log44.セードーVSウォルフ
「………え、えぇ~!? な、なんでそうなるんですか!?」
いち早く硬直から抜け出したレミが大声を上げて叫ぶ。
「ふ、二人で一緒に戦ってたのに、なんでいきなり二人で戦ってるんですか!?」
「わかりづらいよ、レミちゃん。いやまあ、なんとなく言いたいことは分かるけれど……」
状況がいまいちよく呑み込めないコータは、説明を求めて隣に立つリュージへと視線を向ける。
「……どういうことなのさ、リュージ」
「昨日の敵は今日の友とかいうけれど、ツンデレ系ライバルキャラでももうちょっと節操あるぞ、お前ら」
呆れたように首を横の降るリュージ。それに同意するようにソフィアが頷いた。
「リュージの例えはともかく、落ち着きがないのは確かだな……。せめて連絡先を交換して後日ということにできないのか?」
「猿か、あんたは」
「じゃかぁしいわぁ、おどれらぁ!!??」
止めとばかりにマコが言い放った言葉についに堪忍袋の緒が切れたのか、ウォルフが構えを解いて異界探検隊に向かってガーッと吠えはじめた。
「こちとら消化不良やねんぞ!? あないな、半端なボクサーもどきの相手させられてぇ!! そもそもなぁ、ワイもセードーと戦うのが目的でここまで来てんぞ!? 初めっからの目的果たそうとして何が悪いねん!? 言うてみぃ!?」
「いえ、あの、落ち着いてくださいウォルフさん……」
興奮した様子のウォルフを宥めるキキョウ。
セードーやウォルフ側の人間である彼女は、異界探検隊の者たちよりはウォルフの心情を理解できるのか、小さく頷きながら微笑んだ。
「少なくとも、私は止めたりしません。セードーさんがこの決闘を受けるというのであれば、何も言うことはないです」
「え、いいの!? いいのキキョウちゃん!?」
「をを! 話せるやんか、キキョウはぁ!」
セードーとパーティを組んでいるキキョウの後押しを受け、ウォルフはパッと顔を明るくする。
そして嬉しそうにセードーへと向き直り、改めてファイティングポーズをとった。
「すまんなセードー! 待たせた!」
「気にするな。待つのは慣れている」
セードーは天地上下の構えと呼ばれる構えを持って、ウォルフの言葉を受け止めた。
右足を前に、左足を後ろに……そして右手を上に、左手を下に構えた特殊な構えだ。威圧殲滅を旨とする攻撃主体の構えであり、空手における必殺の一撃を放つのに最も適した構えとも言われている。
「俺も興味があった……。この世界の中で、拳ひとつで最強をめざす特異な武術であるボクシング……その使い手にな」
「武術? ボクシングって、スポーツじゃないの?」
セードー達から離れながらも、その声を聞き取ったらしいマコが軽く首を傾げた。
そんな彼女に、キキョウが軽く首を振ってこたえる。
「確かに、スポーツとしての側面を持っていますけれど、ボクシングは武術の一つですよ」
「そもそもスポーツの試合にKO勝ちはねぇだろ」
「うっさいわねぇ……いいじゃない、ちょっと間違えただけよ」
呆れたリュージの一言に、カチンときたらしいマコは眉をしかめながらも、ウォルフとセードーの方を見る。
「……ってなると、これは異種格闘技戦ってことになるのかしら?」
「まあ、そうなるだろうな。もっとも、これはゲームなので一概に格闘技とは言えないかもしれないが」
静かに対峙する両者を見て、ソフィアが興味深そうに目を細める。
彼女の言うとおり、これはゲーム。先ほどの決闘内で黒曜の騎手たちが放ってみせたように、スキルを使用しての戦いが基本となる。
プレイヤー同士の戦いとなる決闘においても、それは変わらない。もっとも、二人とも身に着けている衣装は布製の防具。その気になれば素手でも打ち破ることは可能ではあるが。
