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log61.新たなる大地へ

 セードー達が大聖堂の入り口にまでやってくると、中から人の話し声が聞こえてくる。

 小さな少女の笑い声と、ジャカジャカとやかましくかき鳴らされるギターの音色が聞こえ、セードーは首を傾げた。


「む……? 誰かいるな」

「んん? おかしいな、大聖堂にNPCはエールちゃんしかおらへんはずやで?」


 ウォルフはそう言って、なるたけ音を立てないように大聖堂の扉を開け、中を覗ける程度の隙間を作る。


「どらどら?」


 そしてウォルフは中を覗きこむ。

 セードーも気になったので、屈みこんだウォルフの頭の上を陣取り中を覗いてみる。

 すると、主祭壇の付近でエールとカネレが楽しそうに話をしているのが見えた。


「エールちゃんと……カネレかいな?」

「の、ようだな」


 ウォルフのつぶやきに頷きながら、じっと観察を続けるセードー。

 カネレはいつものようにやかましくギターをかき鳴らしながら何かをエールへと語って見せ、その話を聞いてかエールは楽しそうに微笑んだ。

 カネレの話を聞いて笑うエールは歳相応の少女のようで、とてもゲームのNPCであるなどと信じられるような姿ではなかった。

 そんなエールの姿を見て、セードーは依然感じた引っ掛かりを思い出す。


「……そうか」


 そのことを口に、言葉にするより先にウォルフが乱暴に扉を開いて中に入ってしまった。


「おうおう邪魔するでぇー!!」

「ひゃっ!?」

「おぉう?」


 どこのチンピラかとツッコミ入れたくなるほど横柄な口調で中に入っていったウォルフは、大股開きで肩を怒らせながら大聖堂の中を歩いてゆく。


「えろうすんまへんなぁ! 仲ようお話しとる最中にぃ?」

「い、いえ! そ、そのようなことは……」


 突然の出来事に驚き、顔を赤くしながらエールは何とか落ち着きを取り戻そうと何度か深呼吸する。

 そんな彼女の様子に苦笑しながら、カネレはギターを一鳴らしした。


「んん~♪ アレックスの仲間は今日も元気だねぇ~♪」

「いや面目ない。止める間もなく突入されてしまってな」

「つか、ウォルフはなにしてんだよ」

「まさか、嫉妬ですか……?」

「いや、NPC相手に嫉妬も何もない……と思いたい」

「フフフ……二人にはわからないかもね……」


 苦笑しながらタイガーも大聖堂に入ってゆく。

 それに続く形で、セードー達も中へと入り、大聖堂の扉を閉じた。

 カネレはそっと主祭壇から離れ、適当な拝聴席に腰を下ろす。


「じゃ、僕はここでBGM係になるから~♪」

「は、はい……」


 そのまま静かにギターを演奏し始めるカネレに答え、エールは何とか落ち着きを取り戻し、スッと澄ました表情でセードー達の方を見やった。

 ……長い髪の間から覗く耳たぶは、まだかすかに朱かったが。


「――それで、シーカー達よ。今日は如何なご用でしょうか?」


 それでも何とか平静を装おうとするエールのけなげな姿に、ウォルフは少し良心でも刺激されたのか、先ほどから一転して申し訳なさそうな顔でセードー達を指差した。


「……いや、こっちの二人がLv30になってん。せやから、属性解放させたいんやけど」

「――ああ、新たな力を得るだけの器が完成したのですね?」


 ウォルフの言葉にやや間を置いて、エールは頷いた。おそらく、彼の言葉を世界観的に処理するために時間がかかったのだろう。

 エールは嬉しそうに微笑み、それから頷いてみせた。


「でしたら、私が紹介状を書きますので、かの四都市のいずれかで――」

「ああ、すまない、エール司祭長。そうではないのだ」


 エールの言葉から、正規ルートクエストに突入しそうなのを感じ、セードーは慌てて彼女の言葉を遮る。


「そうではない、とは?」

「うむ。友人たちから属性解放の話は聞いているのだが……どうにもピンと来なくてな。どれか一つに選びかねている」

