log34.一週間後
イベント“妖精竜の捕縛に挑戦してみよう!”が開催されてから、一週間が経った。
このイベントにおいて多くのプレイヤーが妖精竜を己の騎乗ペットとすることに成功し、さらにセードーたちを初め、何人かのプレイヤーは妖精竜の髪飾りと夜影竜の紋章を入手するに至った。
この二つのレアアイテム、どちらも今後実装される妖精竜と邪影竜がドロップするアイテムとして公式で発表が為されており、イベントが終了した後は、二種類のドラゴンが実装されるまではこのイベントで入手できた者しか所有することができない、真正のレアアイテムと呼ばれることとなるだろう。
「そのことを理由に~♪ セードー君たちに仲間が増えればいいなぁ~♪」
そんなことを呟きながら、カネレはお気に入りの場所でいつものようにギターを弾いていた。
イノセント・ワールドの全てを見下ろせるかのような、山の上だ。樹木どころか草の一本も生えていないような不毛な大地だが、赤茶けた大地に転がる石の中には輝くものが見える。
ここはニダベリルと呼ばれる地方。良質な鉱山が取れるとして、優秀な金属製装備が入手可能となる場所の一つだ。金属だけではなく、機械兵や機械義肢手術を受けられる場所としても有名である。
そんなニダベリルに数多く存在する鉱山の中で、最も高い標高を持つ山……フィンダルフール。世界の全てを見渡せそうなその場所が、カネレの数多く存在するお気に入りの場所の一つであった。
「やっぱり仲間との~♪ 冒険こ~そ~がぁ~♪ このゲームの~、醍醐味だからねぇ~♪」
手にしたギターをかき鳴らしながら、調子っぱずれの歌声を響かせるカネレ。
先日終了したイベントが、好評のうちに幕を下ろしたことも、彼が上機嫌なことの理由の一つであろう。
「やっぱりゲームは楽しんでナンボ~♪ みんながみんな、楽しく遊ぼうよ~♪」
ジャンジャカ、ギターが音を鳴らし、カネレの歌の調子はどんどんひどくなっていく。
誰が聞いているわけではないが、それでも楽しそうにやかましく歌い続けるカネレの元に。
[……カネレ。少しいいかね?]
一人の男の声が届く。
声が聞こえてくると同時に、カネレの目の前に一枚のディスプレイが現れた。
その中に写っているのは壮年の男性だ。頭の毛はやや薄くなっており、着ているスーツはややくたびれているが、それでも精悍さを失っておらず、生気に満ち溢れた印象を見る者に与える男である。
だが、ゲーム内チャットにしては奇妙なことに、背後に写る景色がゲーム内のそれではない。どこかの会社の一室のように見え、何とも言えない違和感を覚える光景だ。
だが、カネレはその違和感にツッコミは入れなかった。彼はその男の姿を見て、不思議そうに首を傾げた。
「ん~?♪ なんだい、純也♪ 僕に何か用~?♪」
[……楽しそうだな、カネレ]
「まあね~♪ この間のイベントが大成功だったからねぇ~♪」
そう言ってカネレはにっこりと笑う。
「やっぱりいいねぇ~イベントは~♪ 長い事このゲームに関わってるけれど、やっぱりみんなが一つの目標に向かって目指す姿って、かっこいいよねぇ~♪」
[ゲームのコンセプト上、全ての人間が同一の目標に向かうことはそう滅多にあることではないからな。それだけに、月一のマンスリーイベントには頭を悩ませられるところではあるがな]
純也と呼ばれた男は、カネレの言葉に肯定しながらも、顔をしかめる。
[サービス開始から五年……目新しいイベントもいささか尽きかけているところだ。ゲームの運営はともかく、こう言ったイベントは、やはり老骨ではなかなか思いつきづらいものだな……]
「僕に言えた義理じゃないから~スルーするけどねぇ~。皆の要望見る限りじゃ~、やっぱりめったに手に入らないようなアイテムを手に入れたい、ってのが多いねぇ~」
[レアアイテムの専門ドロップ、のようなものか]
「そだね~。妖精竜のイベントなら~、精霊系のドロップアイテムだね~」
[精霊は、精霊の力が強い場所……つまり高レベルダンジョンにしか現れんからな。……妖精島が一定周期で訪れる、という設定にするか?]
