所で迎え撃てってか? 冗談じゃねぇよ……」
「いやまあ、せやったらまた扉くぐって逃げたらええんちゃうん?」
モグモグとスティックタイプのケーキを食むウォルフであったが、そんな彼の言葉に反応するように一行の背後にそびえていた扉が音を立てて地面へと潜りこんでいった。
思わずそれを黙って見守る一向。扉の全身が地面へと潜り終えたとき、ポツリとセードーが呟いた。
「ウォルフ」
「ワイのせいにすんなぁ! ワイは悪くない!!」
抑揚のないその声に、ウォルフはすかさず立ち上がりファイティングポーズをとる。
しばらくそんな彼をセードーは睨んでいたが、すぐに視線を逸らす。
「……まあ、ここが何らかのイベント部屋であれば逃走経路を封じられるのは当然か……」
「せや! ここはイベント、いやボス部屋なんや! せやからワイは何も悪くない!!」
「いや、誰も本気で疑ってねーだろ」
何故かドヤ顔で言い放つウォルフに平手ツッコミを入れつつ、サンはドームの中心辺りを睨みつける。
「けど、扉がなくなったってことは……もうすぐなんか出てくるってことじゃねーのか?」
「ええ、そうね……おそらく、ボスクラスの何かが」
「……っ」
それぞれに立ち上がり、構えを取る闘者組合。
しばし無言で警戒していると、遠くの方から何か音が聞こえ始める。
「……? なんや?」
聞こえてくる音は、何かが回転するような音だ。
スピードは決して速くないが、何か大きなものがグルグルと回転するような音が、少しずつ聞こえてくる。
「……上か?」
聞こえてくる方向に、セードーが顔を向けると、そこには――。
「……!? なんだあれは!?」
「え?」
「なんだよ!?」
セードーの驚愕の声に、一向は視線を上へと跳ね上げる。
すると、頭上から巨大な菱形の水晶体が降りてくるのが見えた。
「えっ。なにあれ」
「えらいまた、けったいな……」
巨大な水晶体はグルグルと回転しながらドームの中へと降りてくる。
その周りには小さな同型の水晶体が四つほど漂い、巨大な水晶体を中心に衛星のごとく回っている。
水晶体はドームの地面に触れるかどうかといったところで静止した。
回転も止まり、動くのはその周囲を漂う小さな水晶だけとなった。
セードー達がじっと待っていると、水晶体の頭上?に名前が浮かんでいるのが見えた。
その名前は、EC。視界に表示される情報から、どうやらこいつがアスガルド・エリア1のボスであるらしいことが分かった。
「どうやら、ボス戦で間違いはないらしいな」
「っちゅーことは、こいつを倒したら」
「いよいよ、ランダム属性解放だな!」
「あと一息ってわけね……」
「がんばりましょう!」
ハッキリし始めたイベントのゴールを前に、一向はやる気を取り戻す。
そして目の前のボスモンスターを倒すべく動き始める彼らに、ECが反応した。
その周囲に漂っている水晶体が、光り輝き、そして無色であったECの体が白色に変化したのだ。
「色が変わった……?」
「なんやしらんが、気ぃ付けろよ!」
ECはゆらりと動き始める。
セードー達に向かって前進しながら、自身の周囲に漂う水晶体からレーザーを発射し始めたのだ。
「おぅ!?」
「散れ! 散れぇ!?」
一直線に伸びるビームを前に、セードー達は慌てて散り散りに動き回る。
発射から着弾までほぼ0秒。おそらくロックオンでもされていたら初撃で一網打尽にされていただろう。
しばらく前進しながらレーザーを乱射していたECは、やがてその軌道を変えて一人だけ追いかけはじめた。
その対象は。
「ワイ!? なんでワイなん!?」
ウォルフであった。
ゆるりとその進路上にウォルフを据えて、レーザーを乱射しながらECは彼に迫ってゆく。
ウォルフはその狙いが定まらないよう、ジグザグに動き回りながらドームの中を逃げ回る。
「ぬぁぁぁぁぁ!! ここまで来て死に戻ってたまるかぁぁぁぁぁい!!」
