log43.決闘の後で
「あーあー……つまらん戦いやったなぁ……」
「お疲れウォルフ」
「お疲れ様です」
「おう、そっちもなぁ」
がっくり肩を落としながら戻ってきたウォルフに対し、セードーとキキョウは軽く手を上げながら声をかける。
そんな彼らに答えながら、ウォルフはつまらなさそうな顔で二人を見上げた。
「そっちはそこそこおもろそうな相手やったのになぁ……どこで、差ぁ付いたんやホンマ……」
「さて、そればかりは天運という奴だろう」
「あはは……」
愚痴るウォルフに対し、セードーはそう言って首を横に振り、キキョウは誤魔化すように笑う。
セードーはともかく、キキョウは防具を破壊されているわけだが、彼女はウォルフの言葉を否定することはなかった。
「まあ、それはともかく、これで我々の勝ちというわけでよいのだろうか?」
「まあ、文句なしやろ。三対三で、全員ノックアウト。これでワイらの勝ちや」
ウォルフはそう言って、力強くセードーへと頷いてみせる。
だが、そんな彼に対しセードーは軽く首を傾げて見せた。
「……では、どのようにして決闘場を解除するのだ?」
「ハァ? 自分、何言うてん――」
通常、決闘はどちらかの陣営が全滅、あるいは敗北を認めた場合、その時点で決着がついたことになり、自動的に決闘場も解除される。
であれば、とっくに決闘場も解除されているはずなのだが……。
「――と思たら、解除されてへんな……」
セードーの言葉に周囲を見回したウォルフは、未だ自身が決闘場の中にいることを確認する。
周囲を取り巻く群衆たちが、未だ半透明のままなのだ。
「どういうことや? 連中、まだ起きてるんか……?」
「であれば、起き上がって立ち向かってきそうなものだが」
少なくとも、まだ見える範囲にいる金髪と変態は起き上がる気配を見せない。
あるいは、ウォルフが外まで吹っ飛ばしたオークが起きている可能性もあるが、であればとっととこちらまで戻ってきそうなものだ。
「……どちらも立ち上がってきそうにないです、けど」
「だったら、まだどこかに決闘者がいるんじゃねぇか?」
外野の一人であるリュージはそう言って、周囲を見回す。
そんな彼に向かって、ウォルフは怪訝そうな顔を向けた。
「どういうことや? まだ決闘者がいるて……」
「連中、ギルド名を叫んで決闘宣言しただろ。だったら、まだすぐそばにこいつらのギルドに所属してるプレイヤーがいるってことだろ」
「……そういうことか」
リュージの言葉に、ウォルフは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
いくつか存在する決闘宣言の中で、黒曜の騎手たちが行ったのはギルド決闘宣言と呼ばれるものだ。
これは、ギルド単位で決闘へ参加する際に行われるものであり、この決闘宣言を行った場合、一定範囲内の存在するすべてのギルド員が決闘へと参加したものとみなされる。対戦相手は、参加したギルド員をすべて戦闘不能にするか、ギルド員の誰かにギルドとしての敗北を認めさせなければ勝利するることはできなくなるのだ。
通常はギルド同士の決闘の際に行われる決闘宣言であるが、今回のように少人数のギルドが、同数程度のパーティに対して行う場合も存在する。この場合はパーティ決闘宣言と大して差がないため、特に問題視されるようなことではないが……。
「どっかに伏兵忍ばせておいて、いざというときにワイらを攻撃するつもりやった言うわけか?」
「なんじゃないかねぇ? でなきゃ、いつまでも決闘場が解除されない理由にならねぇ」
戦術として、不意打ち用の伏兵を起用する場合は事情が異なる。
通常は、決闘者とそれ以外が明確に区分けされるため伏兵が通用することはないが、今回のような街中での決闘の場合、集まってきた群衆が目隠しとなり、まだ存在している決闘者に気が付きにくくなるという状況が生まれる。
いくら無関係の人間が半透明になるとはいえ、何人も重なればモザイクのような役割を果たし、その向こう側をはっきりと視認することはできなくなるからだ。
「せやったら、のこっとる連中もしばき倒したらええんやろ? 簡単やないか」
ウォルフはまだ存在する敵に対して、威嚇するように凶悪な笑みを浮かべながら拳を鳴らしてみせる。
セードーもその隣に並び、周囲を見回しながら口を開く。
「だが、どうやって探す? 不意打ち用の伏兵であるのであれば、おそらく身を隠すすべに長けているだろう。隠れている状況から発見するのは、難しいと思うが」
「はい。それに、身を隠しつづけているということは、こちらを一撃で仕留める手段を持っている可能性が高いということではないでしょうか?」
セードーとウォルフの視界をカバーするように背中合わせになりながら、油断なくキキョウは二人に声をかける。