「防御力皆無であれば、先に必殺の一撃を打ち込んだ方が勝ちだろう。どちらにせよ、勝負は長引くまい」
「うぅ~……」
「よしよし……。レミちゃんには悪いけれど、興味はあるかなぁ。僕も剣道をやってるし……」
涙目で二人を睨みつけるレミの頭を慰めるように撫でてやりながら、コータは楽しそうにつぶやいた。
「セードー君はリアル技能が強いから、何か参考になればいいなぁ」
「……なればいいな、参考に」
憧れるようにセードーを見つめるコータに、リュージはやや乾いた笑みを浮かべてみせる。
散りかけていた群衆たちも、再び始まった決闘の気配に好奇心を刺激されて新たな決闘者たちを囲い始める。
にわかに騒がしくなる往来のど真ん中で、セードー達が動いた。
じりっ……と微かにセードーの前足が擦れる音がする。
「……あ、動いた」
群衆の誰かが呟いた。
対して、地に足を付けてファイティングポーズを構えていたウォルフも、微かに足を前に出す。
じりじりと、少しずつ互いに近づいてゆく両者。
極めてゆっくりとした動きであったが、それを見つめている群衆たちの中には不思議と退屈はなかった。
張りつめた刃のような雰囲気が、両者の間にあるからであろうか? あるいは、先ほど黒曜の騎手たちを一蹴してみせた手腕を今一度見られるかもしれないという期待感からかもしれない。
「………陣が」
「え?」
異界探検隊の者たちと固唾をのんで二人の様子を見守っていたキキョウが、ふいにぽつりとつぶやいた。
「陣が、触れ合います……」
「陣? キキョウちゃん、いったい何のこと?」
キキョウが口にしたことの意味が解らず、レミが首を傾げた。
その瞬間、事態が動き始める。
じりじりと互いに間合いを詰めあっていた両者が、まったく同時に攻撃を開始したのだ。
「あ……!」
だが、当たらない。どちらの攻撃も、当たることはなく捌かれる。
しかしそれで攻撃が止むことはなかった。互いに、相手を攻撃できる距離に収めたまま、全力で拳を突き合い始めたのだ。
「うぉ……! なんだあれ、スゲェ……!」
「どうなってんだよ……! どっちも手加減してるように見えねぇぞ……!?」
拳の唸り、風を切る音さえ聞こえてくる猛攻を繰り出し合いながらも、どちらかに攻撃が当たることはない。
相手の攻撃を捌き、それでいて己の攻撃を隙間にねじ込むように打ち込みあっているのだ。
互いに一歩も引かぬ攻防を前に、群衆が湧きたち始める。
「おいおい、スゲェぞあいつら!」
「まるで映画みてぇだ!」
「誰か動画取ってんじゃねぇか!?」
「ねえ、来てみなよ! 今、すごいことになってるよ!!」
騒がしくなる周囲を全く意に介すことなく、決闘に興じる両者。もはやその目には目前の敵しか映っていないのだろう。
それを見て、リュージがポツリとつぶやいた。
「……で? なんか参考になりそうか?」
「ごめんむり。見られてうれしいけど、これは参考にならない」
コータはぐったりと首を横に振る。
「ほとんど至近距離で、あれだけ全力で突き合って、それでいて攻撃が当たらないってどういうことなんだろうね……」
「攻撃を外しているわけじゃない。どっちも、お互いの攻撃を見切って捌いているように見える。防がなければ、どちらも一撃で沈むんじゃないか?」
セードー達の攻防を前に唸り声を上げながら、ソフィアが感心したように呟いた。
「どちらも引かず、互いを必殺の間合いに相手を捉えておきながらの、あの攻防……彼らの技術は我々よりも頭一つ抜きんでているな……」
「我が高の誇るスポーツ特待生さん? あんたならあの二人に勝てる?」
「あの距離でか? 冗談抜かせ」
マコの問いかけを受け、リュージはげんなりと肩を落とした。
