log37.ギルドの噂
フェンリルにてギルドクエスト報酬を受け取った二人は、ギルドメンバー募集のための掲示板の前へとやってきた。
二人が今立っているのは、巨大な木製の掲示板だ。そこには無数の紙がピンでとめられており、その一枚一枚にギルドメンバー募集の広告が書かれている。
と言っても、実際に紙に書いてここに張るわけではなく、ギルドハウス内のメンバー募集用カウンターで必要事項を打ちこめば、自動的にこの掲示板上にその内容が書かれた紙が出現する、というシステムになっているのだ。
そしてここに張られている紙を破いて持ち去ると、ギルド側に破ったプレイヤーの情報と現在位置が提供され、破ったプレイヤーはそのギルドのギルドハウスの場所がわかる、という仕組みだ。
これが一般的なギルドのメンバー勧誘方法であり、大抵の人間はこの掲示板から自分の所属したいギルドへと向かうことになる。セードー達が置かれている状況こそが、異常なのだ。
「やはりギルド報酬は破格だな……。個人で受けるものの倍以上はある」
「その分難易度高いけどな。で? どうよ」
セードーは掲示板の前に立ち、クルソルを弄る。
今目の前にある掲示板は横幅だけでも10メートルはある。そんなところに張り付いている紙を一枚一枚見ている暇はない。ので、掲示板の前に立つとクルソル内で掲示板に張られている募集広告を検索することができるようになるのだ。特に条件を入力しなければ、全ての募集広告を見ることもできる。
セードーはその膨大な量の募集広告を流し読みしつつ、首を横に振った。
「……やはり、駄目だ。パッと流し見ただけでは、ここに所属したいという魅力のあるギルドはないな……」
「まあ、そりゃそうだ」
セードーの言葉に、リュージは呆れたように首を横に振る。
「この掲示板に表示されてんのは別にミッドガルドだけじゃない、それこそイノセント・ワールドの中に存在するすべてのギルドの情報がここに集まってんだ。ある程度条件は絞らねぇと、どのギルドなんて決められねぇぞ」
「しからば」
リュージの言葉にセードーは頷き、一つ単語を入力して検索をかけてみる。
「……今度はどのギルドにも引っかからなかったわけだが」
「何お前、なんて入力したの……?」
「武術、と打ってみた」
「まあ、お前らからしたら無難なキーワードだよな……」
セードーもキキョウも武術家の端くれ。そんな彼らを理解できそうなのは同じ武術家位なものだろう。
が、さすがにゲーム内でまで武術を究めようという集団はいなかったようだ。少なくともメンバー募集を行っていないのは分かった。
セードーはどこでも構わない、と口にしているがそれでもやはり、武術に関して多少なり理解の得られるギルドの方が彼も過ごしやすい事だろう。
リュージは頭を掻きながらため息を突いた。
「……となると、後は噂を頼りに探すくらいかねぇ」
「探す? ギルドをか?」
「おうともさ」
リュージは頷き、掲示板を叩いてみせる。
「この掲示板に表示されてるギルドってのは、今現在メンバーを募集しているすべてのギルドだ。ここまではいいよな?」
「ああ。ここ数日、毎日のように聞いている」
「おうさ。聞き流されてたらショックだったよ。でだ。ギルドってのは別にいつもメンバー募集してるわけじゃない」
そう言って、リュージは自身のクルソルに何かを入力し始めた。
「たとえばうちなんかは身内系ギルドだから、これ以上ギルメンもいらねぇ。なんで、こうして名前を入力しても……」
リュージはセードーにクルソルを見せる。
検索条件を入力する欄には“異界探検隊”と入力されているが、検索結果は0件と表示されていた。
「これこの通り、この掲示板の検索には引っかからないわけだ」
「なるほど……では、そのようなギルドはどうやって探すのだ?」
「いちばんメジャーなのは、NPC経営の盗賊ギルドに情報収集を依頼することだな」
そう言ってリュージはフェンリル内の一角を指差す。
敷地内にぽつりと立つ掘立小屋のようなもの。確か炭焼き小屋か何かであったとセードーは記憶していた。どうやら、あそこが盗賊ギルドの出入り口になっているらしい。
「あそこに依頼すれば、指定した条件の情報に関してきっちり調べて教えてくれる。欠点は必要以上に金がかかるということと、時間がかかることだ」
「NPC経営系なのに時間がかかるのか?」
「ゲームっつってもある程度個人情報が絡むからな。それにこのゲーム、わからないこと知りたいことは自分の足で調べよう、ってスタンスだからな。NPC盗賊ギルドは、何か他のことをやりながら知りたいことを調べるのに使うのさ」
「なるほど……」