「それもありだねぇ~。妖精竜だって、あんなに可愛いんだし~、もっと多くの人がペットにできればいいねぇ~」
[そうだな……その方向で検討してみるとしよう]
うんうんと頷く純也を見ながら、カネレはにっこり笑う。
「……で、純也~? 何か僕に聞きたいことがあったんじゃないの~?」
[む……? あ、ああ、そうだったな]
純也は当初の目的を思い出したのか、ポンと手を打ってから改めてカネレの方を見る。
[カネレ。例のレアエネミーだが……その後の動向に動きはないか?]
「どったの~? まさか掲示板に目撃情報が~?」
[いいや、逆だ。掲示板にも目撃情報がないせいで、エイスが焦れているようでな。他のD・Hにも連絡を取って、血眼になって探し回っている様なのだ]
「ああ~。エイスならやりそう~」
[ちなみに、私のところにも来ている。……ずいぶん、荒れているようだったな]
純也はそう言ってため息を突く。その仕草は、どこか反抗期の娘の対処に困る父親のようにも見える。
カネレは小さく苦笑し、それから純也に首を振って見せる。
「残念ながら、僕の方にも引っかかってないよ~」
[そうか……。何かわかれば、エイスに知らせてやってくれ。彼女にとって、あのレアエネミーは――]
「わかってるさ、純也~。彼女の生きがい、誰にも奪わせはしないよ~」
カネレはそう言って、純也との通信を切り上げる。
そして立ち上がり、軽く背伸びをした。
「さて……っとぉ」
小さく肩を鳴らしながら眼下に広がる世界を見て、カネレは小さく呟く。
「エイスも苦労してるみたいだけど……どこにいるかは僕が知りたいんだよねぇ。いるのは分かるけど、場所がわからない……こんなこと初めてだ」
そう呟きながら、カネレは笑う。
「――けど、だからこそ面白い。小さな偶然が重なって、大きな必然となる様に……僕らもまた、成長していると実感できるからねぇ」
笑いながら、地面を蹴る。
そのまままっすぐ落下しながら、カネレは笑い続ける。
「エイスには悪いけれど……もっとおっきくなるんだよ、レアエネミー“ドッペルゲンガー”! 君こそが、あるいは初めての到達者になるかもしれないからねぇ!!」
赤茶けた地肌むき出しの岩山の斜面に、カネレの体が激突する……と見えたその時、彼の姿が掻き消える。
何らかの魔法を唱えたわけでも、道具を使ったわけでもなく。ただ、忽然と消えた。
後に残るものはなく、誰も見ていないそこにカネレがいたという証拠は、残されてはいなかった。
場所は変わり、ミッドガルド地方より南、ヴァナヘイム地方。
ミッドガルドから地続きの四地方の中で、唯一海に面したこの場所は、海産物が豊富にとれる漁業の町として知られる。
海の向こう側の大陸との、最大の交易拠点としても有名で、海を渡らない限り入手できない名品、珍品などを序盤の内に入手できる唯一の場所でもある。
海の中のサンゴから取れる特別な宝石や、貝の中で生まれる真珠類などの装飾品も名産の一つであるが……やはり一番有名なのは食用として取れる新鮮な魚介類だろう。
大陸の内部となるミッドガルドや他三地方では絶対に食べられないような、新鮮な生魚が大量に食べられ、さらに海の塩を原料とする新たな調味料が大量に存在し、その全てが料理人を唸らせる。
他の町ではそうそう味わうことのできない、たくさんの美味なる料理たちは多くの者をひきつけてやまず、多くのギルドがここにギルドの拠点たるギルドハウスを構えるほどである。
そんな、ヴァナヘイムの料理に惹かれて拠点を構えたギルドの一つに“ギルドオブファイターズ”というギルドが存在した。
ヴァナヘイムの町の片隅の方にひっそりと看板を構えた小さなギルド。そのギルドハウスの中で、一人の少女が大きな欠伸を掻いた。
