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log59.イベント選び

 海底でのレベリングを始めて三日。

 セードー、キキョウ、サンの三名は、順調にレベルアップを果たし無事に三人ともLv30へと到達していた。


「三人ともおめでとう。これで、ようやく属性解放ね」

「ついに……っちゅうほど感慨深いわけやないけど、めでたいことはめでたいなぁ」

「うむ。新たなる力、その入り口に立てたのだ。これからもより、精進するのである!」

「はい! ありがとうございます!」

「へへへ……まあ、大したことないよな!」

「順調ではあるだろう。これからが、大変という話ではあるがな」


 珍しく仕事がなかったらしいタイガーも交え、バーでLv30到達を祝うメンバーたち。

 それぞれ好きな飲み物と、軽いつまみを口にしながらこれからの予定を話し合うこととなった。


「――で? 結局セードー達は、どの属性にするんか決めたんかいな?」

「それがな……結局定まらなんだ」

「はい……。あれから掲示板とかも覗いてみて、いろいろ考えたんですけど……。これ、っていう決め手に欠けるというか、むしろみんな魅力的というか……」

「調べてみたが、属性を絞ることに関するデメリット、他の属性が選べなくなることだけだったな……。どれかの属性を選ぶと、何らかの攻撃に対する耐性が減るということはないのだな」

「せやな。まあ、その辺はギアシステムと一緒や。選ばへんっちゅーのは選択肢やのうて、単なるどマゾやで」


 何かを代償に力を得るのではなく、元々持っている力に属性を加算するのが属性解放システムとなる。ただ加算するだけなので、何かが減ることはない。他のゲームにはよくある、属性による相克システムも存在しないので、本当に力が増えるだけなのだ。

 ギアシステムは選ぶことができなかったが、属性解放は選択肢が与えられている。ギアシステムと比べれば、自由度は増えたがその分悩みも多くなったと言ったところか。


「けれど、だからこそ、悩ましいというのもわかるわ。私も、何を選ぶかはだいぶ迷ったもの」

「あたしは、〈火〉一直線だからなぁ。その辺の悩みはわかんねぇな」


 小さく唸る二人を見て、サンは呆れたようにため息を突いた。

 八極拳という一撃必殺を持つ彼女は、徹底的に火力を追求するつもりのようだ。

 爆発を意味する八極拳に、〈火〉の火力が備わればまさに鬼に金棒と言ったところだろう。


「フフフ……己の信ずる道をまっすぐ進むのも、進む道に大いに悩むのも、どちらも若さが為せるもの……良きかな良きかな」


 ゲーム、そして武術……双方において先達であるタイガーは、大いに悩み続ける二人を見て満足そうに頷いている。

 彼にとって、セードー達のように若者が悩む姿や、サンのように自分の好きなことにまっすぐ突進む姿は、見ていて好ましいものなのだろう。一見すれば相反する表情にも見えるが、どちらも今を懸命に生きているという意味では全く同じ表情なのだ。

 そして悩み続けたセードーは、顔を上げて小さく呟いた。


「……ランダム解放、だな」

「ん? なんやて?」

「ランダム解放だ。試しに、やってみよう」


 ランダム解放。言葉の通り、属性をランダムに開放するイベントだ。

 各都市に赴き、その都市の特色たる属性を開放するイベントと異なり、ミッドガルドで行うことができるイベントであるため、とてもお手軽に開放できるというのがメリットである。

 が、どれか一つの属性を選びそれを確実に得られる通常の解放イベントと比べた場合、やはり開放できる属性を選ぶことができないというデメリットが大きく出てしまう。

 それを知っているウォルフは、真剣な表情でセードーを見つめる。


「……それマジでいうとるんか? 課金で変えられるゆうて、適当に考えとらへんよな?」

「適当ではない。選ぶことができない、というのもあるが……」


 セードーは瞑目し、ランダム解放という選択肢を選んだ理由を口にする。


「どの属性を選んだとしても、俺の戦い方は変わらないし、変えるつもりもない。であれば、どんな属性が出るのか試し、そしてその属性でどのように戦うのかを考える……。そう言うのも悪くないと思った」


 ……人という生き物は、その時その時によって立場や状況が変わって行く生き物だ。永遠に同じ状況でいられる人間はいない。だからこそ、人間にはほかの動物たちには存在しない、高い適応力が求められる。どんな場所でも、強く生きてゆけるように。

 つまりセードーはこの属性解放もまた、一つの修業として捉えているのだろう。どんな属性を得るのか、そして得た属性で何を為すのか……それを考え、実行するのもまた修行なのだ。

 そんなセードーの言葉を聞き、タイガーの両の目からブワッと滝のような涙があふれ出した。


「おおぉぉぉ……! セードーよ……吾輩、いたく感動した……! 選ぶのではなく掴み取る……! それこそ真の力ということなのだな! 若人よ、かくあれ! そうして身に着けたものこそ、己にとって真の宝となるであろう……!」

