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log53.スパーリング

 ヴァル大陸最大の港町、ヴァナヘイム。今日も元気に漁師たちが漁へと向かうその町の一角、裏さびれた路地裏にある小さなショットバー・アレックス。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの拠点として用意されたこのギルドハウス、一応本物のバーとしても機能する。イノセント・ワールドにおいてギルドハウスはプレイヤーたちの拠点の一つであると同時に資金源として使用することもできるのだ。プレイヤーの中にはそちらの方面に力を注ぎ、自らが拠点を置く街の経済の一角を担うほどにギルドハウスを成長させている者たちもいる。

 が、それほどまでになるには相応の苦労も存在する。商売相手はNPCも誘い込めるのであるが、やはり一番お金を落としてくれるのは生きている人間であるプレイヤーたちだ。現実と同じだけの商才やセンスがなければ、せっかくのギルドハウスがそのままうら寂れていくことになるだろう。

 ショットバー・アレックスもまた、そんな寂しい商業系ギルドハウスの一つに見える。このバーがあるのが人目につきにくい路地裏であり、なおかつ開店しているかどうかは基本的に店主であるアレックス・タイガーのその日の気分次第なのだ。これで流行る方がどうかしていると言えよう。

 ショットバー・アレックスの惨状には、一応の理由はある。と言っても大した理由でもない。単純にGMであるタイガーが、こう言ったうら寂れた雰囲気のバーというものが大好きだからだ。


「まあアレやな。あのおっさん、とにもかくにも、場の雰囲気っちゅーのを重要視したがるんや。ふと訪れた寂しい路地に、ポツリと立ってる一軒のバー……なんやええ雰囲気やと思われへんか?」

「言わんとすることは理解できる気がするな。誰も分け入らない山奥で秘湯を見つけるようなものか」

「ナハハ。ワイらにしてみたら、そっちの方がわかりやすいやんなー」


 そんなうら寂れたバーの中で、二人の少年が拳を交え、軽いスパーリングを行っていた。

 セードーとキキョウの歓迎会の際、タイガーが乗っていた小さな舞台が、今は四方にポールが立ち並んだリングへと変わり、その中で二人が戦っているのだ。


「あのおっさん、自分がプロデュースした店のほとんどがうまい具合に流行ってしもうて、あんまおもろないっちゅーてたからなー。わからん悩みやで、ホンマ」

「ミスターは芸術方面にも理解があると聞いたことがあるな。多才であるが故の悩みという奴か」


 手数で攻めるウォルフに対し、鉄壁からの合間を縫う一撃を放つセードー。

 平手。腕。肘。あらゆる角度から打ち込まれてくるウォルフの一撃を捌きつつ、セードーは正拳突きを放つ。


「とはいえ流行らなさすぎるのも問題ではないのか? このギルド、資金はどう稼いでいるのだ?」

「そら、おっさんがここ数年で稼いでた稼ぎで? このゲーム最初期から関わってきたおかげで、ワイらが文字通り遊んでてもお釣りが出るほど稼いどるらしいし?」

「遊ぶためにログインしているのに、遊んでいてもとはこれいかに……」


 軽くパリングされた拳を引きつつ、セードーはウォルフの左ストレートを回し受ける。

 いなされつつも、セードーに攻める間を与えぬようウォルフは細かいジャブを繰り返しセードーへと打ち込んだ。


「まあ、ええやんか別に。そもそもワイら、金使うこと自体ないやんか。このゲーム、一番金食うんわ、武器防具の修繕費らしいし」

「そうなのか? あまりそう言う話は聞かないが」

「あれや、レア武器。ええ武器にはええ鉱石がつきもんやけど、レア鉱石使うとるとその分修繕費が高うつくんやって。その辺突き詰め始めると、結局レアメタルに行きつくらしいんで、金がかかってしゃーないらしいで?」

