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log57.海の底での戦い方

 オープンワールド型のVRMMOであるイノセント・ワールドに、徒歩で侵入できない場所はない。その気になれば絶海の孤島も、天空に浮かぶ浮遊島も、異次元に存在する魔王の城にも、歩いて到達することが可能なのだ。

 とはいえ、当然何の準備もなくそれらの特殊な地域に侵入できるわけではない。人間の体は水に浮けても歩くことはできない。当然空とて同じだし、別の次元に存在する場所など普通に歩いていくことなどまず困難だ。それら特殊な地域に侵入するための方法を探すのが、イノセント・ワールドの主なメインクエストであるともいえる。

 今回、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの者たちがいるのは海底であるが、ここは比較的簡単に侵入を果たすことができる。彼らがやったように、水中で呼吸が可能になる特殊なアイテムを身に付ければ、そこで活動することができるようになるわけだ。あとはゆっくり、海底を歩いてゆけばよい。金属製の装備を身に纏っていれば、勝手に海底に到達できるだろう。

 だが、それだけで海底を冒険できるほどこのゲームは甘くはできていない。可能な限り、リアルの物理演算が働いているこのゲーム、水の抗力もそのまま再現されている。つまり、水の中でのプレイヤーの動きは鈍るわけだ。

 普段は目に見えない速度で剣を振るう高レベルプレイヤーも、海底においては一般人に見切れる程度の剣速しか振るえないなどということはざらである。

 海底にも、当然モンスターは存在する。動きが鈍るプレイヤーに対し、海底に出現するモンスターはその動きが鈍るなんてことはない。彼らは水の中こそがホームグラウンドなのだから。

 そのため、ただ呼吸ができるようになっただけでは海底を歩けるようになったとは言わない。何らかの手段を用いて、十全に戦えるようになってこそ、海底を歩き冒険できるようになったと言えるだろう。

 海底における行動制限を取り払う方法で最も一般的なのは、〈水〉属性の魔法の一つ流体(アクアボディ)を使用することだろう。

 〈水〉属性スキルの一つにも同名のものがあり、これは水の流れに同化し、水の抵抗をなくすというものだ。同化する、という言い回しに誤解するものも多いが、早い話が自身の動きをそのまま水の流れに変換する魔法である。水が体の動きの邪魔をするというのであれば、自身の動きを水の流れに変えてしまおう、という魔法である。

 〈水〉属性に目覚めれば、早い時点で習得可能な魔法であるが、これはエルフの住まう土地であるアルフヘイムという場所でも習得ができる。海底にもダンジョンやレアドロップは存在するため、プレイヤー全体で見ても習得率の高い魔法である。






「フフフ」


 流体(アクアボディ)をかけ、海中を自在に泳ぎ回るミツキ。彼女の速度は回遊魚のそれと比べても、何ら遜色はない。流体(アクアボディ)はレベルが上がれば、水の抵抗をなくすばかりではなく、水流のスピードを操り水中における行動速度を上昇させることすら可能にするのだ。

