log39.助っ人
声が聞こえてくるのと同時に、群衆を割って一人の少年が現れる。
「物は試しと来てみたら、おもろいことになっとるやないけ……ワイも混ぜろや。なぁ?」
心底面白そうに笑いながら現れたのは、大きなサングラスをかけた小柄な少年だった。
上から下まで黒い衣装で揃え、腰や首からジャラジャラとシルバーアクセサリーを引っさげており、歩くたびに金具の擦れる音が響き渡る。
羽織っているのは袖なしのジャケットで、その下は半袖のシャツであり、ズボンは何某かの生き物の皮をなめしたもののようで、くたびれた光沢を放っていた。
そして手には指なしグローブを嵌めており、武器を持っている様子はない。
少年は黒曜の騎手の面々と、セードー達を見比べにやりと笑う。
「ふふん? どうや? ええやろ? んん?」
「なんなんだいきなりテメェ!」
突然の横入りに金髪が吠えるが、少年はニヤリと笑ったまま答えた。
「三度の飯よりケンカが好きな、ただの通りすがりや。気にすんなや」
「ああぁ!?」
「……ふむ。手を貸してもらえるとみて相違ないか?」
少年の答えに金髪は苛立たしげに顔をしかめる。
だが、セードーは落ち着いた様子で少年の存在を受け入れた。
セードーの言葉に、少年はコクリと頷いた。
「せや。“決闘行為”の助っ人システムを利用して……人数埋めに参加したる。まあ、ワイがおらんでも、そこの兄ちゃんが入ったやろがなぁ」
「ああ、まあな」
助っ人システム。それは、決闘において人数の不利を補うためのシステムとして用意されたものである。
決闘宣言によって出現したフィールド内において、決闘者が複数人数おり、片方の勢力の人数が、もう一方の勢力に人数で劣る場合、後から決闘宣言を行い、数に劣る勢力に加勢することができる、というシステムだ。
あくまで人数の不利を埋めるためのシステムであるので、人数有利の勢力に加勢することはできず、人数不利であった勢力もその差が埋まればそれ以上味方を引き入れることはできない。
先ほどマコがリュージにやらせようとしたのが、この助っ人システムである。が、一瞬早く少年が助っ人決闘宣言を行ってしまったため、リュージがこの決闘に割って入ることはできなくなってしまった。
リュージは息を吐き、少年を見やり、そしてセードーとキキョウを見る。
「この助っ人システムを利用すると、割って入った奴の存在を拒絶はできねぇ。が、こいつが出てけば俺が入れる」
「なんや、兄ちゃん。横入りに横入りすんのかいな」
「落ち着け、そうじゃねぇよ」
リュージの言葉に、少年は露骨に顔をしかめる。
リュージはそんな少年を宥めながら、セードー達を見やる。
「いきなり現れた見ず知らずの人間をいきなり信用できるわけねぇだろ。決闘にはフレンドリファイアもあり得る。背中から撃たれたんじゃ、溜まったもんじゃねぇ」
「ああぁ!? ワイがそんな玉に見えんのかいな、オイ!?」
「切れんな切れんな。例えばだ、例えば!」
妙に凄みのある少年に対し、リュージは辟易しながらも言葉を続ける。
「……俺がどうこうじゃなく、セードー達の問題だ。いきなり現れたお前の存在を、二人が受け入れられるかどうかって話なんだよ」
「む……」
少年は、リュージの懸念に言葉を詰まらせた。一応、自身の存在が不審者の領域を出ないことは自覚しているようだ。
セードーはそんな二人の会話を聞いて、小さく頷いた。
「言われてみればそうだな。まだ、お前がそちらの連中の仲間ではないと決まったわけではない」
「う」
「そういえば、そうですね……」
キキョウもまた、セードーの背中に隠れるように位置を変える。
少年はしばらく気まずそうに唇を引き結んでいたが、すぐにその場をとりなすように肩を竦めた。
「……ま、まあ、信用されへんのは、しゃあないわ……せやかてな? ワイがこのフィールドを出ていかれへん限りは、そっちの兄ちゃんも割って入れへん。せやろ?」
「……まあ、な」
つまりシステム上、この少年を味方として扱うよりほかはないということだろう。
畳みかけるように少年は笑みを浮かべた。
「せやろ、せやろ。やったら、そないに懐疑的にならんと、少しはワイのこと信用してほしいところやねんけどなぁ……」
窺うような様子の少年。リアルであれば、脂汗の一つでも流していそうな感じだ。
セードーもキキョウも、そんな少年を値踏みするように見ていたが。
「――いつまでもごちゃごちゃやってんじゃねぇよ!!」
肝心の対戦相手達がしびれを切らした。
金髪は黒槍を一閃し、地面に旋風衝槍を発生させる。
地面を走る衝撃波が、セードー達と少年の間を駆け抜けていった。
「……っと」
「おぉう、なんや」
「一人増えようが二人増えようが別にかまいやしねぇよ! 全員ぶっ殺すことに、変わりはねぇんだからよぉ!!」
先ほどまでとは様子が一変し、歯をむき出しにし吼える金髪。
甘いマスクはとっくに崩れ、汚らしく歪んでいた。
その後ろから鎧とオークが一歩前に出てくる。
「大した武器も持ってねぇアマチュアが……! 俺たちを誰だと思ってやがる!!」
