log58.レベルアップ
程よい具合に海のモンスターを狩りつくしたころには、パーティ全員のまんぷくゲージが空になっていた。
まんぷくゲージが空になると経験値が得られなくなるため、レベリングを敢行している場合効率以前の問題となる。
「じゃあ、そろそろご飯にしましょうか。みんなー、あつまってー」
頃合いを見て、ミツキはそう言いばらけていたパーティメンバーを呼び集める。
「ほいほーい」
「あ、もうゲージ空じゃん……無駄に戦っちまった」
「まんぷくゲージの増減を確認しづらいのはいかんともしがたい……音でもなればよいのだが」
「お、お腹の音ですか……? それはちょっと恥ずかしいような……」
己が戦っていたモンスターたちにつつがなく止めを刺し、セードー達はミツキの元に集まる。
周りには新たなモンスターがポップし、一ヵ所に集まったセードー達を一網打尽にせんと迫ってくるが、それより先にミツキは両手を鳴らす。
「浮遊水球っ。そぉれっ!」
ミツキが両手を鳴らすのと同時に、パーティ全員を包むように巨大な泡が出現する。
だがそれに一切かまわずカジキマグロのようなモンスターが泡にその剣先を叩き込む……が、刺さらない。
一見すると儚く見えるシャボン玉のごとき泡は、鋼で出来ているかのようなカジキマグロモンスターの切っ先を受けて破けるどころか、逆に弾き返してしまった。
近づいてきた他のモンスターの攻撃も同様だ。泡の表面を滑るかのように、あらゆる攻撃が無力化され、セードー達にその威力が届くことはない。
「おお……。防御タイプのスキルか?」
「ええ、そうよ。地上だと時間制限もあるし、そんなに防御力が高くないけれど、水の中ならこの通り。一切の物理攻撃を弾いてしまう、優れた防御スキルになるの。それだけじゃなくて……」
ミツキは微笑みながら流体を発動する。
すると、泡はミツキの操る水流に乗り、急速に浮上を開始した。
「流体と組み合わせることで、水中での移動手段にもなるのよ」
「ほほぅ。これは便利な……」
「それに何だか素敵です! わぁー……」
泡に乗って移動する……まるでおとぎ話の一ページにも出てきそうな情景だ。キキョウは瞳を輝かせながら周囲を観察し始める。
泡の中に胡坐を掻いたウォルフは、からからと笑い声を上げる。
「キキョウはホンマ乙女やなぁ。サンもちと見習ったらどないや? そのままやと、嫁の貰い手がないなるんちゃうんか?」
「大きなお世話だっつーの! 大体、嫁になんかもらわれてたまるか。どうせなら婿ぶんどってやるよ!」
「ウフフフフ……そうやって、余裕綽々でいられるのも今のうちよ……? ウフフフフフ」
「ミツキさん。いやに恐ろしいのですが」
泡の中での些細な話に影を背負い始めるミツキ。
それに気づかないキキョウを覗く三人が慄きながらも、泡は海面へと浮上した。
「っと……海面に出たぞ。ブラックタイガー号は?」
「心配せぇへんでも、そこにあるやろ。そもそも、笛吹いたら勝手に出てくるし」
「いかだ船がどうやって笛の音をキャッチするのだ」
などと言うものであるが、ウォルフの言うとおりブラックタイガー号はセードー達が浮上した海面の付近に漂っていた。特にモンスターに襲われた形跡もない。
「ホントに無事でした……よく、流されませんでしたね……」
「まあ、これがでかい船とかになると、魚人タイプのモンスターに襲われるってイベントもあるらしいんだけどな。あたしらの船、いかだ船だから……」
「このタイプの船の最大の利点は、無人で放置してもモンスターに襲われないってことなの。あんまり小型すぎるから、海賊系のモンスターは無視するし、海竜や海獣タイプのモンスターはゴミか何かだと認識するらしいのよね」
「これがもうちと船らしくなったり、でかくなったりすると人がおらへんと勝手に転覆しとることも多々あるらしいで」
「……まあ、いかだ船だしな。無人の船を襲う利点もあるまい」
いかだ船、意外な利点である。
さておき、セードー達はブラックタイガー号に乗り込み、まんぷくゲージを満たすべくお弁当を頂くこととなった。
本日のお弁当は、ヴァナヘイムで購入した塩おにぎりである。中身はシャケ、おかか、うめとポピュラーな具が入っているらしい。形は三角……ではなく丸めて握ったかのごとき丸型であった。理由としては、このおにぎりを売っていた店の店主がタコそのものであったため、うまく三角おにぎりが握れないのだとか。
インベントリからおにぎりを取出し、さらに竹筒の水筒に入ったお茶も取り出しながら胡坐を掻き、セードーはポツリと一言つぶやいた。
「……こうしていると、漂流しているようにしか見えんな」
「言うな言うな。わかってても言うなそれは」
セードーと同じことを考えていたらしいウォルフが首を横にする。
実際、帆も張られていないいかだに乗ってゆらゆら波間に揺られ、なけなしの食糧にしか見えないおにぎりを食べている彼らの姿を通りすがりの漁船が見つけたら、慌てて救助に向かってくるに違いあるまい。今の彼らは、誰がどう見ても漂流者である。
「細かいこと気にしてんなよ。とりあえず食え食え」
「おにぎりおいしいですー」
「はい、沢庵もありますよー」
「では一切れ」
「まあ、せやな。くおくお……ってこらサン! ワイのおにぎりもってこうとすんな!!」
おにぎりに沢庵を食み、そしてお茶でのどを潤しながら、セードーはクルソルを弄って経験値を確認する。
「……む。結構溜まっているな。ここに来るまでは、空に近かったはずだが」
「あ、ホントです。1レベルくらいなら上がっちゃいそうです」