「我々には永遠に理解できない悩みだな……」


 ジャブごと貫くように正拳を抉りこむセードーに対し、スウェーで回避からの右ストレートで対抗するウォルフ。

 素早くそれを受け流し、セードーは一気に踏み込んだ。


「まあ、ワイらは体が資本やしな。それはそれとして、自分て今なんレベルやったっけか?」

「俺か? 俺は確か、今はLv27だな。キキョウがLv26だったはずだ」

「お? なんや、まだ30いってへんのかいな? 自分ら、このゲーム初めてまだ一ヶ月経っとらんのやったっけ?」

「うむ。レベル上げより、珍しい食品を探す方に腐心していたのでな」

「せやなぁー。ワイも、レベル上げよりそっちに進んでしもうたなぁ……」


 懐かしむようにウォルフが呟く間に、セードーが至近距離で拳を繰り出す。

 ウォルフはそれを弾き、拳を打ちかえす。

 セードーもそれを捌き、さらに打ち。

 ウォルフもまた打ち、セードーが再び打つ。

 打つ、打つ、打つ、打つ。二人は距離を開かないまま、自らの拳を打ち合い始める。


「せやったらもうすぐ属性解放やな。自分ら、属性は決めとるんか?」

「属性解放? なんだそれは」


 互いの攻撃を弾くたびに鳴る打撃音が途切れることなく響く中、セードーの問いにウォルフがニヤリと顔を歪めた。


「――なんや自分、知らんかったんかいな? せやったら――」


 攻撃を止めぬまま、ウォルフはまっすぐにパンチを打ち込んだ。


「これが、属性攻撃や!!」

「むっ!」


 一際素早く打ち込まれた右ストレート。セードーは突き進んでくるウォルフの腕に、白い風のエフェクトが渦巻いているのが見えた。

 素早く弾こうと腕を回すが、ウォルフの腕に回る風に逆に弾かれてしまう。


「……っ!」


 止められないウォルフの拳に、セードーは息を飲む。

 直撃の寸前、ウォルフは腕を止める。だが、彼の腕に渦巻く風は止まらない。ウォルフの腕をまるでレールのように使い、まっすぐに伸びた風は渦巻き、小さな竜巻となってセードーへと襲い掛かった。


「うぉ……!?」


 小さな、しかし力強い竜巻はセードーの体を吹き飛ばす。

 セードーの体は宙をうき、そのまま後ろのロープへと叩きつけられてしまった。

 腕を寸止め状態のまま、まっすぐ伸ばしていたウォルフは、ロープに引っかかって止まったセードーを見て、もう一度笑った。


「――どや? 驚いたか?」

「……ああ、驚いた」


 顔に受けた竜巻の感触を思い出しながら、セードーは顔を撫でる。

 ウォルフの腕から放たれた突風は確かな渦を巻いた竜巻だった。決闘していたわけではないのでダメージはないが、もし現実であれば風の刃で顔が斬れていたかもしれない。


「つまり、今のが属性解放の一端か」

「そういうことや。Lv30で起こせる属性解放イベント……他のゲームで言うところの二次職やな。これを起こすことで、それぞれのギアに適応した属性スキルが習得できるようになるんや」


 言いながら、ウォルフが再び腕を振るう。今度は横薙ぎだ。

 一閃されたウォルフの腕の軌跡に合わせて、風が起こってセードーの体を打つ。

 そこまで強い風ではないが、二人の間には距離がある。少なくとも、手で仰いだだけでは届く距離ではないだろう。


「このゲーム、明確な職種はいっちゃん最初に選べる初期職業だけで、後はギアシステムとこの属性でキャラに個性を付ける、っちゅースタンスやからな。結構重要やで? 一番最初は選ばれへんギアシステムと違て、ある程度自由に選べるしな」

「なるほど……。ウォルフは、風か?」

「せやでー」


 ウォルフが人差し指を立て何事か呟くと同時に、彼の指に小さな竜巻が起こったのが見える。


「基本属性〈風〉っちゅーて、DEXにボーナスが入る属性や。スキルの特性としては、威力はそこそこで、範囲もまあいうほど広ないんやけど、とにかく速い。発動も早いし、攻撃速度も速い。ワイみたいに手数稼いで、速さで戦う奴に向いとる属性やな」