一撃でどれほど削られるかは不明であるが、布装備であるウォルフにしてみればどんな威力があっても関係ない。おそらくレーザーが直撃すれば問答無用でHPを削られるだろう。
逃げ惑うウォルフを救うべく、セードーとサンがECの元へと駈け寄ってゆく。
「今の内だ! ウォルフに引っかかってるうちに倒しちまおうぜ!!」
「おう聞こえてんねんぞ、ワレェ!?」
「言い草はひどいが、実際助かる! しばらくそのままで!」
「チックショーイ!?」
移動速度自体は速くない。セードーとサンはあっという間にECへと追いつき、己の技を叩きつける。
「昇貼靠ォー!!」
「遠心足刀蹴りぃ!!」
震脚と共に放たれるサンの昇貼靠、そして後ろ回し蹴りの要領で放たれるセードーの足刀蹴り。
どちらもECを構成する一面にぶち当たり、甲高い音を響かせる。
……だが、堪えた様子がない。浮き上がっているECの体が微動だにした気配すらなかった。
「いいっ!?」
「なんだと?」
異様なまでに変化のないECに対し、二人は慌てて後ろへと下がる。
と、再びECに変化が訪れる。
周囲を漂う水晶体が今一度輝き、その体が赤色へと変化したのだ。
すると、水晶体から炎が溢れ、輪を為すようにECの周囲を回り始めた。
「今度は何だ!?」
ECは水晶体が尾を引く炎で輪を作り、そしてそのままセードーに狙いを付けて体当たりを行った。
今度は先ほどまでと違い、十分な勢いと速度が付いている。
「セードー!」
「チィ!」
至近で踏み止まっていたセードーは、慌てて飛び退く。
五体を投げ出して地に伏せるセードーの頭上を、ECは通り過ぎた。
しかしそれだけでは済まさないのか、そのまま反転しもう一度セードーへ向けて己の体を叩きつけようとする。
「アクアボール……!」
だが、その隙にミツキは己の手の中に水球を生み出す。
手のひらサイズであったそれは、やがてサッカーボール、そして巨大な大玉へとその大きさを変えてゆく。
人の身長と同程度の高さまで成長した水球を手にし、それをミツキは振り回す。
「せぇ……のっ!!」
そして全力でそれを投げ飛ばし、ECへと叩きつけた。
炎のリングを水晶体ごとぶち抜き、赤く輝いていたECの体に水球が叩きつけられるのと同時に、ECの肉体が大きく震える。
幾度かの明滅の後、ECの体が地面へと落下する。赤色であったその体は、落下すると無色透明へと戻ってしまう。
そして頭上らしい場所で、小さな水晶体がくるくると円を描いて回り始めた。
その隙を突き、キキョウとウォルフが迫る。
「旋風突きぃ!!」
「サイクロンストレートォ!!」
衝撃波を伴ったキキョウと、竜巻を宿したウォルフの一撃。
それぞれがECの体に叩き込まれると、ECは慄いたように飛び上がり、吹き飛んでいった。
「効きました……!」
「なるへそぉ! あいつの体が透明なうちやないと、ダメージが通らへんと!」
吹き飛んだECはしばし混乱したように水晶体を無茶苦茶に振り回す。
それを遠巻きに睨みながら、サンとセードーは拳を構えた。
「ちぇ! 初ヒット、ウォルフに取られちまった……!」
「だが、止めを持っていかれたわけではない。次がある」
再びその手に水球を生み出しながら、油断なくミツキはECを睨みつける。
「問題はどうやってECの体を透明にするか……ね。一見すると、反属性をぶつければいいようだけれど……」
「ここに来るのは属性未開放の者。それ以外に方法があるとみるべきでしょう」
やがて落ち着いたECは、再び水晶体を輝かせる。
今度の変化は緑色。同時に、水晶体を中心に竜巻が現れ、ECの周囲をグルグルと回り始めた。
続く狙いは……ミツキ。
「じゃあ、次はECの色を抜く方法を探らないと……!」
「風やったらワイの出番やろうがぁ!!」
「言ってる場合か! 行くぞ!」
迫りくるECを睨みつけるミツキ。
ひきつけるのをいったんミツキに任せ、セードー達は再びEC攻略のために動き始めた。




