log41.セードーVS変態
キキョウの勝利という番狂わせに、群衆から喝采が上がる。
幾分かは遠慮のないサービスシーンを提供したキキョウへの下心丸出しの物であったが、多くの者は彼女の奮闘に対し、惜しみない賞賛を上げていた。
「す、すごい……! キキョウちゃん、勝っちゃったよ! マコちゃん! キキョウちゃん、勝ったよ!」
レミもまた、キキョウの勝利に喜び、跳びはねる。
その隣でマコが、唸り声を上げながらキキョウの姿を見つめていた。
「あー、そうかぁ……メガクラッシュかぁ。基本誰も使わないから、すっかり存在忘れてたわ、あのスキル」
「倍率だけなら同じスキルはあとから出てくるし、効率やら使い勝手を考えればもっといいスキルなんてゴロゴロしてるからなぁ」
リュージもまた感心したように頷く。単純な威力を鑑みれば、先ほど金髪の放った螺旋剛槍撃がLv1の時点でほぼ同じ威力を叩き出せる。螺旋剛槍撃は使用したら武器が壊れるというようなことはないので、使い勝手は言うまでもない。
そもそもスキルを使えば武器はある程度消耗するが、使ったら確率で壊れるスキルなどメガクラッシュ位なものだ。スキル使用の前提に武器破壊が存在するスキルというのもあるが、使用コストにそのスキルが属するギアの武器種が必要というだけで、必ずしも装備していなければならないというわけではない。
その辺りの事情から、基本的にメガクラッシュは基本系の攻撃スキルと同様の産廃スキルと認識されているが、キキョウはうまく使いこなしていると言えた。
「なんにせよ、大金星ね」
「ゲーム的にゃあな。元々の技術差を考えれば、あの程度敵じゃねぇと思うが」
「それより、これで少し有利になったよね!」
先ほどの決闘の感想に入るリュージとマコに、レミは少し興奮した様子で問いかける。
「キキョウちゃんが、セードー君かウォルフさんの助っ人に入れば、一気の状況を覆せるよ! ねえ!?」
「あー、うん。まあ、お前の言う通りなんだが……」
なんとなくキキョウがどう答えるかを予想しながらも、リュージは彼女へと問いかけた。
物理的な干渉は不可能だが、声位なら問題なく届くのだ。
「キキョウ! そのまま、セードーかウォルフ、どっちかの援護に入れるか!?」
リュージの問いかけに、キキョウはゆっくりと首を横に振った。
「いえ。お二人の戦いに割って入るようなまねは、私にはできません」
「んー。だよなぁ」
「キキョウちゃーん!?」
キキョウの返事にレミは信じられないというような叫び声を上げたが、リュージは仕方ないと彼女の肩を慰めるように叩く。
「そもそも武術がどうこうって人種の頭の中に、二対一なんて言葉があるわけないんだよ」
「……まあ、普通の剣道の試合とかで、多対多のバトルロワイヤルみたいなのは聞いたことないしね」
「そんなぁ!?」
もはやあきらめの境地に入り始めたマコを見上げ、レミは縋るように一方を指差した。
「でも、でも! セードー君、すごい不利そうな相手なんだよぉ!?」
彼女が指差した先では、甲高い金属音が響き渡っていた。
「チィィィ……!」
「うぬぅぁぁぁ……!!」
セードーの手刀と、パン一と化した変態の巨斧が鍔迫り合いを行っている。
五体武装によって強化された手刀と黒金で作られた巨斧が火花を散らす。現実ではありえない光景を前に、群衆たちが息を呑む。
「チィィィ……エリャァァァァ!!」
セードーが均衡を崩すべく、体の重心を変態の下へと潜りこませる。
そして全身のバネを利用し、勢いよく変態の巨斧を弾き上げた。
「ぬぁぁぁ!?」
相当な重量を持つ巨斧と己の体を一度に弾き飛ばされ、変態が驚きの声を上げる。
そしてがら空きとなった変態の胴に、セードーの拳が迫る。
「交叉三連突きぃ!!」
稲妻のごとき素早さで繰り出された正拳突きが、変態の眩しいくらいに白い肌へと突き刺さる――。
「甘いわぁ!!」
と、見えた瞬間。変態の全身が黒い全身鎧へと変わり、セードーの攻撃を防ぎきる。
セードーの体がパン一から鎧へとクラスチェンジした変態の背後へとすり抜け、響き渡る金属音。
「フッフッフッ……無駄無駄なのだよ……」
変態はガシャガシャと全身鎧を震わせながら、セードーへと振り返る。