 彼女を大タコは、怒り心頭といった様子で全身を真っ赤にし、泳いでミツキを追いかける。

 無数の触手がミツキへと襲い掛かるが、彼女には触手の吸盤一つ足りとて触れることがない。


「おさわりは厳禁よぉ? 触っていいのは、未来の旦那様だけなんだからぁ」


 ミツキはそう言って微笑むと、逆に触手の一本を掴む。

 動きの止まったミツキに向けて触手が殺到するが、それより早くミツキが己の体を回す。


「そぉれっ!」


 ミシリとミツキの筋肉が音を立てて張りつめ、大タコの巨体が勢いよく動く。

 足場のない海中であっても、最大Lvの流体(アクアボディ)を使用しているミツキには全く関係ない。彼女にとっては海の中はどこであっても大地であり、足場なのだ。

 大タコの体が大きく回転し、それに伴い渦が生まれる。


「それ、それ、そぉれぇー!」


 渦は次第に巨大化し、辺りを飲み込まんばかりに荒れ狂う。

 周囲に近づいてきていた小さな魚も、ミツキを攻撃しようと集まってきていたモンスターすらも巻き込み、ミツキはグルグルと大タコの体を回し続ける。


「さぁ、行くわよぉー!」


 そして渾身の力を籠め、大タコの体を上へと放り上げた。


「大・雪・山・おろしぃ!!」


 楽しそうに叫びながら放たれた投げ技は、海中に渦巻を生みながら大タコの体を勢いよく海上まで跳ね上げる。

 回転しながら上へと吹き飛んでいった大タコは、その過程でHPを失っていたのか、海の中に戻ることなくその体が消失してしまった。


「フフ。うまく決まったわねぇ」


 ゆらゆらと海中の中で揺られながら、ミツキは柔らかく微笑んだ。






 流体(アクアボディ)さえあれば、このように水中でも何の制限もなく動けるばかりか、逆にアドバンテージを得て動き回ることさえ可能となる。

 だが、これがなくても水中で戦えないというわけではない。例えば〈風〉属性。己の体や武器を基点に竜巻を発生させる烈風(サイクロン)と呼ばれるスキルがあれば、動くことなく相手を攻撃することもできる。

 他にも、水の中でも問題なく作用する魔法も多数存在する。雷を発生させる魔法などは割と無差別攻撃になってしまうが、ソロで活動している限りは問題はないだろう。

 水中で制限が付くのは、行動速度であり、それ以外にはあまり制限が付かないものが多い。火に関係するスキルや魔法とて、何かを燃やすという用途でなければ問題なく発動するのだ。






「サイクロォン……ナッコォォォ!!」


 ウォルフが叫ぶのと同時に、彼の拳から竜巻が生まれ、襲い掛かってきたシャチの体を切り刻む。

 さらに後方に控えていた数匹のシャチも切り刻まれるが、難を逃れた別のシャチがウォルフに迫る。


「まだまだぁ! サイクロォン、ナッパァァァ!!」


 続けざまに放たれたのは下から突き上げるアッパー。上昇海流かと見紛うほどの竜巻がシャチの体を跳ね上げる。


「フン! 次や、次こい!!」


 ウォルフが不敵に言い放つのに応えるように、さらに数頭のシャチが現れ、彼に大口を開けて迫る。


「よっ、ほっ、はっ!」


 ウォルフは迫るシャチの体を、踊るようなステップで回避する。彼の体には風の渦が生まれ、それが彼の体の動きを補助しているようだった。

 軽やかな動きで回避されたシャチは反転して、もう一度ウォルフに噛みつこうとする。

 だが、その口が閉じられるより先に、ウォルフの拳がその口内に潜り込む。


「ハウンドォ……ナッコォォォ!!」


 瞬間、ウォルフの拳の先で空気が弾け、その振動と衝撃がシャチの体内をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

 目の前で消えるシャチの口から拳を引き抜きながら、迫るシャチの体をパリングする。


「ハッハァ! どんどんこいやぁ! まとめてフカヒレにして食うたろやないけぇ!!」


 意気揚々と叫びながら、ウォルフは風を纏い海中を跳ね飛んだ。






 水中での攻撃手段は多い。だが、それだけの手段を獲得できるのはLv30以降……つまり属性解放してからとなる。

 魔法を覚えているのであればその限りではないが、そうでないのであればLv30を超えるまでは、水中へ潜って冒険するなどと考えるのはやめたほうが良いだろう。いいところ、肉食の大型魚に新鮮な餌を提供するくらいのことしかできないはずだ。

