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log55.呼吸石

 バーを後にした五人は、その足でヴァナヘイムの港へと向かう。

 活気あふれる港町であるヴァナヘイム……その地域の特色溢れるフィールドやダンジョンは、やはり海の中にあるのだという。


「ちぃと離れた離島や無人島……あるいは海底に眠る遺跡に洞窟……そないな場所が、ヴァナヘイムで行ける狩場として有名やね」

「どちらでも登場するモンスターが違うから、どんな戦い方をするかで狩場を選ぶ人もいるわ」

「一般的には場の状況に左右されやすい魔法を使う奴は離島とか無人島。そういうのを気にしなくていい奴は海底系の狩場がいいって言われてるんだぜー」

「へぇー、そうなんですかー」


 最寄りの漁港に向かう道すがら、これから赴く狩場の説明を聞きながら、キキョウは楽しそうに頷いた。

 そんなキキョウの隣で自身もまた興味深そうに頷きながら、セードーは問いを投げかける。


「それで、我々が向かうのはどちらになるのだ?」

「ワイらの場合は、やっぱ海底系かいな? 海の中の方がおもろいしな」

「さんせー! 海の底なら、たまに金目の物も落ちてるしな!」

「落ちてるものなのか……?」

「ええ、まあ……真珠とかサンゴがね」


 えらく即物的なサンの物言いに苦笑しながら、ミツキは漁港の一端を指差した。


「ならまず行くのは、アクセサリー屋ね」

「アクセサリー…ですか?」

「ええ。と言っても、普通のアクセサリー屋じゃないわ。ヴァナヘイムならではのアクセサリーが売っているところよ」


 ミツキはそう言って微笑みながら、先を先導するように歩く。

 セードーとキキョウはその背中を追って歩き、ウォルフたちも雑談しながらついていく。

 そうして一行が向かったのは漁港に広がる露店。露店と言っても、路上にシートを敷いて直接商品を販売しているような店ばかりではない。祭りによくある屋台のような趣の店があったり、あるいは小さなプレハブ小屋を建ててそこで商売している者までいる。

 店の内容も様々だ。漁船から引き揚げられた魚をその場で捌いていたり、あるいは巨大な魚の骨を削り出した武具を売っていたり、はたまたどこからか流れてきた錬金術師が日銭を稼ぐために己の研究成果を並べていたり……。ここに来れば、大抵のものはそろってしまいそうな様相を呈している。

 漁港としての色が強いヴァナヘイムでは、こうした露店が主なアイテム入手場所となるようだ。もちろん、街の中心の方に居を構える商店も存在するが、活気はこちらの方が強い。


「いつ来てもすごい活気ですねー」

「そうねぇ。NPCだけじゃなくて、PCもお店を開いてるから、その分活気も強くなるのかもしれないわねぇ」

「イカ焼きウマー!」

「壺焼きサイコー!」

「食うな食うな」


 さっそく買い食いを始めるウォルフとサンにセードーがツッコミを入つつ、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々は露店道の中を進んでいく。

 そうして一同がたどりついたのは、色とりどりの貝殻で出来たアクセサリーが並ぶ、小洒落た小道具屋だ。屋台のような形式で、上を見れば店の名前らしく、“コキヤージュ”と書かれた看板が掲げられていた。

 店の前に立ち止まった闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの気配を感じてか、背中を向けしゃがみ込んで何かの作業をしていた店員が、立ち上がって振り返る。


「いらっしゃいませ。コキヤージュへようこそ……っと、ミツキ様でしたか」

「お久しぶりですね、ペッシェ。景気はいかが?」

「そこそこ、といったところですよ」


 そのまま店員と談笑を始めるミツキ。

 そんな彼女の背中からペッシェの姿を見て、セードーとキキョウは静かに驚いていた。


「……半魚人だ……」

「……半魚人です……」


 そう。ミツキと話をしている店員のペッシェ……その種族は一目見て半魚人とわかる風貌をしていたのだ。

 肌の色は薄い青色であり、その表面はしっかりと湿っているのが見て取れる。店の衣装であるらしい燕尾服の襟辺りからは、魚のエラのようなものが見え隠れしている。さらに、耳の形や手首辺りから生えているのは、明らかに魚の尾ひれであった。あからさまな鱗模様こそないが、ペッシェはどこからどう見ても半魚人というほかない容貌をしていた。

