log48.旅路
そして翌日。
セードーとキキョウは、闘者組合との約束を果たすため、異界探検隊が間借りしているギルドハウスの出入り口の前に立っていた。最低ランクのギルドハウスの出入り口だけあって、安普請のぼろアパートといった風情の玄関口となっており、見る者をいろんな意味で不安に思わせるつくりとなっている。
だが、安いだけあってこの中にギルドハウスを借りているギルドは多数存在し、外見の容量と実際の容量がまったく一致しないことでも有名であった。ついでに、交通の便自体も悪くない。広いミッドガルドの中を移動するための乗合馬車の駅に、徒歩で二、三分といったところだ。
そんな集合住宅型のギルドハウスの前に立つセードーとキキョウの隣に、サンシターとリュージの姿が現れた。
サンシターの手には何かを包んだ風呂敷のようなものが見える。おそらく、昨日サンに約束したきんぴらごぼうだろ。
「よう。心と体の準備はオーケーか?」
「まあまあだ」
見送りに来たリュージの言葉に、セードーは軽く頷いて答える。
「もし仮に闇討ちの類でも、何とかしのげる程度の準備はしておいた」
「お前らの場合準備いらねぇだろ……まあ、そう言うのを考えておくのはいいことだな。一番いいのは、まっすぐに運営窓口に駆け込むことだけど」
相変わらずのセードーの言葉に、リュージはあきらめたように首を横に振った。
運営窓口とは、ミッドガルドを初めとする街型のプレイヤー拠点に必ず存在する、マナーが悪かったりチートの疑いのあるプレイヤーを通報するための窓口である。
運営への通報自体はクルソルなどからも行えるが、キャラクターアバターを攻撃するPK行為などから逃れるために、実際の形として運営窓口が存在している。ここに逃げ込めば、身の安全が保障されるセーフティエリアのようなものだ。
「とはいえ、実際のところ……闘者組合、信用できるんか?」
リュージは片目を眇めてセードーを見つめる。
「昨日軽く探りを入れてみたが、ミツキの言ってた通り、ほぼ無名なギルドと見て間違いねぇが……だからこそ危ういともいえる。誰も知らねぇってことは、衆目の目から隠れて行動しているともいえなくもねぇからな」
「かもしれん。だが……」
セードーは軽く拳を握り、見つめながらリュージへと答えた。
「……昨日、ウォルフと拳を交えたときに感じた。少なくとも、あいつに邪心や裏心はなかった。純粋に武術の道を邁進する……武人としての意気込みを感じた。あいつならば、信じてもよい……俺は、そう感じている」
「ふぅん……拳を交えたら強敵と書いて友である……ってか。俺にゃぁわからん感覚だなぁ」
「感じとしては、お前がソフィアを見たときの第一印象に近いかもしれん」
「なるほど、了解した!」
「それは了解してよいのでありますか……?」
「あはは……あ」」
軽い漫談にも近い会話を繰り広げているセードー達の様子に苦笑していたキキョウは、乗合馬車の駅方面から歩いてくる二人の人影を見つける。
「セードーさん、来ましたよ」
「む、そうか」
キキョウの言葉にセードーが振り返ると、サンとウォルフが並んでこちらに歩いてくるところであった。
セードーが片手を上げると、ウォルフもまた返事を返すように片手を上げた。
「うぃーす」
「息災なようで何よりだ、ウォルフ。それに、サンもな」
「ついでみたいな扱いだな、おい……まあ、いいや」
サンはセードーをちらりと睨むが、すぐに気を取り直したようにサンシターを見る。
「昨日頼んどいたキンピラゴボウ、あるか?」
「はいでありますよ。闘者組合の皆さんの分、大目に作っておいたであります」
「ひゃっはー! サーンキュ!」
サンシターの手にある包みを見て、サンは飛び上がって喜ぶ。
差し出されたそれを受け取り、さっそく中からキンピラゴボウを一摘まみ取り、一口含んだ。
「……んまーい! やっぱりあんたのキンピラうまいよ! 昨日家の奴に頼んで作ってもらったの、なんか味がしっくりこなかったんだよなー」
「きんぴらの味にしっくりくるもこないもあんのか? サンシター」
「いや自分に言われても……。まあ、食材や調味料の加減なんかで味は大きく変わるでありますし」
一人きんぴらごぼうで舞い上がるサンを余所に、ウォルフはセードーとキキョウへと向き直った。
「まあ、きんぴらでよろこんどるアホは置いといてや……改めて、ワイはウォルフ。闘者組合に所属しとる。あんじょう、よろしゅう頼むで?」
「俺はセードー。今は、異界探検隊の客員となっている」
「同じく、異界探検隊の客員、キキョウです」
「ん、よろしゅうな二人とも」
今更過ぎる挨拶を終え、ウォルフはリュージへと視線を向ける。
「せやったら、異界探検隊の。この二人、借りていってもええな?」
「そいつらが同意してる分には、俺がどうこう言う筋もねぇだろ」
リュージはウォルフの言葉に肩をすくめた。