「確かに貴様は良い腕を持った武術家のようだ……。おそらく、同程度どころか格上のモンスターであっても、スキル込みで瞬殺する程度に腕は立つであろう」
セードーは無言で変態へと向き直る。
そうして拳を構えるセードーに、変態は誇る様に自らの鎧を示してみせる。
「だぁがぁ!! ニダベリルで見つかる鉱石を複数種合成した特殊合金“絶鋼黒金”をもって作られたこの全身鎧を打ち破るにはいささか足りんようだ! いくら打てども、こちらは消耗せんよ!!」
「……そのようだな」
セードーは一つ頷き、その事実を認める。
基本的にこのゲームでプレイヤーやモンスターにダメージを与えるには、生身の肉体部分にダメージを与える必要がある。それらの部分には肉質というべきダメージ減衰率が設定されているが、殴って一ミリもダメージが減らないということは基本的にない。しかし生身ではない部分……モンスターが身に付ける装甲や、プレイヤーが装備する防具へと攻撃した場合、ダメージが全く通らないことがあるのだ。装甲類が持つ防御力が攻撃の威力を完全に受け止め、生身の部分へと攻撃を届かなくしてしまうのである。
そう言った装甲で身を覆ったモンスターや、決闘で対峙したプレイヤーの防具を破壊する場合、それらの耐久値を削りきればよい。そうすると防具が破壊可能状態となり、損壊エフェクトと共にダメージが100%生身に通るようになる。キキョウの身に付けていた衣装が斬り裂かれたのは、このシステムの応用である。
装甲類にダメージを与えるための条件はいささか複雑になるが、基本的には一定以上の威力の武器かスキルを使用すればよいということになっている。装甲が持つ防御力を上回ればよいわけだ。
ただ、装甲の防御力を上回ることができないと、いくら殴ろうがダメージを与えることができない。つまり、どれだけ頑張っても相手の装甲を抜くことはできないのだ。
一応装甲を殴ることができれば消耗率というものが蓄積し、それが100%となれば装甲の防御力が半減するので、ダメージが通るようになるが、装甲の防御力によっては百回殴ってようやく1%蓄積するかしないかといった具合であるので、効率が良い手段とは言えない。
この場合、相手の装甲を無視することができる特殊な武器やスキル、あるいは物理装甲を無視できる魔法を利用するのが最適解となるわけであるが……。
「貴様、おそらく脳筋であろう? 魔法もなければ、こちらにダメージを与えることはできまい!」
「魔法にはいまいち食指が動かんかったのでな」
「そうかそうか、フッフッフッ!」
勝ち誇った変態の言葉にセードーは素直に頷く。
変態は気を良くしたように笑い声をあげた。そんな相手に、セードーは疑問をぶつけてみる。
「時に、お前はどのようにして先ほどの変身をやってのけたのだ?」
「ぬ? 変身?」
「鎧になったりパン一になったり……忙しないが、それは何らかのスキルなのか?」
セードーの言葉に、群衆もまた疑問に思っていたのか、声を上げて問いかけてくる。
先ほど、セードーと巨斧で鍔迫り合いを演じていた時の変態は、かぶっているフルフェイスヘルメット以外は、完全にパンツ一枚の姿だった。下に鎖帷子を着ていたわけでも、何らかの魔法効果のある装備をしていたわけでもない。正真正銘、防具類を取り払った、それ以上脱げない状態にあった。
だが、セードーが攻勢に転じた瞬間、一瞬で全身鎧を装備してみせた。通常、装備を変更するにはクルソルを起動して装備欄を呼び出す必要がある。それらを利用しないということは、何らかのスキルの可能性が高かった。
気が大きくなっている変態は、それらの声に対し、得意げに頷いてみせた。
「フフフ……よかろう! 我が秘策……それはプレートギアのスキルの一つ“瞬時装着”によるものだ!!」
「アーマースイッチ……?」
「そう! このスキルは、よめ登録しておいた装備セットを任意のタイミングで呼び出し、一瞬で装備を切り替えることができるというものだ!!」
叫びながら、実際に変態はパン一へと戻って見せる。
黒金の全身鎧から、黒い巨斧とパン一へと戻った変態は、得意げに続ける。
