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log40.キキョウVS金髪

 三人はそれぞれバラバラに戦い始める。

 キキョウは金髪。セードーは鎧。そしてウォルフはオーク。


「え? ……ええ? えええっ!?」


 まったく連携を取ることなく各個で戦いを始めた三人を見て、レミが大声を上げる。


「ちょ、なんでバラバラに戦ってるの!? 黒曜の騎手ブラック・ストライカーさんたち、みんなセードー君たちよりレベル高いのに!?」

「あほだ……あほがいるわ……」


 レミの隣で、マコも信じられないものを見る目で三人の戦いを見つめていた。

 セードー達と黒曜の騎手ブラック・ストライカー立ちの間には、レベル差やおそらくゲーム練度もあるだろう。それだけならまだしも、キキョウの手には飾り気のない棒一本しかなく、さらにセードーとウォルフの手には何らかの武器が握られているというようなこともない。

 セードーの右手にはさらしが巻かれ、ウォルフの両手には指ぬき手袋がはめられているが、だからなんだというのだろうか。

 心の内で自問自答を繰り返すマコの隣に、リュージが戻っていた。


「オッス、お疲れー」

「おいこら役立たず。何平然と戻ってきてんのよ」

「唐突に辛辣な物言いだなオイィ!? 今あの状況で俺にできることがあるかよ!」

「い、いやそれはそうだけど、あのままじゃ三人とも負けちゃうよ!?」


 レミは叫びながら、三人の戦いを指差す。

 金髪の手には大仰な黒槍が。鎧、もといパン一の手には巨大な黒斧が。オークの手には武器は握られていないが、醜悪な悪魔の顔が掘られたバックラーが。

 どれもこれも、何らかの魔法効果のかかったレアアイテムであると見て間違いはないだろう。現に、無手同然で立ち向かってくる三人を見て、黒曜の騎手ブラック・ストライカーたちは自らの勝ちを確信した笑みを浮かべている。

 自らの相手を、ねぎを背負った鴨程度にしか考えていないのだろう。

 焦るレミの気持ちを理解しながら、しかしリュージは落ち着き払って腕を組む。


「いやまあ、言わんとするところはわかるけどなぁ。でもこの決闘に負けたところでどうなるわけでもないだろ。別に負けたら即ギルド入りなんてシステムがあるわけじゃないし」

「そ! ……それは、そうだけど」


 リュージの言葉に、レミは言葉を詰まらせる。

 彼の言うとおり、決闘システムにそのような強制力は存在しない。あくまでPVPを行うためだけのシステムだ。

 もちろん、決闘を利用した興行や、あるいは契約などをプレイヤー間で結ぶことはあるが、それとて何らかの強制力が発生し得るわけではない。


「決闘に負けて、失うものなんてせいぜい自尊心位なもんだ。まあ、たまに決闘に負けると相手の言うことを聞かにゃならんと思い込んじまう奴がいるのは確かだが……」

「その辺は詐欺の手口よね。相手を言葉巧みに騙くらかすってのは」


 リュージの言葉に、マコも頷く。

 勝った者が正義であり、負けた者は悪である。古来より伝わる人類の最終手段(暴力)による物事の解決(決めつけ)は、このゲームにおいても存在しないわけではない。

 黒曜の騎手ブラック・ストライカーたちが決闘に持ち込んだのも、その辺りに今回の一件の争点を持ち込むつもりだからだろう。弁論は勢いのある方が勝つことが多い。決闘の勝敗を持って、一気に畳み掛けるつもりなのだろう。


「まあ、そうなったらそうなったで、最悪初心者への幸運(ビギナーズラック)にでも逃げ込めばいいだろ。あそこ、教師や警官だけじゃなくて弁護士やら検事まで所属してるって噂があるし」