「で、次はプレイヤーが経営してる情報収集系ギルドへの依頼だ。こっちの特徴はNPCギルドに比べて早く調査が完了することと、情報の鮮度がいいことだな。この辺は人がやってるからこその特徴だ」
そこまでいって、しかしリュージは首を横に振る。
「……が、残念ながらおすすめはしかねるな」
「何故だ?」
「これも人がやってるからこそなんだが、ガセだったり、あるいは余計な横槍が入ったせいで誤情報掴まされたり、ってことがあるんだわ。特に格安で情報を仕入れてくるってところほど、そう言う傾向が強い。お前さんらの場合なら、レアアイテムが欲しいギルドが自分らの情報を流すよう情報屋に指示したりな」
「世知辛い話だ……」
その辺りは人間が経営しているが故、といったところだろうか。無論信用を売り買いする商売であれば、そんなことを続けていると仕事を失いことになるのだろうが。
「確実に欲しい情報を持ってきてくれるような場所は、それこそNPCギルドより高い金を毟られるしな」
「片方は時間が、もう片方は金が足りんか……。他に方法はないのか?」
「他はもう、人の噂をつぶさに拾っていくくらいかねぇ」
リュージはそう言いながら、ため息を突き、肩を落とす。
「人の噂ってのは、想像以上に早く、んで広く広まるもんだ。イノセント・ワールド内で閲覧できる掲示板だったり、NPCが喋る噂だったりを頼りに、地道に探すしかねぇんだよな」
「掲示板はともかく、NPCは頼れるのか……?」
クルソルを用いれば、イノセント・ワールド内で使用できる情報掲示板を閲覧できる。そこでは現実のネットと同じように、日々いろんな人間がスレッドを建て、そして消費していっている。
そして同様の効果がNPCにあると、リュージは口にした。
「おうともさ。この辺はどんな技術かしらんが、NPCはプレイヤーが道端やら店先でくっちゃべった内容を記憶して、それを噂として喋るようになってるらしいんだわな」
「……ホントにどういう技術なのだそれは」
通常、人工的に製作されたAIを持つNPCは、一定の行動しかとれない。
例えばクエストを受発注するNPCであれば、クエストに関することしか喋らないし、記憶していない。それ以外のことを問いかけても反応しないか、自分は知らないので他の人に当たってほしいというようなことしか言わないのだ。
だが、この世界のNPCはそうではないという。
「セードーもなんか経験ないか? NPCが自分のことを覚えてるかのように振る舞ったことって」
「……言われてみれば」
リュージの言葉にセードーが思い出すのは、以前蜂鳥の卵のふわふわオムレツを味わった路地裏の料理店の店主だ。
あれ以来、たまに訪れては料理報酬のクエストを受けているのだが、何日か明けて訪れても自分たちのことを覚えているかのような対応をしてくれていた。
あまりにも自然であったので疑問には思っていなかったが、今にして思えば不自然であった。
「……つまり、この世界のNPCはそれぞれ個別に記憶領域を持ち、それを参照したうえで受け答えしている、というわけか?」
「そういうこっちゃな。かがくのしんぽってすげー!」
「そう言う問題なのだろうか……」
思考放棄して叫ぶリュージを胡乱げな眼差しで見やるセードーであるが、そこに必要以上に思考を費やしても仕方ないのは事実だ。
ただ漫然と掲示板を探し続けるのも限界だろう。
セードーは意を決し、リュージへと問いかける。
「……であれば、どのようにすればいい? 何か、コツのようなものがあるのだろうか?」
「まあ、基本は人海戦術なんだよなー……。俺らも手伝うから、手分けしてって感じになるかね?」
「そうか……では、すぐにでもとりかかろうか。時間が惜しい」
「おうさ。まあ、とりあえずはマコたちと合流だな」
そう言って掲示板の前を移動し始めるセードー達。
「――そこのあなた、大丈夫ですか?」
そんな彼らに、声をかける少年がいた。
「む?」
「んあ?」
二人が声のした方へと視線を向けると、そこには豪奢な鎧を身に纏った少年と、その周囲を守るように立つ四人の騎士の姿があった。
「そこのあなた……ええっと、セードーさんでしたね?」
「うむ、そうだが」
「何やら先日、無為に情報を拡散されたとかで……何かお困りのことは、ございませんか?」
「いや、特別。……それより、お前……」
そう言って柔らかく微笑む少年に、セードーは見覚えがあった。
「……確か以前、ギアクエストで一緒にならなかったか?」
「え? ……ああ、そういえば」
セードーの言葉に一瞬少年はきょとんとした表情になったが、すぐに思い出したようで何度か頷いた。
「言われてみれば、一度クエストをご一緒しましたっけ……。覚えてくれていたんですね」
「ああ。確か円卓の騎士の……」
「ランスロットです。以後、お見知りおきを」
「円卓の騎士……?」