「通常、全身鎧とこの巨斧……一度に装備するためにはDEXを捨てねばならん! これらの重量を支えるために、機動力を捨てねばならんのだ!!」
「だろうな。古来より、重騎兵は馬なしであれば容易いと言われるほどに鈍足な兵種だ」
「然り! だが、瞬時装着があれば、最低限のSTRと可能な限りのDEX強化を行えば、全身鎧による防御力と、巨斧の火力を両立できるのだ!!」
再び全身鎧へと戻る変態。
装着のタイムラグはほとんどわからず、本当に一瞬で装備しているように見えた。
「火力と防御力、そして機動力! 俺は本来両立しえない課題を、見事クリアしてみせたのだ!!」
「なるほど、よく考えられている。スキルを利用すれば、そう言うことも可能なのだな……」
セードーは感心したように頷いた。
「……ほ、ほら! セードー君、すごいピンチだよ!」
惜しげもなく下着姿を晒す変態の姿に赤面しながら、レミはリュージやキキョウに訴える。
実際、彼女の言うとおりだろう。セードーの拳による一撃は狙い違わずクリティカルによるワンキルを可能とするが、それも生身の肉体に刺さってこそだ。
自慢の技術も、固い鎧に対しては無力なのだ。
「このままじゃ、セードー君押し負けちゃうんじゃ……!」
「かもしれません」
キキョウはレミの言葉を静かに認め、しかし首を横に振った。
「ですが、セードーさんはまだあきらめていません。そんな彼に手を差し伸べるのは、彼への侮辱以外の何物でもありません」
「そうかもしれませんけど……キキョウちゃんは、セードー君が負けてもいいんですか!?」
焦れたように叫ぶレミに、キキョウは瞑目して答えた。
「――私は、信じていますから」
「……キキョウちゃん……」
深い、深いキキョウの信頼。
その一端に触れ、ハッと何かに気が付いたように目を見張るレミ。
そんな二人に、リュージは声をかけた。
「まあ、結果なんてな自然に出てくらぁ。見ろよ。セードーが、突っ込んだぞ」
「え!?」
レミ、そしてキキョウが目を向けると、セードーが変態に向かって駆け出したところであった。
「――ならば、破らせてもらおう。ご自慢の、防御をな」
「やってみるがよい!!」
変態は叫んでパン一へと変身し、巨斧を横一文字に振るう。
セードーはそれを飛んで避け、何度か空中を跳ぶ。
「ぬ!? なんのスキルか!?」
空中歩法を見たことがなかったらしい変態は戸惑いの声を上げる。
セードーはそんな変態に見せつけるように空を蹴り、一気に接近する。
「飛翔・正拳突きぃ!!」
「甘い!!」
鳩尾を狙った一撃は、しかし全身鎧によって遮られる。
拳の堅い感触に顔をしかめるセードーに、変態は尖った肘を打ち込む。
「ぬりゃぁ!!」
「フッ!」
変態の一撃をセードーは受け流し、側面に回り込む。
そのままお返しとばかりに延髄に肘を打ち込むが、乾いた音が響くばかりだ。
「むぅ、固いな」
「ぬがっ!? く、くぅ! 鎧の隙間を狙うのは良い判断と言えるが、素手のままではなぁ!!」
突然の衝撃に一瞬息を詰まらせながらも、転身した変態が再び巨斧を振るう。
縦に振り下ろされたそれを跳んで回避するセードー。
変態は、一気に間合いを詰め、斧を振りかぶった。
「まだまだぁ!! 剛斧乱撃ぅ!!」
スキル名と同時に、変態が素早く斧を振り回す。
右に左に、まるで踊るように振り回される巨斧。唸りを上げるそれを前に、セードーは軽く屈みこんだ。
「フハハハ!! この巨斧の乱舞、近づくことさえ――」
「セェイヤァ!!」
変態の言葉の途中でセードーは間合いの中に踏み込む。
躊躇の無い踏み込みは巨斧の間をすり抜け、必殺の一撃が変態へと迫る。
「ぬ、ぬあぁぁぁ!?」
変態はセードーの蛮行に対し、慌てて瞬時装着。全身鎧を身に纏う。
「ぬ、ぬぅ! スキル発動中であっても、キャンセルが効く! 残念だったな!!」
「そうか」
明らかに狼狽する変態は、慌ててセードーから距離を離す。
それから巨斧を呼び出し、勢いよく地面へと叩き付けた。
「ぬりゃぁ!! 閃衝波!!」
叩きつけられた斧より生まれた衝撃波が空を駆け、セードーに迫る。
だが、セードーの動きはそれより早かった。
空中歩法によって空を駆け、一瞬で変態との間合いを詰め、浴びせ蹴りを喰らわせる。
「ハッ!」