「でしたら、ゆっくりと考えてみてはいかがでしょう? 焦って力を身に付けても、己の物にはしえないでしょうし」

「うむ、それもありだろう」


 やんわりと提案された言葉に、セードーは頷いてみせる。

 選択肢としては実際ありだろう。急いては事をし損じるとも言う。

 だが、ここにはそんな真っ当な説法を聞きに来ているのではないのだ。


「――だが、それだけが道ではないだろう? 聞けば、己の解放する属性を、天運に任すこともできるというではないか」

「……なるほど。その道をお選びですか」


 セードーが言わんとすることを察したのか、エールは頷き、彼の言葉を肯定する。


「確かに、貴方の言うとおり。自らの行くべき道を天に任せることもできます。それもまた、貴方の天分となるでしょう」

「選ばぬこと、流れに身を任すのもまた天分……だな」

「……っ」


 二人の会話を……より正確には天分という言葉を聞いて、キキョウが表情を硬くする。棍を握りしめるその表情は、どこか痛々しい雰囲気が漂っていた。

 だが、そんな彼女の様子に誰も気が付くことなく、イベントの話は進んでゆく。


「属性解放を天運に任せるには、とある場所に向かっていただく必要があります」

「とある場所、とは?」

「一部の……貴方たちのように、属性解放に至れるまでの強さを得たシーカーにのみ解放しているエリア……その名をアスガルドと呼びます」


 エールはその名を呼び、そして呪文を唱える。

 それと同時に、彼らの周囲に白い、どこまでも白く幾何学的な姿を持つフィールドの光景が映し出された。


「かの地は、我らにとっては始まりの地……。ギアと属性の解放、これらを発見するに至ったエリアこそが、アスガルドなのです」

「ほぅ。歴史のあるエリアなのだな」


 感心したように頷くセードーの後ろで、サンが不思議そうに首を傾げた。


「だったら、ギア解放もそっちでやりゃいいんじゃねぇの? なんで大聖堂でやるんだよ」

「無論あちらでも解放できますが……アスガルドを闊歩するモンスターはこちらで出現するものと比べると強力なのです。ですので、ギアを開放できる程度のレベルで向かったとしても、何もできずに返り討ちにあってしまうおそれがあります」

「属性よりも、ギアの方が簡単に開放できるんですねぇ」

「ええ。ギアは回路ですので外から組み込むのは比較的容易ですが、属性は動力なのです。強い動力を、弱い回路に無理やり繋げば、回路が破壊されてしまう恐れがあります」


 エールの言葉は若干わかりづらかったが、とりあえずアスガルドにいるモンスターは手ごわいらしいことは分かった。


「……では、アスガルドに向かえば天運任せに属性を開放できるのだな?」

「ええ。アスガルドのエリア1と呼ばれる部分の最奥に、特殊な祭壇があります。そこに入ることで、己の解放する属性を天に任せることができるのです」

「ほほぅ。このゲームにしては珍しく、なんやダンジョンっぽいやないか」


 このゲームのダンジョンは、基本的にモンスターの群生地という意味合いが強い。そのため、宝箱の類は人間型モンスターがいる場所以外では発見できない。ダンジョンで拾えるのは天然資源に限るのだ。

 そのため、わざわざダンジョンの一番奥まで行く意味が薄い。欲しいものが拾える辺りをうろついて、目的を果たせば外に出る。これがイノセント・ワールドのダンジョンの楽しみ方だ。

 だが、アスガルドのダンジョンでは一番奥に目的の物が存在するわけだ。


「エリア1……ということはエリア2や3もあるのか?」

「ええ。今のところ、エリア5まで確認されています。それぞれのエリアには全く異なる施設が存在するようですが……今の貴方たちに案内できるのは、エリア1のみとなります」


 Lvか、はたまた何か特殊なクエストか。他のエリアには侵入させてもらえないらしい。とはいえ、関係ない場所に行って、無駄に死に戻りするのもシャクだ。今は考えなくても構わないだろう。


