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log62.アスガルド

 セードー達が転移されたのは、どこかのワープゲートのようなものの上であった。

 近未来的で、底の見えない推奨のようなものの上に立たされた彼らは今自分たちがいる場所を確認する。

 視界内に表示されたエリアの名前は“アスガルド・エリア1”。ここが、ランダム属性解放イベントに挑むことのできる場所なのだろう。


「ふむ……」


 セードーは一つ頷き、周囲に視線を巡らせる。

 辺りはシミ一つない真っ白い床と壁で覆われている。そしてその床や壁は何らかのメーターやスイッチのようなものが埋め込まれている。しかし電力は通っていないのか、それらの機器が動いている様子はない。

 ウォルフは開けた視界をぐるりと見回しながら、不思議そうに呟いた。


「ほーん、ずいぶん明るいやんけ? 前文明の遺跡とかいうから、とっくの昔に死んどる遺跡やと思ってたんやけど」

「……いえ、明るいのは遺跡じゃないです……」


 感心したような、拍子抜けしたような呟きを溢すウォルフに、キキョウが空を見上げながら呆然とつぶやいた。


「ん。どうした、キキョウ?」

「どうしたというか……。上、見てみてください」

「んん?」


 キキョウの言葉に従い、セードーは上を見上げる。

 そこに広がっていたのは、真っ白い天井……。


「……おぉう」


 では、なかった。セードーの視界には、あるべきはずのものが、写らない。

 頭上を覆う天井も、遺跡を照らす照明もなく、ただただ広がっているのは鮮やかなグラデーションで彩られた空であった。

 穏やかな海の波のように波打ち、空はその色彩を変えてゆく。目にいたいというほど刺激があるわけではないが、長く見上げていると気分を悪くしてしまいそうだ。ただ見上げているだけでも、かなり気色悪い。


「……太陽も星もないな。いったい何がこの遺跡を照らしているのだ……?」

「いや、突っ込むとこそこちゃうやろ」


 セードーにビシリと裏拳ツッコミを入れつつ、ウォルフは所在なさげに首を振る。


「っちゅーか、そもそもどこなんやろなココ。今んとこ、このゲームにあんのはヴァル大陸とキリ大陸やったけど、どっちかにこんな場所あったかいな」

「うぅん、どうかしら……。ちょっと待ってね」


 ウォルフの疑問に対し、ミツキは一言断り、インベントリから一枚の羊皮紙を取り出した。

 A3コピー用紙ほどの大きさのそれを広げると、そこに描かれていたのは二つの大きな大陸であった。


「ミツキさん、それは何ですか?」

「これ? これは、この世界のマップよ」


 物珍しそうにミツキの手にしたマップを覗き込むキキョウ。

 ミツキは笑顔で彼女の疑問に答えながら、困ったようにマップを見下ろした。


「とりあえず一枚持っていれば、自分が今どこにいるか把握できるから便利なんだけれど……。マップ上に私たちの姿が表示されないわねぇ?」

「えー? ってことは、あたしたち今大陸上にいねぇってこと?」


 サンの言葉に、セードーは空を見上げながら腕を組む。


「逆に大陸上にこんな場所があれば話題になっていないか? 空がこうなっているなど、かなり嫌な光景だぞ」

「せやなぁ。いくら視界が開けてるくらい明るいとはいえ、こないな空ぁ、落ち着かんわなぁ。洗濯物が干せるとも思えへんし」

「何その判断基準……」


 主婦からは共感がえられそうな判断基準を持ち出すウォルフを胡乱げな眼差しで見やりつつ、サンはワープゲートの上から飛び降りた。


「まあ、いいや。ともあれ、セードー達のイベントをクリアしてさっさと帰ろうぜ?」

「ああ、そうやな」

「いつまでも、立ち往生しているわけにもいかないものねぇ」


 サンに続き、ウォルフたちも飛び降りる。

 セードーとキキョウもそれに続きながら、ここに来なかったタイガーのことを口にした。


「そう言えば、GMは一緒に来なかったな」

「はい。レベル的に、一緒に来られても困りますけど……」

「ああ、おっさんな。ワイらがギルドに入る前からレベルカンストしとるさかい、こういうダンジョンにはついてけぇへんねん」


 エリアの出入り口から外へと出ながら、ウォルフは前方を確認する。

 完全に整理された通路に、モンスターの姿は確認できなかった。


「レベル差のせいで、ワイらに経験値入ってけぇへんしな。来られてもおっさん無双が始まってしまう」

「それはそれで見てみたい気もするがな。そう言えば、ウォルフとミツキさんはレベルは?」

「ワイ? ワイはLv35やで」

「私はLv38ですよ」

「あれ? そんなに離れてませんね?」


 二人のレベルを聞き、キキョウは不思議そうに首を傾げる。

 話によればサンはキキョウたちと同じくらいの時期に始めたらしいが、ウォルフとミツキはそれよりも前に始めているはずだ。レベルも、もっと先んじていてもおかしくないと思っていたのだが。