少年の所属を聞き、リュージは眉を顰める。
だが彼の様子には気づかず、二人は話を続けた。
「例の拡散のことを知っているのか」
「ええ。我々の仲間にも、同様のメールが来ましたし、貴方の周りに悪意ある者が集っているという報告も聞いています」
「その惨状も耳に届いている」
「我らのリーダーは、君たちを取り巻く状況に心を痛めておられる」
ランスロットの周りに立つ騎士たちも、口々にそう言い、じっとセードーを見つめる。
「どうだろう、セードー君」
「何か我らで力になれることがあれば――」
「好意だけ、受け取っておこう」
その先が言葉にされる前に、セードーは手を上げて円卓の騎士を遮る。
「そちらの手を煩わせることもない。自分で、何とかしてみようと思っている」
「煩わせるなどと、そんな……」
ランスロットは悲しげに眉を下げるが、セードーは譲らないというように首を振る。
「大丈夫だ。……もし、本当に手に負えない時が来たら、その時にでも考えよう」
「そうならないことを、お祈りしておりますよ」
セードーの言葉に悲しそうに俯き、しかしすぐに笑みを見せてランスロットは立ち去る。
彼を守護する四人の騎士もまた、彼に並んで去っていった。……セードーへ、怒りをぶつけるような視線だけを残して。
その視線を受け、セードーは訝しげに眉を顰める。
「なんだ、いったい……?」
「……円卓の騎士ねぇ。今のは断って正解かもな」
リュージは円卓の騎士が完全にいなくなったのを確認してから、ポソリと呟いた。
「知っているのか、リュージ」
「一応な。初心者への幸運と同じ、初心者支援型のギルドとして有名だよ。……悪い意味でな」
「悪い意味で?」
セードーはリュージの言葉に首を傾げた。
「ああ。初心者への幸運と違って、初心者への戦闘支援に特化してんだが……そのやり方が善意の押しつけみたいなやり方で有名でな。初心者がレベル上げに頑張ってるところにやってきては、勝手にモンスターを倒して「危ないところだったな」とかほざいて立ち去るんだと」
セードーはリュージの言葉に、もう一度首を傾げる。
「それのどこが悪いのだ? 手助けに入るということは、初心者が苦戦していたということだろう?」
セードーの疑問ももっともだ。このゲーム、始めたばかりの初心者ほど、戦闘に苦労するであろうことは想像に難くない。何しろ序盤はスキルが貧弱で、己が持つ武器だけが頼りになるのだから。
リュージもそこは理解している。一つ頷き、円卓の騎士の真意を語った。
「単純な話だよ。その時初心者が戦ってたのが、レアエネミーとかレアアイテムをドロップする良いモンスターだったりするからさ。そう言うのを横から奪い取って、で苦戦してた初心者には善人面で接する……そんな盗人猛々しいギルドが円卓の騎士って言われてんのさ」
「なるほど……横からおいしい獲物をかっさらうわけか……」
さらに言えば、このゲーム、モンスターとの戦闘で入る経験値で最もおいしいのはモンスターを自分の手で倒した時だ。
それを横から奪われてしまうと、戦闘時に得られた経験値しか得られなくなってしまう。
そう言う意味でも、円卓の騎士の行動はマナー違反と言えた。
セードーはリュージの説明を聞き、ランスロットが立ち去った後を眺める。
「……そんな集団には見えなかったがな」
「実際、外面はいいのさ。見た目だって、ヒーロー然としてるしな」
リュージも一つ頷いて同意する。
円卓の騎士に所属するものは、皆同じ意匠の鎧を身に纏う。煌びやかでいて、しつこすぎない……そんな優秀なデザインの鎧だ。あの鎧にあこがれて、円卓の騎士へと入団するプレイヤーもいると言われている。
リュージはセードーと同じ方を見ながら、少し遠い目つきになった。
「……まあ、ちょっと前までは円卓の騎士もまともなギルドだったさ。けど、ギルドマスターが引退してからは、色々中身が変わっちまったんだよ。リーダーってことは、あれが今のギルドマスターかね」
「……そうなのか」
頭が変われば、中身も変わる。それは、現実の組織でもゲームのギルドでも、変わらないようだ。
リュージは胸の内に去来した思いを振り払うように頭を振って、セードーを見る。
「……まあ、気にすることはねぇよ。結局のところ、自分らにうまみがなきゃ、基本動かねぇギルドだ。拡散された時点で動かなかったってことは、今回の件にはノータッチだろうさ」
「なら、必要以上に気にすることはないか」
セードーはリュージの言葉に頷き、足を動かす。
「では、俺が……我らが所属できるギルドを探しに、出るとしようか」
「そーさなー。見つかるといいよなー」
リュージもその背中を追いかけながら、フェンリルを後にするのであった。
なお、円卓の騎士なので、王様はいない模様。




