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log42.ウォルフVSオーク

「おう、お疲れー」

「ご苦労様です、セードーさん」

「ああ。キキョウもお疲れ」


 無事に勝利したセードーは、リュージ達とキキョウの元へと近づく。

 そしてマント一枚しか羽織っていないキキョウを見て、自らのマフラーを外して彼女へとかけた。


「あ、セードーさん?」

「……何もせんよりましだろう。とりあえず、巻いておけ。

「すいません……ありがとうございます」


 キキョウは少しはにかみながら、セードーのマフラーを首に巻く。マントは脇の下に挟むような感じで巻いていたので、露出していた肩を隠すような感じになった。

 どこか心温まるやり取りを見て、黄色い歓声や彼らの関係を冷やかす声、あるいは口笛などが聞こえてくる。二人はそれらに対して、特に気をやることはなかったが。

 そんな二人のやり取りを見て、マコが冷たく呟いた。


「……っていうか、キキョウ。あんたサブ防具は? マントだのマフラーだの巻いてないで、とっととサブ防具つければいいじゃない」

「あ、すいません……防具は、消耗が少ないので替えがなくて……」

「キキョウは芯棍の替えの方が重要だしな」

「ああ、そう……」


 ちなみに芯棍とはキキョウが装備している武器の名前で、ポールウェポンを制作する際の基本的な素材になる棒のことである。キキョウの技量を考えれば、防具が壊れるよりは武器が消耗する方が確かに早そうだ。

 マコは二人の返事にいろいろ諦めて肩を竦めた。


「まあ、後で買えばいいでしょ。初期装備なんて、そんな高いものじゃないし」

「それより! これで三対一です! 今、一気に押せば決闘もすぐに終わりますよ!!」


 肩を竦めたマコをグイッと押しのけて叫ぶレミを見て、セードーとキキョウは互いに顔を見合わせる。

 そして、二人とも首を横に振った。


「いや、それはマナー違反ではないか?」

「先ほども言いましたけど、戦いに割って入るのは……」

「ですよねー……なんとなくわかってましたー……」

「うむ。諦めってのは肝心だよな」


 がっくりと肩を落とすレミを慰めるように、リュージはうんうんと頷いてやる。

 セードーはそんな礼美の様子を横目に見つつ、最後の戦いの方へと顔を向けた。


「――それに、手助けが必要なようには思えんな」

「はい。ウォルフさん……でしたっけ? かなり余裕があるように見受けられます」


 二人が言うとおり、ウォルフとオークのような男の戦いは終始ウォルフのペースで進んでいるように見えた。






 ぜいぜいと肩で息をつくオークを前に、ウォルフは両手をポケットに入れたままの姿勢で立っている。

 両肩はだらりと下がり、踵もぺったり地面についている。全身が脱力し、猫背のままウォルフはわざわざ下から覗き込むようにオークを見やった。


「おうおう、どないしたんや、おっちゃん? もうギブアップかいな?」

「く、くそが……!」


 オークは一つ悪態をつくと、両の拳に填めたバックラーを打ち合わせ、甲高い音を響かせる。


「今度こそ! 今度こそぶっとばしてやらぁ!」

「おっほぅ、怖いわぁ」


 気勢を飛ばすオークを見て、ウォルフはわざとらしく恐れおののく。

 同贔屓目に見ても本心などではないウォルフの様子に、オークは顔を真っ赤に染め上げながら突撃していった。


「うばぁぁぁぁ!!」


 聞くに堪えない咆哮と共に放たれた右ストレートはまっすぐにウォルフの顔面へと向かう。

 がっちりと鍛え上げられたように見える太いオークの腕は決して遅くないスピードでウォルフへと迫る。

 だが、悪魔の意匠のバックラーはウォルフにかすりすらしない。


「おぉ、怖い怖い」


 どこまでもおちょくる様に囁くウォルフの状態は揺れ動き、オークのバックラーの一撃をギリギリ皮一枚の部分で躱していた。

 スウェー。基本的には後方へ上体を逸らすことで敵のパンチを回避する防御法を差すが、ゴルフやダンスの際、上体を前後左右に揺れ動かしたり、回転させる行動のことも差す。

 今、ウォルフが行っているのは後者のスウェーだ。

 右から、左から迫るオークの一撃を、上体の動きのみで完全に回避してみせている。


「が、ぐ、ばぁぁぁ!!」

「甘い甘い。あまちゃんやでぇ?」


 躍起になってバックラーを振り回すオークであるが、ウォルフには一撃たりとも届かない。

 オークの一撃も決して遅いわけではないのだ。少なくとも、金髪や変態が横薙ぎに振り回す武器の速度よりは早い。

 そしてウォルフの動きも凄まじく速いわけではない。よく見ていれば、周りの群衆もその動きを見切ることができる程度でしかない。ゆらりと動くウォルフの姿は、舞い落ちる木の葉のそれを連想させる。

