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log63.駆け抜ける

 振り下ろされた刃を捌き、ミツキは人間の関節を決める要領で人形の腕を捩じり上げる。

 人間であれば関節の構造上、痛みの悲鳴を上げそのまま投げ飛ばされる……はずであったが。


「あら?」


 人形は特に何の問題もないかのように、空いている手を振るい、ミツキの体を引き裂かんとする。

 ミツキは掴んだ腕から伝わる感触から、人形の関節が360度回転することに気が付く。

 ちらりと目をやれば、腕を繋ぐ関節は何らかの球体でつながっており、それが人形の動きに驚異の自由度を与えているようだ。おそらく、人間には通用する関節技はこの人形には通用すまい。


「ていっ」


 ならば関節技は使わねばいいだけである。ミツキは素早く足を払い、人形に体勢を崩す。

 そのまま襟首の飾りを掴み、地面へと叩きつける。そして止めに鳩尾付近に肘を叩きつけた。

 全体重をかけた肘打ちは人形の装甲を打ち砕き、ビシリと大きなひびを入れる。


「……ふぅ」


 人形が動かなくなったのを確認し、ミツキは立ち上がった。


「装甲は薄めかしら? この爪も、当たれば十分な威力でしょうし……」


 駆け寄ってきた人形の腕を捩じり、今度は爪を人形自身の胸へと突き立てる。

 さした抵抗もなく自身の胸を貫いた人形は、そのまま動かなくなる。

 そのまま姿が消える人形を見下ろしながら、ミツキは興味深そうに頷いた。


「単体なら、大したことはないわね。問題は――」


 呟いた瞬間、ミツキの眼前を人形の爪が通り過ぎてゆく。

 半歩後退し、人形の一撃を回避したミツキは、素早い体捌きで人形の側面へと潜りこむ。


「――どんどん湧いて出てくる、数かしらねぇ?」


 そして足を払い、頭から人形を叩きつける。

 グシャァ、と嫌な音を立てて砕けた人形はすぐに姿を消すが、代わりの人形が白い壁の中から飛び出してくる。

 初めは十体程度であった人形は、すでに二十体程出現し、セードー達に群がりその進行を阻止していた。

 単体であればさほど苦労しないが、数が揃ってしまうせいで苦戦する点は、最初期に相手をすることになるゴブリンによく似ていた。


「こんだけの数、全滅させられたら経験値がっぽりなんやろうなぁ」

「このエリア、経験値入らねぇんだろ? くたびれ損じゃねぇか」


 自らに襲い掛かってくる人形たちの攻撃を回避しながら、ウォルフとサンはその懐に潜り込む。


「マグナム・リバー・ブローォ!!」

「裡門頂肘!!」


 そして至近距離で放たれる一撃。人形はあえなく体を真っ二つにされ、壁へとその体を叩きつけられる。

 サンはさらに襲い掛かってきた一体の人形の攻撃を(てん)と呼ばれる回転攻撃で捌き、人形の胸に両手をあてる。


「双撞掌!!」


 震脚と共に放たれた打撃は人形の体を吹き飛ばし、後ろに控えていた二体を諸共吹き飛ばす。


「シャラァ!!」


 ウォルフはサンに近づいてきていた人形の頭を吹き飛ばし、続く一撃でさらにもう一体の頭を吹き飛ばす。

 ワラワラと湧いて出てくる人形をウォルフたちが処理している間に、セードーとキキョウは先へ進むための進路を確保していた。


「どちらでしょうか!?」

「さて、手掛かりがない事には……」


 襲い来る人形たちを、棍と拳で打ち砕きながら、セードー達は進行方向を見定める。

 行けども行けども、似たような壁と模様が続くせいで、進行方向がいまいち定まらない。下手をすれば同じところをグルグル回ってしまいそうだ。

 それを防ぐべく、セードーは手近な壁に蹴りを叩き込む。


「ヌンッ!! ……とりあえず、マーキングは完了した」

「いいんでしょうか……仮にも先史文明の遺跡を……」


 べコリと無残にへこんだアスガルドの壁を見つめて、キキョウは所在なさげに呟く。

 この手のゲームであれば、ダンジョンの構造物を破壊すると自動で修復されるものである。ダンジョンの壁破壊によるショートカットを防ぐためであるが、このダンジョンの壁は破壊しても再生しないようであった。

 まあ、破壊しようにも壁の厚さが尋常ではないようだ。もっと言えば、中には用途不明の機械がギッチリ詰まっている。多少へこんだ程度では機能を損なわないのか、破壊した部分からも容赦なく人形は湧き出てくるのであるが。


