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log6.初めてのフレンド

「気にするなカネレ。死に戻りの感覚に興味があるのは本当だ。死の疑似体験とでもいうのか」

「大丈夫です、カネレさん……。そう言うことも、きっとあります!」


 スッと目を細めながらなかなか物騒なことをのたまうセードーと、励ましているのかどうかわからないセリフを吐くキキョウ。

 愉快な初心者たちの言葉に笑い声を上げながら、カネレは後悔をしていた。


(あーあー……目を付けられたのはエイスの方だと思ってたのになぁ……失敗したよぉ。アラーキーにも悪いことしたなぁ……)


 軽くギターを弾きながら次に使う術式を想定、今だに体積が増え続ける黒い何かを睨みつける。


(明らかに成長(・・)してるねぇ……。大きさばかりじゃない、戦術っぽいものも身に付けつつあるかなぁ……)


 彼の記憶の中にあるそれと異なる黒いものの姿に、カネレは冷や汗を流している気分だ。


(今回ばかりはエイスに同意かなぁ……とっととケリをつけておけば……)


 黒い何か……もはや巨大なスライムとでもいうべきそれの体積の増加が止まる。

 ピタリと動きを止めた黒いスライムが、次の瞬間波打ち、脈動し始める。

 セードーとキキョウはカネレの前に立ち己の武器を構え、カネレはそんな彼らを守るべくギターの弦を引いた。


「――下がりなさい、初心者」


 そんな彼らの耳に届く、絶対零度の言の葉。

 世界が凍てついたかと錯覚するほど冷たいその声が響いた瞬間、セードー達の目の前に存在していた黒いスライムの全身が凍りついた。


「ひゃぁっ!?」

「……っ!」


 突然の出来事に、キキョウもセードーも動きを止める。


「――最果ての地より出でし、永久凍土よ――」


 冷えた空気が白く輝き、足元の草花さえその身を凍らせ始める。


「――顕現せしその気高さ、誇り高き蒼刃達よ――」


 白く輝く大地を踏みしめ、一人の少女が姿を現す。


「――我が眼前に立ちふさがる、全ての愚かなる者どもへ――」


 蒼き衣、白銀の鎧を身に纏った少女は手にした刃を黒いスライムへと突きつけた。


「――鉄槌を降せ。我が意のままに……完全に殺せぇ!!」


 憎悪さえ籠った叫びと同時に、少女の足元に展開される青い魔法陣。

 強い輝きを放つそれと呼応するように、スライムを覆う氷も輝き始めた。


絶界氷撃アニイラシオン・グラスッ!!」


 そして呪文は完成する。

 少女の叫びと共に放たれた魔法は、目の前に存在していた巨大な氷を砕き、そしてその中にいたスライムさえ――。


 ガシャァァァァァァァァンンン!!!!