 オークは今まさに、己の拳で舞い落ちるたった一枚の木の葉を捕えようとしているわけだ。


「あがぁ!!」


 オークが大きくバックラーを振るう。


「ほっほぉー」


 ウォルフは鼻先を掠めていくその一撃を笑いながら見送る。


「う、がぁ!!」


 下からの掬い上げるような一撃を放つオーク。


「ほほん?」


 何もないところを貫くバックラーを、横目に眺めるウォルフ。


「く、くそがぁぁぁぁ!!」


 ついにたまらず、オークは絶叫と共に突進。右手をまっすぐ突き込み、体ごとウォルフへとぶち当たりに行った。

 だが、今更そんな一撃が通じるウォルフでもない。


「あぁーれぇー」


 どこまでも愉快そうに、聞くものを不愉快にさせるいい加減な声色で、ウォルフはオークの渾身の一撃を回避する。


「あ、ぐぁ!!」


 オークは避けたウォルフに追撃を放とうとする。

 が、足が上半身の動きについてこれず、足がもつれて盛大に地面へと倒れ込んでしまった。


「ぶ、がぁぁ!?」

「ぶっ! はっはぁ! なにしとんねんおっさん!」


 無様としか言いようがないオークの姿を見て、ウォルフがこらえきれないように噴出した。

 それにつられて群衆もまた笑い声を上げる。決して大きくはない。だが、耳には聞こえる程度には大きい、くすくす笑いを。

 ウォルフを笑いものにするつもりが、自らが笑いものにされてしまったオークは、羞恥に身を震わせて俯いてしまった。






「いい動きだな、あいつ」

「はい。よく見ていますね」


 そんなウォルフの戦いをじっと見つめていたセードーとキキョウは、冷静な眼差しで笑い続けるウォルフを見やる。


「拳の軌道を完全に見切っている。かなり目がいいな」

「上半身の柔軟性も見過ごせません。バックラーの攻撃可能範囲を考えれば、ほとんど足を動かさずに躱すには、かなり大きく上体を動かさないと」

「武器持ってるように見えんし、あいつも何か武術やってんのかね?」


 リュージの言葉に、セードーは一つ頷いた。


「うむ、おそらく彼がやっているのは――」


 セードーが彼の武術に言及しようとしたとき、大地を破壊する轟音が辺りへと響き渡った。


「うぉ?」


 思わずセードーが声を上げ、音のした方に目をやると、オークのバックラーが地面を打ち砕いたところであった。






「く、そ、がぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 絶叫と同時に振り上げられたバックラーは、そのまま勢いよく地面へと打ち付けられる。

