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log4.初めてのエンカウント

 レストランでの食事を終えた三人は、一旦ミッドガルドの外へと出る。

 モンスター対策らしい城壁の門から外へと出て三人が目指したのは、ミッドガルドから少しだけ離れた場所にある森だった。

 いわゆる初心者用の練習ダンジョンらしく、名称もそのものずばり“始まりの森”となっていた。


「始まりの森……直球だな」

「だねぇ~。でてくるモンスターのレベルも最低クラスだし、ドロップするアイテムも大したことないし~。一番初めに受けるチュートリアルクエストくらいだねぇ、この森に入る用事があるのは~」

「チュートリアルクエスト……ですか?」


 カネレが口にした言葉を聞き、キキョウが首を傾げる。


「そんなものがあるんですか?」

「そういえば……説明書にもあったな」


 セードーもまた、カネレの方へと視線を向ける。

 初心者二人の視線を受け、カネレは不敵な表情でギターを鳴らした。


「フッフッフッ……僕が所属する“初心者への幸運(ビギナーズ・ラック)”……その目的は、初心者への支援特化! その目的の中には、チュートリアルクエスト代行も含まれているのさぁ!」

「……何故プレイヤーがゲーム内クエストの代行を……?」

「いや、このゲームいろいろ面白いんだけど、チュートリアルだけが残念って評判でさぁ~」


 セードーの当然の疑問に対し、カネレは肩を竦めて答える。


「たとえばさっきご飯食べたけど、チュートリアルだと無造作に芋を渡されて食えって言われるんだよねぇ~」

「おいも……ですか?」

「……まあ、蒸かしてあるなら食えんことは」

「いや生のままだよ」

「食べられないですよそんなの!?」

「それが食べられるんだよねぇ。まずいんだけど」

「食えるのか……」


 カネレの言葉に、セードーとキキョウは愕然となり、そして彼の言葉の意味も理解した。


「……つまり、ゲーム内チュートリアルは本当に最低限の事しかわからん、ということか?」

「そーゆーこと。もちろん、それぞれの分野ごとに特化していて、詳しく説明してくれるNPCはいるけど、チュートリアルの教官は本当に不親切だからねぇ。狭く浅くって感じなんだよねぇ~。そういう部分で初心者がつまずいたりしないように、僕ら“初心者への幸運(ビギナーズ・ラック)”があるってわけ。結構歴史あるギルドなんだよ~?」

「なるほど……」


 セードーは納得した。疑問がまだないわけではないが、今は別にいいだろう。


「……で、ここに来た目的は当然」

「モンスターとの初戦闘って奴だねぇ」

「そうなのですか……」


 森の入り口も前で、うっそうと茂る森林を見やる三人。

 始まりの森と名付けられているだけあって、そこまで不気味な雰囲気を醸し出しているわけではないが、それでもやはり木々の影となっている部分は良く見えず、何がいるかわからない恐怖は出ている。

 セードーは軽く目を細め、それからカネレの方へと視線を向ける。


「……ここにはどのようなモンスターが出るか、わかるか?」

「そこまで変なモンスターは出ないよぉ~。ゴブリンやコボルトみたいな、亜人種しか出てこないよ~」

「亜人種……人間っぽいってことですか。うぅ……」


 キキョウは不安そうに拳を握り、胸の前まで持ってくる。緊張しているのが、手に取るように分かった。

 セードーはセードーで拳を握ったり開いたりして、戦闘に備える。


「……最低レベルということは、今の俺たちでも太刀打ちはできるということでいいのだな?」

「そりゃ~ね~。いくらなんでもレベル1の初心者が即死するような場所には連れてこないよ~」


 心外、というように苦笑しながらカネレはギターを一鳴らしした。


「ま、緊張しなくていいよ~。いざって時は、僕が援護するからさ~」

「……なるたけ、世話にならんようにせねばな」

「は、はい! がんばりますっ!」

「お~け~! それじゃあ、いってみようかぁ!」


 カネレはそう言って、二人を先導するように森の中へと入ってゆく。

 セードーとキキョウは、カネレの背中を追って森の中へと足を踏み入れた。

 幾度となく人が足を踏み入れているためか、木々の間に道のようなものができている。獣道というほどではないが、整備されている歩道というわけでもない。木々がそこの道を避けるように生えているとでも言えばいいのだろうか。


