log46.フィニッシュブロー
「シャラァ!!」
振り向きざま、ウォルフは右ストレートを叩き込む。
セードーは軽く首を傾げてそれを躱し、素早く足を振り上げる。
まっすぐと高く振り上げられたセードーの足は、天を突く。
(足!? 蹴り技か!?)
ウォルフは一瞬驚愕し、素早く下がろうとする。
だが、セードーが先に告げていた言葉に反するような行動をとったことで動揺してしまったのか、一瞬動きが鈍る。
その一瞬の隙を突き、セードーは一気に足を振り下ろした。
自らに降りかかる衝撃を考え、ウォルフの顔がこわばる。だが、セードーの足がウォルフの頭を砕くことはなかった。
「フンッ!!」
セードー放った踵落としは、ウォルフの鼻先を掠め、勢いよく地面へとめり込んだ。
地面を砕く轟音が辺りに響き渡り、土煙が巻き上がる。
「…………は?」
間の抜けた声は、周囲の群衆か、あるいはウォルフの呟いた声だったのか。
その場にいる誰もが、セードーの行動を理解できずに唖然となった。
今の踵落とし、ウォルフの頭上に決まっていれば確実に仕留められたはずだ。
わざわざその一撃を外し、足を地面にめり込ませて自分の行動を制限するようなまねをする意味が……。
(……いや、まて。足を地面に?)
永遠ともいえる一瞬の間に、ウォルフの思考が加速する。
全てが遅く、ゆっくりと時間が流れる自らの意識の中で、土煙の中に隠れたセードーの足元に視線が向かう。
(さっき、ワイは何をした? ワイは、何を砕いた?)
加速する思考が思い出すのは、ほんの一瞬前の己の行動。
一体いかなる妙技か、ウォルフの頭上に降り注いだのは一片の岩石……。セードーが切り取った、地面の一部だ。
(理屈どうあれ、こいつは地面を投げ飛ばせる。せやったら――!!)
ウォルフの思考が一つの解にたどり着いた瞬間、その視点が急激に回転し始めた。
「チィエストォォォォォォ!!!」
「おぅあぁぁぁぁぁ!?」
セードーの気勢と共に振り上げられた足が、いつの間にか切り込みを入れられていた地面と共にウォルフの体を天高く空へと吹き飛ばしたのだ。
ゲームならではの豪快かつありえないセードーの行動に、周囲の群衆から歓声が上がった。まさに映画のワンシーンのように見えるのだろう。
だが、実際に飛ばされているウォルフは心穏やかではない。地面ごと飛ばされたせいで崩れた態勢を何とか整えるので精いっぱいだ。
(ぐぉぉぉぉ!? こないな方法で飛ばされるとか誰が思うかぁぁぁぁぁ!!??)
何とか心を落ち着けつつ、キッと真下の地面を睨みつける。
(しかし……上に飛ばしたんはまずったな、セードー!)
ウォルフには、セードーの次の一手に予想がついた。
真上に飛ばしたのであれば、最も威力の出る一撃を打ち込めるのはウォルフの体が落下してきた瞬間に、落下地点で待ち構えることだろう。ウォルフの落下速度とセードーの拳の一撃が合わされば、確実に一撃でKOできるはずだ。
……であれば、ウォルフは着地地点にいるであろうセードーにカウンターを放つことができる。
(着地地点とタイミングさえわかれば、後は単純。あいつより先に拳を打ち込めばええだけや!)
ウォルフには、セードーよりも素早く拳を打ち込めるだけの自身があった。
それは、ボクサーと空手家。その技術の性質の差から来るものだ。
ボクサーの拳は、数を当てて相手を削るためのものだ。ボクサーは同じルールを背負って立つ敵よりも早く、多く拳を当てることに腐心する。そのため、その拳の速度は普通の人間が見切ることができないほどに速くなる。
一方、空手家は刀を持った侍を相手にする武術であるため、相手を一撃で打ち倒すことを求められる。そのため、確実に急所を打ち抜く正確さと、一撃で意識を刈り取る力強さを学ぶこととなる。その威力たるや、一撃入ればどんな相手でもノックアウトできるものだろう。だがその一撃は速さではなく、重さによるものだ。当然、その速度は重さによって微かに鈍るものだ……ウォルフは、先ほどのセードーとの立会いでそう感じていた。
(確かにセードーの拳も速い……せやけど、拳の速さやったらワイが勝つ! 重力落下と速度を載せたメテオナックル……その身で受けろや!!)