 ……だが、ごくまれに世の中にはそう言った常識の外で生きる人間というものが現れる。

 得てしてそう言う人間は神プレイヤーとか、人間TASさんとか呼ばれたりするものであるが、さらにごく少数の人間は、こんなふうに呼ばれたりする。

 武術に生まれ、武術に生きる人間……すなわち、武人と。






 無事、海底まで降り切ったサンは、海底を踏み締め一息ついた。


「っだぁー……ようやく降りられた……。しつけぇんだよ、まったく」


 辟易したように呟きながら、サンは態勢を整える。

 その小さな体に向かって、甲羅を背負った海竜が大口を開けて突進してくる。

 その攻撃軌道から、サンは半歩分体を逸らす。

 その頭に背中を預けるような形で、海竜の口をやり過ご――。


「フンッ!!!!」


 ――すかに見えた瞬間、サンの体が大きく揺れる。

 彼女が放った貼山靠。その衝撃が、まるで輪のように海中に伝わり、波紋となって現れる。

 側頭にサンの渾身の一撃を喰らった海竜は鳴き声もなくそのまま海底に崩れ落ちる。

 サンは自らの仕事に満足そうに頷きながら海竜の頭によじ登り、その脳天に向けて足を振り上げる。


「ッラァ!!!!」


 そして渾身の震脚で、海竜に止めを刺した。

 体の消える海竜を尻目に、サンは得意げにふんぞり返った。


「っしぃ! あたしに勝とうなんざ、じゅ――」


 勝鬨を上げようとした彼女の足元に、巨大なカニの鋏が突き刺さる。


「っどわぁ!?」

「ああ、すまん。思いのほか、勢いがついてしまった」


 驚き跳びはねるサンに、詫びを入れるセードー。

 足を振り切った彼は、ゆっくりとした動作でバトルクラブから離れる。


「甲殻で体を覆った相手は、関節を狙う。……定石だな」

「ですね! やぁ!!」


 小さく頷いたキキョウが、旋風(つむじ)突きをバトルクラブの関節に叩き込む。

 螺旋の衝撃がバトルクラブの体内を貫き、その体に痛手を与える。

 バトルクラブが苦しそうに腕を振り回し、キキョウに向けて残った鋏を振り下ろそうとする。

 だがその鋏の一撃に合わせるように、セードーがゆっくり……本当にゆっくりと足を振り上げる。

 バトルクラブの一撃に対し、あまりにも遅すぎる一撃は、セードーの足諸共キキョウの体を斬り裂く――。


「チェリャァ!!」


 ――ことはなかった。自らの足と鋏が触れる瞬間、セードーは一気に足を振り上げる。

 大太刀の一撃にも等しいセードーの蹴りが、バトルクラブの足を再び吹き飛ばした。

 振り抜いた足をゆっくり下しながら、セードーは楽しそうに頷く。


「最小の動きで最大の効果を上げる……水の中では、接触の瞬間に全力を込めれば十全なのだな」

「カウンターの要領ですね。勉強になります」


 同じように笑いながら、キキョウは棍を振り回す。

 そして彼女が甲殻の上に、棍を柔らかく突きつけるのと同時に、セードーが拳を合わせる。


「「――ハァッ!!」」


 そしてバトルクラブが再び動き出す前に、必殺の一撃を叩き込む。

 口から泡を放とうとしていたバトルクラブの甲殻にビキリと大きな罅が入り、その間から青い体液が零れだす。

 バトルクラブは一瞬びくりと体を跳ね上げるが、やがてその瞳に光を失い仰向けに倒れ込んでいった。


「……やりました!」

「うむ」


 満足そうに頷いて、二人はパシンと掌を打ち合う。

 それを遠巻きに見ながら、サンは少し悔しそうにつぶやいた。


「……水中(ここ)での戦いに慣れるの、あたし結構かかったんだけどな……」

「フフフ、もっと頑張らないとねー」

「わーってるっての」


 ゆらりと泳ぐミツキの言葉にふてくされたようにサンは答える。

 そして再び襲ってきた海生生物に向けて、勢いよく震脚をして見せるのだった。




なお、ウォルフはセードー達を見て、また嫉妬の念を燃やしている模様。

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