「っくぁ~……」
少女の姿は、どこか中華然とした、赤いチャイナドレス姿だ。大きなスリットが入ったチャイナドレスの下には短パンを穿いており、健康的な太ももを惜しげもなく晒している。
そして顔には、何かの呪文を記したような帯を眼帯のように巻いており、左目を覆い隠すようにぐるぐると顔に巻いていた。
少女の大きな欠伸を見て、ギルドハウスの中の小物を整理していた女性が、窘めるように口を開いた。
「まあ、サンったら……はしたないですよ? そんなに大きくお口を開けて」
その女性が来ているのは、巫女服のような衣装だ。緋色の袴に白色の上着を組み合わせてはいるが、日本の巫女服を見慣れていると違和感を覚えるようなアレンジが加えられている。なんというべきか、西洋風巫女服とでもいうべきなのだろうか。そんな印象だ。
女性は片眼鏡を顔にかけており、そのレンズの向こうの目は見えるのかと問いかけたいくらいの細められている。
今は困ったように眉尻を下げている女性に向かって、サンは片手をふらふら振った。
「ミツキさんまで、うちのメイド長みたいなこと言わないでくれよー……。せっかく窮屈な生活から逃れるためにゲームしてんのに、気が滅入っちまうぜー」
「もう、サンったら……」
ミツキは小さくため息を突くと、小物の整理を中断してサンへと近づいた。
「そんなに暇なら、ダンジョンの攻略に行けばいいんじゃないかしら? もうすぐレベルも30でしょ? 属性は決めてあるんだから、後はレベル上げだけじゃない」
「でも一人だとたるいしさー。ウォルフの奴が来てから行くよー」
そのままごろりと机の上に突っ伏すサンを見て、ミツキが不思議そうに首を傾げた。
「あら? ウォルフ君なら来ないわよ?」
「……え? は?」
ミツキのその言葉に、サンは慌てて顔を上げる。
「こ、こないってどういうことだよ? あたしなんも知らないんだけど!?」
「あら、サンも知ってるでしょう? この間、マスターが見せてくれた写真」
そう言ってミツキは服の袖からクルソルを取出し、一枚の写真を取り出す。
そこに写っているのは、右腕が黒い紋様に覆われた少年と、その隣に立つ顔を包帯で隠した少女だった。
「ほら、これ」
「……あ、ああ。この間のイベントで、一番早くレアアイテムを入手したとかいう奴ね。で、これが?」
サンは写真に見覚えがあるようだが、それとウォルフの関係性がわからず、怪訝そうな顔でミツキを見上げる。
ミツキは頬に手を当てながら、困ったように首を傾げた。
「それがね……マスターも、お友達から話を聞いただけみたいなんだけれど、この男の子の方がマッシブギア持ちらしくてね」
「……え、は? それマジ?」
「ええ。それで、ウォルフ君、居ても経ってもいられなくなったみたいで……」
しようがない。そう言うように、ミツキは首を横に振った。
「腕試しにいくんやー!って言って、ミッドガルドの方に行っちゃってるみたいなのよ……。もう、ウォルフ君も男の子なんだから……」
ため息を突くミツキの前で、サンが体を震わせる。
「あ……あいつぅ~……!!」
ぶるぶると体を震わせ、拳を握り、顔を怒らせ天を見上げる。
「抜け駆けとかゆるさねぇかんなぁー!!??」
「あ、サン!?」
そのまま一直線に外へと向かって駆け出すサンに、ミツキは手を伸ばすが間に合うことなく。
ドバンと大きな音を立てて閉じられる扉を見て、彼女はもう一つため息を突いた。
「……もう。二人とも、若いんだから……」
ミツキはしようがない、と一つため息を突き……。
それから、自分が言った言葉に傷ついて、しばらくその場にうずくまることとなった。
なお、ヴァナヘイムで最も好まれる食材は、マグロっぽい回遊魚の模様。