自らの勝利を確信し、自らの落下予定地点へと視線を向けるウォルフ。
回る視界の中で写った地面には、大量の群衆たちの中心に立つセードーの姿が――。
(ない!? どないなっとんねん!!)
なかった。彼の姿は、どこにも。
予想をことごとく外してくれるセードーに、ウォルフがいい加減腹を立て始めたとき。
「外法式無銘空手……」
空に飛ばされたウォルフの真上から、セードーの声が聞こえてきた。
「はぁっ!? 上!?」
慌てて視線を上へとめぐらせようとするが、タイミングが悪かった。
「真空・正拳突きぃぃぃぃぃ!!」
「おぼぁ!?」
上を向こうとした瞬間、セードーが突き下ろした正拳突きを頬にまともに喰らい、ウォルフの体が一気に下へと落下した。
「うぼぁぁぁぁぁあ!!??」
なすすべなく地面へと叩きつけられるウォルフ。
その衝撃でごっそりとHPを削られ、肉体系の状態異常である意識混濁の状態まで持っていかれてしまう。
「が、がが……!」
明滅する視界を振り払うように首を振る彼が見たのは、空を蹴り落下の速度に勢いをつけるセードーの姿。
(し、しもた……空中歩法……!!)
セードーが何故自身の真上に飛び上がって来たか、その理由を悟るのと同時に。
「地獄拳終打ちぃぃぃぃ!!」
セードーが固めた拳を槌のように振るい、ウォルフの顔面に勢いよく振り下ろした。
「………!!」
落下の速度、重力の重さ、そしてセードー自身の力。
全てが加わったその一撃は、弱ったウォルフに止めを刺すだけに収まらず、地面を砕き、隆起させる。
轟音と共にウォルフの体は路上へと埋まり、その意識を完全に刈り取った。
轟音が響き渡ってしばらく、セードーがゆっくりと立ちあがり、拳を空に突き上げてみせる。
同時に決闘場が解除され、セードーとウォルフが一般のフィールドに帰ってくる。
破壊された地面は一瞬で修復され、何もなかったかのような地面の上に、ノックアウトされたウォルフの姿が現れる。
それを見て、片眼鏡の巫女が小さく咳払いをし、腕を振り上げた。
「勝者! プレイヤー・セードーッ!!」
そして朗々と告げられた決闘の勝者の名を聞き、群衆たちが一気に湧きあがった。
「すげぇー!! あれなんてスキルだ!? 誰か知ってるかよ!?」
「いやあんなスキルねぇだろ! 聞いたことねぇ!」
「なんか久しぶりにまともな決闘見た気がするぅー!」
「あー、わかるー! スキル火力がどうこうとか、効率厨がうるさいもんねぇ!」
セードーとウォルフ。攻撃系スキルを一切用いない、純粋な両者の技量をぶつけ合う決闘。
ゲームであり、決闘とはスキルのぶつけ合いである……そんなイノセント・ワールドにおける常識の外にあるような両者の決闘を前に、何人かの群衆は興奮冷めやらぬ様子でセードーへと駈け寄った。
「なああんた! どこのギルド所属だ!?」
「すごかったなぁ、さっきの! もしよかったら、話しないか!?」
そうして声をかける群衆に対し、セードーはウォルフを担ぎながら申し訳なさそうに答えた。
「すまないが、彼を休ませてやりたいのでな。それに、仲間も待たせている。また機会があれば、声をかけてもらいたい」
「ん、ああ、そっか」
「休ませなきゃ、半ログアウト解除されないしな」
セードーに声をかけた男たちは小さく頷き、少しだけ名残惜しそうにしながらセードーから離れていく。
「じゃあ、また機会があったらな」
「ああ、ありがとう」
「すごかったぜ、あんたらの決闘! 起きたら、そいつにも伝えといてくれな!」
男たちはそう言ってセードーに別れを告げ、自分たちの仲間の元へと去っていく。
