log50.闘者組合
その後、結局ヴァナヘイム市街をぶらぶらと散策し、買い食いまでした挙句、一時間もの時間をかけてセードー達は闘者組合のギルドハウスへと到着することとなった。
「――いらっしゃい、セードーさん、キキョウさん」
数多のギルドハウスが立ち並ぶヴァナヘイムの住宅街……その隅の方にこじんまりと居を構える小さなギルドハウスだ。
外には看板が出ており、「ショットバー・アレックス」と見事な筆記体で記されていた。
そしてその門前にはミツキが仁王立ちで立っており、その前にウォルフとサンの二人に正座をさせている。
ミツキはにこにこと笑いながら、少し遠い位置に立って見ているセードーとキキョウに声をかけた。
「遠路はるばる、よく来てくださいましたね。おもてなしの準備は、GMと私が済ませておきました。ゆっくりとしていってくださいね」
「は、はぁ……いえ、旅路はワープしましたので、そこまでは……」
ミツキは笑顔であったが、それは凄みのある笑みであった。笑顔は本来攻撃的なものであると言われているが、ミツキのそれはもはや殺気すら籠っていた。
セードーはミツキの笑顔にビビりながら、正座をさせられているウォルフたちの背中に視線を落とす。
「えー、そのー……彼らも悪気があったわけでは」
「そう、そうです! ミツキさん、聞いてくだされ!」
セードーの援護を受けて、ウォルフが急いで顔を上げて弁明を始める。
「ほらあれですよ! ワイら、セードーがこの街初めてやし、せっかくやから色々と見て回った方が楽しいと思たんですよ!!」
「そ、そーだよ! せっかく来たのに、何もしないでギルドハウス直行とか味気ないし!? あとから何度も来れるけど、やっぱ第一印象ってあるじゃん!?」
「―――」
さらにサンも顔を上げて、笑顔何だか泣き顔何だかよくわからない表情でミツキに訴えかける。
ミツキは笑顔のまま、二人の言い訳を聞いている。
「た、確かにかーなーりー、寄り道しました。それはえろぅすんませんでしたっ!」
「でもでも! セードー達には、その、いい思い出になったかなー!って、あたしら思うわけです、はい!!」
ミツキは笑顔のまま、セードー達に視線を送る。
セードーとキキョウは、無言のまま首を縦に振った。
「「そーゆーわけですから、平に、平にご容赦を!!」」
そしてそのまま土下座の体勢に移行するウォルフとサン。
ミツキはしばし笑顔で二人の後頭部を見つめていたが。
「――まあ、いいでしょう」
そう、ポツリとつぶやいた。
「! そしたら……!」
「やた!」
その一言を聞き、ウォルフとサンが顔を上げる。
その顔は輝き、嬉しそうにミツキを見上げていた。
ミツキはそんな二人の顔を笑顔で見降ろしながら。
「二人も悪気があったわけではないようですし……」
「うんうん!」
「そーそー! だから……!」
「ええ、だから」
ミツキはにっこりと笑みを深める。
「地獄車一巡くらいで、許してあげましょう」
「「え゛」」
次の瞬間、ミツキの姿が霞む。
一瞬でウォルフたちの背後へと回ると、ガッシと彼らの腕を掴む。
「ぬぉっ!?」
「ちょ、やめ――!?」
サンが慌てて制止の声を上げるが、そもそもミツキは聞く耳を持たない。
彼女の笑み……その瞳の奥はどこまでも冷ややかであったのだ。
掴まれた二人は、ミツキの腕を軸に、ふわりと体が浮き上がる。
ミツキはそのまま大きく二人の体を振り回し、背中合わせに叩きつけた。
「ごえっ」
「ぎゃっ」
ウォルフとサンが痛々しいうめき声を上げ互いの腕や足が絡まり合体するが、それだけにとどまらない。
ミツキは二人の体をなお降り回し、上空へとほうり上げた。
「そぉうれっ!!」
「「ぎゃー!?」」
回転を加えられてほうり上げられた二人の体はグルグルグングン高度を上げ――。
「「―――ァァァァァァアアアアアッ!!??」」
そしてそのまま落下してくる。
重力と高さの相乗効果によりなかなかの速度で落下してきた二人の体はあえなく地面に落着。
グシャァッ!!と割とシャレにならない音を立てて合体から解放された。
「……ガ、カカッ」
「ぐ、ぐぅえ……」