「〈風〉か……他にはどんな属性が――」

「たっだいまー!!」


 セードーが問いを重ねようとしたとき、外に買い物に出ていたサンたちが帰ってくる。

 セードー達がスパーリングを始めようかと話しているときに、女子は女子で親睦を深めようとキキョウを引きずって外に出ていたのだ。キキョウが装備している旅装がどうこうと言っていたのをセードーは記憶していたが。

 満面の笑みでバーの中へと入ってきたサンへ、二人は振り返ってあいさつを交わした。


「おーぅおかえりー」

「む、お帰り」

「おう、ただいま! お前ら見てみろよ、キキョウの奴!」

「ほら、キキョウちゃん」

「わ、わ……」


 サンが指差し、ミツキに背を押され、キキョウが一歩前に出た。

 彼女が今身に着けているのは、今まで来ていた地味な旅装姿ではなく。


「おぉぅ……!」

「………」


 武術の胴着を思わせる、ミツキが着ているのと同系統の和装姿であった。

 ミツキが緋色の袴を穿いているに対し、キキョウが穿いているのは水色の袴だ。上半身はミツキの着ているものと同様に白い上着であるが、ミツキの物と違い袖の丈が短い。そしてミツキよりも肌蹴られた胸元はさらしを巻かれ、どことなく健康的な色気を醸し出していた。


「いやー、いろいろ迷ったんだけど、やっぱキキョウはこういうのが似合ってたぜ! どうよ、あたしらのコーディネイト!」

「わ、私はいいって言ったんですよ!? その、お金まで出してもらって……」

「ダメですよ、キキョウちゃん? 女の子なんだから、少しはおしゃれしないと。武術が好きなことと、女としての自分を磨かないことは違うんですからね?」

「え、ええっと……」


 ぐいぐい背中を押されて弱りきるキキョウ。

 助けを求めるようにセードーを見た。

 セードーはと言えば、しばしキキョウの姿に見入っていたが、彼女の視線に気が付くと、小さく微笑んで頷いてみせた。


「似合っているよ、キキョウ。俺は、その姿の方が好きだな」

「え、あ……そ、そうですか? え、えへへ……」


 素直なセードーの言葉に、キキョウは一瞬戸惑い、それからはにかんだ様に微笑み。


「滅べリア充! 爆発せいやぁぁぁ!!」


 その様を見ていたウォルフは唐突に叫んで、セードーに襲い掛かり、即座に裏拳で迎撃されてしまった。

 さっきまで鋭いスパーリングを続けていた人物と同様とは思えないほど、鮮やかなKO負けである。


「………なんなのだ突然」


 ウォルフの豹変に、反射的に反撃してしまったセードーの方が驚いている。呆然と倒れ伏すウォルフを見下ろす彼に、ゾンビか何かのように立ち上がりながらウォルフはうめき声を上げる。


「ぐごぉぉぉ……! 全国のモテない男たちの代わりにワイが立つぅゥゥ……!!」

「何の話だ」

「やかましゃぁぁぁ!! 持たざる者たちの恨み思いしおぼぁぁぁっ!!??」


 セードーの前蹴りが決まり、容赦なくリングアウトさせられるウォルフ。

 そんな彼の醜態を見て、ミツキはため息を、サンは露骨な嘲笑を上げる。


「ハッ。醜いなぁ、モテねぇ奴の僻みはさー」

「ウォルフ君……その辺も承知の上で誘ったんじゃないの?」

「じゃかしぃ!! こんなナチュラルボーンにいちゃつかれるとか思うかちっくしょーい!!」


 バシバシと床を叩くウォルフの魂の叫びに、セードーとキキョウはしばし見つめ合い。


「………」

「………」


 無言のままに視線を逸らす。セードーは頬を掻き、キキョウはじっと床のシミを見つめている。

 互いの顔に微かな朱が差して見えるのは決して気のせいではないだろう。

 それを見て、ウォルフの叫びが加速する。


「ちぃぃぃくしょぉぉぉおいぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「いや、今のはお前の自爆じゃねーか」

「火種に油を注いだわねぇ」

「うるさーい!! くそったれがぁぁぁぁぁぁ!!」


 なんとなく桃色な空気が漂う中、ウォルフの虚しい叫びだけが木霊するのであった。




なお、胸の大きさはミツキ>>キキョウ>サン、という感じの模様。

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