ミツキも自身の経験値量を確認し、驚きの声を上げる。
そんな彼らに、ウォルフは笑って告げる。
「せやろ? 実は水中での狩りってな、結構経験値効率がええねん。水ん中で戦うと、うまく戦われへんいうて、経験値に加算ボーナスが入るからな」
「二人も体感したように、水の中は動きづらいでしょう? そう言う不利な状況で自分よりレベルの高いモンスターを倒すと、結構なボーナスが入るのよ?」
「なるほど……では、ここでレベリングをすればすぐにでもLv30にいけそうですね」
現在のセードーがLv27、キキョウがLv26だ。溜まった経験値をすぐにステータスに変換していけば、モンスターを狩る効率も上がるだろうし、Lv30程度であれば三日もあれば成し遂げることができそうであった。
「……けど、このゲーム少し不思議ですよね」
さっそく経験値をステータスに変換しながら、キキョウは小首をかしげて呟いた。
「普通のゲームだと、Lvを上げてステータスを上げますよね? でもこのゲーム、ステータスを上げてLvを上げるんですよね」
DEXに少し多めに振りながら、キキョウは顔を上げてこのゲームの先達に問いかけた。
「何か、理由があるんでしょうか? その、普通のゲームとレベルアップのシステムが逆なのに」
「ワイ気にしたことないからなー」
「あたしもー」
「明確な理由があるわけじゃないと思うけど……」
のんきに呟きながらおにぎりを頬張る二人に代わり、ミツキが何かを思い出すような表情になりながらキキョウの問いに答えた。
「確か、このゲームのレベルは周りからの評価を示すものだ、っていう説があるを聞いたことはあるわ」
「周りからの……評価?」
「ええ。現実では、筋肉トレーニングや反復練習で自分の能力を鍛えて、何らかの記録や実績を残すことで上達したり、実力をつけたと認識されるわけでしょう? つまりこのゲームだとLvが周りから上達した、実力をつけたと判断してもらえる実績というわけね」
「なるほど……現実で考えるのであれば、能力は少しずつ上がるもの。段階を一つ越えたところでいきなり全部の能力が上がったりはしませんからな」
ミツキの言葉に頷きつつ、セードーも自身が抱いていた疑問を口にした。
「では、Lv一つ上げるのに、ステータスごとに成長の限界があるのも似たような理由からですかな」
「ああ、成長限界システムのことかいな?」
セードーの言葉に、ウォルフは小さく頷いた。
成長限界システムとは、レベルアップのためのステータス上昇の際、ステータスに設けられている上限のことである。
ある程度の数値以上、1レベル間では上げることができないというものだ。そして成長限界の下限も定められており、レベルを1上げる間に各能力値を最低でも1は振らねばならないとなっていたりするのである。
そのシステムに関して、ウォルフは素直な賞賛を口にする。
「ワイ、あれはよう出来てると思うねんな。どっか一個の技能にガン振りのネタステもおもろいんやろうけど、1ポイントでも上がるんやったら、なんか自分が成長しとる感じせぇへん?」
「あー、それなんとなくわかる気がするなー。あたし、他にもゲームするけど、たまにレベル上げてもステータスがほとんど上昇しなかったり、どれか一個のステータスが上がらないキャラとかいるよな。キャラの方向性があるってのは分かるけど、無成長とか何の経験積んでんだよと」
「ナハハ、わかるわかる。まあ、人間レベルアップしたら、他の技能も引っ張られる感じで成長するもんやろ。その辺の再現なんちゃうのん?」
「ふむ……そう言うものかな、やはり」
小さく頷きながら、セードーはおにぎりを頬張る。
しっかり咀嚼し、お茶で流し込んでから、セードーは小さく首を傾げた。
「……ではスキルシステムは? 複数のカードと複数のボード……。ボードを変えれば使用できるスキルも変わるわけだが、あれは何を再現しているのだろうか……」
「ん? んー、あれは……」
「……ひょっとして、生活の切り替えじゃないでしょうか?」
今度の疑問に答えてくれたのは、キキョウであった。
彼女は何かを考えながら、自らの考えを口にする。
「ほら、普段生活しているときも、色々な場面で使うスキルっていうか、技術は違うわけじゃないですか。料理や勉強はもちろん、人との接し方や立ち振る舞いも。そう言うのを表現するのに、複数のボードとカードでスキルを組み替えて使用する……とか?」
「おぉう、新説やな。スキルに関しては、スキルリンクの種類が多いから、複数のボードがあるんやってのが大多数の意見やけど」
「そ、そうなんですか?」
ウォルフの言葉に、キキョウは恥ずかしそうに縮こまる。
しかし、サンは笑ってキキョウの意見を肯定した。
「でもあたしキキョウの意見の方が好きだなー。ダラダラしたいときと、シャキッとしたいときじゃできること違うし」
「極端やんけそれ。まあ、ワイもお前の意見には賛成やけどな」
「そう言う考え方をすれば、スキルボードの組み合わせを考えるのも楽しくなりそうね」
ウォルフもミツキもサンの意見を肯定し、己のスキルボードの組み合わせに関して意見を交わしはじめた。
「え? い、いや、あの……その……」
キキョウはそんな仲間たちの様子に少しおろおろしながら、様子を窺うようにセードーを見上げる。
セードーは水稲のお茶を飲み干し、それからキキョウに尋ねてみた。
「俺たちも考えるか? スキルボード」
「……そうですね」
キキョウはセードーの言葉に、小さく頷くことしかできなかった。
なお、ゆっくりとサメが回遊していたが、すぐにセードー達に退治されてしまった模様。




