log38.決闘
「ないんじゃない? そんなギルド。聞いたこともないし」
「そんなぁ……」
「マ、マコちゃん……」
異界探検隊が食料補給拠点としてよく利用する喫茶店「キングダム」。
そのテラスでマコが言い放った言葉を聞いて、キキョウはがっくり肩を落とした。
いつものようにケーキを頼んでの雑談の流れで、キキョウが、自分たちが所属できるようなギルドがあるかどうか問いかけたのだ。
ここ数日、セードーが毎日フェンリルのギルドメンバー募集掲示板を覗き込んでも芳しい成果が上がらない。セードーに全ての判断を委ねたキキョウではあったが、さすがに少し焦り始めていた。
人の噂も75日……時間さえ経てば、いずれ状況がうやむやになるかもしれないが、いつそうなるかは分からない。あと三日もすれば、キキョウもセードーも無所属へと戻ってしまう。そうなる前に、もっとしっかりとした宿り木を見つけなければならない。
だが、焦るキキョウに対し、マコは冷ややかなものだ。そもそも、ギルドという自分たちのテリトリー見ず知らずの他人が存在しているのが、我慢ならないようにも見えた。
そんな真子をなだめるように、レミが声をかける。
「そう言う言い方はないよ、マコちゃん……。キキョウさんは、ただ……」
「言いたいことは分かるわよ。あの馬鹿が協力するって言った以上、あたしだって手を貸すこと自体はやぶさかじゃないし」
キキョウとマコをおろおろと見比べるレミを置いたまま、マコはずずっとコーヒーを啜った。
「つまりそれはあれでしょ? 武の道がどうのこうのって連中が集まって、やれ修行がどうだ、組手がなんだってそんな風に自分を磨き上げるような、そんなギルドを探すってことでしょ?」
「い、いえ、そこまでは言いませんが……」
キキョウは困ったように眉尻を下げながら、顔を上げる。
「でも……少なくとも武道に、多少なり理解があると、嬉しいなぁと思います……」
「き、きっとそんなギルドもあるよ! ねえマコちゃん!」
「安請け合いすんじゃないわよ」
キキョウを慰めようとなるたけ明るい声を上げるレミの額を、マコはビシリと叩く。
「あいたっ」
「まったく……。まあ、実際のところはどっかにそう言うギルドもあるかもしれないわ」
「本当ですか!?」
「落ち着きなさい」
キキョウはマコの言葉に瞳を輝かせるが、マコは彼女の額を叩いて落ち着かせる。
「あうっ」
「あくまで予想を上回る話じゃないわよ。このゲーム、DAU……つまりデイリーアクティブユーザーが百万前後って言われてるわけだけど、そんだけいれば趣味に走り回ってるプレイヤーがそこそこの数いるわけよ」
「趣味……ですか?」
「そ。その最たるものが、初心者への幸運を初めとする、初心者支援型のギルドよ。息抜きにゲームしてんのに、わざわざ他人の世話を焼きたがるってのが理解できないわ……」
「マコちゃん、そこまで言わなくても……」
辛辣な物言いをするマコにレミが苦言を呈するが、マコはフンと鼻を鳴らす。
「言いたくもなるわよ……。まあ、他にもゲーム内の商業経営に血道を上げたり、逆にのんびりとスローライフを楽しんだりする人もいるわ。百万もの人間が遊んでるんだもの、普通とは違うプレイを楽しむ人は、探せばいるわよ」
「……な、なるほど」
キキョウは、なんとなくマコの言いたいことを察する。
つまり、キキョウやセードーのようにリアル技能を……とまで言わずとも、武術の力によってゲームプレイを行っている者はいるはずなのだ。
そして、そういう者たちが集うギルドというものが、どこにもないとは言い切れないわけだ。
「あんたたちのプレイスタイルは……まあ、普通とは違うわけだけど、だからってあんたたちが初ってわけじゃないでしょ。そういう人たちを見たかどうかって情報を探すだけでも、あんたたちが入れそうなギルドを探す足がかりになるわけでしょ」
「そうですね……何だか希望が見えてきました!」
キキョウは、何とか先を行くための指針を見つけられ、拳を握る。