二人とも白目をむいて気絶しているように見える。決闘状態に入らない限りダメージは入らないはずだが……こっそり決闘宣言でもしていたのだろうか。
「……むごい」
「うわぁ……」
思わず口元を押さえるセードー達。
ミツキはそんな二人を見なかったかのように、ウォルフとサンを担ぎ上げ、にっこりと笑って声をかける。
「……それでは中へどうぞ。GMも首を長くしてお待ちですから」
「あ、はい」
「どうぞおかまいなく」
今度は毒気のない、純粋な笑みを向けられた二人だったが、目の前の惨状を目撃してなおそれを受け止められる勇気はなかった。
ミツキはそんな二人に一切かまわず、ウォルフたちを担いだままギルドハウスの中へと入っていってしまった。
ぱたんと閉じた扉を見つめ、キキョウはポツリとつぶやいた。
「……セードーさん。私、今更ですけどすごい怖いです」
「奇遇だな、俺もだ」
セードーはそうキキョウに答える。
しばし固まったまま闘者組合のギルドハウスを見つめていた二人だったが、意を決して扉へと近づいていった。
「とはいえ、招待を受けた身だ……。直前で帰るわけにもいくまい」
「そ、そうですね……。い、いざ……!」
ごくりとつばを飲み込むキキョウ。
セードーはゆっくりとドアノブに手をかけ、ギルドハウスの扉を開く。
キィ……と軋んだ音を立てて開く扉の向こうは……真っ暗であった。
「………?」
「あれ……?」
思わず眉を顰める二人。
顔を見合わせ、それからゆっくりとギルドハウスの中へと入ってゆく。
ぱたんと小さな音を立てて扉が閉じると、辺りは完全な闇の中……というわけではないようだ。
よく見ると、いくつかのテーブルが立ち並び、その上に丸いカップの中に納まったキャンドルが一つずつ立っているようだ。
そのうちの一つにぐったりとしたウォルフとサンが座っており、その傍にミツキが笑顔で立っていた。
「ミツキさん、これは……?」
薄暗い部屋の中を見回しながら、セードーはミツキへと近づこうとする。
するとミツキは笑顔のまま唇の前に人差し指を立て、それから一方を指差してみせた。
「……?」
セードーは訳が分からず、そちらの方へと視線を向ける。
すると、そちらの方に誰かが立っているのが見えた。
「なんですか……?」
キキョウもまた目を凝らす。
どうやら小さな舞台がそこに存在し、その上に人が立っているようだ。
暗くてよくわからないが、ずいぶん大柄な人物に見える。ミツキの様子から察するに、彼がこのギルドのマスターなのだろうか?
恐る恐る近づいてゆくセードーとキキョウ。
「よくぞ来た、未来ある若人たちよ……」
すると、老境にある男性独特の、深みのある声が響き渡る。
それが目の前の舞台に立つ人物の物であると二人が気が付くのと同時に、バッと音を立ててライトが点灯し、その人物を照らし出した。
「……っ!」
「えっ。きゃっ……!?」
現れた人物の姿にセードーは目を剥き、思わずキキョウがでかかった悲鳴を飲み込む。
舞台の上に立ちライトアップされたその人物は、こちらに背を向け、リラックスポーズと呼ばれるポージングを行っていたのだ。しかも、ブーメランパンツ一丁で。
その身を包む筋肉は圧倒的な量であり、二の腕だけでキキョウの太もももありそうな太さであった。
すると、目の前の人物が背を向けたまま喋りはじめた。
「吾輩は嬉しい……此度は二人も、このギルドへと向かえることができるのだから……」
突然の出来事に絶句する二人を余所に、その人物はゆっくりと両手を上げる。
「多くの若者たちはこれをゲームであり、遊びという……だが!!」
そしてミシリと音を立ててダブルバイセプスのポーズを取った。
鍛えに鍛え抜かれた腕、肩、背中の筋肉が盛り上がり、激しく自己主張を始める。
見事なまでの逆三角形であった。
「吾輩は思う! これはゲームである……だが、同時に己を鍛える場でもあるのだと!」
そのまま振り返り、ラットスプレッドのポーズ。
鮮やかな赤毛の髭を蓄えた、壮年の男性だ。
男性は瞳から滂沱と涙を流しながら、自らの肉体を誇示するようにさらなるポーズをとる。
「遊びだけであってはならない! 少年よ! 少女よ! 大志を抱け! その大志に向かって、邁進するのだ!!」
