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log51.武術者たちの宴

「では、ミスターは引退後、このゲームの開発に参加を?」

「うむ。参加と言っても、テストプレイが主であったため、それほど開発に関わったとは言えぬがな」

「それでも、α版、β版と、テスト版には必ず参加されているじゃないですか」

「本当に最初期からこのゲームでプレイされているんですね!」

「「ガツガツモグモグ……!!」


 立食形式の宴会の中、すでにヴァナヘイムでいくらか食事を終えていたセードーとキキョウは、いくらか料理を摘まみながらタイガーたちとの会話に興じていた。ウォルフとサンの二人は、大量に用意されていた料理をひたすら片づけていっている。まんぷくゲージが満タンでも食べられるため、胃拡張による腹痛などをおこす心配はあるまい。

 話の中で、彼は正式サービス開始前からこのゲームをプレイしている最古参であり、レベルもすでにカンストしているトッププレイヤーの一人であるということが分かった。

 なんでも開発者の一人であり、なおかつイノセント・ワールドを経営しているセイクリッド社のCEOである、如月純也と友人であり、その縁で開発段階からのテストプレイヤーとして協力していたらしい。


「このゲームも正式サービス開始から五年……。一時期に比べれば新規参入者は減り、ゲームからの引退者が増えつつあるが、それでもこうして新たな挑戦者に出会えることは喜びである」


 昔を懐かしむように遠い眼差しをしながら、タイガーは手にしたグラスを空にする。


「それが武を志す者であるというのであれば、その喜びも一入である。良ければ二人はどのような武術を修めているか、聞いても構わぬかな?」

「あ、はい。私は杖術です」


 キキョウは微笑み、杖を取り出してみせる。


「実家が道場でして、私も杖術をたしなんでいるんです」

「ほほぅ。生まれてから武に触れていたというわけか」

「まあ! 奇遇ですね、私も実家が道場なんですよ」

「そうなんですか!? ミツキさんは、どんな武術を?」

「私は柔術です。神道……神社も兼ねているのですが、今は武術道場としての色合いが強いですね」

「柔術……やはりですか。先ほどみせた投げは見事なものでした」

「セードー君。君は?」


 セードーはタイガーの問いかけに、小さく頷き応えた。


「俺は、空手です。ある人を師に仰ぎ、拳を磨きました」

「ふむ、空手か……懐かしい。我が友人の一人に、空手の達人とも呼べる男がいる」

「本当ですか? もし本当なら、会ってみたいですね……」


 少し瞳を輝かせるセードーに、タイガーは微かに顔を曇らせた。


「……残念だが、しばらく前にこの世を去っておる」


 その言葉を聞き、セードーは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……そうでしたか。すいません」

「いや、こちらこそすまぬ。不用意な話題であった」


 タイガーもまた謝罪し、しばし沈黙が降りた。


「……えっと」


 しばらくして、沈黙に耐えられなくなったキキョウが雰囲気を払しょくすべく明るい声でタイガーに問いかける。


「そ、そういえば闘者組合ギルド・オブ・ファイターズって、どういうギルドなんですか?」

「ふむ、先ほど言ったように、武を志す者のための憩いの場である!」


 タイガーはそう叫び、ググッと腕を曲げて力こぶを作って見せる。


「武を志す者同士、力と技を競うもよし! 互いに助け合い、己の武を鍛えるもよし! 吾輩は常に武を志す者の味方である!」

「えーっと……」


 言いたいことは分かるが、キキョウが聞きたいことではなかった。

 弱ったキキョウはミツキの方をそっと窺う。

 彼女はキキョウの言いたいことをなんとなく察したのか、少し考えるように俯く。


「そうですね……。大きくは普通のギルドと変わりませんよ」


 そしてある程度考えがまとまったのか、顔を上げて優しく微笑んだ。


「気が向いたらギルドハウスに集まり、そこに誰かいれば一緒にダンジョンやフィールドに出て、モンスターと戦い、欲しいアイテムがあったらそれを手に入れるためにクエストをこなして……」