「なんや、おっさんの心の琴線にいたく触れたようやな」

「そこまでたいそうなことを言った覚えはないのだが」


 一人でマッスルポーズを取り始めるタイガーを、いささか覚めた眼差しで見据える二人。

 キキョウはそんな二人を見ながら、おずおずと手を上げた。


「……じゃ、じゃあ私もランダム解放で行きます」

「え? キキョウもかいな?」

「いいの、キキョウ? ランダム解放、本当に選べないわよ?」

「は、はい。いいんです」


 キキョウは頷き、それから小さく微笑んだ。


「それに……今までもセードーさんと一緒でしたから。今度も、一緒がいいんです……」

「………………………そうか」


 セードーは小さく呟き、頬を掻く。

 キキョウはそんなセードーを見上げ、不安そうに尋ねた。


「……だめ、ですか?」


 小さく揺れるキキョウの瞳。

 セードーは彼女の瞳を見つめ……それから微かに視線を逸らしながら答えた。


「……そんなことはない……。キキョウ、俺は――」

「死に晒せぇぇぇりあじゅ」

「貼・山・靠ッ!!!」

「おぼぁー」


 どことなく桃色な雰囲気が漂い始めた瞬間、発狂するウォルフ。同時に炸裂する、サンの貼山靠。

 ウォルフの体は一瞬でセードー達の視界からフェードアウトしてゆき、そのまま壁のシミへと変わる。

 サンは技を放った体の姿勢を正し、それから小さく咳払いをする。


「……ごほん。悪かったな二人とも。さあ、続けて続けて」

「……いや、続けると言われても」

「何を続けたらいいんですか……?」


 促すサンに、セードーとキキョウは困ったように返した。

 ウォルフの奇行とサンの行動のせいで、さっきまでの雰囲気も霧散してしまっていた。

 サンは悔しそうに舌打ちし、壁のシミと化したウォルフを睨みつけた。


「くっ……! ウォルフの馬鹿のせいで、いろいろ残念に終わったじゃねぇか……!」

「淡い想いは小さく弾け……これもまた青春! 吾輩は応援するぞぉ!!」


 タイガーはポーズを変えながら、何かに感動し叫ぶ。

 そしてミツキは。


「……ふ、ふふ」


 何とも言えない表情で俯いていた。


「二人とも、いいわね……羨ましい……ああ、羨ましいわねぇ……」

「……あの、ミツキさん……?」


 キキョウが遠慮がちに声を掛けようとすると、ミツキはスッと袂で顔を隠した。

 それからワイパーのように顔の前で袂を動かすと、現れたのはいつもの笑みを張り付けたミツキの顔であった。


「――何かしら、キキョウちゃん?」


 いつもの笑みを浮かべながら小首を傾げるミツキであったが、その裏に言い知れない何かを感じたキキョウは、無表情のまま首を横に振った。


「……イエ、ナンデモナイデス。ナンデモナカッタデス」

「そう? なら、いいけれど」


 ミツキは笑顔のままそう言って、お茶を啜った。

 そんなミツキに聞こえないように、ひそひそとセードーはウォルフたちに問いかけた。


「……なんなのだミツキさんは。背筋が凍ったぞ」

「いやぁ……なんというたら……。まあ、平たく言うたら、ワイと同じやろ。レベルというか、深度が違うけど」

「なんっていうか……ミツキってこのゲーム、婚活の一環で始めたらしいんだよ。なんか、実家の道場の跡取り探しっていうの? 出会いが少ないらしくて……」

「このゲームを始めた頃は、めぼしい男を見つけては求婚しておったからな……。そう、気にする年でもなかろうに」


 ニコニコ笑顔を張り付けたままお茶を飲み続けるミツキ。その笑みは柔らかいものを纏っているように見えたが、なんというかその奥に固い何かが存在しているようにも見える。

 キキョウは怯えてプルプル震えているし、無理につつくと取り返しのつかないことになりそうであった。


「……閑話休題。とりあえず、俺とキキョウはランダム解放に挑んでみようと思う」

「は、はい……そうします……」

「まあ、ええんちゃうのん? 結局決まらへんかったんなら、それでも。何になっても、弱くなることはないんやし」


 二人の言葉に、ウォルフはどこか冷めた様子で肩をすくめる。

 止めても無駄だろう。そんな声が、彼の動作から聞こえてきたような気がした。

 しかしすぐにニヤリと笑って、身を乗り出した。


「それに、ワイも少し興味あるしな、そのイベント」

「あ、あたしも。wikiとか覗いても、あんまり情報載ってないんだよなー」

「そもそも選ぶ人がそんなにいないもの……。レア属性を入手するために、何度も繰り返す人はいるらしいけれど、効率が悪いし」

「うむ。吾輩の知り合いにも、ランダム解放を選んだ者はおらなんだ。何が来るかわからぬというのは、楽しみであるが、同時に恐怖でもあるからの」


 やはり、ランダムイベントを選ぶ人間はあまりいないようだ。

 興味津々といった様子のギルドメンバーを前に、セードーは小さく尋ねる。


「……では、一緒に来てくれるのか?」

「「いいともー!!」」

「よく知ってるわねぇ、二人とも。だいぶ前に終わった番組のはずなのに」

「もはや伝説の番組であるからなぁ。ともあれ、吾輩たちも共に行こう。助言は、できぬかもしれぬがな」

「いいえ、嬉しいです! よろしくお願いしますね」


 キキョウは嬉しそうに微笑み、それに応えるようにウォルフたちも頷く。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ、目指すは属性ランダム解放イベント。

 向かう場所は、ミッドガルドだ。




なお、例の番組はタイガーさんが若い頃に終わっている模様。

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