log35.ギルド客員
イベントが終了し、ミッドガルドを擁する大陸上の周回を開始した妖精島を見送ったセードー達は、レベル上げを敢行しながら自らが所属できるギルドを探し始めていた。
「ハッ!」
「シィッ!!」
初日で速攻にレアアイテムを発掘されたカネレの怒りの拡散行動により、図らずもセードーとキキョウの名はイノセント・ワールドをプレイする者たちの間に知れ渡ることとなった。
その日のうちにカネレへの(アラーキーによる)制裁は終了していたが、未だイノセント・ワールドの流儀に疎い二人に、アラーキーは一つの忠告を寄越した。
早急に、自らの所属するギルドを決めた方が良い、と。
「ヤァッ!」
「チェストォ!」
こうした先行配信イベントで出現するモンスターに絡むレアアイテムは、そのモンスターが配信されるまではイベントにて入手できた者のみが保有する、本当の意味でのレアアイテムとなる。
往々にして、そう言ったレアアイテムに目がないレアハンターや、レアアイテムを入手できるだけの実力を持つプレイヤーを狙う玄人ギルドなどが、一時的にとはいえセードーとキキョウに目を付け、群がる可能性が高いのだ。そうなると、このゲームに関してはただの素人であるセードー達に対処しきれないアクシデントが発生することもあるだろう。
「セードーさん! 右翼からゴブリンの一団が!」
「任せろ。セイヤァ!」
VRMMOのギルドというものは、プレイヤー同士の寄合という側面が強いものの、そうした周囲からの圧力に対する防壁という意味合いも持つ。
どこにも所属していない無所属の者を、詐欺まがいの手口で無理やり所属し、持っていたレアアイテムを搾取したうえで放逐する……という犯罪行為は、このゲーム内においても散見されているのだ。
当然発覚すればアカウント停止、ブラックリスト登録によるアカウントの再発行停止などの厳罰が下されるものの、そうした犯罪行為の完全な撲滅とは至っていない。
いつの時代においても、悪事というのは人の目を忍んで行われるものなのだ。
「キキョウ、囲まれるぞ!」
「問題ないです! エェイ!」
基本的にオンメンテを行う関係で二十四時間稼働し続けるイノセント・ワールド内を、運営側が完全に見張り続けることは不可能に近い。故に、ギルドに所属することで自らの身を守ることを推奨されているのだ。
ギルドに所属すれば、少なくとも周囲から孤立することはない。仲間と行動することで、少しでも犯罪者の手から自らの身を守ることができるのは、現実世界でもゲーム世界でも同じことなのだ。
「ボス、来ます!」
「よかろう、叩き潰してやるッ!」
それに、ギルドに所属することで受けられる恩恵は多い。
常時利用できる回復拠点。食材さえあれば経験値に変わるまんぷくポイントを回復するための料理が作れるキッチン。己の武器や防具を自作するための工房。己のスキルを試すための修練場。無所属であれば、全てゲーム内通貨を払うことでしか利用できない施設が、完全無償で利用することができるのだ。
無論、ギルドハウスのクラスや設備レベルによっては、これらの施設が存在しないこともある。欲しい施設があれば、ギルドの仲間に掛け合って、共に多くのクエストを乗り越えて設置すればよい。そうすることで、ギルドの仲間との絆も深まろうというものだ。
「旋風薙ぎぃ!!」
「螺旋貫空正拳突きぃ!!」
己の趣味を邁進するものであれば、同じ趣味を持つもの同士、親交を深めることもあるだろう。遠い地方に住む同好の士とも、リアルタイムで語り合うことができるのも、この手のゲームの利点の一つと言える。
ギルド単位で受けられるクエストの報酬は、個人で受けられるクエストよりも魅力的なものが多い。人数を揃えなければクリアできないものも多いが、挑戦する価値があろうというものだ。
「とど、めぇ!!」
「チェイリャァ!!」
ギルドに所属することによって発生するデメリットなど、せいぜい人付き合いがめんどくさい程度だろう。むしろ所属しないことによって発生するデメリットの方が多いとも言われているほどだ。
それなりにレベルが上がり、火力も確保でき始めたセードー達も、一般プレイヤーたちと並んで立っても問題ないくらいに強くなってきた。