それを受けて、ウォルフはニヤリと笑って頷いた。
「ほなら、さっさといこか。時間も惜しいし、そもそもGMが首を長ぅしてまっとるしな」
「んあー? いいじゃん待たせとけば。それよりキンピラ食おうぜ」
「お前はどんだけ夢中やねん!? 待たせたらそんだけワイが投げ飛ばされるわぁ!」
もぐもぐときんぴらを食べるサンにツッコミを入れつつ、ウォルフは懐からクルソルを取り出した。
「……っちゅーわけで、さっそくワイらのギルドハウスへ行きたいわけやねんけど……自分ら、ヴァナヘイムに行ったことは?」
「いずれ訪れてみたいとは思っていた。なので、まだ行ったことはないな」
「お魚がおいしいんですよね……じゅるり」
「自分ら食優先かいな……まあ、ええけど」
ウォルフは小さく咳払いをしつつ、クルソルを操作し始める。
「自分ら、初心者やーいうんは聞いとるさかい、あんま味気ないんもよろしくないやろ。ワイとしては、ミッドガルド駅からヴァナヘイム入りをおすすめしたいんやけど、どないや?」
「……その言い方だとヴァナヘイムへ向かう方法が複数あるのか? 駅から行くものだと俺は思っていたのだが」
ミッドガルド駅というのは、ミッドガルドの四方に存在する街とミッドガルドを繋ぐための、遠乗り馬車駅のことだろう。NPCも日常生活を送るために利用している交通網であり、大抵のプレイヤーもこれを利用して街を移動するのだとセードーは聞いていた。だが、ウォルフの言い方は、他にも方法があるようであった。
セードーの疑問に対し、ウォルフは小さく頷く。
「せやで。このゲームはオープンワールド……つまり、全てのエリアは基本的に地続きや。この間のイベントみたいな浮遊島を除いて、全エリアに歩いて行かれる。当然、街同士の移動も、キャラの徒歩で行うことができる、ゆうわけや」
ウォルフは言いながら、クルソルの画面を示してみせる。
「それ以外の方法やと、こんな感じでクルソルのワープ機能を利用することもできるで。まあ、このクルソルワープ、一度言った街にしかいかれへんから、行ったことない場所には駅か徒歩かの二択やねんけどな。今回の場合は、ワイらでパーティ組んでからワープしてしまえばええわけやし」
「なるほど……」
「あの、それぞれの方法にメリットとかデメリットってあるんですか?」
「んー。せやなぁ。まずワープやけど、最大のメリットは一瞬で移動が完了すること。これは当たり前やな。デメリットは、あんまり風情がない事やな。始めていく街とかやったら、やっぱ馬車か徒歩やろ」
ウォルフは言いながら、片目を瞑って顔をしかめる。
「最近の若いのんは、やれ効率がどうのDPSがああのとか抜かしよるが……これはゲームやろ? なにもゲームでまで生き急がんでもええやんか。徒歩の旅結構! 馬に乗って大地を走り回るんも味があると思わへんか?」
「そうですね……せっかくのゲームですもんね。隅々まで楽しみたいですよね……!」
ウォルフの言葉に、キキョウは目を輝かせる。
彼女の様子に嬉しそうに笑いながら、ウォルフは次の方法のメリットデメリットを語り始める。
「次に馬車での移動方法のメリットやけど、割とお手軽かつ気軽に旅気分が味わえることやね。実移動時間はざっと五、六分程度やねんけど、これはロード時間みたいなもんや。設定的には半日くらいかけて馬車で移動するって設定やねんで?」
「そこはゲーム的な省略が入るのだな……。外の風景が変わっていくのか?」
「せやな。ゆっくりとやけど、窓の外の風景が変わるんはおもろいでー。運がええと、ドラゴンやら大型の動物やらがおるのも見れるしな。デメリットは……プレイヤーが利用する馬車はプレイヤーで貸切にせなあかんから、割と金がかかることやな。きっちりとした金策が確立でけへんうちは、利用しづらいねん」
プレイヤーの貸切という説明に、キキョウは軽く首を傾げる。
「プレイヤーで貸切に? どういうことですか?」
「……実はランダムイベント要素に、馬車襲撃っちゅーのがあってな? それにNPCを巻き込まへんための処置やねん。実際おっても足手まといやし、この世界のNPC、一回死んでしまうと二度と蘇らへんし……割とすぐに補充はされんねんけど、それは別人やねん……よく似てたりするけど」
「そ、そうだったんですか……!?」
意外と言えば意外な設定に、キキョウが驚きの声を上げた。
「せやねん……。マンスリーイベントとかでどっかの街が魔王軍の襲撃を受けるー、みたいなのもあんねんけどな? あれに一般人とか巻き込まれたら後味悪いでー……。怪我で済めばまだしも、誰か死んだとなれば、先一週間は御通夜ムードや……。それがお気に入りの料理店の主人とかやったら、こっちも立ち直れへんし……」
「あ、あうぅぅ……それは嫌です……!」
贔屓にしている料理店の店主がいなくなってしまった時のことを想像してか、キキョウが顔を青くしてしまう。