「もし勝つことができない、と考えているのであれば、普通に降伏すればいいはずです。まだ降伏しないということは、勝算があるということではないでしょうか?」
「一理あるな」
「……ワイはどっちかっちゅーと、仲間があっという間にやられてまって、攻撃する間ぁも逃げ出す間ぁも失ったんちゃうかと思うねんけど……」
真面目な二人に対してそう呟きながら、ウォルフは周囲を睥睨する。
「まあどっちにしろ、さっさとこないなくだらん決闘は終わらせて、ちゃちゃっと本題に入りたいところやな」
「うむ。……ん? 本題?」
ウォルフに対し頷き、しかしすぐに彼が口にした言葉に対して首を傾げるセードー。
「ウォルフ。本題とは――」
彼に対してその意味を問いかけようとしたとき、事態は動いた。
「“プレイヤー・ソフィアはこの決闘に参戦する”!!」
「ッ!!」
凛とした少女の声が辺りに響き渡った。
その声を聞いた途端、リュージの表情が目に見えて明るくなった。
「ソフィアが! ソフィアがすぐそばにいる!!」
「は? よめ?」
「リュージ、落ち着け」
「落ち着けバカ」
暴走し始めるリュージを宥めたり殴ったりしている間に、群衆の一部が俄かに騒がしくなる。
自らの周囲で突然戦闘が始まったのか、群衆の一部が悲鳴を上げ、慌てて場所を空け始めたのだ。
「おお、なんや?」
「バァーストォ!!」
「「ギャァァァァ!!??」」
そちらに意識を向ける暇もあればこそ、少女の叫び声と同時に竜巻が巻き起こった。
群衆はさらに避ける……いくら自身に干渉しないとはいえ、攻撃の中に巻き込まれていい気はしないだろう。そんな群衆たちの中から、二人の男が竜巻に巻かれて弾き飛ばされる。
放物線を描いて飛んできた男たちは、見事にセードー達の前へと落着する。
「ごばっ!?」
「ぎゃぁっ!?」
「きゃっ!?」
どこか、アサシンか何かを連想させる様相に、各々凶悪なスナイパーライフルのようなものを装備している男たちの姿は、セードー達にはしっかりとした実体を伴って見えた。どうやら、彼らが残りの決闘者のようだ。
驚いたキキョウが恐る恐る彼らの姿を見つめていると、群衆の中から一人の少女が現れた。
「――部外者ではあったが、不審な者たちを捕えるために参戦させてもらった。気を悪くしたのであれば、謝罪しよう」
ピンと背筋を伸ばし、堂々と決闘場の中に現れたのは、幼さの中に気高さと凛々しさを兼ね備えた、美しい少女だった。
風にたなびく黒くつややかな髪を掻き上げ何とも言えない色気を醸し出す少女は、軽く微笑みながらセードー達の方を見た。
「……ん。セードー達だったか。邪魔をしたか?」
「いや、こちらも助k」
「“プレイヤー・リュージは決闘に参戦”ソフィアァー!!」
セードーが少女へと返答するのを遮るように、リュージが叫びながら少女……ソフィアへと突貫していった。
最小限の文言と動き、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きを持ってソフィアへと飛び掛かるリュージ。
彼の目は、体は、ソフィアの露出された太ももの絶対領域へと――。
「フンッ!!」
――到達する前に、ソフィアによってつつがなく迎撃された。獲物はどこからともなく取り出した花瓶だ。
あらんかぎりの力を持って振り下ろされた花瓶がリュージの後頭部へと叩きつけられ、軽やかな音を立てて砕け散る。
リュージの頭は高速でぶれ、何か叫ぶまもなく地面へと叩きつけられた。
しん……と辺りが静まり返る中、ソフィアは手の中に残った花瓶の口の部分を適当な部分へと放り投げ、セードー達へと向き直った。
「手助けがいるような君たちだとは思わなかったが、群衆の中をこそこそ動くような輩を放っておくわけにもいかなかったからな」
「何もなかったかのように会話を続けた!? あかん、突っ込んだらなんや負ける気がする……!」
「ああ、まあ、いつものことだ気にするなウォルフ。それより……」
一人で勝手に戦慄するウォルフを置いておいて、セードーは残った二人の男へと目を向ける。
アサシン風の真っ黒な衣装に身を包んだ男たちは、怯えた様子でセードーを見上げている。
セードーはそんな二人を見下ろしながら、軽く首を傾げる。
「さて、どうしてくれようか、こいつら」
コキリと骨の鳴る音を立てるセードーの隣で、ウォルフもまた拳の骨を鳴らした。
「まあ、いちいち確認すんのもめんどいしなぁ。殴ったらわかるやろ」
パキパキと音を立てるウォルフの言葉に、キキョウも頷いた。
「戦う意思があるというのであれば、致し方ありませんね……」
両手でもっとぎゅんぎゅんと音を立てて唸りを上げるキキョウの棍。