 そんなペッシェの姿に軽いカルチャーショックを覚える二人を見て、当のペッシェが不思議そうな声を上げた。


「ところでミツキ様……そちらの御二方は初めてお目にする方々ですね」

「ええ、そうですね。今度、私たちのギルドに入った子たちですの」

「あ、キキョウです! 初めまして!」

「セードーと言います」

「これはご丁寧に。私、このコキヤージュの露店を任されておりますペッシェと申します」


 頭を下げる二人に向かい、ペッシェも丁寧に頭を下げる。

 その所作は、よく訓練されたことを窺わせるものだ。


「コキヤージュは海底に眠る貝やサンゴを使用した、美しいアクセサリー……あるいは日々の生活を彩るちょっとした小道具などを販売しております。いかがでしょう、キキョウ様。こちらの髪飾りなど、よくお似合いかと思いますが……」

「え? えーっと……」


 あいさつ代わりとばかりに、赤いサンゴを使用した髪飾りを勧められ、キキョウは困ったような笑みを返す。

 ミツキはそんなやりとりに苦笑しつつ、屋台の下から次のアクセサリーを取り出すペッシェを遮った。


「ごめんなさい、ペッシェ。アクセサリーも素敵ですけれど、今日は違うものをお願いしたくて来たんですよ」

「おや、そうでしたか……」


 ペッシェはいささか残念そうな表情をしながら、取り出しかけていたアクセサリーを元の場所にしまう。

 しかしすぐに表情を引き締め、背筋を伸ばしてミツキへと向き直った。


「それでは、今日は何をお求めでしょうか、ミツキ様」

「今日はみんなで狩りに行きたいと思っているんです。場所は海の底なのですけれど……」

「海の底と申しますと、アレでございますか」

「ええ。アレをお願いしますね」

「かしこまりました」


 ミツキの求めに応じるべく、ペッシェは屋台の下から一つのペンダントを取り出した。

 海のように青い石を金細工で飾ったペンダントだ。縁取りの飾りは見事なものであるが、装飾品というよりは実用品という趣がある。量産に耐えうるギリギリのラインで、飾りを施している感じなのだ。


「ほぇー……ミツキさん、これは?」


 キキョウは取り出されたアクセサリーをまじまじと見つめながら、ミツキへと問いかける。

 彼女の問いに答えたのは、ペンダントを持っているペッシェであった。


「こちら、呼吸石と呼ばれる特殊な石を用いましたペンダントでございまして、これを装備していれば水中でも地上と同じように呼吸ができるという代物でございます」

「これを装備していれば、海の中で息ができるんですか?」

「左様でございます。初めて装備していただきまして、一週間ほどの間は無制限に海の中へ潜ることができるようになります。その分、値の張る品でございますが、一度使えば無くなってしまう人魚の鱗のような使い捨てアイテムなどと比べましたら、断然こちらをおすすめさせていただいております」


 ペッシェの説明に、セードーは小さく頷いた。


「なるほど。毎日狩りに赴くのであれば、これは良い品だな。一週間の間はいちいち補充する必要はないわけだ」

「その通りでございます。さらに、使用期間が終了いたしました呼吸石はそのまま残ります。そちらをコキヤージュ本店までお持ちいただければ再使用が可能なよう、当店自慢の魔導師が力を封入させていただいております。その際のお値段は、格安でご提供させていただきます」

「ほほぅ、さらに再利用まで可能とな。ペンダントとしても悪いものではないし、確かに高い買い物ではないようだな」

「ありがとうございます、セードー様」

「して、お値打ちはいかほどか?」

「こちらのペンダント、一点につきお値段は10万Gとなっております」


 セードーの問いかけに対しペッシェが答えた金額に、キキョウは顔をひきつらせた。


「け、結構するんですね、やっぱり……」

「十万……か……」


 額で言うなら、今現在セードー達が持っている資金がギリギリ足りるかどうかといったところだ。

 セードーも迷うようにしばし瞑目するが、意を決したように頷く。


「装飾品としても悪くなく、再利用も可能とあれば……まあ、こんなものだろう」

「そうですね……どうせ、そんなにお金も使いませんし」


 言いながらセードーはクルソルからペンダントの代金を取り出してペッシェへと支払った。

 キキョウも同様にペッシェへと代金を支払うと、ペッシェは嬉しそうに頷いて二人にペンダントを手渡した。


「お買い上げ、誠にありがとうございます。この呼吸石のペンダント以外にも、様々な品がコキヤージュにはございます。呼吸石の再利用の際には、そちらの品々にも目を通していただけますと、幸いでございます」