「まあ、色々お題目はあるやろうけど、結局自分らもゲームやりに来とるやん? それはワイらも変わらんねん」


 モグモグとてんぷらを食みながら、ウォルフたちが話に首を突っ込んできた。


「ワイはガッコの息抜きのために」

「あたしは普段溜まってるストレス解消のために」

「私は、その、個人的な理由ではありますが、色々なお方に会うために……」

「そして吾輩は、未来ある若人たちの先行く道を照らすために!!」


 ウォルフたちは各々の目的を語る。

 それを聞き、セードーは開いた己の手のひらを見下ろす。


「………このゲームでの目的……か」

「セードー。自分、このゲームには何しに来とんのや?」


 ウォルフの問いに、セードーは緩やかに首を横に振った。


「目的は、特にないのだ」

「ないぃ? どーゆーことや?」

「そのままの意味だ。元々、このゲームを始めたのはアラーキー(先生)の勧めで……」


 そこまで口にし、己がこのゲームを始めるきっかけとなった出来事を思い出し、思わず口を閉じる。

 さすがに十人もの人間病院送りにしたせいで停学になった、などと言えるわけがなかった。


「………」

「? どうしたんですか?」

「いや、その……」


 キキョウに首を傾げられ、数瞬だけ考え、無難に答えることにする。


「……三ヶ月ほど、自由な時間ができてな。その間にゲームをプレイすることになったのだ」

「ハァー、羨ましい話やなぁ。で、キキョウ? 自分は?」

「あ、私は……」


 話を振られ、キキョウは言葉を詰まらせる。

 しばし俯き、そのままポツリとつぶやいた。


「……セードーさんと、そんなに変わらないです。私も、ゲームをプレイする時間があって……」

「ほー。意外とブルジョワっておるんやなぁ」


 心底うらやましそうにウォルフは呟き、ひたすら料理をがっついているサンを指差す。


「そこで意地汚く刺身かっくらっとるボンクラも、実は金持ちのボンボンなんやで?」

「彼女が?」

「誰がボンクラだてめぇ!?」


 口から口角を飛ばしながら吼えるサンの姿は、とてもではないが上流階級の人間には見えなかった。少なくとも、そちらの人間に見受けられるような上品さは欠片も見当たらない。

 果たして冗談なのか本当なのか測りかねて唸り声を上げるセードーの姿を見て、サンがふてくされたようにそっぽを向いた。


「……フン。どーせあたしはお嬢様らしくないですよーだ」

「……ということは事実なのか?」

「かなしーことになー」


 冗談めかしてそう言うウォルフの言葉を裏付けるように、タイガーが豪快に笑ってつづけた。


「ハッハッハッ! ウォルフ君の言うとおりだとも。吾輩とサン君の父上が知己の間柄でな。彼女がこのゲームを始めたのも、吾輩がイノセント・ワールドをプレゼントしたからなのだよ」

「タイガーさんが?」

「……あたし、美容と健康のためっつって八極拳やってたんだけど、今までやってきた習い事の中で一番面白くってさ……」


 パクリとスティックサラダを咥え、サンは視線を逸らす。


「けど、あたしの親父厳しくて……あんまり武術の大会とか出させてもらえなかったんだよ……。そのことをさ、タイガーのおっさんに相談したら、このゲームに誘われたんだ」

「武を楽しむ……そのためであらば吾輩、あらゆる労力を惜しまぬよ」


 タイガーはそう言って優しく微笑み、サンの頭をゆっくり撫でた。


「それに、サンのことは生まれた頃より知っているのでな。孫娘への、ちょっとしたプレゼントというわけだよ」

「あたしはあんたの孫じゃねーっての……」


 ふてくされたように答えるサンであるが、タイガーの腕を振り払うことなく受け入れる。

 二人の間に流れる優しい雰囲気に顔を綻ばせながら、キキョウは呟いた。


「とても……素敵だと思います。自分の好きなことに、全力になれるって……羨ましいです」

「……あんたもそうなんじゃねーの? わざわざ、ゲームの中でも杖術で戦うくらいなんだからよ」


 サンの指摘はもっともであろう。マッシブギアによる補強が受けられる素手と違い、サンが使っている芯棍を初めとする棒系の武器に、威力の補正はない。その分を補う技量がなければ、これで戦うのは苦行でしかない。


