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log49.ヴァナヘイム

 ワープと同時に暗転した視界が復活すると、痛いほどの陽光がセードーの視界を焼いた。


「む……」


 その光を避けるように瞳を閉じると、一際強い潮の香りを鼻に感じた。

 寄せては返す波の音も耳に聞こえ、それに混じって活気のある人々の声もする。

 しばらくして瞼をゆっくり明けたセードーが見たのは、大きな港町と、その眼前に広がる広大な海。

 空にかかる青色とはまた異なる、群青色の海がどこまでも広がっているのが見えた。


「お、おお……海だ……」

「海です……すごいです……!」


 セードー同様に瞳を輝かせるキキョウ。

 感動のあまり声が出ないと言った様子の二人の前に、得意満面のウォルフが躍り出た。


「フッフッフッ……どーやお二人さん? ここがミッドガルドを中心に据えるヴァル大陸の南端に位置する最大の港町……ヴァナヘイムや! ここにワイらの所属するギルド、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのギルドハウスがあるんやで!」

「ここがヴァナヘイム……」

「潮風が気持ちいいですー……」


 風に当たる涼しい潮風に気持ちよさそうな声を上げるキキョウ。

 大陸の中心に位置するおかげで温暖な気候であるミッドガルドと異なり、ここヴァナヘイムは日差しが強いおかげか現実であれば汗ばむような気温だ。じっとしていても、数秒で汗が噴き出すだろう。

 実際、セードー達が現れた街の入り口付近にある漁港では、頭にタオルを巻いた漁師たちが汗を流しながら働いていた。ちょうど、漁の帰りだったのだろうか、彼らが乗っている船には日の光に当たって輝く大量の魚が載っていた。


