log36.悩む
「それじゃあ、あたしらはいつもの喫茶店で待ってるから」
「おーぅ」
「キキョウ、俺は掲示板を見てくる」
「はい。待ってますね」
ミッドガルドへと戻ってきた一行は、リュージとセードーを除いてまんぷくポイント回復も兼ねて喫茶店へと向かった。
リュージはそのままフェンリルへとクエスト完了の報告へ。そしてセードーはギルドメンバー募集の掲示板を覗くためにリュージへとついていった。
今回彼らが受けたのはギルドクエストであり、クエスト完了の報告はギルドのリーダーが行えばよいシステムになっている。そのため、異界探検隊においてはリーダーのリュージがクエスト完了の報告を行うことが慣例となっているようだ。ギルドによっては、ギルドメンバー全員で報告へと向かうこともあるようだ。
フェンリルへと向かう道すがら、セードーはリュージへと問いかける。
「そう言えば、コータにサンシター……それからソフィアはどうしたのだ? 昨日から見かけないが」
セードーが口にした三人は異界探検隊のギルドメンバーだ。全員がリアルの知り合いらしい、ということをセードーは聞いていた。
「ああ、ソフィア? この間イベントで手に入った妖精竜の卵が孵ったんで、その育成の手伝い」
「ほう、妖精竜か」
「おうさ。やっぱりソフィアも女の子なんだなー。フワミニの妖精竜の子供にメロメロでなー。あんなにデレデレで猫なで声のソフィアを見れただけでも今回のイベントは参加した価値があったな!」
グッと拳を握り空を見上げるリュージ。その目には一点の曇りもなく、どこかまばゆい感じさえした。
セードーは彼を生暖かい眼差しで見つめつつ、この間のイベントで長に聞いた話をしてやることにした。
「……そのことだが、妖精竜は何を食べている?」
「一応なんでも食うらしいけど、どうにも育ちが悪いっつーか……なんか知ってんのか?」
「ああ、この夜影竜の紋章を入手した際に出会った妖精竜の長に聞いた話なのだが、妖精竜は他の生き物と魔力のやり取りを行い、その際に生まれる摩擦熱のようなものを滋養に成長するとのことだ」
「え? 魔力そのものじゃなくて、魔力交換しないと駄目なん?」
「らしいぞ。理屈は良くわからんが」
リュージはその話を聞いて、納得したように頷いた。
「それであの妖精竜、妙にソフィアやらコータやらにすり寄ってたんなー……。ほっぺたすりすりされて、顔がゆるんでたソフィアしか見てなかったから気が付かんかった!」
「……お前のそれも相当だな、リュージ」
幾度も出てくる嫁、という言葉にさすがに辟易してきたセードーは、半目でリュージを睨みつける。
「ん? なにがよ?」
「ソフィアのことだ。……彼女に懸想しているのは分かるが、そうポンポンと嫁だなんだと言いふらさん方が良いのではないか?」
彼らとの付き合いが始まって四日ほどではあるが、リュージがソフィアのことを名前で呼んでいるところを、セードーは見たことがなかった。
ソフィアを呼ぶ時は嫁、ギルメンの点呼を取る時も嫁、誰かにソフィアのことを語る時ももちろん嫁。
すでに異界探検隊の一行は慣れているようであったが、嫁と呼ばれるたびにソフィアは「嫁というなと言ってるだろうが!」と手にした花瓶(武器)を振り下ろすのが、異界探検隊のお決まりの光景となっていた。
「あるいは未来にそうなるのだとしても……今は違うのだ。事実と異なることを言いふらされては、ソフィアにも迷惑だろう」
「いやいや、ソフィアをソフィアと呼ぶのは真理だろう」
セードーの忠告にも、リュージは怯まず真剣な眼差しで見つめ返してくる。
「重要なのは今どうあるかではなく、俺が彼女とどうなりたいかだ! こうしてソフィアをソフィアと呼ぶことで、俺は未来に対する予行演習を行っているのだ!」
「名前は一番短い呪と言ってな? 軽々しくそう呼ぶこと自体が呪いのように相手の身にのしかかっていくものなのだぞ?」
どこまでも自分本位の返答を頂き、セードーは無駄と悟りながらも忠告を続ける。
そんなセードーに、リュージは真面目な顔のまま問いかけた。
「そう言うお前はどうなのよ?」
「……なにがだ?」
「キキョウとのことだよ」
唐突な返しに泡を食ったセードーに、さらに言葉を重ねるリュージ。
「実際問題、ギルドに所属するだけなら、お前さんらを拒むとこはねぇだろ。無手プレイヤーってのはさすがに珍しいと思うけど、それでも皆無ってわけじゃねぇ。お前さんらの場合、リアル技能が図抜けてるおかげで、素手のデメリットよりメリットが上回ってるところが大きい。――即戦力として使える。レアアイテムを掘り出す運もある……そんな輩を受け入れこそすれ、拒むところはそうそうねぇだろ」
「…………」
リュージの言葉に、セードーは黙り込んだ。
「野暮なこといやぁ、別に彼女とパーティ組み続ける理由もねぇだろ? お前さんらにとって、互いが初めてのフレンドってのはでかいだろうが、それぞれのプレイってもんもあるさ。ここで一つ、お互いに別々のギルドに所属してみるってのも手と言えば手だろうさ」
「……かも、しれんな」
セードーはリュージの言葉に一つ頷き、しかしすぐに首を横に振った。
「……だが、我々の存在を受け入れても、馴染んでくれるギルドはそうはあるまい」
「ってーと?」
「我々は、武術家だ。一般人とは、言い難い」
セードーの言い方に、リュージは難しい顔で頷き返す。
「まあ、お前らはパーティプレイに向かないこと甚だしいけどな」