 そんなキキョウの疑問を感じたのか、ミツキは柔らかく微笑んでそれに答えた。


「経験値をステータスに注がなければ、レベルは上がらないもの。別に不思議なことじゃないわ」

「ため込んだ経験値は装備の強化にも使えるからなぁ。ワイもミツキさんも、どっちか言うたらそっちに経験値使うてん」

「装備に、ですか」


 二人の言葉に、キキョウは芯棍を取り出しながら尋ねた。


「武器に経験値を注ぐって、どういうことなんでしょう? 武器の強化に必要なのは、鉱石とかお金ですよね?」

「NPCの店に強化を頼むときはそれでええねん。けどな、このゲームの武器強化にはそう言う強化のほかに、使い込むっちゅー概念があんねんな。馴染み度っちゅーんやけど」


 パーティの戦闘を歩きながら、ウォルフは馴染み度システムについて説明を始めた。


「この馴染み度は装備に経験値を注がな上がられへんねんけど、この馴染み度を上げると通常強化では上げられへんステータスが上げられんねん」

「通常強化だと、基本的に装備の威力とか防御力しか上がらないけれど、馴染み度が上がると、耐久力が上がったり、ステータスに補助が付くようになるのよ」

「ふむ……ステータスの補助はともかく、耐久力の上昇はありがたいか」


 イノセント・ワールドの装備類にも、他のMMORPGの類に漏れず耐久度が設定されている。

 イノセント・ワールドの場合、耐久度は%で表示され、それぞれの装備には個別に耐久力という数値が設定されている。これが高ければ高いほど、耐久度が減りにくくなるというわけだ。

 この耐久力は普通の鍛冶屋などでは上昇させることができないのだが、馴染み度を上げることで耐久力が上昇するらしい。

 セードー達が主に装備する布系装備は、耐久力が低いため、こまめな修理が重要になる。耐久度が0になれば装備は破壊され、インベントリから消滅するのだ。モンスターに囲まれた状態で装備破壊されてはたまったものではない。

 パーティで唯一の武器持ちであるキキョウは、己が持つ芯棍を握りしめ考えるように唸り声を上げた。


「うぅん……。芯棍の耐久力はあんまり高くないですから、馴染み度を上げる選択肢もありなんでしょうか」

「いや、さすがにないやろ。芯棍の馴染み度なんか、上げてもしゃあないて」


 キキョウの言葉に、ウォルフは顔を引きつらせる。

 そもそも芯棍は初期装備ですらない、素材系アイテムである。経験値がもったいないなんて話ではない。


「そもそも芯棍をいつまでも装備しとるわけにもいかへんやろ……。必ずクリティカルが狙える敵に出会えるとも限らんわけやし」

「そ、そうでしょうか? でも、私メガクラッシュ使いますし……」

「いや、属性解放したったら、メガクラッシュにも頼らんでええねんで? メガクラッシュの火力をあっさり超えるスキルがホイホイ出てくるしな」

「そうなんですか……」


 ウォルフの言葉にキキョウは興味深そうにつぶやき、それから首を傾げた。


「それじゃあ……お勧めの棍ってありますか? なるべく装飾のない、普通の棍がいいんですけれど」

「そうねぇ。一番一般的なのは如意棒・偽かしら? 飾り気がなくて、割と芯棍に近い構造だし」


 ミツキは頬に手を当てながらそう呟くと、サンが同意するように頷いた。


「強度も結構あるんだっけ? でもあれってどこで入手できるんだったっけか?」

「あれって、キリ大陸の方にあるんやった違うか? 輸入品か、商業ギルドに依頼せんといかんのんちゃうか?」

「キリ大陸、か。いずれ赴かねばならない大陸であるな」


 セードーは目を細めながら、キリ大陸のことを思い出す。

 いわゆる第二の世界とでもいうべきポジションの大陸で、ヴァル大陸と比べると高レベルのモンスターが現れ、それに見合うだけの強力な装備も入手できると言われている。

 しかしキリ大陸に到達するには、航海イベントと呼ばれるイベントを乗り越える必要がある。

 ヴァル大陸とキリ大陸。この二つの大陸の間には止むことのない嵐が横たわっており、ここを切り抜けることができるのは十全な腕前を持つシーカーだけであると言われているのだ。


「ちなみにキリ大陸に行ったことは?」

「ないなぁ。必要もなかったし」

「私も行ったことはないわねぇ。いつかみんなで行ってみましょう?」

「いいねぇ。確か向こうって、日本系の街があるんだよな? 向こういったら、まずうどん屋探そうぜ!」

「あ、いいですね、それ! おうどん大好きです、私!」

「武器の調達はええんかいな」


 などと他愛ない話をしながらアスガルド・エリア1を歩くセードー達。

 そんな彼らの耳に、何か音が聞こえてきた。

 何か、大きなものがどこかに出現する。そんな音だ。


「ん……?」

「なんや今の」


 思わず足を止め、辺りを見回すセードー達。

 しばしその場に留まっていると、壁がぐにゃりと形を変え、そこから白い人形のような姿をしたモンスターが現れた。

 モンスターは人型で、マネキンか何かのようなのっぺりした頭部を持ち、両手には指の代わりに鋭いかぎ爪を生やしていた。


「あらあら」

「へぇ。やっとお出ましかよ」


 モンスターたちは緩慢な動作で壁から出てくると、セードー達の方を見る。前後を挟み込むように、十体前後のモンスターが現れた。

 その頭上にHPバーが見える以上、レベル自体はパーティの平均+5いないと見ていいのだろうが……。


「……エール司祭長は、こちらに出てくるモンスターは手ごわいとおっしゃってました」

「さて。それが真実かどうかは、自ら確かめるべきだろう」

「せやなぁ。ちと、退屈してたとこや」


 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々は、それぞれの武器を構え、相対したモンスターたちを睨みつける。


「アスガルド……その実力、ワイらに拝ませてみぃ!!」


 ウォルフが叫ぶのと同時に、モンスターたちは飛び上がり、セードー達に襲い掛かってくる。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズたちは、それを迎え撃つべく拳を固めた。




ちなみに、ヴァル大陸は洋風だが、キリ大陸は和風テイストな模様。

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