「おお、漁師が魚を持って帰ってきたのだな……確かにうまそうだ」

「あれって、ここで買えるんですか?」

「買えへんこともないけど、まあ、漁師のおっちゃんと仲良うならなあかんな。そうやないと、漁港にはいられへんのや」

「漁港から魚屋に卸された魚を買うのがフツーだな。それでも十分うまいけどさ」

「いや、そもそもミッドガルドでは生魚自体が存在しないからな。生魚が食えるだけでも十分すぎるほどだ」

「本当においしそうですー……」


 忙しそうに魚を船から下す漁師たちの姿を見て、キキョウが指をくわえる。

 そんな彼女の様子に苦笑しながら、ウォルフは手招きをした。


「まあ、言いたいことは分かるで? その辺はギルドハウスまでのお楽しみにしとけや。ミツキさんが、料理作って待っとるはずやからな」

「あ、そうなんですか。じゃあ、すぐ行かないと!」


 料理を作って待っているという言葉に、キキョウは瞳を輝かせて振り返る。

 ウォルフは苦笑を深めながら、セードーの方へと向いた。


「なあ、セードー? キキョウって、普段からこないに食い意地はってんのん?」

「普段はもうちょっと……いやでも珍しい料理を前にするといささか……」

「あ、いえ、その……」


 二人の会話を聞き、自分の行動のはしたなさに気が付いたのか、キキョウは頬を染めながら俯き、小声でつぶやいた。


「……お、お魚食べる機会、あんまりないんです……だから、すごく楽しみで……」

「あー、なんとなくわかるなー。リアルやと、生魚高いもんなぁ。だいたい養殖もんで、身ぃもうまないし」

「そーかー? 家で出てくる魚は結構うまいけど」

「黙れブルジョワ貴様の話はきいとらん!」

「まあ、こうして連れてきてもらったのだ。これからは、いつでも好きな時にここに来れるさ」

「そ、そうですね。そうしましょう」


 キキョウは少しぎこちない様子でセードーに応える。

 そうして歩き出した彼らに、声をかける者がいた。

 波間から顔をだし、岸に身を乗り出した女性が、ウォルフの姿を見て嬉しそうに声を上げたのだ。


「あらぁ? ウォルフじゃない~」

「んお? ああ、なんやお前か」


 水着一枚来た女性の姿を見て、ウォルフは小さく頷いて答える。


「どないしたんや? またなんか、めんどい魔物でも出たんか?」

「ううん、ぜんぜん~。最近は、海も平和なものよ~?」

「……NPCに知り合いがいるのか、ウォルフは」

「知り合いっつーか、クエストNPCだよ。主に食材欲しさによくクエスト受けててさ」

「あ、そうなんですか」


 他愛のない世間話を始めるウォルフ。

 そんな彼と女性の会話を聞くともなしに聞きながら、セードーは女性の姿を何とはなしに観察してみた。

 どことなく肉感的な女性だ。ウォルフを見上げる表所はどこか蠱惑的であり、胸を強調するように腕を組んでいる。

 楽しそうに彼を見上げながら彼女は尾ひれをぴちぴちと水面ではねさせ。


「………ん? んん?」


 セードーは思わず二度見した。

 改めて、女性の下半身を見る。パチャパチャと水面を叩くのは……やはり、尾ひれであった。

 もっと言えば、彼女の下半身はうろこでおおわれた一本の尾であり、鮮やかな赤色の鱗は情熱的に輝いていた。


「……人魚、か……」

「え? 人魚? ……え!?」


 ボーっとウォルフを待っていたキキョウはセードーの言葉に、ようやくNPCの女性が人魚であると気が付いた様だ。

 突然の人魚の出現に驚く二人に、サンは呆れたような視線を向けた。


「おいおい、人魚くらいでビビるなよ……別に珍しかないだろ?」

「いや、ミッドガルドには人魚どころか、人以外が住んでいることはなかったのでな……。てっきり、そういうNPCはいないのかと」

「種族として、コボルトとかドワーフとかエルフがいるのは知ってましたが……こうして見るのは初めてです」

「ふーん、そっか……。じゃあ、教えてやるよ。ミッドガルド以外の町には、亜人が結構住んでるんだぜ?」


 サンは二人に説明しながら、嬉しそうに微笑む。

 まるで、何かを教えられるのがうれしいかのようだ。

 ピッ、と指を一本立てて得意げに二人への説明を続ける。


「ここなら人魚みたいな水生生物系だし、北の方のニダベリルならドワーフ、東のアルフヘイムならエルフ、って具合に、場所によって種族は違うんだ」

「へぇー、そうなんですね」

「ちなみにヴァナヘイムに住んどる亜人は人魚みたいな下半身魚の奴と、上半身魚の魚人ゆう連中がおるんやで」

「あたしが説明してんだろぉーがぁー!!」

「おっぽっ!?」


 人魚との世間話を終え、いきなり口を挟んできたウォルフに対し、サンが足を踏み鳴らしながら背中を叩きつけた。

 不意打ちの一撃を喰らったウォルフは勢いよく吹っ飛び、そのまま海へと落下していった。

 まだ去っていなかった人魚はあらあらと嬉しそうに呟きながら、海へと落ちたウォルフを助けに潜る。

 ぜーはーと荒く息を突き、サンはウォルフが落ちた場所を睨みつけながら、大きく叫んだ。


「……大体そんな感じだ! なんか質問あるか!?」

「今のは貼山靠だな。見事なものだ」

「八極拳の一手ですね。サンさんは八極拳士なんですか?」

「おうさ! ……って、そこじゃねー!」


 ガーッと吠えるサン。


