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log47.ギルドハウス

「んぐぁー! 半ログアウトから復帰ぃー!」


 ノックアウト状態から無事回復したウォルフ。

 彼を待っていたのは。


「うめぇー! なにこれ初めて食べたし! なになになんて料理!?」

「何って、ただのきんぴらごぼうだけど……あんた、きんぴらごぼう食べたことないって、どんな育ちよ」

「あ、すいませんミツキさん。お醤油取ってください」

「はい、どうぞ。あ、ごめんなさいセードーさん。そっちの沢庵少しいただけませんか?」

「ああ、わかった。……しかしよく漬かってるな。これで手作りとは恐れ入る」

「サンシターさん、暇を見つけてはリアルの料理を再現できないかって、頑張ってますからね」

「さすが、料理だけでレベル10まで上げた男……ってところだよな! 料理とかしかしてねぇのに、すでに5レベル上がってるし」

「マコの意向もあるとはいえ、驚異的だよなホント……」

「この卵焼き……! 驚くべきふわふわ具合です! サンシターさん、もうひとつお願いします!」

「はいでありますよー。まだまだたくさんあるでありますから、たくさん食べてほしいでありますよー」


 目の前で広がっている、半宴会状態ともいえる異界探検隊+αの食事風景であった。

 場所は、ミッドガルドの一角に存在する、異界探検隊のギルドハウス。内装は最低限、さほど広くない、最低ランクのギルドハウスだ。武具を作成する鍛冶場も、薬物を合成する錬金室もなく、調理場と簡易の宿泊施設しかなく、最大収容員数は六人となっているため、人数二桁以上を誇る大ギルドでの使用は不適切極まりない。しかし、彼らのような身内のみの中小ギルドにとっては維持費の安さこそが重要となるため、その一点においては優良と言えるギルドハウスである。内装の改装自体も、このレベルのギルドハウスでも極めて自由に行えるので、そちら方面の不便はないと言えた。

 その応接間の中で、大きめのちゃぶ台を囲んでリュージ達を始めとする異界探検隊とセードー達四人がサンシターの料理に舌鼓を打っていた。

 ちゃぶ台の上に並んでいるのは、きんぴらごぼうや肉じゃが、卵焼きやみそ汁に沢庵と白米……ごくごく普通の日本の家庭料理であった。

 セードーがおにぎりを食べたことがある様に、この世界では現実世界の料理というのは普通に存在している。それを作るためのレシピ開発やレシピ本の入手、必要となる材料の入手に難がある場合もあるが、おおむね現実で作れる料理はこの世界でも堪能することができると考えてよい。

 ふわりとした味噌や、その中に混じる醤油の香りを鼻孔に感じ、ウォルフは涎を垂らしながら勢いよく叫んだ。


「うぉぉーい!! 人が気絶しとる間に、何やら宴会ムード!? ワイも混ぜんかぁーい!」

「ん? ああ、ウォルフ。起きたか」


 めざしの塩焼きを頭からいただきながら、セードーはウォルフの方へと顔を向ける。


「気分はどうだ……というのも変な話か。全快しているから、大丈夫――」

「なわけあるかぁーい!! 目を覚ましたらみんなでお食事会の上にハブられ、って今気が付いたけどなんや簀巻きになっとるんかワイ!?」


 今更気が付いたように叫ぶウォルフはぐらぐらと体を揺らす。

 彼の体は今、荒縄でぐるぐる巻きに簀巻きにされ、さらに天井から逆さにつるされていた。

 セードーは沢庵を一切れ口に放り込みながら立ち上がり、ウォルフへと近づいていく。


「うん、まあ、色々と説明がいると思うが、どこから話すべきか。何が気になる?」

「いやまあ、いろいろつっこみどころ満載やけど!? ――強いて聞くんやとしたら、さっきの決闘のことかいな」


 ウォルフは不意に真面目な顔になると、セードーをまっすぐに見つめて問いかけた。


「自分、空手家やゆうたよな? 空手いうんは平地での使用を前提にしとると聞いたことがある。そのせいで、高低差の激しい戦闘は苦手やともな。せやったら、あないに高く飛び上がるような技があるとは思えへんねんけど?」

「ああ、そのことか」


 セードーは一つ頷き、ウォルフの問いに答えた。


「我が流派、外法式無銘空手……その発祥は、言葉の通り無銘の忍術一派と聞いている。名もなき忍者の末裔たち……その技術が様々に分化してゆく際、琉球より流れてきた空手の技術と合流し、後世へとその技術を伝えてゆくために名前と形を変えたもの……それが、外法式無銘空手なのだ」