「あはは……考えておきますね」

「それじゃあ、ごきげんようペッシェ。また、よろしくお願いしますね」

「ええ。またコキヤージュへとお越しくださいませ、ミツキ様」


 コキヤージュの店員、ペッシェに別れの挨拶を告げ、一向はそのまま露店道を後にする。

 ミツキを先頭に歩きながら、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズは人気のない入り江の方へと向かって歩く。

 さっそくペンダントを装備してみるキキョウとセードーを見ながら、ミツキは少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんなさいね、二人とも。最初に、いくら持ってるのか聞いておくべきだったわねぇ」

「あ、いえ、いいんです。持っててもあまり使いませんし……」


 パタパタと手を振るキキョウ。呼吸石を軽く撫でながら、小さく微笑んだ。


「それに、こう言うアクセサリーを買う機会ってあんまりないんで、少し楽しかったです」

「そう? それなら、いいのだけれど……」


 キキョウの言葉に納得していない様子のミツキであったが、追求するのも野暮だと考えそこで話題を打ち切る。


「それじゃあ、後は狩場に行くだけね。サンも含めてLv30を目指すわけだから……近海の底でいいわよね?」

「ええんちゃいます? あんま遠洋行っても、レベル差ぁひどいですやろうし。セードー、食うか?」

「いただこう」


 いつの間にか両手に抱えきれないような量の食べ物抱えて食べつつ、ウォルフは頷いた。

 ウォルフの持っていた焼き鳥の串を一本貰いながら、セードーはサンの方を見やる。


「サンもLv30ではないのか?」

「おう! あたしはLv28! お前らより先輩なんで、そこんとこよろしく!!」

「どんぐりの背ぇ比べやんか」

「うっせぇー!」


 サン必殺の貼山靠が放たれるが、ウォルフはあっさり回避する。

 いつウォルフが手にしている料理が零れ落ちてしまうかハラハラしながら見守りつつ、キキョウは首を傾げて問いかけた。


「そ、それで、どうやってその近海の底まで行くんですか? まさか歩いて?」

「いいえ。さすがに歩いては行かないわ。ちゃんと、船があるのよ」


 ミツキはそう言って微笑む。


「船、ですか……闘者組合ギルド・オブ・ファイターズって、船も持ってるんですね」

「まあ、ヴァナヘイムが拠点のギルドだったら必須だろ。基本的にここら、海の中か海の上が稼ぎポイントになるしな」

「だとしても船を一隻確保しているというのは、すごいことではないのか? 維持費などもかかりそうだし」

「フッフッフッ……そう思うやろ……?」


 意味ありげに笑いながら、ウォルフはピタリと足を止める。同時にミツキとサンも足を止めた。

 場所は入り江の奥まった岩陰。ヴァナヘイムの喧騒はすでに遠くとなり、人気が全く感じられない。

 ウォルフは岩の一つに上りながら、セードーとキキョウがその存在に気が付くように大げさな身振りで示してみせる。


「我が闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ……その所有船舶は、これやぁー!!」


 二人はウォルフの示す方向へと視線を向け……。


「……え」


 そして目を丸くする。

 大きな棒を無造作につきたて、そこから伸びたロープの先に繋がっていたのは……申し訳程度の旗を一本建てた、極太の丸太四本を組んで作られたいかだ船であった。


「どうや二人とも!? これぞ我が闘者組合ギルド・オブ・ファイターズが誇る船“ブラックタイガー号”やぁぁぁぁぁ!!??」


 何故か誇らしげなウォルフに、セードーはとりあえずツッコミ代わりの足刀蹴りをぶち込んでやった。




なお、ウォルフが持っていた食べ物は、全部海にぶちまけられてしまった模様。

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