サイドチェストからのサイドトライセプス。さらにアドミナブル・アンド・サイまで繰り出される。
流れるようなポージングの嵐に、二人は言葉を完全に失った。
「我がギルド、闘者組合は武人の集う憩いの場……。若人よ、互いに競い、高め合うのだ!! その汗を流す場を、吾輩は喜んで提供しよう……!」
そしてゆっくりと両手を上げ、拳を握り、外側に向けるオリバーポーズ……からのモスト・マスキュラー。
男性は目をカッと見開き、大きな声で叫んだ。同時に、ギルドハウス内の全ての明かりがつき、辺りが明るく照らし出される。
「我が名はアレックス・タイガー!! このギルドのギルドマスターである! 少年よ、少女よ!! その名を何というか! 教えてはもらえまいか!?」
「………あ、はい。私、キキョウって言います……」
流れるような筋肉の嵐に圧倒されたまま、キキョウは自らの名を告げた。
それに続くように、セードーもまた口を開く。
「……アレックス、タイガー……? まさか、本物か……?」
「え。セードーさん?」
「む? 少年、吾輩を知っているのかね?」
興味深そうなタイガーに頷いて見せ、セードーは舞台の上の彼を見上げる。
「アレックス・タイガー……数年前に引退した、アメリカのプロレスラー。WWEに所属していたスーパーベビーフェイスで、流れるような連続技を得意とする技巧派。大会等で優勝したことこそないが、その技の美しさから日本では「虹色の技行師」とも呼ばれている……」
「なんで知ってんねん、自分」
「いや、父が大ファンで……」
「ゆ、有名人だったんですね……!」
復活したウォルフの言葉に、セードーは答えてから、改めてタイガーへと自己紹介する。
「俺の名はセードー……お会いできて光栄です。ミスター」
「うむ、吾輩も嬉しい……。吾輩の名を知るものに出会えたのは、新たな喜びである……。リアルであれば、お父上のために一筆したためることさえ辞さぬというのに……」
口惜しいと言わんばかりにうめきながら、タイガーはゆっくりと舞台から降りる。
「何はともあれ、ようこそ闘者組合へ。歓迎しよう、セードー君、キキョウ君!」
「ええ、よろしくお願いします」
「は、はい! よろしくお願いします!」
完全に固まってしまったキキョウの緊張をほぐすように、タイガーは朗らかに笑う。
「フフ……そう固くなることはないぞ、キキョウ君よ」
「い、いえ、でも……その、有名な方なんですよ、ね……?」
キキョウが窺うように辺りに視線を向けると、セードーは小さく頷いた。
「その筋では、知らぬ者はいない人物だ。ただ、一般的かと言われると……」
説明に困ったのか、セードーはウォルフを見る。
彼は肩をすくめて首を横に振った。
「まあ、チャンピオンとかの方が有名やろ。このおっさん、知る人ぞ知るって感じの知名度らしいしな」
「そーだなー。引退した後も、あっさり引っこんじまってメディアとかに顔出してねぇし」
「私も、お名前だけは聞いたことがあるくらいで……お顔を拝見したのは、このゲームでなんですよ」
「そ、そうなんですか……」
何とも言えない絶妙な知名度であるらしい、というのを周りの反応から察し、キキョウは困ったようにタイガーを窺う。どう反応すべきなのか、迷っているのだろう。
そんなキキョウの様子を見て、タイガーは笑ったままミツキの方へと振り返る。
「ふむ、固い緊張をほぐすには……ミツキ君」
「ええ」
ミツキは頷き、軽く手を叩いた。
次の瞬間、辺りのテーブルの上に、豪華絢爛な海鮮料理が現れる。どうやらミツキのアクションをカギに、出現するよう設定されていたらしい。
それを見て、キキョウは顔を輝かせた。
「うわぁ……!」
「やはり、うまい料理に限る。さあ、二人とも、遠慮せずに食べるといい!」
「は、はい!」
「では、遠慮なくいただきます」
「「うぉぉぉー!!」」
「貴方たちはたくさん食べたでしょう? もう……」
タイガーの言葉にキキョウ、そしてセードーは頷く。
そしてウォルフやサン、ミツキも交え、愉快な宴が始まった。
なお、アレックス・タイガーはずっとパン一の模様。