「ふむ……まあ、必要ないなら放っておくか」

「ワイは気になるんやけど。アスガルドって、どんなとこやー?」

「うむ。まあ、平たく言うと前文明の遺跡だ。超高度な科学が発達していたと思しき遺跡群が集まっている場所、それがアスガルドだ」


 ウォルフの質問に答えたのはタイガーだった。

 彼は今までこのゲームに携わってきた経験を、皆に語って見せた。


「アスガルドに入ることで得られるのは、ギアの複数獲得や属性の多重解放など、システムによる強化が主であるな。メインシナリオ踏破後のレベルキャップ解放もここで行えるので、ゲームを極めるのであれば何度か訪れる必要があるぞ」

「さよかー。まあ、ギアの複数獲得はワイらには関係あらへんな」

「今は属性解放だろ? わりぃ、続けてくれ」


 話の腰を折ってしまったことを謝罪するサン。

 エールは何でもないように微笑みを返し、それから話を続けた。


「それで、アスガルドに向かうための方法ですが、こちらの転送魔方陣を使用していただきます」


 エールが手を叩いてアスガルドの映像を消すのと同時に、主祭壇が沈みこみ、代わりに小さな魔方陣が描かれた台座がせり上がってきた。

 台座に刻まれているのは魔法陣の一種だが、町中で見る転送用の魔方陣などと比べると、見慣れない数式などが刻み込まれた幾何学的なものだ。

 エールは淡く輝くそれを指し示す。


「そちらの魔方陣を使うことで、貴方たちの体をアスガルドへと飛ばすことができるのです。今から赴かれるというのであれば、こちらからどうぞ」

「ふむ。しばし待っていただきたい」


 セードーは一つ頷くと、振り返って皆の方を窺った。


「それで、どうする? というか、どうなるんだこの場合?」

「普通のダンジョンは途中ログアウトでも、また再開できますけど……アスガルドはどうなんでしょう?」


 特殊なアイテムが必要ではあるが、ゲームを途中でログアウトしても、ダンジョン攻略をログアウト地点から再開することができる。アスガルドがそう言う場所であれば、今から攻略を開始してもよいが……。

 ウォルフは窺うようにタイガーを見やった。


「おっさん、アスガルドて特殊な場所なんやな?」

「うむ。この手のクエストでなければ訪れることはできない。モンスターはなにも落とさんし、経験値を得られぬ。その代り、まんぷくゲージも減らぬのでその辺りの補給は考えんでもよい。中途離脱は……確かできたはずではあるが」


 頼りなさげに記憶を探るタイガー。まんぷくゲージ関係以外は、普通のダンジョンと同じとみなしてよいのだろうか。


「仮に中途離脱できねぇとなると、問題になんのは時間か? エリア1とやらの攻略にはどんくらいかかるんだろうな……?」

「みんなで行けばそんなにかからないと思いたいわねぇ」


 エールは特にウォルフたちの参戦について何も言わなかった。ということは、セードー達だけではなく、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの全員がアスガルド・エリア1に挑戦できるとみてよいだろう。

 それらを踏まえ、あーでもないこーでもないと十分ほど話し合い、セードー達は結論を出す。


「……では、今から挑戦してみる、ということでよいか」

「せやな。無理そうやったら、日を改めて出直しっちゅーことで」


 皆は一様に頷き、台座へと向き直る。

 やはり、まだ見ぬエリアに対する興味が強かった。

 そして台座へと向かうギルドメンバーを見送る形で、タイガーは鷹揚に頷いてみせた。


「ふむ。では、吾輩はここで待つとしよう」

「アレックスは行かないんだ~?♪」

「うむ。吾輩がついていっては、修練にならぬ故な」

「それではみなさん、気を付けてください」


 台座に足をかけたセードー達に、エールはそう声をかける。


「うむ、それではいってくる」

「すぐ戻れると、いいですけど……」

「したらおっさん、待っとれよー」

「どんなモンスターがいるか楽しみだな!」

「ええ、そうねぇ」


 セードー達は待っていてくれる者たちにそう答え、台座の魔方陣に足を置く。

 一瞬、光が瞬き、次の瞬間セードー達の体が大聖堂ではないどこかへと飛ばされていった。




ちなみに、アレックス・タイガーのレベルは100(LvMAX)である様子。

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