「ある意味最強の人脈ね」

「いやでも、そうならないようにするのも大事なんじゃ……」


 楽天的とさえいえるリュージとマコに、レミは不安そうな顔でつぶやく。

 そして、決闘の推移へと目を向ける。

 ちょうど、キキョウが棒を手に金髪へと躍り掛かっているところであった。






「ハァッ!!」


 キキョウの棍が唸り、金髪の体を打ち据える。

 固い、ガラスのようなものを叩く音が響き渡り、キキョウの手にもはっきりとした感触が伝わる。

 だが。


「きかねぇんだよ、んなもん!!」


 金髪は嘲笑と共に黒槍を振るう。

 彼には疲弊した様子も、キキョウの攻撃にひるんだ様子もない。

 キキョウは金髪の一撃を、後ろへと飛んで回避する。

 ささくれ始めた手の中の棍を見て眉をしかめ、それから金髪へと棍を構え直した。


「……魔法装甲というものですか」

「フン。その通りよ」


 金髪は頭の上で黒槍を振り回しながら、キキョウへと答える。


「俺が着ている服は魔法装甲を張って、一定以下のダメージを完全にカットするもんだ。そこいらのオークの斧の一撃さえ弾くこの魔法装甲、テメェの棒きれ一本で崩せるもんじゃねぇぞ!?」

「……そのようですね」


 金髪の言葉に、キキョウは頷きながら駆ける。

 いかに攻撃が通るまいと、攻めなければ結局のところやられてしまうのだ。


「ハッ! 勇ましいなぁ!!」


 金髪はキキョウの無謀な特攻を嘲笑い、黒槍を突きだす。

 槍の姿が霞むほどの速度で繰り出された槍を、キキョウはかろうじて回避しようとする。

 だが、槍が纏った鎌鼬のような刃に引っかかり、キキョウの動きが止まる。


「ッ!」


 彼女が衝撃を感じるのと同時に、彼女が装備している衣服の一部が斬り裂かれる。

 それを見て、キキョウが目を見張った。


「これは……!?」

「よそ見してんじゃねぇぞ!! 刃風竜巻(ストームブレード)Lv1ぃ!!」


 驚くキキョウを前に、金髪はスキルの名を叫ぶ。

 金髪は黒槍を頭上で回す。唸りを上げて回転する槍が風を起こし、巻き上げ、彼を中心とした竜巻を出現させる。

 ほんの一瞬きの間に生まれたそれに、キキョウの体は木の葉のように、真上に吹き飛ばされる。手にしていた棍が、一瞬にして斬り裂かれバラバラになってしまった。


「くぁ……!」


 竜巻が生み出した刃風がキキョウの体を刻む。刻まれるたび、キキョウの服が斬り裂かれ、その下にある白い肌をさらけ出していった。その顔を覆っていた包帯も、斬り裂かれてしまう。