「仕方なかろう。マーキング用の道具を持ってこなかったのだ。こういうふうに跡を付けねば、どこを通ったかわからなくなってしまう」

「うう、そうですね……仕方ないですよね……ハァッ!」


 良心の呵責を刺激されながらも、キキョウは棍を振るい人形の首をへし折る。

 バキリと音を立てて砕ける人形の首の向こうで、別の個体が腕を振るう。

 キキョウはその一撃を棒で抑え、体の回転で弾き飛ばす。


「竜巻独楽っ!」


 そのまま体を回し、人形の体を何発も打ち据える。

 体に無数の罅を残し、砕け散る人形。そして壊れる芯棍。


「ああ、もう……!」


 キキョウは少し苛立たしそうに呟きながら、新たな棍を取り出そうとする。

 そんな彼女の背後に新たな人形が現れ。


「外法式無銘空手――」


 その頭上に飛び上がったセードー。

 空中歩法(エアキック)で空を蹴り、一気に強襲を掛けたセードーの足刀蹴りが、人形の首を弾き飛ばす。


「真空足刀蹴りぃ!!」


 蹴り砕いた人形の体をさらに踏み砕きながら、セードーは左右を見渡す。

 今彼が立っているのはT字路だ。左右に伸びている未知の向こうからもワラワラと人形が湧いてきている。

 セードーはさらによってくる人形を胴回し蹴りで砕きながら、皆に聞こえるように叫んだ。


「こちらだ! 数が少ない気がする!」

「よっしゃいったろ!」


 人形の群れを駆け抜けながら頭を打ち抜き、ウォルフはセードーの傍を通り過ぎる。

 その後をサン、キキョウ、そしてミツキが追いかける。

 ミツキはセードーの傍を駆け抜けるとき、振り返り背後に迫る人形たちの方を見る。


「さて、セードー君? お手伝いよろしいかしら」

「ええ」


 ミツキの呼びかけに、セードーは頷いて腰を落とす。

 ミツキは巨大な水球を生み出し、それの中に水流を作り出す。

 そしてその流れを迫る人形に叩きつけるように、思いっきり投げつけた。


「破流投げ!!」


 ミツキが投げた水流は、濁流と化し迫る人形たちを押し流してゆく。

 それでもなお迫る人形たちに向け、セードーは拳を突き入れた。


衝撃砲(インパクトカノン)!!」


 拳の先から生み出された衝撃波が、人形たちの体を打ち砕く。

 敵の数が減ったのを確認し、ミツキとセードーはウォルフたちを追うべく駆け出した。

 追うと言っても、ウォルフたちは数メートル進んだ辺りで人形たちによって立ち往生させられていたが。


「はよこーい!」

「貼山靠っ!!」

旋風(つむじ)薙ぎぃ!!」

「今行く!」


 人形を打ち砕くキキョウたちの列に加わりながら、何とか前進してゆくセードー。

 新たに湧いた人形を拳で打ち砕きながら、セードーはポツリとつぶやいた。


「……しかし、これだけ進んでおいて、この先に何もなかったらどうしたものか」

「ちょ、セードーさん!? いやなこと言わないでください! 私、もうここにきて五本くらい棍消耗してるんですから!?」


 また一本棍が壊れてしまい、キキョウは泣きながら新たな芯棍を取り出す。


「ああぁぁぁ……! これが終わったら、普通の武器買います……もう芯棍はやめます……」

「ここまで来たら、さすがに火力不足やろうしなぁ。それがええやろ」

「っつーか、キキョウもマッシブギアにしたらいいんじゃね? 素手でもいけるだろ?」


 素手で人形を打ち砕くサン。そんな彼女に、キキョウは首を横に振って見せる。


「さすがに無理です……。一応、練習はしてますけど、皆さんについていけるほどじゃないです……」

「それに、新たにマッシブ・ギアを取るなら、キャラリセットしなきゃいけないでしょう? そうでないと、五体武装(アームズ)は取れないもの」

「あ、そっか。忘れてたぜ」


 人形に背負い投げをかますミツキの言葉に、サンは反省するように舌を出す。

 手刀で人形の胸を貫きながら、セードーは首を傾げた。


「他の者もマッシブ・ギアが取れるのか? というか、ギアは一つだけではないのだな?」

「ああ、せやな。システム的には、複数のギアも持てるで? ワイらの場合、そうしたらマッシブ・ギアのスキルのいくつかが使えななるから、選択肢にないわけやけど」

「キキョウちゃんなら、行けるわね。それから、マッシブ・ギアを後から取得した場合、主に身体強化系のスキルを入手できるわね。ただ、空中歩法(エアキック)とか五体武装(アームズ)は取れないけれど」