 ――粉々に、砕き切った。


「わぁ……!」


 目の前で起きた光景に、キキョウは目を見開いた。

 粉と砕け散った氷たち……それはまるで宝石のような輝きで空中へと散っていった。

 キラキラと輝く氷はまるで星の瞬きのような幻想的な光景だ。その光景を生み出した魔法の効果を考えれば空恐ろしいが……そこを差し引いても、美しい光景であった。

 目の前の光景に見とれるキキョウの隣で、セードーは油断なく周囲を見回す。

 あれだけの大きさのものが、これだけで完全に殺しきれるはずがない。なんとなく、セードーはそう考えた。

 案の定、砕けて溶けるのが早かったのか、小さな黒い欠片が木の幹にへばり付いているのが見えた。

 それに向かって歩を進めようとしたとき、背後から鋭い静止の声がかかった。


「素人は下がっていなさい」


 振り返ると、スライムを氷にして砕いた少女がセードーを……否、黒い欠片を睨みつけていた。


「このレアエネミーは、私が見つけたもの……あなた程度のレベルじゃ、殺すことさえできないわ」

「……その通りだな」


 刺々しい少女の言葉に対し、セードーは反論せずに一歩引く。

 少女はセードーの存在など無かったかのように歩を進め、片手を上げる。

 そして黒い欠片の方へと向け、何事かを小さく呟いた。

 黒い欠片は何とか少女の手から逃れようと蠢いていたようだが……ビキリと音を立てて氷の中へと沈んだ。


「――消えなさい」


 忌々しげに少女が呟くのと同時に、氷ごと黒い欠片が消滅する。

 見事な手腕と言えよう。セードーは賞賛の歓声を上げた。


「見事なものだ」

「別に」


 セードーの言葉に少女は冷たい返事を返す。


「これが……私の仕事なのだから」


 そうして俯く少女の表情は窺えなかったが、セードーはその声の裏にどこか言い知れない、寂しさのようなものを感じる。


「……?」


 少女の様子に引っかかるものを覚えたが、それを問うより先にカネレが動く。


「エェーイィースゥー!!」


 カネレはバタバタと音を立てながらエイスと自身が呼んだ少女の足元に滑り込み、頭を地面に叩きつけながら何度も礼を言った。


「助かったよぉー! ホント助かったよぉー! 危うく幼気な初心者二名に、深いトラウマ刻むところだったよぉー!」

「迂闊なあんたが悪い。昨日の今日で、初心者連れ歩くとか、信じられないわ」


 エイスは不機嫌を隠さないまま、足元に跪くカネレを睨みつけた。


「アレが……あのレアエネミーが、あたしかあんたを狙って動くのは分かってたでしょうが。どっちが狙われてるのか確定しないうちに動くから、こう言うことになるよ」

「おっしゃるとーり! 反省しておりますぅー!」

「ハン。どうだか……」


 ふざけているようにしか見えないカネレの姿を一瞥し、それから自身を見つめるセードーとキキョウの方を苛立たしげに睨みつける。


「……なに? 見世物じゃないわよ」

「いや、礼がまだだったと思ってな。助かった、ありがとう」

「はい、そうなのです! 本当に、ありがとうございました!」


 セードーもキキョウも、怒気さえ漂うエイスにひるまず、ぺこりと一つ頭を下げる。

 毒気のない、純粋な感謝。生真面目なセードーと、純粋なキキョウ。二人の性格がよく表れた、綺麗な礼だった。

 そんな彼らの姿を見て、エイスは微かに鼻白んだ。


「……別に、いいわよ。これが私の仕事。さっきそう言ったでしょ」


 面と向かって礼を言われ慣れていないのか、セードーとキキョウから視線を外すエイス。案外、恥ずかしがり屋なのかもしれない。

 そんなエイスを。


「……ジー」


 足元から見上げる男が一人。

 どこか楽しげな視線を受け、エイスはピクリと片頬を釣り上げた。

 その時、セードーとキキョウは“ビキリ”という何かが切れるような音を幻聴した。


「……何かしら?」

「んにゃぁー? べーつーにー?」


 からかいか煽りか、ともあれ愉快そうな気配を隠そうともしないカネレ。


「……フンッ!」


 そんな彼の顔面を、エイスはしっかり踏み抜いた。

 そして一言。


「 な に か し ら ? 」

「なんでもないです女王様ぁ! だからこの御美足をどけ、オゲェェェェ!!」


 エイスは二、三回足を捩じり、しっかりカネレの顔面を抉ってから足を退ける。

 カネレはしばらくビクンビクンと痙攣していたが、そもそもダメージはない。ので、割とすぐに立ち上がった。


「オゥ、いてて……。ひでーっすよエイスさぁん!」

「フン……」


 エイスは荒く息を吐くと、そのままカネレに背中を向けてしまう。もうこれ以上話すことなどないとでも言いたげだ。

 エイスからの拒絶の意志を感じ、カネレは肩を落としながらセードーとキキョウへと向き直った。


「……まあ、ともあれごめんねぇ、二人とも! エイスが来てくれたから事なきを得たけど、僕一人じゃどうしようももなかったからなぁ!」

「「はぁ。そうですか」」


 どこか他人行儀な様子で、二人は頷いた。

 さっきのエイスとカネレの小芝居を見て若干引いているようだ。距離も心なし遠い。


「あぁん、待って二人とも! 引かないで! 僕、これが素だからぁ!」

「なんなのだそのカミングアウト。まあ、別にかまわんが」


 意味不明なカネレのカミングアウトを受け、セードーは呆れながらも譲歩する。

 キキョウも若干怯えながらもカネレとの距離を元に戻した。