 受けた衝撃に体を丸め、そのまま落下してくるキキョウ。


「ハッ! もらったぁ!!」


 金髪はスキル発動後の硬直から即座に槍を構え直し、キキョウの背中を貫くように槍を突きだす。

 小さな体を巨大な黒槍が貫かんとするのを見て、群衆が悲鳴を上げる。

 だが、その穂先がキキョウの体を捕えることはなかった。

 寸でのところでキキョウは穂先を掴み、自らの体に突き刺さるのを阻止したのだ。


「ッ!」

「チィ!!」


 息を詰め、槍を掴むキキョウを見て、金髪は苛立たしげに舌打ちをする。

 そしてキキョウが槍を掴んでいるまま、大きく振り回し。


「とっとと、堕ちろやぁ!!」


 勢いよく地面へと叩き付ける。

 轟音を立て、槍は地面を抉り、大きな斬撃痕を生む。

 だが、叩き付けた先にキキョウの姿はなかった。


「!?」

「――凄まじい威力ですね」


 驚く金髪の背後で、小さな足音がした。

 金髪が振り返ると、キキョウが地面に着地したところであった。

 彼女は叩きつけられる前に槍から手を離し、地面に降り立ったのだ。


「槍自身の威力もさることながら、貴方のSTRも相当なレベルと見ます」


 冷静にそう呟くキキョウに、金髪は見せつけるように槍の石突を地面に叩き付ける。


「フン! このオブシダン・ランス……敵の防具を破壊する特殊効果があるのさ。まあ、テメェみてぇな貧弱な装備しか持ってねぇ輩には意味がねぇが」


 言いながら槍を肩に担ぎ、金髪は嫌らしい笑みを浮かべる。


「――その代り、いいものが見れることもある。テメェ、今の姿は色々とそそるぜぇ?」

「そうですか」


 わざと羞恥心を煽るような物言いをする金髪の言葉に、キキョウはそっけなく返事をしながら棍を取り出す。

 自分が思っていたような反応を得られなかった金髪は、つまらなさそうに舌打ちをした。


「……チッ、つまらねぇ。女のくせに棒持って振り回す辺り、戦士気取りって奴か? テメェも、女を捨てて戦いに挑むとかいうタイプかよ?」


 男の言葉に、キキョウは首を振った。


「いえ。女に生まれた以上、どうあっても女は捨てられません。ですが、戦いに挑む以上は男も女もないと、そう思っているだけです」

「なんだそりゃ? 訳が分からねぇ」


 金髪は不愉快そうに顔を歪め、キキョウに槍の穂先を向ける。


「女ってのはなぁ、黙って男の言うこときいてりゃいいんだよ。可愛い面引っさげて、男の言うことに頷いて、んで、男の下で鳴いてりゃいいんだよ。そうすりゃ、痛い思いもしねぇし、逆にいい思いだってできる」


 金髪は言いながら、槍を構える。


「テメェにも教えてやるよ……女の悦びって奴をよぉ……」

「……貴方は……」


 下卑た笑みを浮かべる金髪を前に、キキョウは憐みの籠った視線を送る。


「……貴方は、どうしようもないんですね」

「……あぁ?」

「そう言う考えでしか、物事を考えられないんですか? 独りよがりで、自分本位で……そう言う生き方しかできないんですか?」

「……何が言いたいテメェ」


 金髪の視線が険しくなる。

 キキョウの露出した片目は、悲しみさえ帯び金髪を見つめている。

 その瞳は、金髪にどうしようもなく苛立ちを覚えさせた。


「いえ、違うのかな……。貴方は、男であることにしか縋れないのかもしれないんですね……」

「―――」


 そう言って首を横に振るキキョウの仕草。

 それは、金髪を見限った、彼の――。


「……うるせぇんだよぉ!!」


 不意に思い出した嫌な出来事を振り払うように、金髪は黒槍を振り回す。


「ぐちぐち人のこと勝手に言ってんじゃねぇぞ!!」


 金髪の一振りがキキョウの腹を掠める。


「見ろ!! 俺には力がある!! この槍は俺が手に入れたもんだ!!」


 金髪の一突きが、キキョウの肩を掠める。


「俺の体にテメェの攻撃が届くのかよ!? 一ミリもHPけずれねぇ惰弱の分際で――!!」


 金髪の一撃が地面を穿ち、その衝撃でキキョウの足を止める。


「俺に指図するんじゃねぇぇぇぇ!! 螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーァァァ!!!」


 そのキキョウへ向けて、金髪のスキルが発動する。

 金髪の手の中で槍が勢いよく回転し、槍を中心とした刃風竜巻を生み、キキョウへと突き進む。


「ッ!!」


 キキョウは一瞬顔を険しくし、身構える。

 金髪の生み出した刃風はキキョウのいた場所を一瞬で飲み込み。


「ウラァァァァァァァァ!!!!」


 金髪の咆哮に答えるように、辺りを刃風で包み込んだ。






「キキョウちゃん!!」


 レミの見ている前で、キキョウの姿が刃風に飲まれる。


「ちょ、あれってランス・ギアの最上位攻撃スキルじゃない……。あいつ、結構やるのね……」


 マコは目の前で発動したスキルを見て、息を呑む。

 螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーは単純な破壊力だけであれば、ランス・ギアでも最も高いと言われるスキルの一つ。使用に際し、かなりのSTRを求められるが、当たれば中型と呼ばれる大きさのモンスターも一撃で倒せるとも言われるスキルだ。