いやな想像を首を振って振り払い、キキョウはウォルフへと尋ねた。
「……そ、それで徒歩の旅にメリットってあるんでしょうか?」
「徒歩のメリットは、一番旅しとるって気分になれるところかいな? 街への移動の時にしか出てけぇへんモンスターとかもおるけど、そんなん些末な問題やろうし……あとはランダムイベントに遭遇しやすいところもやな。まあ、発生したイベントによっては、デメリットにもなり得るけど」
例えば盗賊が襲撃してきた、というイベントであれば盗賊を倒して終わりになるが、襲われていた旅人を助けたというイベントとなると、余計なロスタイムが発生することもありうる。旅人のイベントの例でいえば、その旅人が盗賊とグルであった、という派生もあり得るからだ。
「デメリットは……やはり時間がかかることか?」
「言うまでもない事やな。街から街への移動は基本一直線やけど、モンスターの襲撃やら途中でのまんぷくゲージの補給、後はイベントの発生具合もあるんやけど……実時間で四時間は覚悟した方がええな」
「四時間……ログインしていられる限界まで旅をせねばならんのか」
イノセント・ワールドのログイン限界は四時間。これを一秒でも超えれば強制ログアウトだ。
「まあ、ワールドマップでログアウトしたら、その場所から再ログインできるわけやし、言うほどつらいもんでもないねんけどな」
「それでも結構厳しいものがありますよね……四時間は歩き通しなわけですから……」
「馬車で半日の行程を四時間で乗り越えるのだから、厳しいとかいうレベルでもない気がするがな」
「まあ、ワイらシーカーて、割と人間やめとるって裏設定があるて言うしなぁ……。それはともかく、どないする? ワープで行くんやったら、ワイとパーティ組むことになるし、馬車でも金は出すで? 徒歩で行きたいいうんやったらもちろん付き合うたろやないか」
さあどうする?と言わんばかりに見つめてくるウォルフに対し、セードーとキキョウは互いに見合った。
「……さて、どうするか?」
「私としては徒歩も捨てがたい気がしますけど……GMさん、待ってるんですよね?」
「だから待たせとけばいいんだよ。待つのきらいじゃないって言ってたぜ、あのおっさん。うまうま」
「それは別に待たされてええっちゅーわけでもないやろ……ってきんぴら残しとけよ!? 自分だけの分やないねんで、それ!?」
気が付けば三分の一ほど減っているきんぴらを見て、ウォルフが慌てたように叫び声を上げる。
そんな彼を見て、セードーは軽く頷いて答えた。
「では、ワープで」
「私もワープでお願いします」
「だから食うな! きんぴら食うな! ……ん? ワープで? かまへんけど、ええのん? 情緒も何もないで?」
モリモリきんぴらを食べるサンを止めようとするウォルフは、二人の言葉に驚いたように振り返る。
そんなウォルフに、二人はしっかり頷いて見せた。
「人を待たせているのであれば、時間をかけるべきではないだろう。馬車も、金を出してもらうのは気が引ける」
「そないなこと気にせんでもええねんで? ワイ、こう見えても小金持ちなんやで?」
「それでもです。今後、仲間となるのであれば……貸し借りはあまりなしにしましょう?」
「ほっほぅ……ええやん? 素敵な心掛けやん?」
ウォルフは二人の言葉に嬉しそうに笑い、クルソルを操作し始めた。
「せやったら、パーティ組んで、さっさとヴァナヘイムにいったろか! なんや土産のきんぴらも風前の灯やし!」
「これはあたしのきんぴらだ……! あたしだけのきんぴらだ……!」
「どんだけやぁ! ええ加減にせえよ自分!!」
「あはは……」
きんぴらを巡り追いかけっこを始める二人を前に、キキョウは苦笑する。
とりあえず、二人が収まるまでの間に別れのあいさつを済ませることにした。
「ではリュージ、サンシター。世話になったな」
「みなさんと遊べて、楽しかったです」
「気にしないでほしいでありますよ。少しでも、自分が役に立てればよかったであります」
「また一緒に遊ぼうぜ。せっかく、フレンドにもなったんだしよ」
「ああ、そうだな」
「おらっしゃぁ! きんぴらゲットォ!」
「あたしのきんぴらー!」
「セードー! キキョウ! はよこーい! このあほがきんぴらを食い尽くす前にぃー!」
高々ときんぴらの入った包みを掲げながら、ウォルフが叫ぶ。
二人は顔を見合わせ、小さく笑い返事を返した。
「わかりましたー! 今行きまーす!」
「では、またな異界探検隊。次も、味方として会おう」
「オーケー。お前らの無事と、今後の発展を祈らせてもらうぜ」
「またお会いしましょう、二人とも」
「はいです!」
「返せぇ! あたしのぉ! きんぴらぁ!」
「ぬわすー!?」
二人は異界探検隊と笑顔で別れ、ウォルフのパーティに入りミッドガルドを後にした。
なお、他のメンバーはまだログインしていない模様。