「忍術からの分化……なるほど。ワイの視界から消えてみせたんも、なんかの忍術の応用かいな?」

霞隠(かすみがくれ)のことか。まあ、そうともいえなくもないが……単に視界の死角を突いただけだからな。あの程度ならおまえもできるだろう」

「できるかアホゥ!? パンチが届く前に視界から消えとったやんか自分!?」


 そんな風に話をしていると、不意にきんぴらごぼうに夢中になっていた中華服の少女がスッと立ち上がり。


「うおりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 気合と共にウォルフへと駆け出し、逆さ吊りになっているウォルフの体を勢いよく回転させ始める。


「おごぉあぁぁぁ!!??」


 自らを吊るしている荒縄を中心に、勢いよくグイングイン回転を始めるウォルフ。

 中華服の少女は思うさまウォルフの体を回し、突然ガッシと彼の体を掴み回転を急停止させる。


「おべぇあ!?」

「おい、ウォルフ……」


 そしてウォルフの顔を覗き込み、地獄の底から響くような低音でウォルフへと囁きかける。


「お前、あたしになんか言うことないか」

「お、おぅ、おぉぅぅ……!?」


 ウォルフはしばらく目を回して視界すら安定しないかのように頭を振っていたが、やがて瞳の焦点を目の前の少女の顔に合わせ、じぃっとその顔を見つめ始める。


「………」

「………」


 しばしの沈黙ののち、ウォルフは少女の問いに答えた。

 フッ……という、小さな笑い。

 それは少女に対する優越感と、幾ばくかの侮蔑の籠った。


「うおぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 少女は再び竜巻回転を再開。

 ウォルフの体が、風を巻き起こさんばかりにグルングルンと回転し始めた。

 そんな少女の乱暴な様子に、リュージがいささか呆れたように声をかけた。


「おいおい、シーリン。あんまり回してくれるなよ? そのまま状態異常ゲロとかシャレにならんぞ?」

「ふん! そうなったら、口に一発ぶち込んで、黙らせてやるよ! あとあたしの名前はサン・シーリンだよ!」

「どっちでもいいじゃねぇか」


 中華服の少女……サン・シーリンはそう叫び、キッとセードーを見上げ、睨みつけた。


「それにあんたも! なんであたしと戦ってくれないのさ! いいじゃないか、もう一戦くらい!」

「いや、さすがにウォルフ放置でもう一戦は……」


 噛みつくサンに、セードーは申し訳なさそうに首を横に振る。

 あの後、ひたすら縋りつくサンを何とか宥め、彼らは異界探検隊のギルドハウスへとやってきたわけだが、落ち着いても尚、サンはセードーへと決闘を申し込んだ。

 が、さすがのセードーもサンのしつこさに辟易し始め、ぐったりと畳の上に腰を下ろした。


「それに、今日はもういい時間なのだ……。ログアウトするまではゆっくりと過ごすと決めているのでな。あ、サンシター。お茶をおくれ」

「はいであります」

「ぐぬぬぬ……!!」


 どこまでも気の入らないセードーの様子に、サンは悔しそうに歯を食いしばる。

 そんな彼女の背後にミツキが回り。


「まあまあサン。あなたも落ち着いて……」


 ポン、と肩を叩く。

 途端にサンは力が抜けたようにカクリと畳の上に座り込み、正座の体勢へと移行。


「うわっ?」

「お茶でも飲んで、ゆっくりしましょう?」

「はい、サンさん。お茶ですよ」

「あ、ども……」


 キキョウがスッと差し出したお茶を受け取り、サンはゆっくりと啜り始めた。


「……お茶がうまい……」

「茶葉は海向こうからの輸入物だけど、いい奴使ってるからねー」


 自らもお茶を啜りながら、マコは横目でサンとミツキを見やる。


「……で、結局あんたらの目的って、セードーとキキョウに会うことでよかったの?」

「ええ、その通りです」


 食事の中で、ミツキたちはウォルフも含めた自分たちの目的を、セードー達の邂逅であると明かした。その中で、自分たちのギルドが武術を志す者たちの集いであるとも。

 セードーもキキョウも、ミツキの言葉に瞳を輝かせたが、彼女の言葉が偽りの可能性もあった。

 いささかの警戒を抱くセードー達の前でミツキは姿勢を正して畳の上に正座し、じっと二人を見つめる。


「私たちの所属する闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのギルドマスターが、カネレさんとお知り合いでして……その筋からの紹介です」