「そうなんですかー……。ちょっと残念です」


 キキョウはそう言いながら、人形を砕き進む。

 一向に数が減らない人形たちから逃げるように、通路を駆け抜けながらウォルフは辟易したように呟く。


「にしたところで、多過ぎやろ……。どんだけ湧くねん……」

「ほんと、これで経験値が入ればウマウマなエリアだよなココ……」

「だからこそ、経験値とか入らないようになってるんじゃないかしらねぇ。いくらでも、経験値を稼げちゃうわけだから」


 さらに湧いて出る人形。かれこれ三十分くらいは延々と相手をし続けている気がする。

 まんぷくゲージも肉体疲労も問題ではないが、精神的な疲労はそうはいかない。

 まったく同じロケーションで、代わり映えのしないモンスターを、延々三十分近く屠り続けるのは、極めて強い作業感と徒労感をセードー達に与えていた。


「むぅ、さすがにきついか……」


 さしものセードーも顔をしかめる。人形を屠る手は緩めないが、戦いが始まった頃のような勢いはない。

 あるいは、こうしてプレイヤーの士気を削ぐことこそが、この人形たちの最大の強みなのかもしれない……と思いこそすれ、どうしようもない。

 いったん引くべきか否か。その提案をセードーが口にしようとしたとき、キキョウが驚きの声を上げた。


「あっ!? みなさん! 前を!」

「なんだ!?」


 セードーがキキョウの言うとおりに視線を巡らせると、前方に巨大な門が現れた。

 広いフロアのど真ん中に、地面から生えているかのように存在する白亜の門だ。見る限り取っ手のようなものは存在しない。果たして開くのかどうか……。


「うぉ!? なんやいきなり数増えよったぞ!?」

「げぇ!! マジかよ!?」


 だが、考える時間はないようだ。聞こえてきた悲鳴にそちらを見やると、後方から人形たちが大挙を為して押し寄せてきた。

 今までのような、倒して何とかなる数ではない。下手に戦えば、そのまま押しつぶされてしまうほどの物量だ。数の暴力とは、まさにあの事だろう。


「これは……いくしかないか。ウォルフ! サン!」

「あいあい! わかっとる!」

「くそ、やってやるよー!」


 セードーの呼びかけを受け、ウォルフとサンが足に力を込めてパーティの前に出る。

 そのまま人形を蹴散らし、二人はいち早く扉へと飛び付いた。


「「せー、のっ!!」」


 そして息を合わせ、扉を開ける。

 ゴゴゴ……と重い、地鳴りのような音を立てて、扉が開く。


「うひー! おもてぇー!」

「はよこーい! あんまもたんぞー!?」

「はい、今行きます!」

「ごめんなさいねぇ」


 サンとウォルフの叫びに答えて、キキョウとミツキが扉の中へと飛び込む。

 それに続くようにセードーが扉に近づき、そして押し寄せる人形の群れに向かって振り返った。


「ウォルフ、サン! 手を離して中に!」

「おうさ!」

「セードーは!」

「一当てして中に行く! 急げ!」


 セードーの言葉に、ウォルフとサンは扉から手を離す。


「せやったら、急ぎや!」

「先行くぜ!」


 そして中へと飛び込む二人。

 扉は、少しずつ確実に閉じてゆくが、それより人形たちが押し寄せる方が先のようだ。


「コォォォ……!」


 すでに目と鼻の先にまで迫ってきた人形たちを前に、セードーは練気法(ブースト)を発動し、拳を握りしめる。


衝撃(インパクト)……カノォォォォォォンンン!!!」


 そして再び放たれる衝撃波。すぐそこまで迫ってきていた人形たちが、衝撃波に巻かれて後ろへと押し込まれる。

 しかし勢いは止まらず、セードーを押しつぶさんと人形たちが迫る。


「チッ、押しきれんか……」


 セードーは悔しそうに呟きながら、一歩下がり扉に手をかける。


「だが、十分。さらばだ」


 そして両手に力を籠め、一気に扉を閉じる。

 轟音を立て閉じられた扉に向けて、人形が大挙して押し寄せる。

 だが、人形たちの力で扉を押しのけることは敵わず、ただ虚しく人形たちが折り重なる音が響き渡るばかりであった。

ちなみに、芯棍は一番お安い素材の模様。

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