「むぅ……」


 セードーは小さく唸りながら周りを観察する。

 鳥のさえずりや、小動物が動き回る気配はあるが、それらの姿を見ることはできない。


「わぁ……」


 キキョウもまた、周りを見やる。

 見れば花やキノコ、木の実といったものがなっているのが見える。ひょっとしたら、もぎ取って持って帰れるかもしれない。

 キキョウは前を行くカネレへと問いかけてみることにした。


「カネレさん! あの、木の実とかキノコとかって、持って帰れますか?」

「もっちろ~ん! 持って帰るのもよし、その場で料理するのもよし!」

「料理、できるのか」

「道具はいるけどね~。食べる?」


 そう言って、カネレはフライパンと鍋を取り出す。おそらく料理に使用するための道具だろう。

 キキョウは慌てて手を振った。


「あ、いえいえ。ちょっと気になっただけですから!」

「そう? まあ、この辺で取れるものって、あんまりおいしくないしねぇ~」

「あまりうまくはないのか」

「そうだねぇ~。町の傍にあるし、初心者のためのフィールドで、熟練者が乱獲しても困るしねぇ~」


 そんな風な雑談を交えながら進む三人は、広場のような場所に出た。


「む……?」


 明らかに不自然なその場所に足を踏み入れたセードーは、ぐるりと辺りを見回してみる。

 広場のようになっているその場所は木々が一本も生えておらず、地面もあまりでこぼこしていない。

 まるで……。


「……カネレ」

「はいな~」


 楽しそうにギターを鳴らすカネレに、セードーは軽く拳を握りながら質問する。


「ここが、目的の場所か?」

「え?」


 キキョウは不思議そうな顔でカネレとセードーを見る。

 カネレは楽しそうに笑いながら、セードーの言葉に肯定を返した。


「その通り! チュートリアルクエストにおける、初エンカウントの場所となりま~す!」

「え? えぇ!?」


 キキョウは慌てて周囲を見回す。

 すると、待ってましたと言わんばかりにセードー達の反対側からゴブリンが現れた。


「「「ギキィー!」」」


 耳障りな鳴き声を上げながら飛びだしてきたゴブリンたちの手には、ボロボロのショートソードと腐食しかかっている皮の盾が握られている。それ以外に装備品は見られない。

 飛び出してきたゴブリンは三体。何が楽しいのか、跳びはねながらギィギィ会話でもしているかのように鳴いている。

 そしてゴブリンたちの頭上には“ゴブリンLv1”の文字と、HPらしきバーの姿があった。基本的に敵対MOBのモンスターであれば、頭上にあのような表示がなされる仕様とのことだ。