未だ三人の闘志が潰えないのを見て、男たちは小さく悲鳴を上げた。
「ままま、待ってくれ!!」
そしてすぐに手を上げて三人を制し、慌てて頭を下げ始めた。
「お、おれたちはそいつにそそのかされただけなんだよ!!」
「そもそも黒曜の騎手ってのは、その金髪だけで、他の連中は客員なんだ! だから、俺たちはそいつらのホントの仲間ってわけじゃないんだよぉ!」
「……なんだ、いきなり」
突然平謝りしだした二人を見て、セードーは毒気を抜かれる。
未だ敗北を認めなかった黒曜の騎手の仲間たちであったので、てっきり襲い掛かってくるものかと思っていたのだ。
無言で彼らを見下ろすセードーを、自分たちを許していないものと感じたらしい男の一人が、慌てたように叫んだ。
「な、なんだったら負けも認める! “黒曜の騎手は敗北を認める”!!」
武器も何もかも放り出して、大声でそう宣言すると同時に、辺りに展開されていた決闘場が消滅した。
それを確認し、セードーは小さく頷いた。
「なるほど。決闘場はこのように解除されるのか……」
「……ふぬけすぎるやろ、ホンマ……」
少し脅した程度で屈した男二人に対し大仰にため息を突いたウォルフは、顎をくしゃって金髪たちを示す。
「そしたらそこで寝とるボンクラども拾うて、さっさといなくなれ」
「……負けを認めるというのであれば、後を追うようなこともしません。お仲間を連れて治療に行かれるとよいです」
キキョウもまた、棍を収めて男たちを促す。
それを聞いて、男たちはパッと顔を明るくした。
「は、はいぃー!」
「失礼しましたぁー!」
男たちは勢い良く頷くと、金髪と変態の体を抱えて、大急ぎでセードー達の視界から消えるように駆けだした。
「はーい、負け犬が通りまーす。道を開けてあげてくださーい」
いつの間にか復活したリュージが、黒曜の騎手たちの邪魔にならないように群衆を誘導し始める。
彼の言葉に周囲から笑い声も起こるが、黒曜の騎手たちはそれを気にする間もなく、大慌てでその場からいなくなった。
消え去る彼らの背中を見て、ウォルフは呆れたようにため息を突いた。
「ホンマ、どういう連中やったんや……」
「察するところ、前衛三人と後衛二人が連携して敵を倒すというチームらしいが、連携がうまく機能しなかったようだな……」
どこか憐れむような眼差しでセードーも黒曜の騎手達が去った後を見つめる。
「きっちりと連携を取られていたら、どうなっていたかわからなかったな……」
「そうですね……」
「いちいち負け犬に同情してやる必要はないわよ、あんたら」
「マコちゃん、そう言う言い方はないよ……」
未だマントしか巻いていないキキョウに、厚手のコートを着せてやりながらマコは小さく頷いてみせる。
「まあ、なんにせよこの場を凌げてよかったじゃないの」
「あ、ありがとうございます、マコさん。……そうですね。何事もなくて、よかったです」
マコから受け取ったコートにそでを通しつつ、キキョウもホッと安堵したように頷いた。
「おーい、リュージ!」
「ん? コータか。どうした?」
「いや、皆中々帰ってこないから……ソフィアさんと迎えに来たんだよ」
「何をしているかと思えばまったく……」
「仕方ないじゃないのよ、こっちは被害者なんだから!」
「マコちゃん、落ち着いて!?」
ソフィアについてきていたらしいコータも合流する異界探検隊。
そして、決闘の終わりを感じて散らばり始める群衆たち。
いつものイノセント・ワールドの風景が戻り始めるのを感じ、セードーは瞑目し、それからウォルフへと向き直った。
「――色々と、世話になったなウォルフ。お前がいてくれて、助かった」
「ん? あ、ああ、気にしな気にしな」
ウォルフはセードーの言葉に笑って手を振り。
「先越されたかと、あせっとったところや。競争相手は、潰すにかぎるさかいなぁ」
「……ん?」
ウォルフの言葉にセードーは軽く首を傾げた。
そんな彼に向けて、ウォルフは指を突き付けた。
「“プレイヤー・ウォルフはプレイヤー・セードーに決闘を申し込む”!」
「「「「「えっ」」」」」
そして繰り出される決闘宣言。
セードーを除く異界探検隊の者たちが、突然の出来事に声を上げた。
「――“プレイヤー・セードーはその決闘を受けよう”」
「「「「「えっ」」」」」
そしてあっさり受けるセードー。
再び上がる異界探検隊たちの声と同時に、広がる決闘場
辺りに広がる決闘場に何事かと群衆は振り返り、先ほどまで味方であった二人が互いに拳を構え、向き合っているのに気が付いた。
「「「「「………えっ?」」」」」
話についていけない異界探検隊の者たちは、ただ茫然と向き合うセードーとウォルフを見つめることしかできなかった。
なお、オークは回収されていない模様。