そうして思い出すのは、先ほどのゴーレム生産施設での戦闘。
先の戦闘において、道行くモンスターを倒していったのはほとんどセードーとキキョウの二人であった。リュージ達は、彼らが取りこぼしたモンスターを撃破していくだけで、クエストをクリアすることができた。
とはいえ、これだけなら別に珍しい話でもない。火力のあるスキルや武器を持っていれば、先行して敵を倒し、あとからやってくるパーティメンバーの損害を減らすという役割を求められることはままある。
問題は、セードーもキキョウも、生来の技術だけでモンスターを倒し、先行し続けたということだ。
「いや、パーティプレイに向かないっつーか、ソロプレイに特化しすぎてるっていうか? たとえパーティでモンスター退治に向かっても、結局ソロプレイみたいな戦い方しかできないところがあるよな」
「……その通りだ」
セードーは俯き、前を行きながらポツリポツリと溢す。
「俺は……俺たちは異端な存在だ。たとえ一時はギルドに受け入れられても、いつか歪を生んでしまうかもしれない……。俺は別にそれでもかまわん。だが、キキョウはそれでよいのだろうか……。そう、考えてしまうのだ」
「……まあ、そこは割と重要なところだよなぁ」
セードーの悩みに心当たりがあるのか、リュージはポリポリと頬を掻く。
「今俺たちがいるのはゲームの世界なわけだけどさ。ギルドとか、プレイヤー同士の集まりってのは現実のサークルとか部活だのとほとんど変わらねぇんだよなぁ。自分の肌に合わないギルドはどこまでいってもあわねぇし、目立ちすぎるとギルドの中で孤立するし。そう言うのが我慢できなくて、いろんなギルドを渡り歩く奴もいるくらいだ。まあ、そう言う奴ってのは性格が悪いのがほとんどだから、ギルド同士のブラックリストに載ってて、ギルド側から弾かれるわけなんだけどよ。……割とあっさりギルドから脱退で来たり、逆にギルドからキックされたりするあたり、現実よりシビアだよな、ゲームって」
「……やはり、そういうものか」
「だなぁ。俺もその辺、なーんか馴染めなかったんで、結局知り合いだけで固めたギルドを自分で立ち上げたわけなんだけどよ」
そこまでいって、リュージはぽんとひとつ手を打つ。
「ああ、そうだよ。お前ら、自分でギルドを設立するって選択肢はねぇの? 自分で設立したとしても、それはギルドに所属したことにならねぇ?」
「一応案としてはあるが……先生曰く「防壁の役割も期待してるんで、最低でも誰か経験者は入れること」と言われていてな……」
「……そういやそうか。お前ら二人だけのギルドじゃ、結局ギルドに入ってねぇのと変わらねぇわな」
がっくりとリュージは肩を落とす。
ギルドには合併というシステムがあり、小さなギルド同士が合併することで大型ギルドになる、ということもある。このシステムを利用し、小さなギルドを吸収して大型化したギルドもあるくらいだ。
……つまり、ギルドへの勧誘が、今度はギルド吸収へと動きが変わるだけになってしまう。結局、その辺りに対する防御力がないのでは意味がないだろう。
そしてガシガシと乱暴に頭を掻き毟る。
「っだーもー……。お前らの存在がいろいろ拡散してなきゃよかったんだが……今度カネレに在ったらブッ飛ばしとくか」
物騒なことを呟きながら、セードーを見やるリュージ。
「……そういや、ギルドメンバー募集の掲示板、お前しか見てねぇけど、キキョウは見なくていいんか?」
「最終的には二人で考えることにしてはいるが……キキョウは俺の判断に任せると言っている」
セードーは瞑目し、それから小さく呟く。
「「信頼してますから」……そう、言っている」
「……なんか重てぇなぁ、オイ……」
リュージは思わず顔を引きつらせる。
脳裏に浮かぶのは、柔らかい笑みを浮かべるキキョウの姿であるが、裏表もなく全幅の信頼をセードーに預けているが故に、その一言がどこまでも重い。
別にキキョウは思考放棄しているわけではない。彼女なりに考えたうえで、セードーに一任しているのだろう。だからこそ……。
「どうしても、考えてしまうのだ……。俺の選択が、キキョウを歪めてしまうのではないかと……」
「……もう無理やり連れてきて、一緒にギルド選んだらいいんじゃねぇの……?」
さめざめと泣くように顔を手で覆うセードーを見て、リュージは苦いものを噛み潰したような顔になる。
極めて重い決断を背負っている彼の心中は察して余りあるものがあるが、悩んだからと言って解決するわけでもない。
「まあ、そんだけ信頼されてんなら悪い方向にはころばねぇんじゃねぇの? しっかり悩んで、しっかり考えて……んで、二人で納得のいくギルドに入ればいいさ」
「うむ、そうしたい……」
はあとため息を一つつくセードー。
そんな彼に、リュージは一つ思いついて問いかけてみる。
「……そういや結局、キキョウと離れて行動するって選択肢はねぇの?」
「? 何故彼女と離れないといかんのだ?」
セードーはリュージの言葉を受け、不思議そうに首を傾げる。
そんな彼を見て、リュージは軽く首を振った。
「……いや、愚問だったわ。忘れてくれ」
「? ああ」
セードーは怪訝そうな顔になる。
(……まあ、いちいち指摘すんのも野暮だわな)
リュージは胸中でそう呟きながら、フェンリルへ向けて歩みを進めていった。
なお、リュージの発言に関して、ソフィアは半ば諦め気味の模様。