「ゴブリン三体……。こっちが仮に一人だときつくないか?」

「そこは大丈夫だよ~。こっちの人数に合わせて、出てくるゴブリンの数も変わってくるからねぇ~」

「そうか」


 軽く会話を交わしながら、セードーは前へと出る。

 セードーの行動を見て、ゴブリンたちも剣を構えた。


「キキョウ。やれるか?」

「は、はい! がんばります!」


 キキョウは慌てたようにごそごそと腰のポシェットを探る。おそらく何らかの武器を取り出すつもりだろう。

 だが、セードーはキキョウの準備を待たず、また一歩ゴブリンへと近づいてゆく。


「さて」


 セードーは、拳を構える。

 そもそも彼は武器を持っていない。このゲームでも、自分の空手が通じるかどうか……それを試すいい機会だろう。

 ゴブリンたちは近づいてくるセードーをけん制するように剣を振るっている。


「ギィキャー!」


 が、三匹のうち短気らしい一匹が、しびれを切らしたかのように吼えながら、ショートソードを振り上げてセードーへと斬りかかってくる。

 御世辞にも早いとは言い難いゴブリンの攻撃を、セードーは軽く捌く。


「むん!」


 そして固めた拳をゴブリンの顎へと叩き込む。


「ゴギャッ」


 そもそもそこまで耐久力もなかったらしいゴブリンは、鈍い悲鳴を上げて首を半回転させる。彼の頭上にあったHPバーは一瞬で色をなくした。

 そのまま塵か何かのように砕け散るのを見て、セードーは感心したように頷いた。


「ふむ、なるほど……」

「ギキィー!」


 仲間がやられるのを見てか、義侠心に駆られたらしいゴブリンの一匹が再びセードーへと斬りかかる。

 セードーはそれを見て、ゴブリンより早く動く。


「ぜぁ!!」


 ゴブリンへ一歩踏み込み、前足刀蹴りをゴブリンの腰部へと打ち込む。

 餓鬼のように膨れ上がった腹の中へ、セードーの鋭い蹴りが突き刺さる。


「ボギャッ!?」


 痛みに苦しげに呻いたゴブリンが、体躯をくの字に折り曲げて、膝をつく。バーの色は、やはり一瞬で底をつく。

 そして先に倒されたゴブリンのように塵のように砕けて消えた。


「やはりか。人に体構造が似ていると、急所も人と同じようになるのだな」


 セードーは先ほど得た確信が形になったのを感じ、満足する。

 なれば、今まで積み重ねてきた空手の技は十分に通用する。空手は、人に使う武術なのだから。


「獣や何かを相手にするときは、また別の修練がいるかもしれんな」


 セードーは呟きながら、残った一匹に目を向ける。

 仲間を二匹惨殺され、完全に引いているゴブリンはセードーを見て一歩下がるが、すぐにその背後へと目を向ける。


「ギキャァー!」


 そしてやけを起こしたように叫んで駆けだすゴブリン。

 セードーがその動きの先に目をやると、そこにはようやく己の武器を取り出したらしいキキョウの姿があった。

 彼女が手にしているのは、長い棒だった。

 特に飾りがあるわけでもない。刃が付いているわけでもない。ただの木の棒だ。

 危なげなくその棒を構えるキキョウの姿は、やや頼りなく見える。

 しかし、セードーは手助けするでもなく腕を組んで彼女の姿を見ていた。


「ふー……よしっ」


 キキョウは一息つくと、キッと己へと襲い掛かってくるゴブリンを睨みつける。

 ゴブリンは破れかぶれな様子でショートソードを振り上げていた。

 対し、キキョウは冷静に己の武器を握りしめ、構える。

 すると先ほどまで頼りなさげだった彼女の雰囲気が一変し、何らかの戦う術を持った者が放つ特有の……鋭い刃のような雰囲気が現れた。


「ほぅ」


 キキョウの変化に、セードーは一言驚いたように呟いた。

 近づいてくるゴブリンに対し、キキョウは手にした棒を最小限の動きで振るう。


「えぇ……いっ!!」


 キキョウに振るわれた棒は弓弦のようにしなり、美しい弧を描いてゴブリンの首筋を強かに打ち据えた。


「ゲギャッ」


 圧倒的リーチ差で放たれた棒の一撃を喰らい、ゴブリンは悲鳴一つ残して塵と砕け散る。

 遠心力も加わっていれば、当然の結果と言える。おそらく首の骨が折れたのだろう。

 キキョウは棒を振り切り残心を残し、敵が全滅したのを確認して一息ついた。


「ふぅ……」

「お見事」


 セードーはキキョウへの賞賛を口にしながら彼女へと近づいていく。

 キキョウも顔を上げ、セードーへと頭を下げた。


「あ、はい、ありがとうございます! セードーさんは武術家なのですか?」

「ああ、空手だ。そう言うキキョウは、杖術と見るが……」

「は、はい! 一応、道場の娘です! あまり、修練には参加させてもらえないんですけれど……」

「謙遜する必要もないだろう。あそこまで綺麗に首を狙えるなら、十全な実力を持っているはずだ」

「そ、そんな……そう言うセードーさんだって、一撃で倒しちゃってるじゃないですか!」

「師の指導の賜物だよ」


 などと和気あいあいと会話を始める二人を見て、カネレは固まっていた。

 まさかほとんど素手同然の装備で、ゴブリンとはいえモンスターを倒しきるとは思わなかったのだ。


(動きが阻害されるって、そう言うことなのね……。っていうか、急所を一撃とはいえ、素手で倒しきっちゃうなんて……)


 イノセント・ワールドには急所の概念があり、そこへ適切な攻撃を加えられればモンスターを一撃で倒すことも可能だ。

 ゴブリンのような亜人種は人間に近い体構造をしている関係で、急所もわかりやすく、急所システムを学ぶうってつけの相手ではあるのだが、ぶっつけ本番で打てるほど甘くはない。

 大抵のプレイヤーは、戦いとは無縁な素人ばかり。いきなり首やら頭やらピンポイントに狙えと言われても、うまくいかないものがほとんどだ。

 そう言うのができるのは、何らかの武術や技術を持つ人間だろう。つまり、セードーやキキョウのような人間だ。


(いざって時は颯爽と彼らを助ける!とか思ってたけど、この分じゃ出番ないかなぁ)


 ポリポリと頬を掻きながら、楽しそうに話をするセードーとキキョウを見る。

 この森に出てくるのはほとんど亜人種。そして最低レベルでも十分太刀打ちできるレベルのモンスターだけだ。

 キキョウはほとんど威力のない棒を装備し、セードーに至っては素手だが、急所を一撃で打ち据えられるのであれば問題にはならないだろう。

 カネレは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、楽しそうに話をする二人へと声をかけようとする。

 そして、気が付く。

 彼らの死角……そこに立ち上る、黒い靄のようなものを。




なお、ゴブリンはノーパンノー腰巻の模様

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