「……このゲーム、ステータスの数値が露骨に身体能力に反映されてるのは知ってるよな?」
「うん、まあ」
リュージの言葉に、マコが頷く。
VRMMOであるこのゲーム、基本的にキャラのステータスはそのままプレイヤーの身体能力へと反映される。
例えばDEX10で100m7秒で走れるプレイヤーがいたとしよう。単純な話、彼がDEX20へとステータスを上げると、100mを3.5秒で駆け抜けることができるようになるのだ。
これはSTRを初めとするほかのステータスでも同じことが言える。二倍に数値を増やせば、二倍の効力が得られるのだ。
「レベルが上がればそんだけ身体能力も上がるが、実際に数値通りの身体能力を発揮できる奴はいねぇ。普通の奴は上がりすぎた身体能力についていけなくて、自分で限界を作っちまうからな。で、ゲーム側がその限界を感じ取って、自然にセーブを掛けるってわけだ。当然、俺も同じことが言える」
「あんた割と人間の限界を超えた動きするじゃない。特にソフィアに迫る時」
「嫁への愛情表現に限界はねぇ。まあ、そう言う時を除けば俺だって基本的に一般人だ。けど、連中は違う」
まったく攻防が途切れないセードーとウォルフの戦いを眺めながら、リュージは鼻を鳴らす。
「自身の体を限界まで使いこなし、それに技術を加えて敵を討つ……それが武術家って連中だ。現実じゃどれだけ体を鍛えても、自然と限界が生まれるが、ここにはそれがねぇ。言っちまえば、武術の修業をすればするほど、強くなれる世界がここってわけだ。……そんな水を得たシャチみたいな連中相手に近接戦闘とか、死亡フラグ以外の何物でもないわ。トリガーハッピー掃射で蜂の巣にする方向性で、なんとかってとこじゃねぇの?」
「あんたにそこまで言わすってのも相当よね……」
リュージとマコの会話を背中で聞きながら、キキョウは攻防を一瞬でも見逃さないよう、じっとセードー達の戦いを見つめている。
「陣の広がりは、セードーさんの方が広い……けど、それを無理やり狭めて戦ってる……? ウォルフさんの手数に間に合わせるために、わざと広い陣を狭めてるのかな……?」
「キキョウちゃんがなにを言ってるのかわからない……」
「うーん、僕にもさっぱり……。二人の戦いに、すごい感心してるのは分かるんだけど……」
キキョウの尋常ではない食い付きように、若干引いているコータとレミ。
そんな二人の耳に、涼やかな女性の声が聞こえてくる。
「陣は間合い……つまり攻撃が届く距離のことでしょう」
「え?」
「素早い手数で圧倒するウォルフ君に対し、セードーさんはわざと間合いを狭めてその手数に対応している……とキキョウさんは見ているのでしょう」
二人が振り返ると、いつの間にか片眼鏡をかけた巫女服の女性と顔の半分を呪文帯で隠した中華服の少女が立っていた。
巫女服の女性は小さく微笑みながら、コータとレミの隣に立った。
「お隣、よろしいでしょうか?」
「え……ええ、どうぞ」
突然の申し出に、コータは戸惑いながら、頷く。
中華服の少女は、つまらなさそうな表情をしながらキキョウの隣に立ってウォルフを睨みつけている。
隣に立った女性に、レミは疑問をぶつけてみた。
「あの……間合いを陣って呼ぶのは分かりましたけど……そう言うの、見えるんですか?」
「ええ、見えます。大事なことですからね」
「大事……ということは、そういうスキルがあるんですか?」
「スキル……とは違いますね。明確に線が見えるのではなく……カン働きに近いものですから」
「??? どういうこと……?」
疑問が晴れるどころか、ますます深まるレミ。
首を傾げる彼女を置いて、セードー達の戦いがさらなる展開を迎えようとしていた。
なお、巫女服の女性、胸が大きく若干はだけ気味の模様。