「やっばかったわぁ……あんなのに挑みかけてたのか、あたしら……」

「そんなことより、キキョウちゃんが!」


 刃風に飲まれたキキョウを前に、レミが半狂乱になりかける。

 そんな彼女の肩を叩き、リュージは声をかけた。


「まあ、落ち着けよレミ」

「落ち着けって、リュージ君……!」


 どこまでも落ち着いた彼の声は薄情とさえ感じ、レミは彼に食って掛かる。

 リュージはレミではなく……何故か空を見上げていた。


「まだ、負けてねぇよあいつ」

「リュージ君……?」


 空を見上げるリュージの姿に不審を覚え、レミもその視線を負う。


「……あ」


 そして、レミは彼女の姿を見つけた。






「……っとぉ、やりすぎちまったなぁ……」


 槍を構えた金髪は、目前の破壊の跡にキキョウの姿がないのを見てそう呟いた。

 決闘において過剰に相手にダメージを与える……つまりオーバーキルを行うと、プレイヤーは死亡判定を受け、リスポーン地点へと強制的に送還されるのだ。

 やりすぎた金髪は、しかし悪びれる様子もなく髪を掻き上げた。


「あのまま服だけ刻んで、下着一枚の姿にして街を引きずってやろうかと思ってたんだが……なぁ……」


 そう言って勝ち誇ろうとする金髪の耳に、おお、という群衆の歓声が聞こえてくる。

 それが自らに対する称賛の声だと信じて疑わない金髪は、得意げに微笑んでみせる。


「……ククッ。この程度、みせもんじゃねぇんだ――」


 そう言って顔を上げる金髪の目の前に、一本の棍が突き刺さる。


「メガ、クラッシュ!!」


 そして解き放たれる衝撃波。

 金髪の全身を襲った、ダメージ倍率1000%の衝撃波は、金髪が纏っていた防御用魔法装甲など容易く破りさってしまった。


「――よ……?」


 自らの身に何が起きたのか理解できない金髪。

 まさかキキョウが刃風に巻き込まれる一瞬前に、棒を曲げてそれを台替わりに上へと飛んだなどとは……想像できなかったのだ。

 それでも螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーの威力を避けきれなかったのか、金髪の目の前に降り立ったのは、着ている衣服がほとんど破かれ、下着同然の姿となってしまったキキョウの姿。

 しかし自らの身など省みず、彼女は手にした棍を手の中で回す。

 先ほど男が発動したスキルなどと比べ物にならないほど小さな回転であったが、その回転は彼女が持つスキルによって衝撃波を生み、十分な破壊力を得る。


旋風(つむじ)突きぃ!!」


 まっすぐに突き込まれた棍は吸い込まれるように金髪の鳩尾へと進み、強力無比な一撃を叩き込む。


「!?!?!?」


 鳩尾に受けた衝撃により、金髪のHPは一気に削られ、そのことをトリガーに発生する状態異常“気絶”が発生。金髪はそのまま後ろへと倒れて、ノックアウトしてしまった。


「……貴方がどうしてそんな風になったのかは知りません」


 キキョウはそう呟きながら棍を仕舞い、新しいマントを取り出して自分の体に巻く。


「ですが、誰かに指図される前に、自分自身をきっちり指図できるようにすることを、お勧めしますよ。でなければ、感情に振り回された揚句、自分の使った技で目の前が見えなくなるなんてことも、無くなるでしょうから」


 そう言い放ち、キキョウは金髪に背を向けた。

 彼女の言葉に、金髪は言葉を返すことができなかった。




なお、キキョウが着ていた下着はスポーツタイプの色気のないものだった模様。

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