「誰やねん。三下の名前なんぞ、一々覚えられへんわ」
「なにぃ!?」
少年の露骨に見下した発言を受け、金髪の顔がより歪む。
金髪は唾を飛ばすような勢いで、喉を震わせる。
「俺たちは泣く子も黙る黒曜の騎手!! レアハントギルドだ!! 覚えとけ、くそガキぃ!!」
「知らん。いちいち吼えな、物言われへんのか」
鬱陶しそうに顔をしかめる少年は、すぐに不敵な表情を浮かべ横目でセードーを窺った。
「……まあ、考える間ぁもなくなったみたいやけど、どないする?」
「……実際のところ、君を味方として迎え入れることに異論はない」
セードーは軽く拳を握りながら、黒曜の騎手たちを見る。
鼻息も荒くこちらを睨む金髪、表情の窺えない鎧、ニタニタと下卑た笑みを隠す様子もないオーク。全員の頭上に浮かぶレベルは、セードーのそれを上回っていた。
その事実を前にしても、セードーはいつもの調子を崩さないままに言葉を続けた。
「わざわざ我々の味方を買って出るような物好きだ。利もなければ益もなかろう」
「言うこときついなぁ」
「セードーさん……」
セードーの言葉に、少年は苦笑する。
キキョウは少年の様子を窺いながら、慎重にセードーへと問いかけた。
「信用、するんですね?」
「少なくとも、今この瞬間は」
「……わかりました」
セードーの肯定を受け、キキョウは棍を構える。
少年ではなく、金髪へと向けて。
「セードーさんが信じるなら、私も信じます!」
「ふふん? 満場一致……そう言うことやな?」
「ああ、その通りだ」
セードーもまた、キキョウに並ぶように拳を構える。
「得るものは無かろうが、言ったからにはやってもらうぞ」
「ええやろ。別に何か欲しくて横入りしたわけやないしな」
セードーの言葉に少年は不敵に笑いながら、自らも拳を構えた。
「おもろいケンカができるんやったら、なんやってええねん。好きに暴れさせてもらうで?」
「……まあ、意見がまとまったようで何より」
少し離れた場所で事の推移を見守っていたリュージは、軽く首を振りながら三人から離れていく。
「グッドラック、って奴だセードー。負けるなよ?」
「無論」
「勝ちます!」
「ヒャヒャヒャ! ワイが手ぇ貸すんやぞ、そんなん当たり前やんか!」
各々にリュージへと答え、改めて黒曜の騎手へと向き直る。
三人を代表し、セードーが金髪へと声をかけた。
「待たせたな」
「うるせぇんだよ、くたばれやぁ!!」
金髪はセードーに答えることなく、再び旋風衝槍を放つ。
三人はそれぞれに飛び、それを回避する。
そんな中、キキョウが叫んだ。
「セードーさん! あの男は私が!」
「ふむ、やるのか、キキョウ?」
「はい! 私にやらせてください!」
キキョウはそう言うが早いか、棍を担いで金髪へと突撃してゆく。
「槍を使うというのであれば、私が相手になります!!」
「チッ! なめんじゃねぇぞクソアマァ!!」
突撃してくるキキョウへと槍を振り下ろす金髪。キキョウはその一撃を危なげなく躱し、金髪の脇をすり抜けざま数回棍で殴りつける。
「ハッ!!」
「うおっ……!」
キキョウの棍は確かに金髪の体を捕えるが、一撃がその体に触れる寸前で何らかの障壁に遮られ、ダメージが無効化されてしまう。
「効いてねぇんだよ、クソがぁ!」
金髪は怒りのままに槍を振るうが、キキョウを捕えるには至らない。
「ふむ……あれはキキョウに任せるか」
「人の意見聞かんとつっぱしるなぁ、あのねえちゃん」
「まあ、あれでなかなか激情家だ。仕方あるまい」
軽くステップを踏む少年の言葉に頷きながら、軽く体を横にする。
半身の構えとなったセードーの目と鼻の先を、巨大な斧の刃がかすめていった。
「異論はないか? ……ええっと」
「ウォルフや。名乗り上げ位覚えとけや」
少年……ウォルフは苦笑しながら軽く状態を逸らし、迫ってきたバックラーの一撃を回避する。
「すまんな、ウォルフ。で、互いの相手だが――」
「まあ、こいつらでええんちゃうのん?」
横薙ぎの一閃をセードーは飛んでかわし、振り下ろされる叩き潰しをウォルフはステップバックで躱す。
「しからば俺はこの――」
セードーは自身に斧を振り下ろした男を見る。
先ほどまでは全身鎧を着ていたはずだが、いつの間にかマスクヘルメットにトランクスパンツ一枚の姿になっていた。
「……パン一の変態を」
「せやったらワイはこっちの潰れあんまんやな」
ウォルフは両手に装備したバックラーを打ち鳴らすオークを見てそう呟いた。
「互いに相手に恵まれへんなぁ」
「この手の相手に恵まれても困るがな」
各々武器を構え直す敵を見据えて、セードーとウォルフは拳を構える。
「礼は言いたい。負けるなよウォルフ」
「その言葉をそっくり返すで。……ワイを失望させんなや、セードー?」
二人はそう言い合い、地面を蹴って己の敵へと迫る。
白昼の元、戦いの火ぶたは斬って落とされたのだ。
なお、決闘を主体にゲームを楽しむものをデュエリストと呼ぶとか呼ばないとか。