あとはセードーが戻ってくるのを待つばかりとなったわけだが……。
「――お! おい、あの子じゃないか?」
そんな彼女たちへと近づいてくる人影があった。
「ねえねえ、君! 君って、この間のイベントでレアアイテムをゲットしたっていう子だよね?」
「え、はい……?」
キキョウが顔を上げるとそこにはどこか軽薄そうな笑みを浮かべた優男が立っていた。
金髪に整った顔立ちを見るに、女性受けはよさそうだ。ただ、キキョウの心には響かず。
「あの、なにか……?」
彼女は困惑したような表情で首を傾げるばかりだった。
「いやぁ、この間、メールで君のこと見て、探してたのさ!」
「は、はぁ……」
芳しくないキキョウの反応に一切かまわず金髪の男は勝手に捲し立て始める。
突然の金髪の出現に、レミも目を白黒させているが、マコは視線を険しくしながら金髪の背後に立つ、残りの人影に目線をやった。
「………」
金髪が話している間、こちらの様子を窺うように……あるいは値踏みをするように見ている男が二人。
一人は全身鎧を装備した長身の男だ。体だけでなく、頭も顔もすべて覆い尽くす黒い鎧は、どこか禍々しささえ感じさせる衣装だ。
その隣に立つ男は、クシャッと潰れたような顔をしたオーガのような男だ。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてこちらを見ている。こちらは、隣に立つ男と違って皮で出来ているらしい胸部鎧しか装備していない。
そしてキキョウに話しかけ続けている金髪は、見た目を重視しているのか鎧さえ装備していない。だが、華美とさえいえる金髪の衣装に目を凝らすと、何らかの魔法効果がかかっているのが窺えた。
(……一応レベル3は振ってある鑑定眼で見抜けない、ってことは結構なレア装備か……。面倒ね)
鑑定眼は魔導研究というスキルのレベルを上げると解禁されるスキルの一つで、注視したアイテムに込められた魔法効果を判別するというものだ。レベル3もあれば、普通のモンスターが装備している様なコモン系アイテムの効果は見抜けるのだが、今金髪が装備しているものの魔法効果は見抜けない。
これは、金髪の装備がそれなりのレア装備であることを示していた。
「――だからさぁ? そんなの放っておいて、俺たちとパーティ組もうって」
「いえ、私は――」
「あの、彼女は――」
人の話を聞かず、強引に話を進めようとする金髪に対し、キキョウとレミは何度も首を横に振っている。
パーティを組む気がない相手に対してしつこく迫るのは、明らかにマナー違反だ。だが、後ろに立つ金髪の仲間たちはそれを咎めるでもなくじっとこちらを窺っている。
……目的は妖精竜の髪飾りだろう。先ほどから、キキョウの頭で輝いている髪飾りにちらちらと視線が向かっている。
どういう手段を使うかは知らないが……さっさとこの場を離れなければ、色々と面倒な事態になるだろう。
(さて、どうするかなぁ)
マコはコーヒーを啜りながら考える。
ここがフィールドマップであれば不意打ちの魔法で目くらましをしてそのまま逃走、という手段も使えるが、残念ながらここは市街地マップ。そんなことをすれば一発で衛兵に引っ立てられてしまう。この世界の衛兵は、最強エネミーの一角である。向こうにも同じことは言えるのが幸いだろうか。
では普通に逃げるのはどうか? マコは魔法使い系ステータス、レミは僧侶系ステータスを目安にレベルを繰り返しているが、キキョウは軽戦士系のステータスアップを繰り返している。速度特化というのであれば、この男たちから逃げきることも可能だろうか。
マコはコーヒーの残りを味わいながら逃走の算段を立てていく。
(……とりあえずお勘定を済ませてすぐに立ち去る。適当な路地に引っ込んだらキキョウを先行させて、あたしらで足止め。ギルメンチャットでリュージに状況を伝えて、キキョウを保護させる……って感じが無難かしら)
さしあたっての逃走プランを立て、実行すべくクルソルを取り出すマコ。