駆け寄ってきた他の者たちも、セードーの言葉を聞いてそれぞれにセードーへ声をかけて去っていく。
ある者は感謝を。ある者は興奮を。ある者は路上での突然の決闘に対する注意を。
それぞれにかける言葉は異なっていたが、少なくとも黒曜の騎手たちのような悪意のある言葉を持つ者はいなかった。
セードーはそれらに対し短い言葉で返し、己もまた感謝を伝える。
「ありがとう」
「それはこっちのセリフ! またね!」
最後の一人が去った後、セードーは一息ついて異界探検隊とキキョウの元へと戻っていった。
「すまない。少し、時間がかかってしまった」
「いいえ、仕方ないですよ」
「ええ。近年、稀に見る真剣勝負だった……と、もう掲示板でも評判みたいですよ?」
小さく微笑むキキョウの隣に立つ、片眼鏡の巫女に、セードーは片目を眇めて訊ねた。
「……で、貴女は? 記憶が確かなら、決闘開始時点にはすでにいらっしゃったと思いますが……」
「まあ。よく見てらっしゃいますね」
片眼鏡の巫女は小さく笑いながら、セードーに会釈してみせる。
「初めまして。私の名前はミツキ……ウォルフ君も所属しているギルド、闘者組合の人間です」
「ギルドオブ……ファイターズ?」
その名を呟き、セードーはキキョウへと視線を向ける。
キキョウは、首を横に振ってから口を開いた。
「私も、詳しい話は聞いてません。リュージさんたちも、知らないと……」
「リュージ達も知らないのか」
セードーがリュージ達へと視線を向けると、何故か金貨のつまった袋を肩に担いだマコを囲んで、何か話をしているところであった。
だが、キキョウが言う以上は彼らも知らないのだろう。セードーはミツキへと向き直った。
「闘者組合……か。聞いたことがないな」
「ええ、そうでしょうね。私たちのギルドは少し特殊ですから……。特にイベントにも参加しない中小ギルドですし、新しいメンバーの募集も行っていませんから」
「……とすれば、ウォルフの回収に来た、といったところか」
「ええ、それもあるのですけれどね」
ミツキは笑いながらセードーへ言葉を続けようとしたのだが、中華服の少女が彼女の前に出てそれを遮ってしまった。
「っと?」
「あら、サン?」
少女の割り込みにセードーは一歩下がり、ミツキが驚いたような顔になる。
少女はしばし俯いていたが、やがて体を震わせ、そして勢いよく顔を上げる。
その顔に浮かんでいるのは満面の笑みと、それを満たす期待。
少女はまっすぐにセードーを見つめ、大きな声でこう叫んだ。
「もう一戦、やろうぜ!!」
「………………は?」
少女の突然の言葉に、さすがのセードーも呆然とした顔になる。
少女の後ろでミツキがため息を突き、キキョウは目を丸くした。
「なあ、あんた! もう一戦! もう一戦あたしとやろうぜ! なあ!?」
「……いや、待て。せめてウォルフを休ませる場所に……」
「いいよその辺に転がしとけ! 空手家だろ!? 空手家なんだろ!? やろうぜもう一戦! なあ、なあ!!」
縋りつくようにもう一戦と続ける少女。そんな少女のしつこさに、辟易した様子のセードー。
セードーが食い下がる少女を何とか引き剥がすことに成功したのは、異界探検隊の話し合いが終わる頃であった。
金貨の出所
「……で、それどうした」
「トトカルチョの儲けよ」
「トトカルチョって……」
「往来で始まった決闘、そして集まった群衆……。ここで賭けずにどこで賭けろと?」
「マコちゃん、何してるの!?」
「抜け目ないというか、なんというか……」
どうやらマコが一儲けした模様。