「あたしは確かに八極拳士だけど、それはまた別の話! この街とか、ゲームのこととかで何か聞きたいことはあるかって聞いてんだよ!?」

「いや、今は特に……」

「また聞きたくなったら……」

「ちっくしょー!」

「く、くくく……あほめ……。初心者に何も知らんうちに質問するとはなんと愚かなんやゴホ、ガホッ!!」


 飲み込んでしまったらしい海水を吐き出しながら、ウォルフが岸に上がってきた。

 そんなウォルフを、サンはキッと睨みつける。


「なんだよ! どういう意味だよ!?」

「フフフ……二人は初心者。つまりこのゲームのことはほとんど知らへん……」

「だろう!? だからあたしが答えてやろうと……」

「何も知らへん人間に、何の説明もなしに質問しても、そもそも何がわからんのかもわからんに決まっとるやないか! 質問なんぞ返ってくるわけないやろうが!」

「っ!? た、確かに……!」


 ウォルフの指摘に、サンががっくりと膝を突き、手を突く。

 俯きながら、悔しげにサンは呟いた。


「あたしは、なんてマヌケをこいつの前で晒しちまったんだよ……!」

「ちなみにこの街で受けられるクエストには、離島ものが多いんやけど、中には海底でモンスターを倒せとかいうクエストとかもあんねんで?」

「海底で? 海で潜る、ということか」

「面白そうですねー」

「だからそう言う説明をあたしにさせろってんだろぉー!?」

「ぐぼぁー!?」


 サンの続く一撃は、震脚と共に放たれた昇貼靠。踏込と同時に伸び上がるように体を跳ね上げ、肩からぶつかって言った一撃は、ウォルフの体を天高く跳ね上げた。

 ぜーはーとまた荒く息を吐くサンの姿を見て、何かを感じたのか、キキョウが質問してみた。


「えっと……あの、海底でクエストって、息が続かないと思うんですけど……どうするんですか?」

「っ! えっと、あのだな! 海に潜るための息継ぎ用のアイテムってのがあってな! それ使って潜るんだよ!」


 キキョウの問いかけにサンは瞳を輝かせながら説明を始めた。よほど、二人にこのゲームの説明をしたかったらしい。


「種類とか見た目は色々あるんだけど、大体一クエストで一個使う感じだな!」

「それがあれば海底に長時間いられるのか……。では、海底にダンジョンがあったりするのか?」

「ああ、そうだよ! でも、素潜りはあんまりお勧めしないな!」

「なんでですか?」

「その息継ぎ用のアイテムが高いねん。慣れへんうちは儲けより出費の方がかさんでしまうんで、初心者にはお勧めできんねん」

「おのれぇー!!」

「何度も喰らうかぁ!!」


 震脚と共に放たれた、腰溜めの突きを軽やかにかわすウォルフ。

 そのまま小競り合いを始める二人を見ながら、セードーは納得したように頷く。


「なるほど。軽く覗いた掲示板に“ヴァナヘイムはお金が溜まってから行くのがお勧め”というのはそう言う意味だったか」

「お魚が高いとかじゃなくて、クエストに使うお金が必要ってことなんですね」

「せやな! 他の街でも似たようなことはあるけど、ヴァナヘイムは特にそれが顕著やね! ちょいなぁ!!」

「ぬがぁー! これでも喰らえ連環腿ー!!」


 しつこく攻撃を仕掛けるサン。超接近戦における爆発力を重視した八極拳、当たれば比類なき威力を叩きだす拳法だが、当たらなければどうということはない。ひらりひらりと飛び回りウォルフを捉えきることができず、サンは悔しそうに地団太を踏んだ。


「ちくしょー! 一発くらいは喰らいやがれよ!!」

「二発喰らっとるやろうが!? ええ加減にせいや!! まったく」


 ウォルフはため息を突きながら、セードー達の方を申し訳なさそうに振り返った。


「いやすまんな、二人とも……つまらんことで時間かけてしもうて」

「つまらんってなんだつまらんって!!」

「気にするな。見ていて飽きないからな、お前たちは」

「はい。とっても仲がいいんですね、お二人とも!」


 キキョウがそう言って微笑むと、二人は露骨に顔をしかめた。


「……いや、それはないわ」

「ないなぁ……それはないでぇ……」

「ふえ? そうですか? 私には、二人がとても仲良しに見えますが……」

「「うぇー」」


 息ピッタリに舌を出すウォルフとサン。確かに、キキョウが言うように逆に仲がよさそうに見える。


「……さて、それではギルドハウスへと向かおうか?」

「……ん、ああ、そうやな」


 そんな二人の様子に咳払いしながら、セードーは先へ進むように促した。

 ウォルフはその言葉に我を取り戻し、内陸側を指差した。


「あっちに、住宅街みたいんが見えるか? あの中に、ワイらのギルドハウスがあんねん」


 そちらの方へと目を向ければ、確かにさまざまな種類の家屋が立ち並んでいるのが見えた。

 ギルドハウスには集合住宅型があれば、一軒家タイプもある。グレードは一軒家の方が高くなるが、ヴァナヘイムには一軒家タイプが多く立ち並んでいるように見えた。


「結構いいグレードのギルドハウスだからよ。楽しみにしてろよ!」

「そうするとしよう」

「はいです」


 サンのその言葉に期待を膨らませながら、セードー達はウォルフたちの後についていくのであった。




なお、人魚の水着はビキニタイプの模様。

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