「……そう、ですね」


 だが、サンの言葉にキキョウは不思議な表情を見せた。

 顔は、微笑んでいる。微笑んでいるのだが、その中に笑顔は見えない。

 感情の見えない、透明な笑顔。キキョウはそんな笑みを浮かべながら、サンの言葉に小さく頷いた。


「私は……杖術が、好きですから……」

「……?」


 セードーはそんなキキョウの姿に小さな疑問を覚えた。

 確かに杖術のことが好きだというのは本当なのだろうが、その裏に別の感情が見え隠れしているように感じた。

 その感情の正体にセードーが気を向けるより先に、キキョウは振り返ってセードーを見上げた。


「セードーさんは、どうですか?」

「む……? なにがだ?」


 笑顔で自身を見上げるキキョウの顔からは先ほど感じた違和感の元はすでに霧散しており、いつものキキョウの笑顔がそこにあった。

 返答に窮したセードーを見て、キキョウは少し不機嫌そうに彼に迫った。


「もう、空手のことですよ! セードーさんは、空手が好きなんじゃないんですか?」

「む、そのことか」


 セードーは意識を切り替え、自らの空手への思いを語り始めた。


「俺にとって、空手は好き嫌いで語るものではないのだ」

「……っちゅーと、どういうことや?」

「俺にとって空手は……そうだな、憧れと言えるか……」


 セードーは天井を見上げる。

 だが、その瞳に映っているのは、上から吊るされているライトではない。

 今はもういない、自らが師と仰いだ人物の、背中だ。


「あの日出会った、我が師の背中……俺は今でもそれを追い続けている。あの人は、空手……というか武の塊のような人だった。それを追い続けるには、空手を続ける以外の道がないのだ」

「前に言うとったお師さんの背中をかー……」


 ウォルフは師への想いを語るセードーをうらやましげに見やる。

 そしてテーブルの上に上半身を投げだし、顎を付けて呟く。


「ワイの場合は、ケンカを続けていきついた先がボクシング(この道)やったからなぁ。拳だけで殴り合うって、なんかかっこよくあらへん?」

「そう言うのも、ウォルフ君にとっての武の想いでしょう? 素敵だと思うわよ?」


 ミツキはそう言って笑いながら、セードー達へと視線を向けた。


「――何だか話が広がっちゃったけど、このギルドはそういう人たちが集まっているギルドなの。なんとなくでも、わかってもらえたかしら」


 ミツキのその言葉に、セードーは小さく、キキョウははっきりと頷いた。


「ええ、そうですね」

「よくわかりました! ……素敵なギルドだと思います!」

「そう言ってもらえると、吾輩としてもGM冥利に尽きるというものだ」


 タイガーは笑い、それから真剣な表情で二人を見つめた。


「――それで、どうするね? 君たちさえよければ、我が闘者組合ギルド・オブ・ファイターズへと迎え入れたいと思うのだが……皆はどうかね?」


 タイガーはそう言って、ギルドメンバーへと同意を求める。


「さんせー。ワイは異論ないでー」


 だらけた様子で賛同するのはウォルフ。


「あたしも! セードーはもちろん、キキョウとも戦ってみてぇ!」


 力強く腕を振り回すのは、サン・シーリン。


「もちろん、私もです。お二人とも、素敵な方だと思いますよ」


 そして、静かに頷くのはミツキ。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々は、皆賛成でもって二人を迎え入れてくれた。


「………キキョウ」


 セードーは静かに瞑目し、隣に立つキキョウへと問いかける。

 キキョウは静かに微笑んで、セードーに答えた。


「前にも言いました。ギルドに関しては、セードーさんにお任せします、と」

「……そうか」


 キキョウの言葉を聞き、セードーはゆっくりと瞳を開く。

 そして一歩前に出て、タイガーに手を差し出した。


「俺たちを、受け入れてくださいますか? ミスター」

「――無論だとも、若き武術家たちよ」


 タイガーは小さく笑い、セードーの手をしっかりと握りしめた。


「吾輩、アレックス・タイガーは来る者を歓迎するとも。改めて、ようこそ二人とも! 我が闘者組合ギルド・オブ・ファイターズへ!!」


 ウォルフはへにゃりと。サンはニヤリと。ミツキはソッと。

 三者三様に笑う。

 それに応えるように、キキョウとセードーも、笑った。


「さあ、乾杯しよう! 新たな我らの仲間たちのために!」

「「「「おおー!!」」」」


 そしてタイガーの音頭を受け、セードー達はグラスを手に取り、乾杯をする。

 新たな仲間たち……そして、これからの冒険の日々に向かって。




なお、その日のログインは宴会だけで時間が潰れた模様。

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