 地面へと叩きつけられたバックラーはそれだけでは済まさず、地面を砕き割り、そしてひび割れを生み出す。

 ひびと同時に生まれた地面が隆起した杭は、まっすぐにウォルフを目指す。


「おぉっと」


 ウォルフは慌てず騒がずステップバックでその一撃を回避する。


「くそ……くそ……くそぉ……!」


 オークは呻くように呟きながら立ち上がる。

 杭が発生したのは何らかのスキルの効果によるものであったのか、しばらくすると何事もなかったかのように杭は消滅した。


「こんな、こんな小僧に、俺が、この俺がぁ……!」

「なんやねん、藪から棒に……群がっておなごに襲い掛かるような輩に、なんや誇るような自分があるんかいな」


 何か、ひどく自尊心を傷つけられたらしいオークの様子を見て、ウォルフは訝しげに眉をしかめる。

 そんなウォルフを見上げ、オークは唾を飛ばす勢いで叫んだ。


「お、おれはアマチュアボクシング日本選手権、ライトヘビー級部門の出場選手なんだぞ!? そ、その俺が、テメェみてぇなただの素人に負けるなんざ、ありえ――」

「――あ? なんやて?」


 瞬間、ウォルフの雰囲気ががらりと変わる。

 先ほどまでは見え隠れしていたどこか愉快気な光が完全に消え、今は絶対零度の輝きを持ってオークを見据えていた。


「今、自分、なんちゅうた?」

「あ、おっ……?」


 凍える冷気さえ届いてきそうなウォルフの豹変ぶりに、オークがたじろぎ微かに下がる。

 そんなオークを追うように、ウォルフは一歩前に出る。


「ボクシング? 今、ボクシングゆうたか?」

「……あ、あ? なんだ、いったい? 言ったがどうした!? 俺ぁ、日本選手権、出場経験者だって言ったんだよ!!」


 引けた腰を隠すように、慌てて立ち上がるオーク。

 ウォルフはしばらくそんなオークの姿を冷めた眼差しで見ていたが。


「――こうや」

「あ?」


 オークに見えるようにして、固めた拳を交差するようにして打ち合わせる。

 ちょうど、拳の背中同士で×を作るような感じだ。


「こうや、阿呆」

「……あ? あ? なんだ、お前、何言ってんだ……?」


 同じポーズを数回つづけるウォルフの行動の意味が解らず、今度はオークが怪訝そうな表情になる。

 そんなオークの様子に構わず、ウォルフは続けた。


「ボクシング、言うんはボックスを作るから、ボクシング言うんや。さっさとボックス作らんかい、ボケ」

「……なんだ、何を言って――」

「さっさと拳固めて箱作らんか言うとるんじゃボケがぁ!!!!」

「ヒギィッ!?」


 まさに爆音というべき怒号が辺りに響き渡る。

 突然のウォルフの豹変ぶりに完全に委縮するオーク。ウォルフは嚇怒を宿した瞳でオークを見据える。


「ボクシング日本選手権? ようもまぁ、そないな薄ぺらい板ぁ拳に填めて偉そうに喚けたもんやな、自分……」

「な、なんだ……何が言いたいんだ、お前!?」

「しかもライトヘビー級? 冗談は顔だけにしとけ、どこをどう見てもライトヘビー級で収まる面かいな。どんだけ言うたかてウェルター級……いや、ウェルダン級かいな。焼けてもまずそうやけどな」


 嘲る様に言って、鼻で笑うウォルフ。

 彼の言葉に侮辱の色を読み取ったオークは、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「フ、ふざけるなテメェ!? 俺の体がウェルターに見えるってのか!?」

「分厚い脂肪で嵩増しして、むりくり階級上げ取るだけやろうが……ボクサーの体は、筋肉の塊や。そないなぶよぶよの腹ぁしてて、恥ずかしないんか自分」


 そう言ってウォルフが指差すオークの腹は、確かに脂肪の塊のように見える。

 慌ててそこを庇うオークを見て、ウォルフはせせら笑う。


「おおかた、減量に耐えられんとぶくぶく太ってそのままライトヘビー級まで上がったんやろ……。そないな調子やったら、日本選手権いうんもふかしやろ」

「な、なにぃ……!?」


 さらに侮辱を重ねるウォルフに、ついに耐えられなくなったオークは叫んでウォルフに向かって突き進む。


「な、何も知らねぇアマチュアがえらそうにくっちゃべってんじゃねぇぇぇぇ!!! 俺の拳は日本選手権でも通用するんだ! テメェみてぇなガキ一匹、当たりさえすr――」


 その先は、言葉が続かなかった。

 まっすぐに突き出されたウォルフの拳によって、その口を無理やり塞がれたからだ。


「ぷぉっ!?」

「――どうした? この程度、避けられへんのか?」


 突然の衝撃に狼狽えるオークに、ウォルフは言って一歩前に出る。


「まだジャブやで、この程度……シャラァッ!」


 鋭く叫んだウォルフの左手が霞む。

 次の瞬間、オークの顔と胴体に鈍い打撃音が響き渡った。


「おぎゅぁ!?」

「その御立派な盾は飾りかいな……期待もしてへんかったが……」


 ウォルフは言って、ポーズをとる。


「ここまではらわたを煮え繰り返されるとは思われへんかったなぁ……!」


 脇を締め、手を引き、固めた拳を顔の前あたりに据える……いわゆるファイティングポーズだ。

 そのまま軽く飛び跳ね、素早いステップのための準備運動を開始する。


「吐いた唾は飲まれへんぞ……? 覚悟はええな、潰れあんまん……」

「が、ぐぞ!? お、おれはぁ!!」


 ウォルフの構えを見て、オークは慌てて自らもファイティングポーズを取ろうとする。

 だが、遅すぎた。

 オークが両の拳を顔の前へと持ってこようとしたときには、すでにウォルフの拳が彼の顔面へと突き刺さっていた。


「おっぴゅっ」

「シャァァァラァァァァァァァ!!!!」


 空を裂くようなウォルフの気勢と共に、嵐のような拳の連打がオークを襲う。

 顔と上半身をまんべんなく打ち据えるウォルフのジャブは、容赦なくオークのHPを削り取っていく。

 自らを襲う猛攻に対し防御する暇さえ与えられなかったオークは、そのまま気絶してしまう。

 スタンディングダウンに陥ったオークに対し、ウォルフはステップバックで距離を開け。


「こちとら、U-15ボクシング全国大会、三年連続優勝しとんねん……!」


 風のように間合いを詰め、渾身の右ストレートを解き放った。


「歴が違うんじゃ、こんボケがぁ!! お母ちゃんのお腹ん中から生まれてやり直せやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫と共に放たれた右ストレートはオークの顔面の真芯を捕え、木の葉か何かのようにその巨体を吹き飛ばしてしまった。

 それが着地するよりも前にウォルフは背を向け、忌々しげにつぶやいた。


「あんなんがボクサーとか世も末やで……」


 ため息一つ付き、そのままウォルフはセードー達の元へと歩き出すのであった。




なお、オークはそのまま群衆の外側に落下した模様。

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