「カネレから……ということは?」

「セードー、カネレの奴が言ってたとびっきりの知り合いのことじゃねぇの?」


 セードーはリュージと顔を合わせる。


「とりあえず、カネレの馬鹿に確認してみ? あいつは基本的にいつもログインしてるし」

「しからば」


 セードーはクルソルを取出し、カネレに向かってメールを打つ。


『カネレよ。闘者組合ギルド・オブ・ファイターズなる者たちが会いに来た。知り合いか?』


 短く簡潔な文章に対する返事は、すぐに帰ってきた。


『来ったねぇ~♪ そうだよ~♪ 彼のギルドなら~、きっとセードーも~キキョウちゃんも~、気に入るよ~ん♪』


 わざわざ音符まで入れての返信であった。メールを送って二、三秒程度しかたっていないがいかなる技術であろうか。

 疑問は浮かんだが、大した問題ではないとセードーは頷き、そして顔を上げる。


「どうやら、カネレ経由で間違いはなさそうだ。偽る意味もなかろうし、彼女らがカネレの紹介すると言っていたギルドで間違いなさそうだ」

「偽るってなんだよー。あたしらが、お前らをだますってのかよー」

「サン。彼らにとって私たちは未知の人物です。警戒して、当然ですよ?」


 サンはいささか不服そうであったが、ミツキはそれを窘める。

 それから柔らかく微笑み、セードーとキキョウを見やる。


「それで、どうでしょう? お二人とも、一度だけでも私たちのギルドのギルドハウスを訪ねては頂けませんか?」

「あたしらのギルド、ヴァナヘイムにあるから、うまいもんが食えるぜ? まあ、こっちの兄ちゃんが作る料理には負けるけど……きんぴらうめぇ」


 よほど気に入ったのか、きんぴらごぼうをもぐもぐと食べるサン。

 二人の言葉を聞き、セードーとキキョウは顔を見合わせた。

 しばし迷うように見つめ合い、それからセードーはミツキへと一言、窺った。


「……少し話し合いをさせてくれ」

「ええ、どうぞ」

「感謝する」


 ミツキは笑顔で了承し、セードーはギルドチャットへと会話内容を切り替えた。


「……で、どうするキキョウ?」

「そうですね……」


 キキョウは少し闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々を窺う。

 ミツキは微笑みこちらを見つめ、サンは我関せずときんぴらごぼうのお代わりを所望している。ウォルフは……まだ、サンの復讐に目を回し、気絶している。

 彼らの様子を窺い、そしてセードーへと答えた。


「悪い人たちじゃ……ないとは思います。ウォルフさんも、サンさんも……少なくとも、悪意を持って決闘に臨んではいませんでした」

「その一点においては同意できる。問題は、どこまで信用できるか、だが……」


 そこでセードーはリュージ達の方を窺う。ギルドチャットなので、彼らにも二人の話は聞こえているのだ。

 リュージは二人の視線を受け、ゆっくりと首を横に振る。


「悪いけど、聞いたことのないギルドだからなぁ。何とも言えねぇわ」

「そもそも武術を志す連中が集まるギルドなんて、初めて聞いたしね」

「それもそうか……すまない」


 マコも欠伸を掻きながら答える。

 セードーは申し訳なさそうに謝罪し、キキョウへと視線を戻す。

 キキョウもまた、セードーへと視線を戻した。

 二人の視線が結びあう。


「……キキョウ」

「……セードーさん」


 二人の視線には、同じ色が浮かんでいた。

 意を決し、二人は頷き合う。

 そしてギルドチャットを解除し、ミツキへと向き直った。


「……ミツキ」

「はい」

「一度、行ってみたいと思います。闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのギルドハウスに」

「……はい、わかりました」


 ミツキは静かに、しかしはっきりと微笑み、二人の言葉に頷いた。


「それでは、今日は……お二人ももうすぐログアウト時間ですよね?」

「ええ」

「それに、ギルドマスターもお仕事の関係でおられませんし……また、明日、ご案内しましょう」

「集合場所はここでいいよな? またきんぴらごぼう食いたいし」

「いやちょっと。人のギルドハウス集会場にすんじゃないわよ」

「じゃあ、お土産用に小包に包んで待ってるでありますよ」


 その後、簡単に明日の予定を詰め、ミツキとサンは異界探検隊のギルドハウスを後にした。

 気絶したままだったウォルフは、サンが引きずっていった。ダメージは入らないので問題はあるまい。

 立ち去っていく三人の姿を見送りながら、キキョウはセードーを見上げた。


「セードーさん……」

「ああ。……何はともあれ、明日だ」


 セードーは去ってゆく三人の背中を視界から外さず、小さくキキョウへと答える。

 その胸に、明日への期待と不安を等量に抱えたまま。




なお、キキョウの服はサンシターが補修してくれた模様。

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