だが、金髪が事態を動かす方が早かった。
「なあ、いいだろ? 俺たちの方が絶対、そいつより強いって!」
金髪はそう言って、馴れ馴れしい手つきでキキョウの肩に手を置く。
「やめてください!」
キキョウは嫌悪感も露わに、金髪の手を振り払う。
だが、そんなキキョウの仕草に嗜虐心を煽られたらしい金髪は、下卑た笑みを浮かべる。
「いいじゃんか、なぁ?」
そして旅装マントの下から露わになったキキョウの二の腕をガッシと掴む。
「――ッ!!」
瞬間、キキョウの顔が険しく歪む。
「あ、ちょ」
マコが止める暇もあればこそ。
「やめてくださいっ!!」
いかなる妙技か、机の下から伸びた棍が、金髪の手首を強かに打ち据えた。
「うおっ!?」
痛みはなくとも衝撃はある。突然の出来事に、金髪は後ろへと下がる。
その隙を逃さず、キキョウはその場を飛び退き、棍を構えて金髪と相対した。
「貴方たちとパーティは組まない、そう言っているじゃないですか!」
「ってぇ……! 甘い顔してりゃつけ上がりやがって……!」
金髪は自尊心でも傷ついたのか、己の武器を取り出した。
黒く、大きな穂先を持つ禍々しい槍だ。一目でその辺りの武器屋で手に入るような一品ではないことが窺える。
突然の出来事に、周囲の人間が何事かと集まり始めた。互いに武器を構えあうキキョウと金髪を中心に、遠巻きに円を描くように群衆が壁を作ってしまう。その中心にいるのは先の二人以外に、金髪の仲間二人、そしてマコとレミだけとなった。
「低レベルでレアアイテム入手できたからって、調子づいてんじゃねぇか!? ああ!?」
「何の話しですか!!」
金髪の啖呵にも怯まぬキキョウ。
一瞬即発の雰囲気を感じ、レミが立ち上がった。
「待ちなさい! ここは市街地ですよ! 武器を用いた乱闘は、ご法度です!」
「であれば決闘宣言を行えばよい」
ずっと黙っていた黒い鎧の男が声を上げる。
「決闘宣言を行えば、堂々と武器を持って戦うことができるぞ?」
「グハハハ!! いちいち声なんぞかけんで、初めからそうすればいいんだよ! 女なんぞ、力でねじ伏せればいい!!」
汚い笑い声を上げながら、オーガのような男が両手に小型のシールドを持つ。彼が持つシールドには、悪魔の顔の衣装が掘りこまれていた。
状況が悪化していくことに頭痛を覚えながら、場を治めようとマコは立ち上がる。
「決闘宣言ですって? 決闘は、相手が受けなきゃ始まらないでしょう?」
「フッ。決闘宣言後、相手へ不意打ちとして攻撃を加えることはできる」
「チッ」
鎧の言葉に、マコは露骨に舌打ちする。
彼の言うとおり、決闘宣言後、相手が受ける前に一撃のみ攻撃を仕掛けることは不意打ちとして許されている。
それによって与えられるダメージは十分の一程度ではあるが……相手の心理に与える効果は大きい。
鎧は声に笑いを含ませながら続ける。
「さて、彼女は果たして……武器を持って襲い来る相手に背中を見せるような人物なのかな……?」
「ッ!! 誰がそのような振る舞いに背中を見せたりしますか!!」
(あ、これはアカン)
あからさまな挑発に乗り視線を険しくするキキョウを見て、マコは心の中で両手を上げた。
鎧は、金髪とキキョウとのやり取りで、彼女がどういう人物なのか端的に見抜いた様だ。
そしてキキョウも、そんな鎧の口車に乗って自分から逃げ道を塞いだ。
キキョウの言葉に、金髪もオーガもニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
おそらく、三人一斉に決闘宣言を行い、キキョウへと襲い掛かるつもりだろう。さすがに、三人同時で襲い掛かればダメージも大きい。そうなれば、男たちの有利は揺るがない。
(いろいろ終わったなー……。せめて、調度品破壊ってことで、この三人が衛兵に引っ立てられるのを期待するくらいかしら)
マコはそう願うが、それも望み薄だろう。キキョウは飛び退いた際、周りへの被害を考えて路上へと飛び出している。よほどの大技を放たない限り、周囲へ被害が及ぶことはあるまい。