 カネレはほっと一息ついた後、笑顔を見せる。


「いやぁ、でもほんとによかったよぉ~。ログイン初日でいきなり死に戻りなんて、悪い思い出は作りたくないからねぇ~」


 カネレは真剣にそう思っているのか、笑顔の中に微かな後悔が混じっているのが見える。

 そんな彼の様子を見て、セードーは表情を和らげた。


「気にしないでくれ。むしろ、ログイン初日にお前に出会えたのは僥倖だった」

「なのです。あのお店のケーキ、とってもおいしかったのです!」


 セードーの言葉に続き、キキョウも笑顔で頷いた。


「私、カネレさんに会えなかったら……生のおイモさんを、食べてたんですよね……」

「さすがにそれは勘弁願いたいな……。生はないだろう、生は……」


 本来受けるはずだったチュートリアルのことを思いだし、キキョウとセードーは顔を青くする。

 そんな初心者たちの姿を見て笑いながら、カネレは二人に問いかけた。


「……それで、二人はどうする~? なんか、このままチュートリアルって雰囲気じゃないけど……」

「……それもそうだな」


 カネレの言葉にセードーは同意する。

 突然現れたレアエネミーに、それを撃退したカネレの友人……フレンドであるだろうエイスの存在。

 このままカネレにくっついて初心者講座、という気分でもなくなってしまった。

 セードーはクルソルを取出し、ログインの経過時間を見る。


「ふむ、一時間と少しか……」


 思いのほか時間が経っていることに驚きながらも考える。

 イノセント・ワールドは最大四時間ログインできる。四時間を超えそうになると警告が発せられ、それでもログインを続けると、強制的にログアウトさせられる仕様になっている。

 それを考えればまだまだゲームで遊ぶことはできるが、荒木教師との約束は果たしてもいる。

 セードーはいささか高揚した気分を落ち着けるために、ログアウトを決意した。


「……申し訳ないが、今日はログアウトしようと思う。初めてのことばかりで、疲れているかもしれんしな」

「んー、それがいいよ~。いくら楽しいからって、無理しちゃだめだしね~」


 カネレはセードーの言葉に頷き、キキョウの方に顔を向ける。


「キキョウちゃんは? 今日はどうする」

「私は……その、私も、ログアウトしようと思います……」


 キキョウはセードーとカネレを見比べ、それから少しだけ残念そうに俯く。

 しかしすぐに顔を上げ、自身のクルソルを前に突き出した。


「で、でも、その前に! 私の、その、フレンドになってもらえませんか!?」

「おぅけーい! もちろんだよ、マイフレンド!」

「………………ああ、そうか、そういえば」


 キキョウに対して即座に返事を返すカネレと、一拍遅れてから今更のように気が付くセードー。この辺りは、MMOに慣れているかどうかの差といったところだろうか。


「フレンド登録せねば、会いづらいものだったな、こう言うゲームは」

「まあ、会えないわけじゃないけど、会いやすいよね~。はい登録!」

「あ、ありがとうございます!」


 慣れた手つきでフレンド登録を終えるカネレ。

 キキョウは自らのクルソルのフレンドリストに名前が増えたのを見て、満面の笑みを浮かべた。

 そして、セードーの方へと向き直り、クルソルを差し出した。


「そ、それじゃあ、セードーさんも!」

「……その前に、カネレ。一ついいか?」

「ん? なにかな? ひょっとして先に僕とフレンド登録したいのかな!?」

「いや、そうではなくて」


 セードーは申し訳なさそうに手を上げ、クルソルを差し出した。


「……フレンド登録はどうすればよいのだろうか。関係ないと思って、説明書を読み飛ばしてしまって……」

「……もしかしてセードーって、コミュ障だったの……?」


 セードーの告白に、カネレは呆れたようにそう呟いたのだった。






 セードーとキキョウ。新しくイノセント・ワールドを始めた二人の初心者を見送り、カネレは満面の笑みで空を仰いだ。


「んん~! いいねぇ、初心者! もっとたくさんこのゲームで遊んでくれる人がいればいいのになぁ!」

「………カネレ」


 その隣に立つエイスは、冷めた眼差しでカネレを見る。


「ん~? なにかな?」

「……()は、死んだの?」


 エイスはそう問いかけた。

 カネレはその問いに、何かがぽっかり欠けた笑顔で答えた。


いいや(・・・)

「……」

「君も知っているだろう、エイス? 彼ら(・・)はこの程度では死なない。死なないんだよ」


 セードーとキキョウの前では見せなかった、空虚な表情を浮かべ、カネレは笑う。


「死なないんだよ、エイス……。だって、彼ら(・・)はまだ生きていない。生まれていないんだよ」

「……ふん」


 カネレの言葉を聞き、エイスは吐き捨てるようにこう言った。


「なら、消滅させるまでよ。生まれる前に……私がこの手で、消してやる」


 そうして自らもログアウトするエイス。

 消える彼女の背を見つめ、それからカネレはもう一度空を仰ぎ見た。


「それはできないよ、エイス。なぜなら、君はこの世界の住人じゃないんだから……」


 そう呟くカネレの顔に浮かぶのは、やはりどこか欠けた、悲しみの表情であった。




なお、エイスの御美足はセクシーな模様。

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