「おおぉぉぉ!?」
瞬間、変態は転がるようにして回避を行う。
セードーはそんな変態に対し、追撃の足刀蹴りを見舞う。
「チェリャァ!」
「無駄ぁ!!」
だが立ち上がった変態は鎧を身に纏うことでそれを受け止めてみせる。
「………」
「はぁ、はぁ、げほっげほっ……な、何度やっても無駄よ! 我が秘策、そうたやすく破らせぬわ!!」
何度か息を切らすようにせき込みながら、変態はセードーへと勝ち誇って見せる。このゲームに体力の概念はないので、息を切らしているのは気分的なものだろう。
そんな変態に、セードーはゆっくりと告げる。
「……五秒」
「……ん、んん? なに?」
「五秒。それが、瞬時装着のクールタイムと見た」
セードーの言葉に、変態の動きが止まる。
「……な、何のことだ?」
「ゲーム内のあらゆるアクティブスキルには、クールタイムが存在する。いわば、技の隙のようなものだ。瞬時装着は、それが五秒であると考える」
「何を、根拠に……」
「立ち回りの中で、スキル起動から次の発動までの時間を数えていた。推測を確信するために、先ほど四秒の時点で蹴りを入れ、一秒後に次撃を入れた」
変態の足が、一歩下がる。
セードーの言葉がでたらめである……というのは簡単だ。そもそも、いい加減なことを言っている可能性も高い。イノセント・ワールドのアクティブスキルの平均クールタイムは五秒前後なのだから。
だが、セードーの声には絶対の確信があった。自らの考えに対し根拠を持ち、そして対峙する相手に突きつける、確たる芯のようなものが。
「だ、だとしたらどうする!? 我が斧の一撃を躱しながら、五秒以内に貴様が勝つというのか!?」
「勝てるかどうかは、互いの実力次第だ」
一歩下がった変態に対し、セードーは半歩前に出る。
そしてだらりと両手を下げたまま、変態を強く睨みつけた。
「貴様か俺か、どちらが早いか……勝負というわけだ」
「………………ッ!」
変態は一瞬、歯を食いしばる様に俯き。
「―――よかろう」
セードーに、そう答える。
そのままだらりと腕を下げ、軽く脱力したままセードーへと向き直る。
セードーもまた軽く脱力したままで、変態と相対する。
そして、両者はそのまま微動だにしない。
何かのきっかけを待っているようにも、互いに動くのを待っているようにも見える。
周りにいた群衆も、二人の間に張り詰める緊張の糸を見るように固唾を呑んだ。
「―――」
「―――」
二人とも、互いを睨み合い、動こうとしない。
二人の間を、風が駆け抜ける。
まだ戦っている、ウォルフとオークの戦闘音が響き渡る。
……時間にして、一分も立っていないのに、両者の間には一時間もの時間が経ったのではないか、と群衆は一瞬錯覚してしまう。それほどの、緊張感が二人の間にあった。
「………ッァ」
その緊張感に耐え切れなくなったように、誰かが小さく声を漏らした。
「――ッィィイイエエエリャァァァァァァァ!!!!」
瞬間、空を裂くような気勢が響き渡る。
それが変態の発したものだと群衆が気が付いたのは、巨斧が地面を打ち据えたからだ。
地面に叩きつけられた巨斧は地面を割り砕き、土煙を上げる。
辺りに響いた轟音が遠のいた時、群衆は変態がセードーの真横に巨斧を叩き付けたのだと、理解した。
「……? な、なんで……?」
群衆の一人が声を上げる。
それはそうだ。セードーではなく、その横に斧を叩き付ける。その行為に対して、意味があるとは思えなかった。
セードーは動いていない。そこに一撃を加えられれば――。
「………あっ」
そう思っていた群衆たちは、気が付いた。
セードーの拳が、変態の鳩尾に深くめり込んでいたことに。
セードーは、動いていなかったのではない。周りの誰もが……目の前にいた変態すら気が付かないうちに、一撃を打ち込み終えていたのだ。
変態の体が、ぐらりと傾ぐ。
「………」
セードーは無言で、その場を退いた。
支えを失った変態の体は、そのまま地面へと沈み込む。
セードーは残心を残し、それから小さく呟いた。
「……名を、聞いておけばよかったな」
今更過ぎる一言を残し、セードーはその場を離れていった。
なお、変態のパンツはトランクスタイプだった模様。