マコはあきらめのため息を突いて椅子に腰かけ、レミはキキョウへ加勢しようと構える。
「おーおー、なんだよこの騒ぎ? 決闘するのしないのって、物騒なことが聞こえたんだけどー?」
その時、リュージとセードーが群衆を割って現れる。
リュージはそのまま悠々と歩いて金髪たちの前に。セードーはキキョウの前へと立った。
「キキョウ、大丈夫か?」
「セードーさん!」
「一応、今はうちのギルドの人間なんで、俺が話聞くけどなんなの?」
「フン! そいつらを引き取ってやるって話だよ!」
金髪は一つ鼻を鳴らし、手にした槍を見せつけるようにしながら、肩に担ぎ直した。
「そっちの女……俺がちょっと触っただけであの棒で殴って来たんだぜ? そんな乱暴な奴がいつまでもいたら、迷惑だろぉ?」
「っ! 貴方……!」
「キキョウ」
わざとらしい金髪の物言いに、キキョウが激昂しかけるが、セードーがそれを押さえる。
リュージは片目を瞑ってそれを聞き、マコへと視線を向ける。
マコは無言で首を横に振った。
「……OK。そっちの主張は聞いた。そっちは?」
「そっちの男の言うことに従うつもりはないです!!」
リュージの促しに、キキョウはあらん限りの声を上げて叫んだ。
セードーはそんなキキョウの様子に頷き、リュージへと視線を向ける。
「俺は彼女を信じよう」
「……OK。お前さんらの主張も聞いた。で、二人を預かるギルドのリーダーとしての俺の返答は、NOだ。互いの同意がない限り、ギルドメンバーの引き取りは認められない」
「ケッ! どうせ客員扱いなんだろう? なら、別に俺らがそいつらを引きずっていってもいいわけだ」
リュージの模範的な解答を鼻で笑い、金髪はリュージを見下す。
そんな男の視線を受けても怯むことなく、リュージは問い返した。
「なら、どうしようってんだ?」
「決まってるさ……“ギルド・黒曜の騎手は、セードー、キキョウの両名に決闘を申し込む”!!」
金髪の堂々とした名乗り上げ。ギルド名を使用した決闘宣言だ。
こうしてプレイヤー名かギルド名を名乗り上げ、敵を指定することで“決闘宣言”となる。
金髪の宣言を受け、彼を中心に透明の半円ドームが現れる。これが決闘を行う場となる“決闘場”だ。ドームは群衆の輪の外側まで広がり、そこで止まる。
この中にいる状態であれば、決闘宣言を行ったものは一度に限り敵を攻撃する権限が与えられる。
決闘を受ける者はこのドームの中で宣言し、受けない者はドームの外に逃げれば決闘を拒否することができる。
「“プレイヤー・セードーは決闘を受ける”」
「“プレイヤー・キキョウは決闘を受けます”!!」
セードーとキキョウは、ノータイムで決闘を受けた。
すると、決闘を行う金髪たちとセードー達の姿だけが半透明となった。
決闘場の中に入った決闘者たちは、決闘場の中にいる限り決闘を行わない者たちやNPC、あるいは施設などに干渉できなくなる。これは市街地などで決闘が行われた際のためのシステムで、これを利用した決闘興行なども行われることがある。同時に、決闘を行わない者たちも決闘者たちに干渉することができなくなる。これは他者の干渉による不公平を取り除くためのシステムだ。……もっとも、ギルドVSセードー達では不公平も何もないわけだが。
金髪はニヤリと顔を歪め、鎧は構え、オーガは下卑た笑い声を上げる。自らの優位を、勝利を確信しているのだろう。その動きに迷いはない。
好転しない事態に対し、マコは顔を覆った。
「ああ、もう……リュージ!」
「あいあい」
セードー達の不利は明らかだ。せめて、人数は埋めなければならない。そのためのシステムも、イノセント・ワールドには存在するのだ。
そしてマコに答え、リュージが息を吸い込み。
「“プレイヤー・ウォルフは、その決闘に割って入る”!!」
――どこからともなく、楽しそうな声が割って入ったのは、その時だった。
なお、男たちのレベルは平均40程度の模様。