その辺りも見越しての、アラーキーの提案だったわけなのだが……。
「ヒュー。いつみても清々しいくらいの強さだねぇ」
「………なんなのあいつら」
アラーキーは、一つ気が付いていないことがあった。
「ふむ。レベルは上だったが、問題なく行けたな」
「はい! 完全勝利という奴ですね!」
セードーとキキョウ……この二人は、一般プレイヤーからしてみればどこまでも異端な存在であるということに。
「クエストクリア……。なかなか歯ごたえのあるクエストであったな」
「んだなぁー。実入りもそこそこ。悪くねぇクエストだわ」
ゴーレム生産施設を後にしたセードー達は、一時的に身を寄せてもらっている異界探検隊というギルドのメンバーと共にいた。
ギアクエスト時に知り合った、サンシターが所属しているギルドだ。固定メンバーでやっているギルドらしく、新規加入はお断りだそうだが、一時的な宿り木であれば全然オッケーとリーダーであるリュージが言ったため、セードー達はありがたく一時の避難所として利用させてもらっていた。
ちなみにそのことを提案したサンシターと軽く承諾したリュージは、その後マコという少女に何故かボコボコにされていたわけだが。
そのマコは、パーティの最後列に立ちぶつぶつと呟きながら目の前を歩くキキョウの背中を睨んでいた。
「ホントなんなの……ただの棒きれでゴーレムをぶっ壊すとかわけわかんないんだけど。なんなの? チート? チートなの?」
「な、なんかマコさんが怖いんですけど、レミさん……」
「ア、アハハ……」
隣を歩くレミにそう問いかけるキキョウ。
彼女の言葉に、レミは誤魔化すように笑うばかりであった。
ゴーレム生産施設からミッドガルドへと向かいながら、リュージは隣を歩くセードーへと問いかける。
「……で、どうよ? よさげなギルドは見つかった?」
「いや、まったく」
リュージの問いかけに対し、セードーは首を横に振る。
「フェンリルのギルド員募集の掲示板を毎日覗いてはいるが……募集要項に今一つ魅力を感じない。このままでは適当なギルドに適当な理由で所属してしまいそうだ」
「ああ、あるある。いろいろめんどくさくなることって、あるよな」
どんよりとした眼差しで前を見るセードーの背中を、リュージは慰めるように何度か叩いた。
カネレが怒りの拡散を行ったあの日から、セードーとキキョウを勧誘しようと多くの人間が彼らの元へと訪れるようになった。
彼らの多くが狙っているのは、二人が持つイベント先行配信のレアアイテムであったが、中にはそこそこの容姿を持つ(と思われる)キキョウだったり、トッププレイヤーであるカネレとつながりがある(と思われる)セードーだったりを狙って現れる者もいた。
ともあれそれぞれの理由でもって、いくつかのギルドが彼らの勧誘に動いたのである。
いきなりそんなことを言われても困ったのは、もちろんセードー達であった。どのギルドに所属するかなど、そもそも頭の中にはなかった。いや、ギルドに所属するという考え自体がなかったとも言える。
中には強引な手段で無理やりギルドへの所属を迫ったり、あるいはセードーとキキョウの間を引き裂こうとする者さえ現れた。これらはさすがに、アラーキーが所属する初心者への幸運のメンバーが対応したが、いずれもっとひどいことになるのは目に見えていた。
そこでアラーキーは先のように、いずれかのギルドに所属することを進めたわけなのだが……。
「そもそもにして、掲示板をのぞいていても人が寄ってくるせいで、ゆっくり選別する暇すらない……。それらの相手をしているだけでも、四時間が過ぎてしまったことさえあるからな……」
「大変だなオイ、レアアイテム持ちってのも」
想像を絶するセードーの体験を聞き、リュージは顔を引きつらせる。
普通であれば、ギルドへ勧誘を行うことなどそうそうあるものではない。実際、多くのギルドは勧誘に動くこともなく、カネレの拡散行為にも「ふーん」という対応で済ませていることだろう。
問題は、セードー達が持つレアアイテムを狙って動くギルドが存在し、そう言ったギルドはえてして強引な勧誘方法を行使するということなのである。
「俺一人であるならまだしも、キキョウがいるからな……。彼女に負担がかかるのは避けたい」
「ちと病弱っぽいしなー。線が細いっつーか? まあ、あの戦いっぷり見てたらそんなの忘れそうだけど」
ちらりと振り返るセードーと共に、リュージも背後を歩くキキョウを見やる。
レミと談笑をする少女の体の線は細い……というより弱々しいというべきか。パッと見た限りでは、杖術を修めているものだとはわかりそうにないくらいだ。まあ、先ほどは平然とゴーレムの躯体を棍で破壊していたわけだが。
「……つーか、事の発端のカネレはどうしたんだよ? あいつが起こした問題なら、あいつが解決するのが筋じゃねぇの?」
「一応相談はしたが……あまり積極的ではないな」
カネレもさすがに事の重大さは自覚しているようだが「とびっきりの知り合いに紹介しておいたよ! 近いうちに勧誘に来るから!」と言っていつもの笑顔をセードー達に向けて立ち去った。ちなみにそれらしい人物はまだセードー達の元に現れてはいない。
「とびっきりの知り合いとは言っていたが、その知り合いが誰なのかは言っていないので誰がそれなのか……」
「肝心なところで駄目じゃねぇか……。いい加減つーかなんつーか」
頭痛を押さえるように目頭を押すリュージ。
だがすぐに気を取り直したように顔を上げ、セードーを見る。
「だけど、あんまり長い事うちのギルドの客員としては置いておけねぇぞ? 主にゲームシステム的な意味で」
「うむ、それも理解している。ので、若干焦ってるところだ」
リュージの言葉にセードーは頷き、腕を組んで唸り声を上げる。
彼らが今、異界探検隊に所属しているのは客員システムというのを利用しているからだ。
これは、いわゆるギルドお試し期間のようなもので、一定の期間の間、そのギルドの客員として迎えられている、という扱いにするものである。
客員となったプレイヤーは、ギルドメンバーの個人の部屋をのぞく、基本的なギルドハウスの機能を利用することができる。そうしてギルドハウスの機能を体験し、そのギルドに所属するかどうかを決めるための機能なわけだが、このように一時的な避難所として利用することもできる。
今までギルドからの強引な勧誘行為があったのは、彼らが無所属であったからだ。つまり無所属の者を自分たちのギルドへと所属させるという大義名分を相手に与えることになっていたのだ。
このゲームには、どこかのギルドへ所属することが正しい、という風潮がどことなく流れている。未だどこかのギルドに所属していないセードー達に、自分たちのギルドに所属してもらうのだと声を上げられてしまうと、アラーキー達もセードー達を保護しづらいのだ。
だが、こうして異界探検隊の客員として活動すれば、少なくとも無所属ではない。無所属でなくなれば、向こうが無理な勧誘を行う理由もなくなるのだ。
実際、ここ数日はセードー達への勧誘行為が目に見えて減っていた。そのプレイヤーがどこのギルドに所属しているのかは、すぐにわかるからだ。
だが、客員システムを利用できるのは最大で一週間となる。それを超えると、自動的に無所属に戻ってしまうのだ。
「えーっと、うちの客員になってから……今日で四日目だっけか?」
「クルソルの表示も、あと三日程で無所属戻りとなっているな」
リュージは残り時間を確認し、唸り声を上げる。
「カネレの奴が言う、とっておきの知り合いがそれまでに来て、セードー達の味方になってくれるならいいんだが……」
「カネレの調子では、いつ来るかわからんな……あまり、期待もしていない」
若干死んだ眼差しで遠くを見つめるセードー。
リュージはそんな彼の様子に顔をひきつらせた。
「おいおい、そんな顔すんなよ……。悲観するにゃ、まだ早いだろ?」
「わかっているがな……。あと三日程で、あの惨状に戻るかと思うと……」
大量に自分たちを勧誘に現れたプレイヤーたちの山を思い出したのか、セードーは両手で顔を覆って嘆く。
若干トラウマになっているようだ。
リュージはそんな彼を労わる様に、ポンポンと背中を叩いてやった。
「ああ、うん……俺らも協力は惜しまないから、がんばれ……」
「うう……すまない……」
数日前には顔も知らなかった人間の優しさに触れ、セードーは瞳を潤ませる。
そうして話をしながら歩く彼らの前に、ミッドガルドの城壁が見えてくるのであった。
なお、異界探検隊へはサンシターが導いた模様。




